西川善司の3Dゲームファンのためのグラフィックス講座・E3特別編その6

Wii Uのグラフィックス性能を推し量る。Wii U Game Pad上の子画面レンダリングを低負荷に行なう方法とは?


6月5日~7日開催(現地時間)

会場:Los Angeles Convention Center


 今年のE3の任天堂ブースは、技術デモではなく、実際に実動するWii Uで発売間近の各種ゲームタイトルが遊べるということで、ファンには相当満足度の高い展示だったようだ。

 例年はVIP/メディア用の展示セクションがあったのだが、今年はそれらが排除され、フリースペースが大きくなったせいか、例年よりは混雑度も低く、筆者もWii U用人気タイトルを数人待ち程度でプレイすることができた。


任天堂ブースの様子




■ 「ピクミン3」~11年ぶりのグラフィックスアーキテクチャー革新を実感せよ

 Wii Uのグラフィックスは、現行Wiiに対してどの程度表現力を増したのか……。これを見極めるには「ピクミン3」がおあつらえ向きだ。


タイトル「ピクミン3」はWii Uタイトルの中でも特に注目度が高い

 なにしろ登場するキャラクタの多くが同じだし、描き出される世界の構成物やアングルまでがほとんど同じなのだから。

 筆者の場合、実際にテレビに映し出されている「ピクミン3」の画面を見て、まず、当たり前のことながら、ピクミンがHD解像度で出ていることに感動してしまった。

 「ピクミン」と「ピクミン2」はゲームキューブ向けに発売されたタイトルだ。Wiiは、業界的にもゲームキューブ1.5といわれていたように、グラフィックス性能はほとんどゲームキューブからの進化がなかったので、今回のWii Uは2001年のゲームキューブ発売から約11年ぶりのグラフィックス機能のアップデートになる。


ここまでカメラが引いても1匹1匹のピクミンの姿が判別できる!ロックピクミンとの遭遇イベントシーン。ジャギーの見えないHDグラフィックスに乾杯

 Wii Uは、今回「HD映像出力能力」の搭載に伴って、HDMI端子を装備したことも、大きなポイントだ。

 HDMI端子の搭載は、実は待ったなしの状態で必要に迫られていたという背景がある。

 2011年から施行された著作権保護技術(AACS)の規定で「2011年の新製品からのアナログ高画質出力について制限」が行なわれており、これをうけて、テレビメーカーの新製品に対するアナログ入力端子撤廃動向が強まってきているのだ。

 大手家電メーカーのテレビの最新製品では、Sビデオ端子やD端子(D端子のDはデジタルの“D”ではない。信号自体は色差信号から成るアナログのコンポーネントビデオである)自体を搭載しないものも登場してきており、近未来的にはアナログ接続手段しか持たない現行型Wiiは新しいテレビ製品と直接接続することができなくなりそうだったのだ。

 話を「ピクミン」に戻すが、最近、プライベートで、たまたま「ピクミン2」を引っ張り出して遊んでいたこともあって、「美化も劣化もしていない『ピクミン2』のグラフィックスの記憶」と、目の前の「ピクミン3」のグラフィックスとを照らし合わせることができたわけだが、やはり11年ぶりの進化の幅は大きいと感じる。


【ピクミン2】

 まず、ジオメトリの量の増加が凄まじい。ゲームキューブ時代の「ピクミン」の背景の草木達はカクカクとしていたが、「ピクミン3」ではオブジェクト達の輪郭線は全て滑らかな曲線となり、ポリゴンポリゴンした感じがもはやほとんど感じられない。見た目からの印象だが、各モデルのジオメトリ量は一桁は増えていそうだ。


背景の草木にカクカク感はない


各色のピクミンの“色以外”の特徴がゲームプレイ中に確認できる。ようこそHDゲーミングの世界へ

 HD映像出力が可能になり、GPUもDirectX 10.1世代のRADEON HD4000系を搭載してきたことから、レンダリング解像度も引き上げられている。ここもわかりやすい進化のポイントだ。ゲームキューブ時代の「ピクミン」では、やや俯瞰の視点では、ピクミンに手足が生えていることすらほとんどわからなかった。また、実は赤ピクミンには鼻があり(耳と口なし)、青ピクミンには口があり(耳と鼻なし)、黄ピクミンには耳があり(口と鼻なし)という特徴があるのだが、ゲームキューブでは、解像度不足のためプレイ中にそうした特徴を判別することすら不可能だった。

