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懐かしのアーケード用大型体感ゲームがズラリ勢ぞろい!

アーケードゲーム博物館計画「倉庫開放」を写真増量でレポート

4月14日 開催

会場:タイトー 熊谷ビル内倉庫

 有志団体「アーケードゲーム博物館計画」は、懐かしのアーケードゲームを遊ぶことができるイベント「倉庫開放」を、4月14日に埼玉県熊谷市にあるタイトー 熊谷ビル内倉庫にて開催した。

 同プロジェクトは、2007年10月に埼玉県熊谷市内のゲームセンターで「ギャラクシアン3」(1993年にナムコが発売)など、現在は稼働している店舗がほぼ皆無に等しい貴重なアーケードゲームをプレイ可能な状態で設置したことがマスコミでも紹介され、その存在を知られるようになった。以後、埼玉県内で設置イベントを不定期に開催し、2012年1月からは大手メーカーのタイトーの協力を得て、所有する数多くのゲームを同社の熊谷ビル内倉庫にてメンテナンス作業を行なっている。

 現在でも、これらの動作検証を兼ねる形で、一般の来場者を招いて遊ばせるイベントを「倉庫開放」と題して実施しており、今回が今年最初の開催となる。入場は無料で、稼働させているゲームがすべて無料で遊べるということもあり、13時のイベント開始直後からおよそ50人の来場者が駆け付けた。

 筆者は今回初めて「倉庫開放」にお邪魔したが、自身が最後に遊んでから20年以上も過ぎたであろう、大型体感筐体を使用したゲームが多数並び、しかもその大半が当時と変わらぬ姿で動いていたので本当に驚かされた。今回稼働させたタイトル以外にも、プロジェクトではゲームを多数保有しているとのことだったが、それでも滅多にお目にかかれない貴重なものがズラリとそろっていた。以下、主な出展タイトルと稼働状況などをご紹介していこう。

「アーケードゲーム博物館計画」が保有する作品の中でも、とりわけ貴重な3Dシューティングゲームの「ギャラクシアン3」のシアター6筐体。ショット発射時やダメージを受けた際に操作デバイスが揺れるギミックもちゃんと動いていた(※当日稼働していたのは、その続編にあたる「アタックオブザゾルギア」)
こちらも旧ナムコ(現:バンダイナムコエンターテインメント)のシューティングゲーム。左はコックピットが前後左右に傾く「メタルホーク」(1988年)、右は美しい3DCGが特長の「スターブレード」(1991年)
セガの大型体感ゲームの古典的名作、「スペースハリアー」(左:1985年)と「アウトラン」(中央:1986年)、その続編の「アウトラン2」(右:2003年)
こちらはタイトーの「チェイスH.Q.」(1988年)と、その続編「チェイスH.Q.2」。(2012年)
ポリゴンを使用した初期のドライブゲームのひとつ、「ウィニングラン 鈴鹿GP」(ナムコ:1991年)
トラックボールでアルマジロを操作する「アルマジロレーシング」と、2人対戦プレイ時はお互いのレバーをぶつけ合って遊ぶこともできるという、珍しい筐体を使用した「パニックパーク」
残念ながら稼働はしていなかったが、こちらは世にも珍しいホログラムによる立体映像技術を用いたアクションゲームの「タイムトラベラー ホログラム」(セガ:1991年)
現役稼働する店は極少となった、元祖「アイドルマスター」(ナムコ:2005年)
こちらは汎用アップライト筐体を使用したビデオゲームコーナー。稼働していたのは、左から稼働順に「グラディウスII」(コナミ)、「オーダイン」(ナムコ)、「アークエリア」(UPL)、「レイメイズ」(タイトー)、「悪魔城ドラキュラ」(コナミ)。スタッフによると、今回は1988年発売のタイトルから選んだとのこと
テーブル筐体も数台稼働していた。左から順に、「キューティーQ」(ナムコ:1979年)、「ゼビウス」(ナムコ:1983年)、「ギャラガ」(同:1981年)、右端のアップライト筐体には「ギャラガ'88」(同:1987年)

 この他にも、主なプレイアブル展示タイトルとして以下のタイトルが出展されていたが、撮影NGのためタイトル名のみ列記しておく。

・「アストロゾーン」(タイトー:1980年)
・「バブルボブル」(タイトー:1986年)
・「奇々怪界」(タイトー:1986年)
・「トップランディング」(タイトー:1988年)
・「サイバースレッド」(ナムコ:1993年)
・「プロップサイクル」(ナムコ:1996)
・「アルティミット・エコロジー」(カプコン:1994年)
・「オトメディウス」(コナミ:2014年)

なぜ、古いアーケードゲームを集めるのか? 「アーケードゲーム博物館計画」代表者インタビュー

 「アーケードゲーム博物館計画」からいただいた資料を拝見したところ、本プロジェクトの目的は「ゲームの歴史上、重要な意味を持つゲーム機の保存と実際に遊べるかたちでの展示。過去にも博物館やイベントで一時的な展示はありましたが、ゲームというのは実際に遊んでみて、初めてその作品の素晴らしさがわかります。当プロジェクトでは、定期的に施設を開放することで、多くのユーザーに実際遊んでいただける環境を実現します。」とのこと。

 では、そもそも本プロジェクトが誕生したきっかけはいったい何だったのだろうか? 「倉庫開放」会場にて、代表を務める伊藤桂氏にお話を伺ってみた。

――「アーケードゲーム博物館計画」のプロジェクトを始めようとした動機は?

