【特集】

「Keyの作品は"生き様"の物語」――ビジュアルアーツ天雲玄樹社長が語る、四半世紀の歩みとこれから

「Kanon」発売の年に入社。修羅場で学んだKeyの本質、テンセント子会社化の舞台裏、そしてKeyの目指す未来

【anemoi】
4月24日 発売予定
価格:
10,780円(初回限定版)
7,700円(DL版)

 ビジュアルアーツのゲームブランド・Keyが手掛けるPC用恋愛アドベンチャー「anemoi(アネモイ)」が4月24日に発売される。「Kanon」、「AIR」、「CLANNAD」と数々の名作を生み出してきたKeyのフルプライス新作としては、2018年リリースの「Summer Pockets」以来、実に約7年半ぶりのタイトルだ。

 本稿では、ビジュアルアーツ代表取締役社長・天雲玄樹氏にインタビューを行なった。1999年に18歳で入社して以来、名作の制作の裏側にある修羅場を経験し、「Summer Pockets」ではプロデューサーとしてKeyブランドの継承に挑み、2023年には社長に就任。クリエイターから経営者へと転身した天雲氏が、Keyの四半世紀の歩みと、これから目指す未来を語る。

 なお、「anemoi」の開発チームへのインタビューは後日掲載予定なので、そちらもぜひあわせてご覧いただきたい。

ビジュアルアーツ代表取締役社長・天雲玄樹氏

天雲玄樹(あまぐも げんき)氏:ビジュアルアーツ代表取締役社長。ペンネーム「丘野塔也」名義でシナリオライター・プロデューサーとしても活動。「Summer Pockets」および「anemoi」プロデューサー。

18歳で入社、2週間で退社を決意――「AIR」「CLANNAD」の修羅場で鍛えられた原点

――まずは読者に向けて自己紹介をお願いいたします。天雲さんは1999年の入社とのことですが、きっかけは。

天雲氏:ちょうど「Kanon」が出た年ですね。当時、私は高松高専(現・香川高等専門学校)に通っていたんですが、ゲーム制作の仕事に就きたいとずっと思っていました。90年代後半のPCゲームブーム真っ只中で、新しい業界なら自分でもやれるんじゃないかと思い、学校を中退してライターを志しました。

 いくつかのメーカーに応募した中で、「Tactics(タクティクス)※1」から独立したスタッフが新ブランド「Key」を立ち上げるという記事を「E-LOGIN※2」で見つけまして。「ONE」が好きだったこともあり、「これだ!」と思って応募したら、お声がかかったんです。

※1:「MOON.」、「ONE ~輝く季節へ~」などを発売したネクストンのアダルトゲームブランド。
※2:エンターブレインが1995年~2003年まで刊行していたアダルトゲーム雑誌。

――入社後はすぐにKeyのチームに配属されたのですか。

天雲氏:はい。当時のKeyは麻枝准さんがリーダーで、5~6人のチームでした。ただ、同期が4人いたものの、1週間ごとに落とされていく方式だったんですよ。全員で一緒に頑張ろうと思ったら、まず1人消え、また1人消え……というシステムだったわけです。

 最終的に私ともう1人が残りましたが、18歳の自分には実力が足りないと痛感して、入社2週間目で退社を申し出ました。ところが馬場(前)社長から「せっかく残ったのにもったいない。他の部署でやってみないか」と言われまして。別の部署に移りました。

――それが結果的にKeyとの関わりに繋がっていくわけですね。

天雲氏:そうです。Keyが「AIR」を作っている時に、プロジェクトの進行がかなり厳しく、後半に人が足りない、締め切りに間に合わないという状態になり「2週間だけいたあの天雲というやつ、多少は書けたから呼び戻せ」と(笑)。それでマスターアップ前の現場に入ったのが、最初のKeyの仕事でした。

――修羅場からのスタートだったと。

天雲氏:修羅場だからこそ、得るものがすごく多かったんです。普段は言わないこともズバッと本音が出ますし、「Keyブランドとはこうするんだ」、「こういうことは絶対やらないようにしている」ということを、あの現場で知ることができました。

 当時はみんなすごく若かった。麻枝さんが25歳くらい、魁さんがその1つ下で、私は19歳。涼元悠一さんだけ30歳で、自虐的に「俺おっさんだから」と言ってたんですが、今思うと30は、まだまだ若いですよね(笑)。