 ところが、Wii U版の「ピクミン3」では、そうした特徴までが1ドット単位で鮮明に描き出されており、かなりひいた俯瞰視点であっても、ピクミン達の目鼻口が確認できる。ゲームキューブ時代の「ピクミン」は、大画面テレビでプレイしてもドットのボケが際立つだけであまり嬉しくなかったが、Wii Uのピクミン3ならば、大画面であればその分だけ「ピクミン」の世界に没入した感覚が満喫できそうだ。

 レンダリング解像度が上がったことで、岩肌などに適用された法線マップによる質感表現もよく見えるし、影生成もプレイステーション 3、Xbox 360などと同等のリアルタイムシャドウがソフトシャドウ表現付きで生成されており、とにかく、映像全体としての情報量の多さにも感動を覚える。


法線マップによるディテール表現

 そして、フォーカルエリアの狭い被写界深度表現も、Wii Uの「ピクミン3」の見逃せないポイントだ。ピクミン達やその周囲まではちゃんとピントが合っているがそこから離れるに伴って手前も奥方向も強くボケけて見える。まるでマクロモードで昆虫の世界を撮影したようなグラフィックスに仕立て上げられているのだ。これは、改めて説明する必要も無いだろうが、ピクセルシェーダで実践される画面座標系のポストエフェクトによるものだ。

 こうした近代的ビジュアル表現の数々を目の当たりにして「任天堂ハードもついにプログラマブルシェーダ時代に突入したんだ!」と胸を熱くする任天堂っ子も少なくないのではないだろうか。


ピクセルシェーダを駆使したポストエフェクトに感動。ようこそプログラマブルシェーダの世界へ

 会場で展示されていた「ピクミン3」は、Wiiリモコンとヌンチャクによる操作系のみで、Wii U Game Padはゲーム世界のマップを映し出すためだけに利用されていた(ゲームプレイの操作は不可)。製品版ではゲームキューブ版ライクなジョイパッド主体の操作系をWii U Game Padに実装してくれると思われる。


今回の展示はこちらの操作系スタイルのみこちらの操作系スタイルは製品版には実装される見込み




■ Wii U Game Pad上の子画面レンダリングを効率よく行なう方法とは?

 今回のE3では、実際にWii Uのタイトルに携わった海外スタジオの開発者の何人かに話を伺うことができた。

 テレビに映し出すメイン画面、Wii U Game Pad上の子画面。これらをどう活用するかが開発者にとって大きな課題となっているようで、これに関しては、ゲーム内容や処理負荷に応じていくつかのソリューションが考案されてきているようだ。なお、今回のE3で筆者が海外開発者に取材したところでは、Wiiの子画面は852×480ドット(WVGAの480p)だといっていた(任天堂の公式発表ではない)。

 1つは、「メイン画面と子画面とで全く異なるシーンをレンダリングする」もので、これは負荷が最も高くなるソリューションになる。

 これよりも若干軽くなるのが、「同一シーンを別視点でレンダリングするソリューション」だ。これは、影生成用のシャドウマップレンダリングや動的生成する環境マップなどのテクスチャレンダリングは1回分だけ行なえば、2視点で共有できるためだ。ちょっと前の筆者の記事で「同一シーンの別視点レンダリングはテクスチャキャッシュに載る」と書いてしまったが、正確にはGPU側のハードウェアのテクスチャに載る可能性は低く、「グラフィックスエンジン側でレンダリングリソースの多くを共有できるのでレンダリング負荷を軽減できる」という意味で捉えて欲しい。


「Nintendo Land」より。同一シーンをメイン画面と子画面とで別視点から描く


「Zombi U」より。アイテム画面や2Dミニゲームなどは子画面レンダリングへの負荷は軽い

 この2つのソリューションの両方をさらに負荷低減するのが、子画面側のフレームレートを削減するというものだ。

 具体的な例でいくと、テレビ側のメイン画面を60fps(毎秒60コマ)として、Wii U Game Pad側の子画面を30fps以下にしてしまうというような工夫だ。子画面側が補助的な用途であるのならば、確かにこれでも問題はない。メイン画面を消して、Wii U Game Padの画面だけでプレイする際などには、子画面側を60fps化すればいい。

