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【CES2020】フィルムメーカーモードで転換を模索する2020年のリビングテレビ

映像処理エンジンの性能アピール競争を脱し後方互換性に配慮

1月5日~10日開催

会場:Las Vegas Convention Center他

 1月7日(現地時間)、本年もラスベガスで世界最大の家電ショウ、CESが幕を開けた。CES本番に先立つこと2日間、5日、6日といくつかの有力メーカーがメディア向けにカンファレンスを開催して、いち早く新製品を披露している。

 そんななか、リビング向けのテレビに突如として新しいキーワードが登場した。“フィルムメーカーモード”がそれで、UHD Allianceが昨年2019年の8月末に策定を終えたばかりの新しい規格だ。

 ローンチと同時にサポートを表明したメーカーは、LG、Panasonic、VIZIOの3社に留まったものの、今般新たにPHILIPSとSAMSUNGの2社が加わり、UHD Allianceのメンバーに名を連ねる家電メーカーの大多数がフィルムメーカーモードを搭載した製品をリリースすることになった。残る有力メーカーは、SONYとTCLくらいだろう。

 本稿では、ゲーマーのゲーム体験にどんな影響を与えるかという視点で、このフィルムメーカーモードの概略をお伝えしたい。4K、8Kテレビに値ごろ感がうまれ、オリンピックなどのビッグイベントを控える昨今、2020年にリビングテレビの買い替えを検討している向きも多いことだろう。新しいテレビの購入に際して、ひとつの判断材料としてほしい。

 さて、フィルムメーカーモードとはいったい何か。文字通り、フィルム(映画)をメーカー(創る人)のためのモードで、この規格の第一義は映像プロダクションの意図する通りの映像をテレビで再現するためのモードということになる。従来のテレビにも近しい概念の24pモードが存在しており、対応するビデオグラムと対応するテレビの組み合わせならリフレッシュレートを伝統的な映画のフレームレートと同じ秒間24コマに固定して再生することができる。

 秒間24コマで撮影された映画を、24pをサポートしないテレビに対応させる場合には、SD時代の初期には機械的にコマを割り増しする操作を行なって30p、そして60iへと変換し、テレビの伝送規格に合わせてきた。デジタル時代に入ってからは、フィルムから撮像して取り込んだデジタルテータから、時間軸、空間軸を解析してデジタルで中間フレームを生成するテクニックが採用されているが、いずれにしても、伝送周波数を基準にした、極めてアナログな部分を引きずったやり方だ。映画をテレビで視聴するという目的のためには必要なことであり、20%の中間フレームであれば概ね許容、という考え方が支配的だった。

 製作者、視聴者双方にある、どうしても映画ソースを忠実に再現するものでないと嫌だ、または忠実な方が望ましいという考え方に対応するために24pが登場した。映画制作側にとっては、秒間24コマという“常識”が最終視聴環境まで変わらずにあり続けることが、デジタル撮影への更新の過程で生じる“常識”の変化が緩やかで何かと都合がいいというメリットが大きい。

フィルムメーカーモードのみならず注目の機能満載のLGの2020年モデル

 しかしながら、この24pは映像信号の規格レベルで伝送周波数を切り替えて実現するものであり、レガシーなレイヤーに属するテクニックだ。HD時代からは伝送経路も含めてデジタル化さてれおり、音や絵を表示するための基本的な情報に加えて、さまざまな付加情報を伝送するのに都合がいい環境が整ってきた。最新のサウンドやHDR規格では、映像シーンに応じて音や絵を制御するためだけにある、見ることも聞くこともできないメタデータが含まれている。視聴者側からみると、このメタデータのおかげでシーンに最適なより迫力のある映像が楽しめるようになったと言える。

 また、このメタデータに異なる視聴環境に応じて複数の情報を含めることができる規格もあるため、対応機器さえ購入すれば、ごく簡単に適切な視聴状態が得られるという恩恵がある。

