NEXON、「マビノギ英雄伝」開発者が語る「カイ」誕生秘話

“21世紀の開発者”が生み出す弓キャラクターとは?


4月23日~25日開催

会場:COEX



 韓国NEXONが主催するゲームカンファレンス「NEXON DEVELOPERS CONFERENCE 2012」、2日目にはMORPG「マビノギ英雄伝」の新キャラクター、「カイ」に関する2つのセッションが行なわれた。

 カイは韓国では2012年1月に実装されたキャラクターで、日本では未実装だ。弓を得意とする遠距離攻撃タイプで、男臭い外見が特徴だ。韓国ではこのキャラクターは大きな人気となり、「マビノギ英雄伝」の人気が上がっているという。2つのセッションでは、企画サイドと、プログラムサイドで、このカイをどう生み出していったかが語られた。


カイのムービー。ワイルドな雰囲気の弓を使うキャラクターで、遠距離攻撃が得意だ




■ 意外性のあるキャラクター、弓の“打撃感”実現のためのこだわり

NEXON「マビノギ英雄伝」開発チーム企画担当のイム・ドックビン氏
弓での打撃感、弓をどう使うかをテーマにキャラクター像を練り上げていく
カイならではの、敵の上に乗っての攻撃

 最初に登壇したのはNEXON「マビノギ英雄伝」開発チーム企画担当のイム・ドックビン氏。イム氏は企画サイドからのカイの誕生を語った。イム氏がカイの企画を担当したのだが、結果としてこれまでの新キャラクター以上の評価を受けたことが、とても嬉しかったという。そして、自分達がどんな意図でカイを産みだしたかを紹介していきたい、と語った。

 イム氏がはじめに取り組んだのは、「カイをどんな弓使いにするか」という問題だ。弓使い、というと、「ロードオブザリング」のエルフのレゴラスを思い浮かべる人は多い。また、「アバター」もヒロインが巧みに弓を扱ったし、最近の韓国の映画にも弓使いは登場した。

 スマートで、洗練されて、繊細なイメージを持つ弓使い……イム氏は、あえてこういったイメージから外れた、「ロードオブザリング」のアラゴルンのような、男臭い、ワイルドなイメージのあるキャラクターとして、カイを設定した。このイメージは、中国や北米、日本など、海外のマーケティングも考えて「他国からも拒否感をもたれない」ことを考えた。

 そしてキャラクターのアクションは“新世界”を目指した。「照準を合わせる正確さと、豪快な打撃感」にフォーカスした。照準は狙撃する楽しさがある一方で、乱戦時などの直感的なプレイに繋がらなくなる。このため、「ショートボウ」と、「ロングボウ」の2つの武器を用意し、ショートボウは近距離での自動照準機能を持たせ、ロングボウは部位を狙った狙撃ができるようにした。

 また、ボツになったアイデアとしては、弓を振り絞る感覚を再現するために、「マウスを引っ張って力を溜める」という方法を考えたのだが、これはゲーム的に入れ込みにくかった。また武器に属性を付与するアイデアも考えたのだが、こちらは検討の手間を考えて見送られたという。

 イム氏がこだわった部分は、イヴィの必殺技や、カロックの敵の攻撃の受け止めなど、「マビノギ英雄伝」ならではの、プレーヤーが感情移入するような派手なアクションを入れるという部分だ。カイの場合はボスモンスターの頭の上に飛び乗れるのである。こういったアクションは、コストもかかり、バグが生まれる可能性が高くなるので、他社ではあまり取り入れられていないが、イム氏は「バグを恐れてはいけないと思うし、こういったアクションが、ユーザーに感動を与え、新たなユーザーを呼び込むのだと思っている」と語った。

 サウンドもまたこだわった部分だ。「弓で爽快な打撃感をどう実現するか」というテーマに対して、イム氏は「音」に注力したという。1カ月以上かけて、サウンドを作り、「弓を引く」、「放つとき」、「当たったとき」のサウンドを入れた。さらに「貫通」するエフェクト、敵を震わせるといった“リアクション”によって、攻撃の実感を得させるようにしたという。

 一方で、カイの実装にあたり、「間口の広さ」も意識した。これまで「マビノギ英雄伝」は、キャラクターの操作の特殊性を指摘されることが多かった。カイは、他のゲームのプレーヤーもプレイしやすいように、ハードルを下げることも意識したという。「Xでスキルを選び、Zで使用する」という操作系を、他のMMORPGのように、ショートカットキーでスキルを使用できるようにした。

 これまでのキャラクターはボスのためにスキルを取っていくという感じだったが、カイのスキルは頻繁に使用できるようにした。また、“通常技を当ててからのコンボで強力な攻撃が出る」という他のキャラクターと違い、技の出し方を簡単なものにし、回避の成功率を上げ、キャラクターが死ににくいようにした。このように、これまでハードルが高いというイメージのあった「マビノギ英雄伝」とは違ったキャラクターバランスを目指したという。また、操作系に関しては、あえて最もユーザーの多いマウス+キーボードの操作感を重視したとイム氏は述べた。