 そして最も軽いのは、子画面側を2Dベースの情報表示にしてしまう手段だ。3Dグラフィックスのレンダリングを行なわなくて済むという直接的な負荷低減が期待できるだけでなく、子画面用の映像更新頻度は「秒間何コマ」というレベルである必要はなく、それこそ必要なときに必要な箇所だけを書き換えるだけで済むためだ。

 そして、今回の取材で、「なるほど」と思わされたのは、メイン画面と子画面とで全く同じシーンを表示するが、子画面側にはペンや指で画面を触れたときのインタラクショングラフィックスや、各種アイコンなどをオーバーレイを合成表示するようなケースだ。


「Game & Wario」より。同一フレームを両画面に表示している分には追加負荷はほとんどない同一のレンダリング結果を表示に用いるが、一方の画面に表示するフレームに対してだけ、特別なポストプロセスを適用する……というソリューション。見栄えがリッチな割には負荷は最低限ですむ

 まったく同じ映像を子画面に出力する際はメイン画面でレンダリングした結果をそのまま子画面に出力すればいいのでほとんど追加の負荷はない。

 メイン画面用の映像を1080p解像度でレンダリングしていたとすると、これをそのまま子画面側に出力する際には1080pフレームをGPU側でWVGAにスケールダウン(縮小)してから行なうことになる。そのまま出力せず、何らかの追加グラフィックス(例えば照準マーカー、体力ゲージなど)を合成する際にはこのWVGA化したフレームに対して行なえばいい。

 場合によっては、レンダリングパイプラインを切り分けることも可能だ。例えばシーンをレンダリングするところまでは同じだが、メイン画面出力用と子画面出力用途でポストエフェクトを変えるというようなソリューションだ。例えば、メイン画面はレンダリング結果をそのまま表示するが、子画面側にはそのシーンのトゥーンシェーディング版を表示するとか、あるいは特定のキャラクタ以外をボカすエフェクトを加えてから表示する……というようなケースだ。

 機能としては単純明快なWii Uの子画面機能だが、Wii U Game Padには3軸ジャイロセンサー(ジャイロスコープ)と3軸加速度センサー、そして振動機能までを備えているので、工夫次第ではかなり面白いこともできるはず。今後の応用発展には大いに期待したい。




■ TRINE2:Director's Cut

 フィンランドの独立系ゲームスタジオのForzenbyteが手がけた「TRINE2:Director's Cut」は、メイン画面と子画面に同一フレームを出力しているタイプのゲームになる。

 下に示した画面ショットは全てリアルタイムレンダリングによるもの。


任天堂ブースのスタッフ達に「グラフィックスが1番凄いタイトルは何?」と話しかけると多くのスタッフが「TRINE2:Director's Cut」を挙げていたので実際に見てみたのだが、確かによくできていた

 Forzenbyte担当者がいうには、「Wii U版は最後発になったこともあってか、PS3版やXbox 360版のときよりもリッチな見た目にできた」と振り返っている。

 「TRINE2:Director's Cut」は、3人のキャラクターを、状況に応じて臨機応変に切り換えて活用していく、横スクロールタイプのパズル要素の高いアクションゲームだ。

 本作は横スクロールアクションなので、動的に変化したり、インタラクション対象となるフィールドが、映像手前側に限定される。このシーン構成を逆手にとって、潤沢なライティングを狭い範囲で行ない、過度とも言えるほどのリッチなポストエフェクトまでをも行なって、このような美しい映像を作り出しているのだ。ゲームフィールドとなるシーンをわざと狭め、リッチなゲームグラフィックスを提供したタイトルとしては最近ではPS3用の「リトルビッグプラネット」シリーズなどがある。

 担当者によれば「TRINE2:Director's Cut」は日本でのパブリッシャーも決定したとのことで、今年の「東京ゲームショウ」に出展が決まっているそうだ。


「TRINE2:Director's Cut」では、メイン画面のレンダリング解像度は720pだとのこと。アニメーションは全て手付け。アートチームは10人ほどで、うち1人がアニメーター、1人がテクスチャデザイナー、3人がモデラーだとのこと

(2012年 6月 10日)

[Reported by トライゼット西川善司]