Game Developers Conference(GDC) 2010現地レポート

「アサシンクリード 2」のゲームデザイナーが語るゲーム制作の秘訣
大ヒット作のクリエイターが教える、成功をもたらす3つの要素とは?


3月9~13日 開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center


UBIsoftのゲームデザイナー、Patrick Plourde氏

 GDC最後を飾ったのが、Game Developers Choice Awardsにもノミネートされた、UBIsoftの「アサシンクリード 2(以下、AC2)」のゲームデザイナー、Patrick Plourde氏によるゲームデザインについての講演「Designing ASSASSIN'S DREED 2」だ。

 「アサシンクリード」シリーズは暗殺者となって兵士との戦闘や、街の探索を楽しむゲームで、前作に続き、続編の「アサシンクリード 2」も世界で800万本を超えるリリースを記録しているUBIsoftの主力フランチャイズだ。

 この講演では「AC2」をモデルに、ヒット作を作るためのマネジメントについて3つの項目から論じている。ヒットゲームはどのような思想で構築されているのか、その一端を伺うことができる。




■ タイトな開発期間で商業的成功を収めるには?

 「AC2」の開発を始めるにあたって、Plourde氏は次のような前提条件だったことを説明した。1つめは世界にある3つのスタジオから300人が参加する大所帯だったこと、2つめに、ローンチまでの期間は約2年間で、スケジュールは非常にタイトで見直しの許されないものだったこと。さらに、2008年9月の段階で、新しい機能を実装するよう指示されたこと。そして、必ず商業的な成功を収めるよう指示されていたことだ。

 前作「アサシンクリード」は、UBIsoftの作品としては記録的な販売数だったが、作品の評価としては賛否が分かれていた。そこで「2」では“プレーヤーが震えるような新機能”を目指して、230以上の新機能が開発側から提案された。それが、エコノミーシステムや改良したバトルシステム、回復システム、新しい暗殺メカニクス、ヴィラの経営などだ。

 「AC2」を成功に導くための解決法として、Plourde氏は以下の3つをあげた。

1:ゲームのコアにむかって努力を集中させる
2:強固な書類管理を構築する
3:テストプレイで、価値のあるデザインのためのデータを蓄積する

 次の章から、それぞれの項目について詳しく紹介していく。


【スクリーンショット】
300人もスタッフがいると、意思疎通が非常に難しくなる開発はモントリオール、フランス、シンガポールで同時に行なわれた230以上の新機能のアイデアがスタッフから出された



■ ゲームのもっとも重要なコアは何かを決める

ゲームのコアにむかって努力を集中させる

 「製作を始める前に、どんなゲームを作るのかを決めなくてはならない」とPlourde氏。コアを決めることで、その他の要素に優先順位が生まれる。そうすれば、必要のない部分をショートカットすることもできるようになる。「こういうゲームを、こんな方向性作る」と断言できなければ、つぎはぎだらけで魂のないゲームになってしまう。ゲームが楽しいという最低限の一線をクリアしつつ、手を抜ける部分は手を抜きつつも、ハイクオリティを維持するためには、どこに力を入れるかをしっかりと決めておく必要がある」とPlourde氏は語る。

 ゲームの中の要素は、コアと、コアに深みと意味を与えるサポート要素、ゲームのペースを作る目新しい要素に分類することができる。「誰でも自分の名前を残したいと思ってゲームを作っている。そして自分が手がけた要素には、もう少し磨きをかけたいと思っているかもしれない。でも、もう少し、もう少しとやっていると、だんだん何をやっているのかわからなくなってくる」(Plourde氏)。個人的な趣味よりも、ゲームとして何が大事なのかを優先する視野を持たなくてはならない。

 「AC2」の場合、ゲームの柱となるのは「バトル」、「ナビゲーション」、「ソーシャルステルス」の3要素だ。Plourde氏はそれぞれの要素について、どのように強化していったかを説明した。


【スクリーンショット】
コアを決めることで、各要素の優先順位が決定する方向性を見失うと、何を作りたいのか自分でもわからなくなってしまう「AC2」のコアは「戦闘」、「ナビゲーション」、「ソーシャルステルス」の3つ