――天雲さんは「CLANNAD」にも関わられていますよね。

天雲氏:「CLANNAD」も同じく、マスターアップ前というタイミングで呼ばれました。主人公の親友である春原陽平と、その妹の芽衣ちゃんのサブルートを担当しています。春原ルートは、いじめの描写が入るなどで賛否ありましたが、好きだと言ってくれた方もいて嬉しかったですね。

2004年発売の「CLANNAD」
「CLANNAD」より春原芽衣。芽衣単体ではなく、兄の陽平と合わせたシナリオが特長の春原兄妹ルート

「Key=麻枝准」からの脱却。「Summer Pockets」に込めた挑戦

――代表作の中で最も思い入れのある作品を挙げるとすれば。

天雲氏:「Summer Pockets」ですね。理由はいくつかありますが、1つはKeyブランドの最大の課題に挑んだ作品だったということです。

 当時、「Key=麻枝准※3」だったんですよ。それは今もそう思っている方はたくさんいらっしゃると思います。でも、イコールであるということは、ある日、麻枝准が書かなくなった瞬間にブランドは終わるしかありません。50年後、100年後を考えたら、それはやっぱり違うだろうと。

 ではどうすればいいのか。Keyってなんなのか、何をすればKeyの作品たり得るのか。麻枝がいなくても、お客さんが求めているエッセンスをちゃんと分解して表現すれば、Key作品になるんじゃないかと。それがもう1つの挑戦でした。

※3:麻枝准氏は「Kanon」や「AIR」、「CLANNAD」などKeyを代表する作品に携わる人物。

2018年発売の「Summer Pockets」。麻枝准氏は原案として携わっており、最新作「anemoi」に続く新体制で制作された作品とも言える

――「Keyブランドとは何か」を分解した結果、何が見えましたか。

天雲氏:よく「Keyの作品は人が死ぬ」、「難病になって悲しい」と言われがちなんですが、実はそこじゃないんです。Keyブランドの本質は"生き様"なんですよね。

 基本的な構造として、主人公かヒロインのどちらかが、自分の力ではどうしようもないような過酷な運命を背負っている。それに対して立ち向かう。そして、立ち向かった結果、勝つか負けるかは実はどちらでもいい。立ち向かうということ自体が重要で、そこにKey作品の本質がある。

 たとえば「AIR」の観鈴がゴールするシーンは終着点として存在するだけで、本当に大事なのは、呪いに囚われた観鈴が「生きたい」と思い、お母さんのところに行きたいとゴールに向かう。運命に抗う過程にこそ、Key作品のエッセンスがあるんです。

2000年発売の「AIR」
「AIR」より神尾観鈴。涙無しには見られない「ゴール」シーンはあかん

――それを分解できたヒントは何だったのでしょう。

天雲氏:馬場前社長がずっと「Keyの作品とは過酷な少女の運命の話だ」と言っていたんですね。そこからさらに過去タイトルを分解していって、「過酷な運命に立ち向かう話」だと辿り着きました。

 これはおそらく麻枝の創作の原体験から来ていると思います。人生はすごく苦難に満ちたもので、でも、こんな苦しい人生でも生きていきたい、抗っていきたいというパッション。それが根底にある。ここを分解できたことで、Key作品は「お涙頂戴」ではなく、かなり普遍的なテーマを扱っているということがわかりました。だからこそ「ヘブンバーンズレッド」のようにバトルものの立て付けでも、Key作品として成立するわけです。

――「Summer Pockets」はその答え合わせでもあったわけですね。

天雲氏:結果として、お客さんに「これはKeyの作品ですね」と言ってもらえました。麻枝に頼らなくてもKey作品を生み出せたということが、一番大きかったですね。

 ただ、「Summer Pockets」は初動がすごく低かったんですよ。当時のKey新作なら7~8万本売れるのが普通だったのが、2万5千本でした。市場的にも厳しい時期だったんですが、遊んでくれたお客様がすごく面白いと広めてくださり、今では50万本以上売れています。ファンの方の強さやありがたさを改めて感じた作品でした。

ゲーム、アニメ共に国際的な人気を獲得した「Summer Pockets」。新要素を追加した「Summer Pockets REFLECTION BLUE」も2020年に発売されている