フィルムメーカーモードでテレビに表示される映像コンテンツ

 ここにきて、これらのメタデータの拡充を背景に、メタデータに従ってシンプルに製作者の意図通りの表示を行ないなさい、という命令を実行するモードが加わることになった。これがフィルムメーカーモードというわけだ。

 特に往年の名作、つまり秒間24コマのフィルム撮影の映像の場合、その当時のテクノロジーに限りなく近しい再生状態の方が雰囲気が出て味わい深いということもあるだろう。モダンな映画でも、まだまだ30pや60p撮影のソースが主流というわけでもないし、映画館での上映、VoDでの視聴、放送波と、それぞれに向けてマスタリングされたソースのフレームレートが異なるのは当たり前のことだ。

 従来のテレビに対してクリエーター側が抱いていた問題意識というのは、これらのソース映像の特性を考慮しないで、画一的に問答無用でテレビメーカーがオススメする“高画質化”が優先されてしまうというものだ。

フィルムメーカーモードに対して多くの映像クリエーターが支持を表明

 テレビメーカー側には、従来からごく簡単なオプション変更で絵作りをバイパスしたストレート表示に変更できるじゃないか、という言い分もあるだろう。せっかくのパネルのハイリフレッシュレートを活かさない手はないだろうとか、テレビの機能で絵作りを行なわないならばテレビの付加価値や他社製品との差別化はどうするんだ、という反論もあるだろう。テレビを創る人もやはりクリエーターなわけで、矜持と矜持のぶつかり合いで複雑な想いがあっただろうことも想像に難くない。

 だが、テレビメーカーは、視聴者側に提供できる選択肢を増やすという点で、合理的な判断を下した。フィルムメーカーモードは映像製作者側のニーズに応えるという面にフォーカスして紹介されているが、テレビメーカーが向き合っているのは、実際にテレビを買ってくれる視聴者たちだ。

 現段階では、映像ソース側に想定されるフレームレートは24pであることが最も多く、次いで30p、60pくらいしかないだろうが、テレビにとっては100pでも120pでも、さらには240pでもいいはずだ。もっというなら、映像フォーマットが許す限りの任意のフレームレートでいいはずで、コンテンツの途中でメタデータが再送されれば可変フレームレートにも問題なく追従するはずだ。

 こうなれば、歴史的な伝送周波数に縛られた映像物の“常識”はもはやあまり意味を持たなくなる。30や60の倍数に縛られる必要はないのだから、コンテンツ製作者の意図で必要に応じて、例えば24の倍数の48pや96pでもいいということになる。

Panasonicのフィルムメーカーモードは周辺環境光を検出して輝度レベルを変更するという独自仕様で他社との差別化を図る

 では、このフィルムメーカーモードはゲーマーにどのようなインパクトを与えるだろうか。コンソールゲームの場合、ゲームプレイ用ディスプレイの多くはリビングテレビだ。テレビ側からみて、映画であろうとゲームであろうと映像ソースであることに違いはないから、フィルムメーカーモードの規格フォーマットに則ったメタデータをテレビに送出しさえすれば、映画と同じことができるということになる。

 次世代ではBDに加えてUHD BDの再生がサポートされるから、少なくともビデオグラムの再生に際してフィルムメーカーモード対応とすることは十分に考えられるだろう。GPUからのゲーム画面の出力に際しても、今のコンソールゲーム機の汎用性とコンピューティングパワーにとっては、さほど難しいことではない。

 ただし、実際に次世代ゲーム機がフィルムメーカーモードに対応するためには、解決しなければならない課題がある。採用が表明されている可変リフレッシュレート、VRR(Variable Refresh Rate)との競合の問題だ。

 最も簡単な解決策は、完全に排他とすることだ。ゲーム機側からVRR要求があった場合、VRRを優先しフィルムメーカーモードを無効にすれば問題は生じない。この状態でもVRRによってリフレッシュレートの制御は行なわれるからフィルムメーカーモードが提供するひとつの柱はクリアできるのと同義だ。ただし、もう一つの柱、つまりソース側のカラーグレーディングを優先しテレビの機能による絵作りの無効化する機能は、VRRの守備範囲外だ。

