西川善司の3Dゲームファンのための「ロスト プラネット 2」グラフィックス講座
実は「MTF 2.0」ではなく「MTF 1.x」世代の集大成。円熟の実装テクニックの数々を見よ!







【著者近影】
 最近、iPadを持ち歩いている人が多いが、多画面マニアを自負するボクは 23インチの液晶モニターを持ち歩いている。液晶モニターの機種はスタンドレスで利用可能な重さ3kg未満のLGのE2350VR(フルHD)。 ノートPCとE2350VRを持ち歩き、E3、SIGGRAPHといった海外出張でも多画面環境で仕事をするようになった。先日も横浜で行なわれたCEDECでも小脇に抱えて横浜のホテルにチェックインした(写真)。もう完全な重度の多画面依存症患者だ。筆者のブログはこちら

 カプコンは2006年、欧米の開発スタジオに負けない、自社技術の先端を結集して自社製開発フレームワーク「MT FRAMEWORK」を構築し、業界から高い注目を集めた。後に「MT FRAMEWORK」は、日本のゲーム開発シーンに大きく影響を与えたと評価され、CEDEC2008では「プログラミング・開発環境」部門でのCEDEC AWARDを受賞するに至っている。

 そして、2009年、この「MT FRAMEWORK」が第2世代へ進化したことをアナウンス。これは「MT FRAMEWORK2.0」(「MTF 2.0」)と命名され、2010年5月に発売された「ロスト プラネット 2」こそが、この「MTF 2.0」採用タイトル第1弾としてリリースされたものになる。

 今回は、この「ロスト プラネット 2」のグラフィックスの成り立ちを見ていくと共に、この新バージョンの「MTF 2.0」の動向についてもフォローしていく。なお、「MTF 2.0」については、昨年、予告編的な形でレポートした「MT FRAMEWORK2.0」編も合わせて参照して欲しいと思う。




■ 「ロスト プラネット 2」のグラフィックススペック

 「ロスト プラネット 2」(「LP2」)の1シーンあたりのポリゴン数から見ていくことにしよう。

 背景はシーンによってもだいぶ異なるとのことだが、約28万~50万ポリゴンになる。人間系キャラクタは9,400ポリゴン程度。前作はプレーヤーキャラクタとして韓流スターのイ・ビョンホンを主人公として起用していた関係もあって、主人公は2万ポリゴン近かった。あれと比べると今作では控えめだ。これは今作では「協力プレイ」にフォーカスをあて、1画面内にプレーヤーキャラクタが4体まで暴れ回る可能性があったため、やや抑えめとなったようだ。

【最終レンダリング結果とそのワイヤーフレーム表示】

 ロボット兵器のVSも同様で、今作は1.5万ポリゴン程度で、前作の3万ポリゴンよりも少ない。1キャラクタあたりのポリゴン数はこのように微妙に抑えられているものの、その分、シーンに登場するオブジェクト数は増加しているため、前作と比べて画面内の“動き”のリッチさは前作に優るとも劣らない。なお、ボスキャラともいえる、巨大AKについては5万ポリゴンが割り当てられている(種類によって違いはある)。

 ボーンの数は人体系キャラクタで20~30本、VSが37~38本、ボスクラスの巨大AKが百数十本となっている。VSは武器が変形したりする関係で思いのほか、ボーンの仕込みが多くなったという。

 視点からの距離に応じて3Dモデル精度を切り換えるLOD(Level of Detail)の仕組みは低、中、高(近、中、遠)の3段階切換に対応する。ただし、巨大AKは、LODモデルの切換時の体積変動(ポッピング)が大きいことや、巨大AKがそれほどプレーヤーから遠ざからないことに配慮して、LOD適用対象外としている。

【人型キャラの3Dモデル】
左が人型キャラクタの最終レンダリング結果。右がそのワイヤーフレーム表示
左はキャラクターに使用されているテクスチャ。中央が法線マップ、右側がデカールテクスチャ。右はボーンを可視化した表示

