佐藤カフジのVR GAMING TODAY!
スタンドアロン型VR HMD「IDEALENS K2」はB2B業界を席巻するか?
Google Glassの元開発者が手がけた優れたエルゴノミクスデザインを持つVRシステム
2016年10月27日 00:00
PlayStation VRの登場で話題もちきりのVR業界だが、それとは別の市場を狙って年内の国内リリースを予定している“伏兵”が存在する。それが「IDEALENS K2」だ。
「IDEALENS K2」はHMD内部にCPU・GPUを備え、外部機器と連携することなく単独でVR映像を表示・視聴できるスタンドアロン型のVRヘッドセットだ。カタログ値では視野角120度、解像度1,200×1,080のOLEDパネルが2枚、リフレッシュレート90Hz、遅延17msという、HTC Viveに匹敵する非常に高いスペックを誇る。
スタンドアロン型のVRヘッドセットが持つ最大のメリットは、他にホストコンピューターを必要とするHMDに比べ、使用が極めて簡便かつユーザーが自由になれることだ。
PC用HMDやPSVRといったVRヘッドセットはコンピューター本体から離れることができず、ケーブルやトラッキングシステムの都合もあって限られた環境でしか使用できない。また、Google Cardboard/GearVR等のスマホ用HMDは着脱の手間があり、運用が面倒である。また、バッテリー容量の制限により長時間の使用にも耐えられない。
スタンドアロン型VRヘッドセットはこれらの問題点からフリーになれることから、将来的にはVRシステムの標準になり、日用品としてスマホを置き換えるような存在になっていく可能性がある。ただしそこに至るにはメガネサイズへの小型化、高性能PC並の処理能力、ナチュラルインターフェイスの進化、Inside-out型の位置トラッキングの搭載など技術的課題が多いため、時期的には当分先のことになるだろう。
その“当分先”の未来を見据えてHMDの開発を行なっているのが中国の成都に本拠を置くIdealens Technologyだ。創業者CEOの宋海涛氏は米GoogleでGoogle Glassの主要開発メンバーであった経歴を持ち、技術力は高く、スタンドアロン型VRシステムに関する国際特許の8割近くを押さえているという。中国・欧米では他に幾つかの企業がスタンドアロン型VRヘッドセットの開発を行っているが、“プロトタイプ”や“開発キット”ではなく、きちんとした製品を量産し販売した時期としてもIdealens Technologyがトップを走っている。今回ご紹介する「IDEALENS K2」は同社の2代目の製品となる。
スタンドアロン型VRヘッドセットは技術的にいまだ黎明期にあり、「IDEALENS K2」が当面狙うのは一般消費者市場ではなく、様々な業種を対象とした企業向けの展開だ。その可能性やいかに。今回、本製品の日本展開を担当するクリーク・アンド・リバー社およびVR Japanに取材を行なった。
これ以上なくカンタンな装着。優れたエルゴノミクスデザイン
本製品の国内展開を担当するVR Japanは8月に設立されたばかりの企業で、代表取締役社長を務める青木克仁氏は親会社クリーク・アンド・リバー社の執行役員でもある。クリーク・アンド・リバー社は映像・デジタルコンテンツ業界を主としてプロデュースやエージェンシー事業を展開する企業で、「IDEALENS」の事業展開に際して新たに内部開発チームを組織し、VRディビジョンという新部門を発足させている。
VR Japan代表取締役社長の青木氏によれば、クリーク・アンド・リバー社は内部に多数のクリエイターを抱えていることから、他社のVRシステムも含めたサービスやコンテンツの展開を担当し、新設されたVR JapanのほうではIdealens Technology製品の国内販売およびプラットフォーム運営に注力するという布陣になるという。「IDEALENS K2」はこの布陣で展開される製品の第1号だ。
さて肝心の「IDEALENS K2」の使用感だが、これが予想以上に良かった。
「IDEALENS K2」は他のHMDと違ってサイド部ではなく上部に長いアームが伸びる独特の形状をしているが、この構造のおかげで非常にカンタンに装着が可能だ。前頭部と後頭部のパッド部分でHMDの重量を支えることになるが、HMD本体の重量が295gしかないことと、後頭部にバッテリーパックが装備されているおかげで重心がほぼ中央にあることから、他のHMDのような強い締め付けを必要とせず、ほぼ重力だけでHMDを固定できる。