 「使用リソースを少なくする」というのも、開発目標として求められた。このため、リシタと同じ骨格をアレンジして使用することにし、肩幅などでより男性らしさを強調することで差別化した。こうすることで、武器以外の服やインナー、兜などの装備は、リシタと共有できるようにしたという。

 カイを作っていくにあたり、QAとの連絡は密にした。彼らは開発でもユーザーに近い存在であり、彼らの意見は参考になったという。企画段階では、キャラクターイメージの映像を用意して説明する、ということも行なった、この説明は、クライアントを起動しなくてすむのでより簡単に説明できる。

 この他、マーケティングに対してもユニークな仕掛けをした。段階的に映像を提供し、ユーザーの期待感を煽ったのだ。まず最初にシルエット、次に強い眼光の目立つ表情、主なスキル、そして最後に弓矢の変形という大きな特徴をアピールした。ユーザーの想像を裏切り、そこからイメージを強める方式で、話題を集めることに成功した。同時期に「マビノギ英雄伝」では「ドラゴン」が実装されたのだが、ドラゴン担当者は、ユーザーがカイばかりを話題にするので、嫉妬したとのことだ。

 最後にイム氏は講義をまとめた。会議を繰り返してキャラクターを作り上げ、理解を求め、そしてマーケティングなどの他部署の担当者とも打ち合わせをすることで、より企画に注目を集めることができる。「企画者とは、プレーヤーの反応が全てであり、良い反応を求めるものだと思います。新世界を作っているのか、感動を与えているのか、自分自身が楽しんでいるのか。こういったことが実現できるのが、いい企画者だと思います」とイム氏は語った。

 その後の質疑応答では、様々な質問が出た。「カイはPvPを前提にしたか それともPvEに特化したのか」という質問には、カイはPvEをメインに考えているという。「他のゲームで影響を受けた作品は」という質問には、「ほとんどのゲームでの弓のアクションは、参考にできなかったが、『スカイリム』でこちらを向いてない敵を狙う緊張感は勉強になった」とのことだ。

 また、「企画者だけでなく、プログラマーや、デザイナーも企画を出すようにしていることに危機感はないか」という質問も出た。イム氏は、「危機感ではなく、チャンス。カロックではデザイナーの生む打撃感が、キャラクターに繋がった。プロジェクトマネージャーは全てに決定力を持つわけではなく、企画、デザイナー、プログラマーなど、それぞれの意見を聞き、そして生み出していく。ハイブリッド化が進んでいると感じています」とイム氏は答えた。


弓使いのイメージから、あえて意外性を追求。リヒタの骨格をアレンジしている。右はショートボウの自動照準範囲
ボツになったマウスを引くアクションと、属性。右は同時接続者数で、カイ実装で増加している




■ これまでの「マビノギ英雄伝」にはない、遠距離での爽快感の実現

NEXON「マビノギ英雄伝」プログラマーのパク・ヨンジュン氏
席に常に貼ってある「やる前には即断するな」の言葉
会話形式で書かれたアイデアの変遷。現場の雰囲気が伝わるスライドだ

 次に登壇したのは、NEXON「マビノギ英雄伝」プログラマーのパク・ヨンジュン氏。パク氏はこれまで、リシタ、フィオナ、イヴィと、「マビノギ英雄伝」のほとんどのキャラクターを担当している。パク氏は自分の机に常に貼ってあるメモの言葉「やる前には即断するな」をまず紹介してから、セッションを開始した。

 カイは、「マビノギ英雄伝」でFPSの楽しさを取り入れることを目指して作られた。これは「マビノギ英雄伝」開発者にとって、非常に皮肉な企画だった。「マビノギ英雄伝」は米Valveのゲームエンジン「Source Engine」で作られているが、このエンジンはFPSを作るには良いが、「マビノギ英雄伝」のような、3人称のアクションMORPGを作るには、全く向いていなかった。パク氏を始めとしたプログラムチームは、「こんなエンジンを売るんじゃない」と怒りながら、ゲーム部分はほとんど1から作り上げていった。

 そして、カイである。これまで敢えて違う方向へ構築していったプログラムの中に、FPS要素を入れるのだ。パク氏達は「このゲームに弓のキャラクターを実現できれば、21世紀の開発者と尊敬されるぞ!」とおだてられ、開発を進めていった。カイは前方を照準しながら移動するという、これまでの「マビノギ英雄伝」のキャラクターとは違った動きを求められる。