 「LP2」では、ゴディアント(EP1のボスAK)のような一部の巨大AKにはプレーヤーキャラクターがよじ登るなどの、直接インタラクションできる仕組みが導入された。このため、直接インタラクト対応の巨大AKには、衝突を取るためのメッシュモデルを仕込んでいるという。これは、本連載「ワンダと巨像編」で紹介した、いわゆる「変形コリジョンの仕組み」に相当する。なお、巨大AKは5万ポリゴンもあるため、そのまま衝突判定メッシュに利用したのでは重すぎるため、大体9,000ポリゴン程度に削減しているとのこと。

【巨大AK】
サンショウウオ型巨大AKの最終レンダリング結果(左)、そのワイヤーフレーム表示(中央)、そのボーンを可視化した表示(右)
デカールテクスチャ
法線マップ

カプコンCS開発 副統括 兼 制作部 部長、竹内潤氏
カプコン技術研究室室長、伊集院勝氏
カプコン技術研究室プログラマー、石田智史氏

 前作は、プレーヤーが操る主人公をどんどん先に導いていくようなゲーム進行/ステージ構成であったため、ゲームプレイを止めることなくバックグラウンドでデータを読み込むシームレスロード(ダイナミックロード)システムを採用していたが、今作「LP2」ではエリア単位にローディングを行なうステージ構成に変更されている。これは、「LP2」では4人のマルチプレイを標準仕様とし、プレイ中、各自の行動がバラバラで予測不能となったことが大きく影響しているようだ。今作のステージは、いわばマルチプレイ向けマップのように細かくエリア分けする必然性が生まれたのだろう。

 このため、「LP2」では、まだまだ奥に続くように見える回廊でも、プレイに参加している全員がエリア境界線にまで到達しないと、その先には見えない壁で遮られて進めないようになっている。

 この制限は悪いことばかりでもなく、前作までは、広大なステージで利用する全てのグラフィックス関連データをビデオメモリに置く必要があったが、今作では、そのシーン(そのエリア)に必要な分だけをステージ開始時に読み込めるので、例えば、テクスチャ容量などを例にすれば、前作比で1.5倍ほどの量のテクスチャをビデオメモリに置いておけるようになったという。具体的に言えば、1シーンあたりのテクスチャ容量だけでも、今作では150MB以上に増加した。前作よりも、そのエリアのビジュアルのディテール感、リッチ感が前作よりも向上しているのはそのためだ。

石田智史氏(以下、石田氏)「今作は、これまでとグラフィックスの制作スタイルを少しだけ変えているんです。というのも、今作はPCベースで開発を進めたんですよ。テクスチャはかなりものが2,048×2,048テクセルベースでデザインされていまして、これをPS3版、Xbox 360版に落とし込むときに、そのシーンごとのテクスチャ予算にあわせる形で低解像度に変換しています。つまり、後に登場してくるPC版では、PCのスペックさえ高ければ、本当に2,048×2,048テクセルのハイレゾのディテール感が味わえますよ」

竹内潤氏「現在PC版の開発を進めていますが、Xbox 360版はDVD-ROM1枚で提供できたのに、おかけでPC版は2枚組になります。PC版もブルーレイ版で出そうと言う話も出たのですが、いくらなんでもユーザーを選びすぎるということで却下いたしました。PC版は、ただでさえ、推奨環境が高いと言われてますから(笑)」

 レンダリング解像度はPS3版、Xbox 360版ともに1,280×720ドットに設定されている。Xbox 360版のみ2xのMSAA(マルチサンプル・アンチエイリアシング)に対応する。フレームレートは基本30fpsの可変フレームレートを採用する。フレームレートに関してはPS3版、Xbox 360版では共通だが、PS3版ではフレームレート低下を防ぐ意味合いでMSAAはオフになっている違いがある。PS3版、Xbox 360版共に、シーンによっては30fpsから落ち込む場合があるが、モーションブラー効果の挿入により、プレイ中のフレームレート変動はほとんど気にならないように調整されている。