「鳥の詩」が「国歌」と呼ばれる文化。ファンの熱量をどう受け止めるか

――「鳥の詩」が「国歌」と呼ばれたり、「CLANNADは人生」というフレーズが生まれたり、ユーザーコミュニティが作品に強い言葉を与える文化がKeyにはあります。制作側としてどう受け止めていますか。

天雲氏:それはもう、ありがたいの一言です。Keyはコアなファンに支えられているブランドだということは、開発にいた頃から思っていましたし、社長になってからはより強く感じるようになりました。

 イベントやライブに参加すると、好きを通り越してもう「愛してくれている」んですよね、このブランドを。そういう方たちが会社の根幹を支えてくださっているので、社長の交代や経営体制の変更などの多少の変化があっても、揺るがずに進むことができました。

 ただ、「そういったお客様がいるから大丈夫、安心だ」という考えは良くありません。いてくださるからこそ、まずその方たちを楽しませるのが役目なんです。「Summer Pockets」がそうであったように、まずコアファンに届けて、そこから徐々に口コミで広がっていく。それが我々のスタイルです。

【『AIR』 オープニングムービー】
「AIR」の主題歌として用いられている「鳥の詩」

テンセント子会社化と社長就任。衝撃の「2ヶ月後に交代だ」

――2023年にテンセントの完全子会社となり、天雲さんが社長に就任されました。この経緯を教えてください。

天雲氏:馬場前社長は若い頃から「60歳で引退する」と口癖のように言っていましたが、誰も本気にしていなかったんですよ。あんな元気な人が辞めるわけないだろうと。ところが実際に62歳くらいで「超えてしまった、もう引退する」と言い出し、あれは本当だったんだと(笑)。

 じゃあ誰が継ぐのかという話になったんですが、「会社を売却してM&A(企業の合併および買収)する、そしてお前が社長をやらないか」と言われました。こちらとしては全く予想していなかったので、その場では「無理です」とお断りしたんです。

――それが覆ったのは。

天雲氏:馬場さんの説得がうまいんですよ(笑)。「よく考えろ、今は「ヘブンバーンズレッド」が大ヒットして過去最高益だ。儲かっている会社を継ぐのはプラスしかない。今しかないぞ」と。

 しばらく考えて、18歳で入社して以来ずっとこの会社でやってきた恩もありますし、社長をやってくれと求めてくださるならと、首を縦に振った瞬間、「よしわかった、じゃあ2ヶ月後に交代だ」と。

――2ヶ月後!?

天雲氏:業務の引き継ぎに関しては、できたと思うのは全体の1割くらいですね。残りは現場に出てからです。しかもそのタイミングで、創業以来の担当税理士さんが辞め、さらに馬場さんの奥様が担当されていた経理も退職となり、そういった面の対応も必要になりました。

――相当な混乱だったのでは。

天雲氏:大変でしたよ。一応、1年間は馬場さんが相談役として残ってくれたんですが、相談すると「それはそっちで考えろ」と言われることも多かったです(笑)。しかしながら、いろんな方々に助けて頂きながら、なんとかやってきたというのが実情です。

――テンセント傘下となって約2年半が経ちました。実際に何が変わり、何が変わりませんでしたか。

天雲氏:制作の自主性は完全に保たれています。クリエイティブに対して口を出されたことは一度もないですね。変わった部分で言えば、会計や管理の体制がグローバル基準になったことと、そして経営の安定感が増しました。馬場前社長がおっしゃっていた「作品や楽曲の権利が雲散霧消するのを防ぐ」という目的は果たされていると思います。

フルプライス新作を作り続ける意義と「anemoi」

――近年、美少女ゲームブランドの活動終了が相次ぐ中で、Keyが新作フルプライスのビジュアルノベルを作り続ける意義はどこにありますか。

天雲氏:実は「Summer Pockets」で終わりかなと思ったんですよ。魁さんとも「(今後)フルプライスを出すのは難しいんじゃないか」と話していました。でも結果的にファンの方がこれだけ楽しんでくださって、待ってくれている。じゃあやっぱり作らないといけないよね、と。

 「anemoi」は新体制になってから初めてのフルプライス作品です。我々は引き続きこういうクオリティのものを作っていきますよ、というメッセージでもあります。ボリュームもかなりのもので、2月からずっと毎日フィードバックをやっていて、ようやく全ルート通れたところです。