 テレビによっては、絵作りを行なわずストレート表示するものをゲームモードと呼称して完全にフィルムメーカーモードと等価の結果が得られるものもあるだろうが、絵作りをどの程度行なうのかはテレビ側の実装に委ねられることになる。結果として、フレームレートとリフレッシュレートの一致は行なわれるが、ゲームクリエーターが意図した通りの色味を忠実に再現することは保証されない可能性が残る。

 反対にVRRが無効の状態で、かつゲームコンテンツ側からフィルムメーカーモードを制御するメタデータを動的に生成して送出できるとなると、VRRの持つリフレッシュレート制御に加えて、ゲーム側のカラーグレーディングが優先されることになるから、この場合ゲームクリエーターが意図した映像表現に対して忠実に表示されることになるだろう。つまり、フィルムメーカーモードはVRRと等価の機能を内在させ、かつそれを上回る規格だということになる。

フィルムメーカーモードのみならずVRRやG-SYNCをもサポートするLGの2020年モデル

 VRRとフィルムメーカーモードがそれぞれ独立して並存できる実装とした場合はやや複雑だ。フィルムメーカーモードのメタデータが固定的で、かつ優先される実装場合、VRRによるリフレッシュレート制御とフィルムメーカーモードのメタデータに矛盾が生じた場合、画面が破綻する恐れがある。フィルムメーカーモードのメタデータによって規定されたリフレッシュレートよりGPUの描画処理が遅延した場合がそれで、常にVRRを優先する実装とすることで回避できる。リフレッシュレートはVRRに従い、カラーグレーディングはメタデータに従うことで問題は生じない。

 この状態がゲームクリエーターの意図通りかと問われれば、必ずしもアーティストの意図通りということではないだろうが、少なくともゲームアーティストにはGPU処理負荷に起因する予期せぬフレームレートの低下に対して一定の理解があるため、十分許容できる状態だろう。映像クリエーターのように、自分たちの創ったマスターと寸分違わぬフレームレートでリフレッシュされないと気が済まないということはないはずだ。

 ゲームにおける実践的なフィルムメーカーモードの活用シーンとしては、以下のものが考えられるだろう。ひとつはレトロゲームの場合で、エミュレーション動作するゲームには、往年の名作映画と同様、テレビ側での余計な絵作りがない方が往年の姿が偲ばれて良いという考え方はあるだろう。

 もうひとつは、カットシーンなど、アーティストの演出意図を最大限優先する、いわば映画に準じたコンテンツパートでの活用だ。ゲームアーティストの中でも映像肌の強いアーティストが担当していることもあって、フィルムメーカーモードに対するニーズは十分強いと思われる。

 さらに、遅延を極端に嫌い即応性を優先するeスポーツ向けコンテンツなどでは、フィルムメーカーモードを活用することで完全にテレビ側の絵作りを沈黙させて表示遅延要因を排除することが望まれるだろう。テレビが勝手にやっていることにはゲーム側からは手が出せないことから、ユーザーニーズに応えられず、もどかしい想いをしていたゲームソフト開発者にとって、フィルムメーカーモードをサポートするテレビとゲーム機の組み合わせが実現するならば、このもどかしさから解放されるということになる。

フィルムメーカーモードのみならずVRRやG-SYNCをもサポートするLGの2020年モデル

 このように、名称からあまりゲームにとって関係がないように感じられてしまうフィルムメーカーモードだが、サポートするテレビとゲーム機が一般化すれば、大いに活用の余地があると言える。ただし、現時点では現世代、そして次世代機においてもフィルムメーカーモードをサポートするという話題はないことから、その将来は未知数だ。

 特にソニーの場合、2020年に発売される新モデルのテレビはフィルムメーカーモードのサポートを表明していないことから、プレイステーション 5リリースの段階で、ゲーム実行時にフィルムメーカーモードに対応する見込みは薄そうだ。先に触れたように、技術的もマシンパワー的にもそれほど難しくないと思われることから、次世代コンソール機にもフィルムメーカーモード対応を期待したい。