伊集院氏「『LP2』は、開発が『MTF 1.x』時代からスタートしており、その意味では、完全な『MTF 2.0』ベースではないんです。グラフィックスのエフェクトやシェーダーなどの基礎設計は『MTF 1.x』で行なわれ、途中から『MTF 2.0』のテクノロジーを活用する形で開発が進められました」

石田氏「『LP2』の開発に用いられた『MTF 2.0』の機能として筆頭にあげられるのは、去年、お話しした『メタシェーダー』の仕組みです。PC版で開発されたシェーダーを、このメタシェーダーの仕組みを活用することでXbox 360のGPU、PS3のGPUのそれぞれに最適な形で形成させています。このため、PS3版のパフォーマンスは、『MTF 1.x』ベースの作品と比べるとかなり向上しています」

竹内氏「『MTF 2.0』では、シーンごとに、デザイナー陣の各スタッフが作成したシェーダーを収集してダイナミックコンパイルして1パッケージにする工程がありますが、デザイナー陣は開発後期になっても、シェーダー等のチューニングをやめてくれないんですよ(笑)。『MTF 2.0』のメタシェーダーの仕組みによってシーンごとのシェーダーの最適化の自動化が進み、シェーダーの構成自由度は上がりました。しかし、そうした微調整(チューニング)が行なわれるたびに、その都度、再収集を行なっては再コンパイルをしなければならず……。これは今後の課題ですね(笑)」

 「メタシェーダー」については、昨年の「MT FRAMEWORK 2.0」編を参照して欲しいが、ここでも簡単に解説すると、「MTF 2.0」にて搭載された統括的なシェーダーシステムのこと。最上位のシェーダー言語(通常はPC上の最新DirectX環境のもの)で書いたシェーダープログラムが、そのターゲットプラットフォームのGPUに最適なシェーダープログラムに自動変換されてコンパイルされる仕組み。各GPUごとの特設命令などを効果的に活用し、最大パフォーマンスが得られるのが第1のメリット。また、ゲーム開発者(プロジェクト側のプログラマー)は、最上位の最新シェーダー言語さえ習得していればよく、ターゲットプラットフォームのGPUの方言や慣わしを修得しておく必要がない、というメリットがある。


【VS兵器の3Dモデル】
左がVS兵器の最終レンダリング結果。右がそのワイヤーフレーム表示
さらにそのボーンを可視化した表示(左)。左側がデカールテクスチャで右側が法線マップ



■ HDRレンダリング手法は相対輝度レンジ手法と輝度レンジ圧縮手法のハイブリッド

 「LP2」のHDR(High Dynamic Range)レンダリングについては、基本的には「バイオハザード5」と同じ、相対輝度レンジ手法を採用する。

 レンダーターゲットとしてはPS3版がRGB各8ビット(RGB:888)の通常のLDR(Low Dynamic Range)バッファで、Xbox 360版がRGB各10ビットのバッファを選択している。  相対輝度レンジ手法とは、疑似HDRレンダリング技法の一種で、それまでの表示フレームの平均輝度情報を利用してHDR情報を動的にトーンマッピングしながらLDRバッファにレンダリングしていくプロセスを取る。

 例えば平均輝度を100.0としてシステムが捉えている場合、シェーダーを動かして100という値が得られた場合は、これを100分の1にして1.0を出力する。この手法だとレンダリング結果はLDR(0~255)に落ち込むが、システム側で平均輝度を捉えているので、ある敷居値以上(例えば240以上)を高輝度部としてブルームなどのHDRエフェクト処理を適用すれば、実用上、十分なHDRレンダリング結果が得られるとされる。この手法は「Half-Life 2」(Valve、2004)が採用して以降、しばしば活用される。