頭部への圧迫感がまるでないばかりでなく、頭部に密着する部品面積が最小限に抑えられているため髪型が乱れる心配も少ない。サッとかぶり、サッと外すという感じで着脱が極めて容易であることも含め、ユーザーへの負担が最小限になるよう非常に工夫されたデザインになっていると感じられる。
レンズ部の構造はHTC Viveに近いが、スタッフによるとオリジナルデザインだとのこと。レンズはHTC Viveと同じく樹脂製のフレネルレンズで、映像がクッキリと見えるレンジはやや広く感じられる。視野角もVive並みかやや上回る程度で、かなり広々とした印象だ。フェイスパッド部分はVive以上のゆとりがあるためメガネ併用も余裕であるなど、見やすさや個人差の吸収という点で非常に優れている。
本製品はスタンドアロン型ヘッドセットなので、VRコンテンツはHMD内部に搭載されたプロセッサーで実行される。CPUはExynos 7420、GPUはMali-T760 MP8という構成で、最新最強クラスのモバイルプロセッサーが搭載されている。搭載するOSはAndroid 6.0ベースで独自カスタムされた謹製の“Ideal OS”だ。
当代最強クラスのGPUを搭載しているとはいえ、90Hz駆動の1,080×1,200のOLEDパネルが2枚という構成はOculus RiftやHTC Viveと全く同等であり、グラフィックス描画の品質はフルスペックとはいかない。デモゲームとして体験した「StarSanction」(GearVR/Rift/Viveの『EVE: Gunjack』のような視線照準型シューティングゲームだ)での描画品質はPS2以上・PS3未満といった感じで、描画面積を減らすためか上下視野角が若干狭められているなど苦労の余地が伺えるが、テクスチャはのっぺりとしており、質感にも乏しい。
しかしフレームレートは大半のシーンで90Hzを確保しており、ヘッドトラッキングの精度・反応性はPC用HMDにも劣らない感覚だ。一部、敵が大量に表示される場合に描画フレームレートが半減して反応がやや鈍くなる感覚を得られる場面があったが、このあたりはコンテンツの最適化等でなんとでもなりそうである。
GPU能力が期待値に比べて低いというのが現在のスタンドアロン型HMDの弱点ではあるが、それは比較対象がPCとかPS4とかを母機とするフルスペックのVRシステムだからだ。「IDEALENS K2」はパネル性能、光学設計、トラッキング性能においてPC用HMDの水準を達成しており、また、後頭部に実装されたバッテリーパック(一般的なスマホを上回る容量3800mAh)のおかげで2時間から最長6時間の連続使用も可能である。
もうひとつ良い点を上げるとすれば、ゲーム実行中の高負荷状態でも本体がほとんど熱を持たないことだろう。スマホ用VRでは高負荷で連続使用すると非常に高温となりHMD内に熱がこもったり、ものによってはフリーズしたりといった問題があるが、「IDEALENS K2」はその心配がない。いろいろと不便も多いスマホ用VRシステムに比べれて圧倒的な水準にあると言える。
「IDEALENS K2」はB2B2Cマーケットを狙う
スタンドアロン型VRシステムとして非常に高い完成度にまとまった「IDEALENS K2」であるが、VR Japanではこの製品をどのように展開していくのだろうか。
現在存在するフルスペックのVRシステムと比較した場合、「IDEALENS K2」の弱点は2つある。上述のとおりGPUパワーがハイエンドスマホレベルであるため、3Dグラフィックスの描画品質でPCやPS4に及ばないことと、位置トラッキング機能がないことだ。
この2つの弱点は、本製品のターゲットからハイエンド性能を求めるゲーマー層を除外することになる。かといって、当面スマホVRで満足している層にウケるかというと、それもない。「IDEALENS K2」が搭載するOSはAndroidベースのカスタムOSで、Unity等で作られた既存のVRアプリケーションは簡単に(ほぼリビルドするだけで)移植できるものの、既存アプリとの互換性はないため、既存プラットフォームとはコンテンツ量で勝負にならないからだ。「IDEALENS K2」の“スマホVR以上・PC用VR未満”というコンセプトの痛し痒しなところだ。
こういった弱点はクリーク・アンド・リバー社やVR Japanでもよく認識している。そこで彼らが狙うのがもうひとつのマーケットエリア、プロフェッショナル向けの市場だ。