伊藤氏: 1997年に「ギャラクシアン3」が好きな仲間同志が集まって、「いずれゲーセンからなくなっちゃうから、何とかして筐体をとっておこうよ」という話をして、13人が共同出資する形で買い取ったところから始まりました。で、いざ買ってみたら感覚がマヒしてしまって、他のゲームの筐体が小さく見えちゃうんですよ。「じゃあ、あれもなくなっちゃう、これもなくなっちゃうから、今のうちに買っておこうよ」という話になって、どんどん数が増えていきました。

――いきなりメチャクチャ大きい筐体にアタックしたら、確かにマヒしちゃいそうですね(笑)。

伊藤氏: それで、ただとっておくだけではつまらない、身内だけが遊ぶのではつまらないので、「どうせならみんなでワイワイ遊べたほうが楽しいよね」ということで、ゲームセンターの隣りにあった敷地を借りて、フリープレイで数台置いたところから「アーケードゲーム博物館計画」がスタートしました。

――タイトーの協力を受けるようになった理由は?

伊藤氏: 以前まで実施していた倉庫が、大家さんの事情で退去しなくてはならなくなりましたので、新しい物件を探すためにネットで告知をしたら、これを見たタイトー社員の方がタイトー本社に提案をして紹介いただいたのがきっかけでご縁ができました。

――こちらのプロジェクトでは、全部で何タイトルのゲームを所有していますか。

伊藤氏: 大型筐体ものは30台、ビデオゲーム用の汎用筐体は10台ほどあります。基板とかで持っているゲームは、だいたい1,000タイトルぐらいですね。

――すごい数ですね! それだけたくさんお持ちですと、メンテナンスにはかなりの手間がかかると思いますが、普段から定期的にみなさんで集まってメンテナンスをするようにしているのでしょうか?

伊藤氏: 実は、埼玉県内に住んでいるメンバーは1人もいなんですよ。ですから、「倉庫開放」をする当日の午前中に、みんなでまとめてメンテナンスをやるパターンが多いですね。タイトーさんから技術協力もいただいていまして、こちらからお願いしてサポートいただくこともあります。今回出した「アウトラン」もまだまだ調整が十分にできていないので、もっと細かいところまで遊べるようにしたいなあと思っています。スタッフの自腹と来場いただく方のカンパでやっていますので、なかなか費用はかけられないのですが……。

――ボランティアスタッフだけで、これだけ多くの古いゲームを集めてメンテもこなせるのは本当にすごいですね。

伊藤氏: これは個人的な考えですが、古くなったゲームはいずれ産業廃棄物になってしまいますので、今あるうちにみんなで遊んでお金を落としてほしいなと思いますね。「近くのゲーセンに置いてあるし、いつでも遊べるからいいや」ではなくて、今あるからこそどんどん遊んでほしいです。お金が入らなくなった機械は、やがてお店から撤去されて除却されてしまいますから。

――次回以降の「倉庫開放」のスケジュールはもうお決まりですか。また、公共施設での展示イベントに協力をする予定などはありますか。

伊藤氏: まだ決まっていないのですが、できれば毎月1回のペースで実施したいなとは思っています。ただ、ここだと夏は暑過ぎてできないんですよ、倉庫にはエアコンもありませんので……。スタッフの都合もありますが、そこを何とか調整をしつつ月イチペースでやっていきたいですね。古い機械がたくさんありますので、「あついぞ! 熊谷!!」じゃないですけど(笑)、もしよろしければぜひ足を運んでいただきたいと思います。

 自分たちの大好きなアーケードゲームが、やがて除却されてこの世から消えてしまうのはもったいないという思いと、趣味が高じて始まった「アーケードゲーム博物館計画」。NPO法人などを一切取得せず、非営利の有志の集まりだけで、ただでさえ手間のかかる古いゲームのメンテナンスと、イベントを実施する情熱と行動力にはただ脱帽するしかない。

 次回以降の「倉庫開放」イベント開催が決まった際は、下記ホームページやTwitterの
公式アカウント(@gehaku)にて告知するそうなので、興味のある方はぜひチェックしてただきたい。