 初代「ロスト プラネット エクストリーム コンディション」(以下、「LP1」)は当初はXbox 360専用タイトルとして開発されていたため、Xbox 360-GPU専用の指数3ビット仮数7ビットの“7e3”からなる10ビット浮動小数点(FP10)を使用した“リアル”HDRレンダリングを採用していた。対して、「LP2」は、開発当初からPS3、Xbox 360の両対応で開発されていたため、GPU仕様制限の多いPS3に配慮する形で、疑似HDRレンダリング手法を採用した。

【HDR(High Dynamic Range)レンダリング】
左がHDRレンダリング・オフ時で、右がHDRレンダリング・オン時

 HDRテクスチャ等の取り扱いについては、「LP1」の時に採用した、独自のエンコード/デコード方式を用いて実装している。このエンコード/デコードのテクニックについての解説は本連載の「ロスト プラネット」編を参照して欲しい。

 「LP2」では、各種パーティクルエフェクトの描画手法についても「LP1」とは違った手法が採用されている。Xbox 360専用タイトルだった「LP1」では、パーティクル・エフェクトの描画に関しては、Xbox 360-GPUのEDRAM側のピクセルプロセッサの特長を裏技的に活用した「フィルレート4倍描画」テクニックを利用して行なっていた。この手法はMT FRAMEWORK開発チームが考案した手法で、後の様々なXbox 360のグラフィックス設計に影響を与えたものだが、「LP2」では、前述したようにPS3にも配慮する必要があったために、このテクニックの採用は見送られた。

 そこで「LP2」では、パーティクルエフェクトの描画にはKONAMIの「METAL GEAR SOLID 4」で用いられたような「ブレンドバッファ」のテクニックを採択している。半透明を含むパーティクルエフェクトの描画は負荷が高いが、ビジュアル的にはこれが多ければ多いほどリッチに見える。しかし、パーティクルエフェクトはぼんやりしたものなので、それほど高い解像度は必要ない。そこで、1/4解像度のパーティクルエフェクト描画専用のバッファを設け(これがブレンドバッファ)、ここに1/4解像度のパーティクルエフェクトをどんどん描画していくようにした。解像度が低ければその分、描画負荷が稼げる。1/4解像度ならば、見た目は4倍粗くなるが、4倍の量のパーティクルエフェクトが描画できるという寸法だ。

 このような、エフェクト描画を縮小したバッファに低解像度で描画してあとで本フレームと合成する仕組みは「縮小バッファ」テクニックとして近代の3Dゲームグラフィックスでは常套手段として利用されている。もともとパーティクルエフェクトは雪煙や爆炎、閃光などの、実体がはっきりしないものなので、縮小バッファテクニックによる解像度劣化はほとんど見た目にはわからない。エフェクトを一通り描画し終わったブレンドバッファは、そのシーンのレンダリング結果(フル解像度、「LP2」なら720p)に、解像度を揃えられ(拡大され)、合成される。

 ブレンドバッファへのパーティクルエフェクト描画は、1/4解像度にしたそのシーンのZバッファの内容に配慮し、キャラクタや背景オブジェクトなどの前後関係に配慮して行なわれるが、解像度が1/4に低くなっている分、その前後精度も粗くなる。従って、ブレンドバッファとそのシーンのレンダリング結果と合成した際に、前後関係を数ピクセルはみ出して合成される箇所も出てくる。まぁ、これも(何度も繰り返しになるが)、ぼんやりしたものが主体のパーティクルエフェクトなので、これでよしとされるのだ。

 なお、ブレンディングバッファへのレンダリングも、HDRに配慮して行なわれるのだが、これは通常シーンのレンダリングで採用した相対輝度レンジ手法ではなく、固定小数点の概念を導入して2倍の輝度レンジまでをLDRに圧縮して表現する「輝度レンジ圧縮」の手法が採用されている。具体的にはパーティクルエフェクトのレンダリングは輝度レンジ0.0から2.0の範囲内に固定させた疑似HDRレンダリングと言うことになる。この手法は本連載「ヴァルキリープロファイル2」編にて解説しているので詳細はそちらを参照して欲しい。

