GDC 2011レポート

さらに専門的な話題へ。AI Summit レポート
テーマは「どのように実現するか」。ゲームAI開発者が直面する問題とは?


2月28日~3月4日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center



 北米の開発者を中心にAI Programmers GUILDが結成され、セッション内容の専門化がますます進むAI Summit。今年もAI Programmers GUILDを構成する主要メンバーをはじめ、最新ゲームの開発に携わる開発者が集まり、2日間14セッションにわたってゲームAI開発にまつわる様々なテーマが語られた。

 AIの分野では画期的な技術が登場するというケースはまれで、既存のアルゴリズムがより良いハードウェアで実現可能になったり、あるいはより良い実装方法が試みられたことでより高度な既知のアルゴリズムが実現可能になるといった傾向が強い。そのことを反映してか、今回のAI Summitでは「何を実現するか」よりも「どう実現するか」というHOWの部分に話題が集中したことが印象的だ。

 キーワードとしては、AIの「コンポーネント化」、より良い「経路探索」、より賢いAIのための高速な「影響マップ」、効率的開発のための「ミドルウェア」、スクリプトとAIの境界線、といったところだろうか。本稿では具体的なゲームタイトルにからんだセッションをピックアップして、AI Summitの雰囲気を部分的ながらお届けできればと思う。



■ 「The Sims: Medieval」、「Darkspore」、EA最新2作品でのゲームAI

「The Sims: Medieval」のAIシステムについて解説したEAのRex Graham氏
異なる行動様式のシム人たちが登場する
社会環境をコントロールするAI「The Bouncer」

 Electronic Artsからは2人の講演者が登壇し、今春登場予定の新作タイトル「The Sims: Medieval」、「Darkspore」についてのAI開発が紹介された。全く異なるタイプのタイトルで、やはりAI開発上のテーマも全く異なるものになったようだ。

 まず「The Sims: Medieval」。本作は「The Sims」シリーズの最新作で、中世の王国を舞台とするゲームだ。特徴は何と言っても「シム人」たちのバリエーション。国王、騎士、魔法使い、聖職者など特別な生活を営むプレイアブル・キャラクターをはじめ、吟遊詩人、医者、鍛冶屋、書記官など固有の職業を持つシム人たちが登場する。AI的には、皆がある程度同じ生活サイクルを営む現代社会の「The Sims」に比べて、各シム人のアクティビティに大きな多様性があるという点が本作におけるひとつ目のポイント。

 また、本作ではプレーヤーがRPGライクなクエストをこなしてゲームを進めていくという仕組みが導入されている。このため「偶然の出会い」に終始していた従来の「The Sims」シリーズとはうって変わって、決まった時間に決まった場所で決まった人物と遭遇するといった、計算づくのアクティビティも必要となる点が本作のAI上の特徴だ。

 そこで本作のAI開発では、シム人たちの行動を管理するスケジュールシステムに大幅に手を加えた上で、「The Bouncer」と呼ばれる大局的なコントロールを行なうAIシステムを導入した。これはコンセプト的には「Left 4 Dead」のAI Directorに似ていて、乱暴に言うとAIを制御する上位のメタAI、といったものになっている。

 具体的には、The Bouncerはシム人を世界から消したり出現させる、あるいは特別な行動を促すという機能があり、ゲームの流れに応じて最適な社会的環境を作り出す役割を負っている。街を普通のシム人たちで溢れさせたり、彼らに職業を与えるのもThe Bouncerだ。

 この上位AIの働きにより、プレーヤーがクエストを進行するための「イベント」を発生させたり、街の中の老婆を選抜して「魔女」に変化させ、プレーヤーと対決させるといったダイナミックなゲームの流れを演出することが可能になった。「The Sims: Medieval」は従来のシリーズ作よりもずっとゲームらしく、プレーヤーに対してアグレッシブな作りになっているわけである。


「The Sims: Medieval」では、特別な生活様式や能力を持つキャラクターを、あくまでふつうのシム人の延長として扱えるシステムを構築。ゲームに流れを生み出しプレーヤーを楽しませるための特別な処理は、上位のメタAIが担当する。このような形で新たなシムズワールドが構成されたようだ

【Darkspore】
「Spore」シリーズの最新作は、なんとハック&スラッシュ系のアクションRPGだ。オンラインで協力プレイが可能ということで、「Spore」由来の強力なキャラクターメイキングが楽しくなりそう。AI開発においては「多数のアビリティをどう効率的に実装するか」が大きなテーマとなり、そのためにLuaスクリプトによるビヘイビア・ツリーシステムを構築したという。講演では抽象的な解説が多く、具体的な設計は理解が難しかった