4月24日の発売が迫る最新作「anemoi」

――フルプライス作品ならではの難しさはありますか。

天雲氏:ボリュームが倍になれば手間は4倍、4倍のものを作ろうと思ったら16倍くらいかかる。単純な掛け算ではなく累乗で増えていくんです。要素が増えれば繋ぐところにもリソースがいりますし、しかもすべてのクオリティを均一化しないといけない。ここが一番大変ですね。「Summer Pockets」から約8年ぶりですが、その間に会社の経営体制も変わりましたし、いろいろあった上での新作です。

――「anemoi」のメディアミックスやIP展開については。

天雲氏:ありがたいことに、発表当初からアニメ化やコミカライズのお話はいただいていたんですが、全部「ゲームが出てからお話させてください」と保留にしています。作品を見てからでないと判断できないと思うので。ただ、「anemoi」のアニメ化は相当難しいんじゃないかなとは思っています。ボリュームが膨大で、通常のクール数では語りきれるのかという問題がありますね。もちろん、今後どうするかは未確定です。

【Key『anemoi』オープニングムービー】

海外展開とノベルゲームの未来

――Steam版「anemoi」は日本語・英語・中国語(簡体字)の3言語対応ですが、Key作品の「泣き」は海外のユーザーにも届くものなのでしょうか。

天雲氏:届いていますね。先ほどお話しした「過酷な運命に立ち向かう」というテーマは、実は非常に普遍的なものなので、文化圏を問わず共感してもらえます。どの国にもコアなファンがいらっしゃるので、海外の方にもしっかり届けていきます。

――海外ではノベルゲーム市場が広がっていますが、Keyの戦略は。

天雲氏:自分たちの強みはこのノベルゲーム領域にあるので、ここでもっと存在感を出していきたいですね。感動系に関しては、もう唯一無二の存在にはなれたかなと思っています。我々はあくまで自分たちの強みで勝負していきたいですね。

――モバイルゲームについての展望は。

天雲氏:「ヘブンバーンズレッド」で感じたのは、モバイルゲームと我々のナラティブ的な表現はすごく相性がいいということです。フルプライスのノベルゲームは企画から発売まで5年かかり、お客さんをその間ずっと待たせてしまう。一方でモバイルゲームは、連載作品のように毎週ストーリーが更新される。そういう届け方ができるのは大きいです。「ヘブバン」はもちろん継続しますが、それに続くタイトルも今後制作していきたいと思っていますし、実際に動いています。

――今、さらっと凄いことを言われたような……。

天雲氏:今後にぜひご期待ください。

 2022年よりサービス展開中の「ヘブンバーンズレッド」。今年で4周年を迎えた

Keyの次の四半世紀。普遍的な価値観を受け継いでいく

――25周年記念として公式Discordサーバーの開設や楽曲のサブスク解禁など、新しい試みが目立ちます。

天雲氏:コアファンが我々の根幹を支えてくれている以上、なるべく情報を届けて、Keyのコンテンツに触れやすくする。ファン活動を促進していくのが会社としてできることだと思っています。今はSNSのおかげでファン活動がしやすくなりました。昔はマイナーなジャンルのファンは肩身が狭くて語れる相手もいなかったけれど、今はネットで繋がって好きを語り合える。その話題になれるものを提供していきたいですね。

 様々なタイトルの楽曲が各種サブスクリプションサービスにて順次配信されている。「anemoi」の一部楽曲についてもゲームの発売に先駆けて配信がスタートした

――――人材育成についてはどうお考えですか

天雲氏:様々なタイプのクリエイターを揃えていなければ、作品の深みも出ませんし、Keyというブランドの作品を受け継いでいけません。そのために、年齢や属性も幅広くする必要があります。当たり前ですが、上の世代はいつかいなくなります。だからこそ若い世代が育ち、そして彼らがKeyの価値観を持ちつつ新しいものを生み出していく。そのサイクルをしっかり作りたいです。

――最後に、Keyの次の四半世紀に向けて描くビジョンをお聞かせください。

天雲氏:私の役目は、次世代にバトンを渡すことです。創業者の馬場さんから引き継いで、この会社の存在感を高めて、次の作品を生み出すシステムをしっかり作る。そうすれば、Keyブランドの価値観はずっと続いていくはずです。

 ウォルト・ディズニーはもういませんし、亡くなって何十年も経っています。しかし、ディズニーの価値観は世界中に広まり続けていますよね。そういう会社にしていきたいと思っています。

――ありがとうございました!