 通常シーンの疑似HDRレンダリングとブレンドバッファへの疑似HDRレンダリングの手法が異なり、表現される輝度が異なることになり、それらを合成してできた完成映像は物理的には正しい階調になっていないことが想定される。ただ、これも見た目として問題がないと判断され、よしとされたようだ。



■ 大局照明は静的ライトマップと自己遮蔽項による実装を採用

 「LP2」では、主に屋外シーンが主体となったため、動的光源からのリアルタイムライティングを主体とし、大局照明(GI:Global Illumination)処理については幾分か割り切った仕様となった。

 まず、相互反射や間接光(二次光源)などの効果については、独Mental Imagesのレイトレーシングエンジン「Mental Ray」にてオフラインレンダリングを実施してライトマップに焼き込み、これをランタイムで静的に利用する実装としている。「バイオハザード5」にあったような球面調和関数で表現された局地的な全方位環境光の設置などは行なわれていない。

 キャラクターやオブジェクトについてのGIについては、事前計算で生成した自己遮蔽項を頂点単位に焼き込んだ「アンビエント・オクルージョン」(AO:Ambient Occlusion)で対応する。

 ここでいうAOとは、動的光源でライティングされた結果に対し、自己遮蔽項の内容に配慮して暗くするもの。自己遮蔽項とはそこが全方位からの光に対してどのくらいの割合で自らの他の部位に遮蔽されているか(自己遮蔽されているか)を表した係数のようなものだ。例えば「脇の下」は胴体や腕で遮蔽されているので暗くなりやすい。同じく鼻の穴の内側の皮膚は鼻翼に遮蔽されているため、暗くなりやすい。

 現行の3Dグラフィックスパイプラインは、他者からの遮蔽に配慮したライティングが行なえない。そこで自己遮蔽される割合を事前に求めておいて、その値でライティング結果を調整し(暗くし)、自己遮蔽を近似的に再現する方法が考案されたのだ。「LP2」では、この自己遮蔽項は頂点単位で持たせており、ピクセル単位の自己遮蔽の計算は、頂点単位の情報から線形補間計算を行って与えている。

【ライトマップ】
直接光によるライティングのみのレンダリング結果(左)、オフラインレンダリングして生成したライトマップのみを適用したテストショット(中央)、直接光によるライティングとライトマップの双方に配慮した最終レンダリング結果(右)



■ 影生成はライト・スペース・パースペクティブ・シャドウマップ技法のカスケード改良版

 影生成技法は「LP1」と同手法の「ライト・スペース・パースペクティブ・シャドウマップ」(LSPSM:Light Space Perspective Shadow Maps)技法を採用する。この技法の解説については本連載「ロスト プラネット」編か、あるいは「Xbox 360グラフィックス/物理エンジン講座」編で詳しく解説しているが、ここでも簡潔に解説しておこう。

 そのシーンの遮蔽構造の分布情報となるシャドウマップを生成し、このシャドウマップを参照しつつ、各ピクセルが何かに遮蔽されているか(影になるか)どうかを判断しながら最終的なレンダリングを行なうのが「シャドウマップ」技法による影生成だ。ジャギーのない高品位な影生成を行なうためには、このシャドウマップを高精度に生成する必要がある。ただ、屋外のような広大なシーンでは効率のよいシャドウマップ生成が一筋縄には行かない。そこで様々な改良型のシャドウマップ技法が誕生したのだが、「視点に近い位置のシャドウマップを高解像度で生成し、遠くに行くに従ってそれなりの解像度で処理する」という工夫を、光源位置基準の座標系で対処していく工夫を盛り込んだのがLSPSM技法だ。

 「LP2」では、シーンによっては、LSPSM技法で用いるシャドウマップを最大で3枚までカスケードさせる実装を採用している。具体的に言うと、視点からの距離の近、中、遠の各領域に対し、それぞれ3枚のシャドウマップを生成して影生成を実施するようにしたということだ。各シャドウマップの解像度は1,024×1,024テクセル。