・「バトル」

 「AC2」戦闘は、相手の動きを見ながらタイミングを計っていくのが基本スタイルだ。戦術的な選択肢を増やしていくために、新しい敵や、新しい武器、新しいアクションを増やしていった。

・「ナビゲーション」

 「ナビゲーション」とは、ゲーム内のマップを移動していくことだ。「AC2」では、フリーランニングで街を自在に動き回り、建物に登ったり、屋根の上を歩いたりすることもできる。チャレンジングなマップを用意して、プレーヤーにどう逃げるか、どこから侵入するかを考えてもらわなくてはならない。「まずは教会にのぼってみるかというようなことを、一生懸命考えながらプレイしてもらいたいということです」(Plourde氏)。

・「ソーシャルステルス」

 3つめの柱「ソーシャルステルス」は、このシリーズの特徴的なシステムだ。街には150人ほどのNPCの群衆がいるが、「ソーシャルステルス」はその群衆をツールとして使う。人混みに紛れることで、敵から姿を隠すことができるようになる。しかし、おかしな動きをして敵の注意をひくと見つかってしまう。前作ではボタンを押すことで群衆に紛れていたが、「AC2」では群衆の中に紛れると自動的にブレンドして「ソーシャルステルス」状態になるよう仕様が変更された。


【スクリーンショット】
バトルナビゲーションソーシャルステルス

 また、前作とは大きく雰囲気を変えたミッションについては、反省混じりに説明した。前作のミッションの中でも、例えば「盗聴」はベンチに座ってボタンを押すだけで終わってしまい、プレーヤーにとっては退屈な要素だった。「AC2」では、ミッションを達成するために「ナビゲーション」にフォーカスし、追跡やチェイスといったチャレンジングな要素を加えた。その結果、コアゲーマーも満足する出来になった。

 このように柱が決まっていれば、後はそれを少しずつ調整しながら、もっとインパクトのある面白いものに変えていくことができる。「AC1」ではマップを広くして、行き止まりを減らすことに力を入れたが、システム的には深さが足りなかった。「AC2」ではシステム面の深さを追求している。

 「経済システム」は「AC2」から導入された新要素で、絵画を購入したり、武器を修理したり、仲間を雇ったりするのにお金が必要になる。Plourde氏は「AC2」の「経済システム」を考えた時、「EVE Online」(CCP Games)のように複雑なものにする必要はないと考えている。「経済システム」はコアな要素ではないからだ。しかし単純に浅いだけでは、イライラするだけの要素になるので、そこにリワードを加えることで、「世界が大きくなってすべてがうまくいくという形になった」(Plourde氏)。

 もう1つの事例は「暗殺」だ。「AC2」の暗殺で大切なのは、「とにかくボタンを押せば目の前の的が死ぬということ」(Plourde氏)だ。ゲームをプレイするユーザーは、アサシンになりたいのだから、そこへの障壁を設けずに、ボタンを押したときにちゃんと暗殺が出来て、「こいつを殺したんだとユーザーが思えれば、それは我々にとってもプラスになるわけです」(Plourde氏)。

 何を作っているのか理解していれば、細々とした事項を勇気を持って決定して行くことができる。だからまずは自分がどのようなゲームを作っているのかを理解しておくのが必要なのだ。


【スクリーンショット】
前回不評だったミッションは一新された経済システムはリワードと組み合わせて遊ぶことでゲーム性を増したこのスクリーンショットのように目立つ殺し方は暗殺ではない?



■ 効率的なドキュメントの管理で、意思疎通を迅速化

強固なドキュメンテーションのプロセス

 「AC2」の開発にはUBIモントリオールだけでなく、フランスとシンガポールにあるUBIのスタジオのスタッフも関わっている。大陸も言葉も全く違う人たちが、同時に仕事に関わってくるのだから、意志決定を文章化しておくことが非常に重要になってくる。

 思いついたアイデアはメモにとっておき、質問はある程度制限していく。これは質問をさせないという意味ではなくて、プログラマーとの意思疎通をスピーディーに行なうために、質問の形式を限定するという意味だ。