VR関心層の皆さんならご存知のとおり、現在ではテーマパークやネットカフェ、小売店など様々な場所で、アトラクションや話題作り、広告などの目的でVRシステムが導入されてきている。そこではGearVRのようなスマホ用VRヘッドセットがよく使われてきた経緯があるが、「IDEALENS K2」が持つ機能はその用途にうってつけなのだ。
まず秀逸なエルゴノミクスと光学系デザインのおかげで、ユーザーに負担をかけず、個人差に悩まされることも少ない。バッテリー容量が大きく、充電頻度を下げることができる。高負荷時でもほとんど熱が篭もらないため快適度・安定性共に高い。さらに一体型であるためオペレーションが簡単である。……などなど、スマホVRの運用上の問題点がことごとくクリアされている。
といったメリットは、不特定多数に対して次々にVRコンテンツを視聴させるような用途にピッタリである。特に現在、スマホVRのオペレーションに苦労している事業者や、業者用として定番となりつつあるHTC Viveほどの機能が不要な事業者にとっては理想のVRシステムと言えるのではないだろうか。
VR Japanの青木氏によると、先行して9月15日に本製品が発売された中国市場でもB2B向けの販売が好調で、出荷数は数万台に達しているとのこと。日本国内でもすでに様々な事業者から引き合いをうけているという。
例えばここにVRを使った集客を行ないたい企業があるとする。そこにVR Japanが「IDEALENS K2」を提供し、さらにクリーク・アンド・リバー社の企画力・開発力を活かしてコンテンツ面の提案や開発も行なう、という形だ。VR Japanとクリーク・アンド・リバー社がほとんど一体であることは、デバイスからコンテンツまでほぼワンストップで提供できる体制につながり、B2Bマーケットでは大きな強みになる。
こういった、プラットフォーマーとしてのビジネスを展開できる点こそ、VR産業に参入するにあたり、VR Japanの青木氏が特に重視したところだという。
「単純に参入するといっても、いいポジションで参入しなければ意味がないと思っていました。そこで重要なのは、デバイス、プラットフォーム、コンテンツまで、全部できる会社はほとんどないということです。そういった意味のある位置づけになれるならば、本気で参入しようと考えました」
こういった経緯もあり、国内における「IDEALENS K2」は当面のところ事業者向けの展開を主として進んでいくことになる。クリーク・アンド・リバー社のVRディビジョンセVRクションマネージャーの渡辺愛美氏によれば、一般消費者向けの販売は“その次のステップとして”考えているとのことだ。
今後のロードマップとして、VR Japanでは「IDEALENS K2」の販売開始を年内に見込み、近日中には開発者向けに「IDEALENS K2」のアプリ開発を可能にするSDKを提供する予定だ。価格については「本当は十万円以上で売りたいデバイスですが、相当安くして」(青木氏)、7±1万円のレンジで調整中だという。ちなみに中国では3,500元(約54,000円)で販売されている。
また弱点のひとつとなっている位置トラッキングについては、年内にオプションパーツの追加により可能になる見込みだ。仕組みを詳しく聞くことはできなかったが、青木氏によれば、開発を行なっているIDEALENSではこの位置トラッキングシステムについて「ViveのLighthouseシステムを超えた」と自信たっぷりに主張しているとのことだ。事実なら非常に興味深い。
Idealens Technologyではさらにその先、かなり長期のロードマップにもとづいて複数の新製品を開発中であり、より価格を抑えた廉価版や、視野角・解像度を大幅に強化したハイエンドモデルなどのリリースを予定している。VR Japanでそれらの次世代製品を取り扱うかは現時点では未定とのことだが、まずは「IDEALENS K2」がB2Bマーケットで好調な展開を見せることになれば、動きは加速していくとになるだろう。
まだまだ本格始動には至っていないスタンドアロン型VRヘッドセットの世界。Idealens Technologyでは後続の(より一般消費者層を意識した)モデルも含め、中国市場の6割を獲得することを目標としているという。全てはまだ始まったばかりだが、日本国内展開も進められていくことで、VR自体の進化も加速していくことになるだろうか。