 ソフトシャドウ(半影)の表現は、「バイオハザード5」などと同じ、2×2~4×4テクセルの近傍比率フィルタリング(PCF:Percentage Closer Filtering)によるボカシ処理で実現されている。ゲーム中はパフォーマンスが重視されるため主に2×2テクセルで留められ、イベントシーンなどでは逆にクオリティを重視して3×3テクセル~4×4テクセルにて適用される。

【シャドウマップ】
左が3カスケードさせたシャドウマップを可視化したショット。上から近距離、中距離、遠距離のシャドウマップの内容になる。右がこのシーンの最終レンダリング結果。ゴーグルの影が顔面に落ちているセルフシャドウ表現などに着目



■ 揺れる水面と草木の仕組み

 「LP2」の舞台は、「LP1」の舞台と同じ惑星だ。「LP1」の時点では氷河期だったこの惑星は、テラフォーミング計画が進行して温暖化が進んだため、ジャングルや砂漠などが現われつつある……という設定になった。そこで、前作よりも“水”の出現率が多くなっている。

 「LP2」の水面関連のエフェクトは大きく分けて2つの種類がある。1つは“さざ波”表現で、これは主に法線マップのテクスチャアニメーションによって行なわれている。これはいわゆるフェイクの凹凸を水面にもたらすタイプの波表現になる。

 もうひとつは実際に凹凸が発生するジオメトリレベルで高低差を生じさせる波だ。このジオメトリレベルの波は、開発チームが「風向源」と呼んだ、「ライティングには影響しないが、中心から一定範囲内に力を及ぼすシェーダーパラメータ」によって生じさせられている。

 この風向源は、水面の波だけでなく、草木の風靡き(なびき)表現にも応用される。この風向源から一定周期で発せられる風力パラメータをうけて、その影響範囲内にある草木モデルの頂点は風光源からの力によって動かされ、水面を構成する頂点は凹凸が発生させられるという仕組みだ。

石田氏「『LP2』では、この風向源をシーンあたり8個まで置けるようになっています。ここから周期的に発生させられる力によって草木や水面が揺れるわけですが、水面の方はやや幾何学模様っぽく感じられるかも知れません。この風向源的な仕組みは、動的キャラクタが、草木と衝突したときに草木が揺れる表現にも応用されています」

 動的キャラクタが草木とインタラクトしたときは、草木と動的キャラクタの正確な衝突によって力学的なシミュレーション結果として草木が揺れるのではなく、衝突していると判断できたときにはその位置に便宜上、風向源を動的に一時配置して草木を揺らすようにしているのだ。種を明かされれば「なんだ」と思ってしまうかもしれないが、なかなか合理的な実装だとも思える。「LP2」では、ジャングルの中を突き進んでいくシーンが何度かあるが、こういったシーンでは草木は棒立ちせず、動的キャラクタの動線に追従する形で草木が次々に揺れるので、「草木を掻き分けてる感」の雰囲気は十分伝わってくる。

 昨年の本連載「MT FRAMEWORK 2.0」編では、木々の枝が銃弾の着弾地点から折れたり、その折れた木の枝に対して柔体物理シミュレーションを適用して地面にふんわりとバウンドして落ちる表現を紹介した。あれらは、最終的に製品版に入ったのだろうか。 石田氏「オンライン対戦マップの『ノイジージャングル』に入っています。キャンペーンのステージの方ではパフォーマンスに影響があるとのことで“伐採”されてしまいました(笑)」

【草木の風揺れ】
爆風により草木が揺れる様に着目。風向源を動的に配置することで爆風表現や走る際に草木が掻き分けられる表現を実現している



■ 「LP2」における被写界深度表現とモーションブラーの仕組み

 「LP2」は、相対輝度レンジ手法による疑似HDRレンダリングを採用しているので、被写界深度シミュレーション(DOF:Depth of field)によるボケやモーションブラーのブレの輝度は、そのシーンの輝度の範囲内に収まる。このため、高輝度な部分のボケはちゃんと高輝度にボケるし、高輝度なブラーは高輝度にブレてくれる。