 そこで質問内容をまとめたエクセルの書類を作って、プログラマーとデザイナーのやりとりはそこで一元管理を行なった。質問の内容はプログラマーと相談して、「操作」、「AIの挙動」、「サウンド」など必要だと思われる要素がリストになっている。質問したい項目のセルに質問を書き、可変の数字は〔〕で囲む。例えば、「体からルートする時は〔5〕秒でと書いて出します。可変データをカッコに入れることで、この部分は後で変えられるようにしておくということです」とPlourde氏。

 必要のないミーティングは極力行なわない。カッコの中に入れた数字について「5秒ではちょっと早すぎる、といった話し合いをするよりも、カッコの中の数字を変えられるようにしておくよう指示をしておく方が、プログラマーにとっては何をして欲しいかが明確にわかるわけです」(Plourde氏)。ミーティングすべてを否定するわけではないが、ミーティングをすればいろいろな人に制約がかかり、1日のうちの最低でも2、3時間を消費してしまうのは効率的ではない。

 「AC2」では最終的に200個の書類を作った。それらの書類は、テストプレイの時にも確認用に役立った。このシンプルな書類が、プロジェクトの潤滑油として全体をうまく回してくれた。


【スクリーンショット】
Plourde氏が考える書類の有用性「プログラマーは世界で一番リストが好きな人種」とPlourde氏「AC2」で実際に使用されたエクセルのテンプレート
バトルナビゲーションソーシャルステルス



■ テストプレイで、ゲームを正しい方向へフォーカスする

プレイテストを通した検証

 「私はテストプレイが大好きです」とPlourde氏。正しい方向性を知るためには、テストプレイが非常に大切だ。Plourde氏によると「テストプレイは朝起きて見る鏡のようなものです。髪の毛がボウボウに逆立ってれば会社には行けません。テストは鏡を見るようなものです」なのだそうだ。鏡を見て髪の毛が逆立っていることがわかれば、それを梳かすという解決方法をとれる。

 「AC2」では合計15回のプレイテストを行なった。テストで重要なのは、自分自身があまりいいと思っていない要素だったとしても、プレーヤーが楽しいというならそれでよしとする。プレーヤーが何を期待しているのかが重要なのだから、プレーヤーにとって納得がいくような決断をしていくことが必要なのだ。

 開発の段階としては、テスト前には、実装した機能が意図したとおりに動くかどうかをチェックし、テスト後にはプレイをスムーズなものにしていくことに注力する。テスト後にも新しい要素を付け加えていくと、予想外のトラブルが出る危険が増える。

 例として「ナビゲーション」のプレイテストの事例を紹介した。「AC1」では建物が2階建てまでしかなかったが、「AC2」の「ベネツィア」では4階建ての建物が出てくる。そうなるとのぼるのに時間がかかってしまい、プレーヤーにとってはのぼるよりも道を走り回っている方が楽しいということになる。そこでレイアウトを変えるかどうかを検討して、プレイテストを行なった。

 プレーヤーは街中のあちこちを探索して、Plourde氏たちとしても、せっかく作ったのだからあちこちに言ってもらえて良かったと思った。が、よく調べると2時間の間誰ものぼらない屋根があることに気づいた。行ける場所は多ければ多いほど楽しいのに、これでは楽しみが10のうち7になってしまう。  集めたデータによると、カジュアルなプレーヤーに、つまらないと思っている人が多かった。前作からのコアプレーヤーは登り方を知っているので、新しい環境でもいいろいろな工夫ができるが、カジュアルなプレーヤーはそこで躓いてしまっていたのだ。

 そこで下した決断は、レイアウトは変えずに、のぼるスピードを速くするというものだった。クライミングのアクションでは、一回登るごとに入るニュートラルなポーズが問題だということで、それをなくして手だけでどんどん登っていくアクションに変更した。そうすることで、キャラクターが屋根の上までのぼるために必要な時間が半分に短縮できた。

 その後のテスト結果を見れば、効果は一目瞭然だ。前回のテストでは道沿いに歩いているプレーヤーが多かったのだが、それが屋根の上も含めてプレーヤーの導線が非常に複雑になっている。「我々としては満足できる結果になった」とPlourde氏も語った。