■ 経路探索における究極のソリューションとなるか?「Havok AI」

「Havoc AI」
ナビゲーション・メッシュの最適化機能
非常に巨大なメッシュを分割し、ストリーミングしながら経路探索を行なえる

 複雑化・高度化するゲームAIへの要求を満たすために、専門のミドルウェアを利用することも珍しくなくなってきている。物理エンジンのデベロッパーとして有名なHavokでは、AIミドルウェア「Havok AI」を提供しており、AI Summit内で講演を行なった。その中で、Arenanetが開発するオンラインRPG「Guild Wars II」での活用事例も紹介されている。

 「Havok AI」が提供するメインの機能は「経路探索」と呼ばれる処理だ。自動制御されたキャラクターがゲームワールド上で目的地に移動する経路を見つけるための処理であり、古今東西のゲームで最も基本的なAI関連の処理だ。しかし基本的であるだけに、その良し悪しがゲームの出来そのものに影響する度合いはとても高い。

 現在ほとんどのケースで3Dゲームに採用されている経路探索アルゴリズムでは、AIが通り道を見つけるための基礎情報として「ナビゲーションメッシュ」と呼ばれるデータを使う。これは通行可能な空間を処理しやすい多角形で表現したもので、これをいかに効率よく生成し、高速に計算するかが経路探索アルゴリズムの能力そのものだと言っても良いかもしれない。その点で非常に高い能力を持つのが「Havok AI」というわけだ。

 「Havok AI」は、ナビゲーションメッシュの生成・最適化から、それを用いた柔軟な経路探索まで、必要な機能がトータルで用意されている。平地、傾斜、立体物の表面など形状を問わず経路探索を行なうことが可能で、また、非常に巨大な地形データをストリーミング方式で扱う方式にも対応できるという。

 また、物理オブジェクトなどの影響でリアルタイムに変化する障害物に対しても、AIに適切な経路を取らせることが可能だ。飛行機など空中の移動にも適用可能で、この場合は空間を立体的に分割(AABB:直方体分割)して障害物を判定するアルゴリズムが経路探索に採用される。


動的なオブジェクトが絡む条件や空中など、様々なシチュエーションでの経路探索が高速に実行できる「Havok AI」。ライバルとしてはAutodeskのAIミドルウェア「Kynapse」が挙げられる

「Guild Wars II」
大量のNPCが登場するシーン

 つまり「Havok AI」は、AIキャラクターの移動に関してオールインワンパッケージになっているというわけだ。採用ゲームの「Guild Wars II」ではこれをNPCキャラクターを制御するために使用している。デモムービーでは、多数の兵士がモンスターと激しく交戦しつつ、街中の複雑な路地を進軍していくイベントシーンを見ることができた。

 経路探索処理が非常にスケーラブルであるほか、高速であることも魅力のひとつだという。「Guild Wars II」のケースでは、1コアのCPUで秒間に数千回の処理が可能だったとのことで、これが多数のNPCを登場させても破綻のないゲーム内容につながっていそうだ。

 ゲームのさらなる大規模化、スケールアップという方向性では、このようなAIミドルウェアがオンラインRPG、3Dアクション、ストラテジーゲームなど、様々なジャンルで求められる時代になっているのかもしれない。もちろん、キャラクターが上手に移動するだけでゲームが面白くなるわけではない。プレーヤーを楽しませる個性的な動きがあるか、NPCが面白い戦術をとれるかどうか。経路探索というパーツを使いつつ、その上に構築するゲームそれぞれのAIにこそ個性を見出したいものだ。


「Guild Wars II」での「Havok AI」利用。ナビゲーションメッシュの最適化とストリーミングで広大な世界を表現している


【影響マップの高速化事例】
AIアルゴリズム関係で興味深いもののひとつとして、AiGameDev.comのAlex Champandard氏が影響マップ(Influence Map)の高速化事例を紹介していた。影響マップはゲームマップ内の各地点についてAIが戦略的評価を行なうためのデータ生成手法で、多くのRTS系ゲームのほか「KILLZONE」シリーズのような近年のFPSでも使われている仕組みだ。これがより高速に扱えるようになれば、AIがより濃密で的確な戦略的判断を下せるようになるかもしれない。アルゴリズムの洗練に期待が持てる

(2011年 3月 3日)

[Reported by 佐藤カフジ]