 上半身と下半身のパーツを別々に動かすことで基本はできるが、変に身体をひねってしまうこともある。3人称視点の本作ではその状況は許容できない。さらに、移動しながらの射撃の実現を目指した。「1つの方向を見ながら、足は別で移動する 上半身と下半身を別に作りながら、動作をブレンディングさせ、自然な形にまとめる」というテーマの下、最新のコンシューマーゲームに負けない、キャラクターの動作を実現させた。

 次に取り組んだのが「弓での打撃感」だ。その前にパク氏は「マビノギ英雄伝」での、打撃感の実現を語った。開発初期、チームは、ゲームキャラクターの攻撃の「薄さ」に頭を悩ませていた。敵を攻撃しても、実感が湧かないのだ。これはオンラインゲームの、命中判定と、グラフィックスの変化の「ラグ」も関係し、開発者の考える当たったときのアニメーションができなかったことにある。

 この解決は、ラグを逆手に取る方法にすることで、プラスになった。攻撃が当たると、敵のキャラクターをわざと硬直させ、そしてリアクションを行なう。判定的にも正確で、そして独特の重量感が生まれる独特の打撃感を表現することができた。さらに画面を揺らす。ダメージに合わせ振動に幅を持たせることで、より重い打撃感を実現できたのである。こうして近接攻撃は迫力のある駆け引きが可能になった。

 そしてカイでは、「距離」がネックになった。離れすぎるとこれまでのエフェクトでは迫力がない上に、どこに当たったのかがわからないし、敵の反応もイマイチだ。ただ反応を大きくすると、ショートボウの攻撃に合わない。そこで、カイのための様々なアイデアを集めていった。

 1つが「部分フレンジング」だ。フレンジングとは「振動」のこと。当たった部分を揺らすことで、何処に当たったか明確にわかるのだ。しかし揺らすのをアニメーションとして入れたり、プログラムで揺らすと、膨大なリソースが必要になる上、基本動作にも変化してしまう。そこで、揺れたアニメーションを作り、当たったときだけ表示させる形にした。こちらの振動にも幅を持たせ、他の部位にも振動が伝播するようにした。こうすることで、遠距離でもわかりやすいダメージ表現が可能になったのだ。

 次にパク氏のチームが挑戦したのが、カイを象徴するアクション、「相手の上に乗り、必殺の一撃を頭上から加える」という必殺技だ。ある程度の大きさを持ったモンスターになら実現できるようにしたいと考えたが、単純にアニメーションを作るとすれば作業量は膨大になる。

 そこでアイデアを集めて、「スタート」、「中間」、「攻撃」という3つのモーションを用意し、そのモーションを再生するだけで技を再現させるというアプローチを考えた。こうして投げの判定を流用する。しかし、大型モンスターは投げられないし、不自然だった。

 そこで、共通のアクションを作り、そこからモンスターごとにアレンジを行なうことにした。敵との距離を計算し、そこで間のアニメーションを距離に合わせて入れ、アクションのタイミングを調整させる。さらに乗っかる1点のみを判定する。そのアニメーションは1つのモーションとしてまとめ、流れるような動きにする。こうして、カイの特徴的な必殺技が実現したのだ。

 「『やる前には即断するな』この言葉は、今でも私の机に貼っています。開発者に伝えたいのは、夢を諦めるな、ということです。『マビノギ英雄伝』は、どうしてこんなに難しく作っているんだ、といわれることもあります。今のリソースを活用するだけで良いんじゃないか、とも言われます。しかし、我々はロマンが好きです。我々はチャレンジが好きであり、チャレンジし続けます。成功も失敗も、成長の礎であり、できないと思われることを実現するのが開発者です。ものを求めるか、追われるか、決めるのはあなたたちです。最後まで安住せず、やってみましょう」パク氏は最後にそう語った。



 「マビノギ英雄伝」はカイの実装と人気で、現在勢いに乗っている。今回NDCで感じたのは、この印象である。今回、様々な方向から「マビノギ英雄伝」の開発者の努力が伝えられた。NEXONとユーザーの期待が大きかっただけに、リソース不足などで危惧する声も大きかったが、やはり、NEXONを牽引するタイトルの1つとして、韓国ゲーム開発の最先端を走っており、開発者達もその自負を持ってコンテンツを生み出している、というのが感じられた。

 また、1企業が主催するカンファレンスだからこそ、1タイトルをここまで細かく紹介できるのだろうとも思った。そういう意味でもとても興味深いセッションだった。日本ではカイはどのように受けいられるだろうか。また、今後生まれてくる韓国のゲームも注目していきたいと感じた。

ソースエンジンにはなかった要素を盛りこみ作られた「マビノギ英雄伝」。右は上半身と下半身のブレンディング
打撃の瞬間をキーフレームを調整して再現。ボーンの振動により、遠距離の打撃感を実現
リシタからカイへアレンジしたときに生まれたユニークなキャラクタモデル。必殺技を表現するための距離による基本モーションのアレンジ

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(2012年 4月 25日)

[Reported by 勝田哲也]