【スクリーンショット】
壁を登る速度が遅いため、当初はあまり利用されていなかった複数の道すじを使っていたプレーヤーの方が「楽しい」という意見が多かったテストでユーザーが通った道筋。赤い部分が特に何度も通った場所だ
屋根に登るのが大変なので、誰も使っていない期待していたものとは違っているので解決が必要になるナビゲーションの使いづらさは、P9からP12のカジュアル層に特に不評だった
テストから見えてきた問題点と、解決法登る速度を早くしたことで、屋根を上を通るプレーヤーが増えた楽しいと感じるプレーヤーも増加した

数回のテストで、プレーヤーの感触は格段に上昇している

 また別の事例として、「ブレンド」についても語られた。「ブレンド」はソーシャルステルスのために人混みに混じることだが、最初はどうすればブレンドできるのかプレーヤーにとってはわかりづらい仕様だった。これがいくつかのミッションに影響を及ぼして、難易度を上げていた。そのせいで、プレイテストでも「Bad」と評価したプレーヤーがもっとも多かった。それまでは前作同様にボタンを押してソーシャルステルスを行なっていたが、それを群衆に近づけば自動的にブレンドするという仕様に変えると、評価が向上した。「プレーヤーがソーシャルステルスを上手く使えるようになって、とても楽しく使ってもらえるようになったわけです」(Plourde氏)と、操作性を変更したことで楽しさが生まれた。

 最後の事例は戦闘についてだ。プレーヤーから、すべてのアクションを使っていないにもかかわらず、バリエーションが少ないと文句が出た。そこでプレーヤーの行動と、デザイナーが予想した行動を比べてみると、全く使われていない機能がかなりあることがわかった。が、その比較で問題はわかったが、いい解決方法は見つからなかった。

 そういったことがありつつも、15回のプレイテストを終えたことには、大部分のプレーヤーが非常に楽しいと感じるようになり、問題として上がる項目を41から2つにまで減少することができた。

 「プレイテストをして、テストしてくれたプレーヤーのコメントを信じることで、いい結果を出すことができた」とPlourde氏。「AC2」は商業的な成功を収め、多くの賞にノミネートされた。「総売上げはおそらく前作よりも伸びるだろう」とPlourde氏は言う。


【スクリーンショット】
プレイテスト4で発生した問題点プレイテスト10では改善されたプレーヤーは必ずしもデザイナーの意図通りのプレイはしない



■ ゲームデザイナーは強い意志でチームの抱えるリスクを軽減しなければならない

しっかりとしたマネンジメントが、成功への近道だ

 大規模開発の現場では、開発規模が大きくなる弊害としてクオリティが下がったり、不必要な仕事が増えたり、スタッフのモラルが下がったりという問題をはらんでいる。デザイナーはそういったリスクを管理しなくてはならない。そのためには堅い意志でゲームのコアを決定して行くこと、プロダクションのニーズにあう強固な書類管理の方法を確立すること、そして限界までプレイテストを行なって、プレーヤーを満足させることに労力を傾けることが必要だ。「そうすれば必ず成功するでしょう」(Plourde氏)。

 “Direction”という言葉には、指揮や管理という意味の他に、方向という意味もある。大人数のスタッフが各自ばらばらな方向にむかって進んでいっては、正しい答えにたどり着くのは難しくなる。先頭に立って舵を取るディレクターの強靱な意志がプロジェクトの成功を左右するもっとも重要なファクターになるといっても過言ではない。

 そしてその意志をスムーズに末端に届けるための書類、間違った方向に向かっていないかを調べるためのプレイテストは、3つの要素が揃うことで初めて有効に機能し、プロジェクトを成功へ導いてくれる。日本ではゲーム業界に限らず、ディレクターの職人的な資質のみがクローズアップされて、ディレクションについてはあまり重要視されない傾向にある。しかし開発現場にいる人間は優柔不断な意志決定に泣かされた経験から、マネージメントの重要さを肌身に感じる人も多いのではないだろうか。

 優れた作品は、それ自体に制作者の強い意志を感じることができる。ディレクションの能力は、今後ますます重要視されていくことになるだろう。

(2010年 3月 16日)

[Reported by 石井聡]