 DOF表現の方は、レンズの絞り形状が出るボケ表現に対応しており、焦点(ピント)から大きくずれた箇所の巨大な絞り形状のボケもちゃんと出せる。絞り形状が多角形の場合、レンダリング結果に対してちゃんと多角形状にサンプル点をサンプリングしてぼかす処理系を組み込むのが常套手段だが、ピントが大きくずれた半径のでかいボケには、サンプリング数が不足してツブツブ状のエリアシングが出てしまう。

 この問題に対応するために「LP2」では、レンダリング結果をより低い解像度の複数レベルのMIPMAP構造で持ち、でかいボケが出た際には解像度の低いMIPMAPからサンプリングするという、いわゆる縮小バッファ的なアプローチにて対処している。これは、本連載「End of Eternity」編で用いられた手法と同じだ。

 モーションブラーについては、基本的な実装は「LP1」と同じ。キャラクターのブラーはその動きに応じて3Dモデルを引き伸ばし変形させ、これをレンダリングして画面座標系の速度情報分布(ベロシティマップ)を生成して行なうテクニックだ。遠景のブラーについては「視点の動きそのものに等しい」という大胆近似でベロシティマップに反映させてしまうアプローチを取る。これも「LP1」で行なっていたテクニックそのままの実装である。


【被写界深度シミュレーション】
被写界深度のシミュレーション・オフ時(左)と被写界深度のシミュレーション・オン時(右)



■ LP2」のAIと物理シミュレーション

 「LP2」のAIは、「LP2」開発チーム側のAI専任担当者が開発期間の最後の最後まで調整を行なっていたものだという。

竹内氏「『LP2』は、オンラインの協力プレイに主眼を置いて設計しています。シングルプレイでAI制御の味方キャラクタがプレーヤーに付いてきますが、プレーヤーを助けすぎてもいけないし、プレーヤーがやるべきことを代わりに全部やってしまってもプレーヤーのプレイ体験を妨害することになってしまいます。落としどころが難しかったですね」

 MT FRAMEWORKを構成するツールの中には基本的なAI設計支援ツールがあり、ここでシーンのナビメッシュ(AIが進むべき事前生成しておく経路)を生成したり、ウェイポイント(AIが進む経路の分岐点)の設定、有限ステートマシン(有限状態機械。外的要因を与えることで有限個のとるべき行動が決定されるAIの基本形態)の設計ができるようになっているとのこと。「LP2」では、地形の変形や地形の遷移があるため、ナビメッシュをそうしたシーンの変化に対応させる工夫が盛り込まれているという。

 物理シミュレーションは、「MTF 2.0」で根幹的なものは積極的に内製を進めているが、「LP2」は、基本設計を「MTF 1.x」ベースで行って開発をスタートさせたこともあって、「LP1」と同様にHAVOK製の物理シミュレーションの導入を採択している。

【コリジョン】
サンショウウオ型巨大AKの最終レンダリング結果とその時点での変形コリジョンの状態の比較



■ 前編のまとめ

取材に応じていただいたお三方。話はまだまだ続く!

 「LP2」のグラフィックスは、これまでの「MT FRAMEWORK」採用作品の集大成という感じで、カプコンが持つ先端グラフィックス技術を全て盛り込んだような作品になっていた。

 PS3とXbox 360の両方のハードウェア特性に配慮しつつ、それでいてそれぞれの長所を最大限に応用した「LP2」の3Dゲームグラフィックスは、まさに、PS3、Xbox 360といった今世代機のベンチマーク的な位置づけと呼ぶに相応しい。

 ただ、「LP2」は「MTF 2.0」の第1弾作品と言われつつも、実際には基本設計が「MTF 1.x」で行なわれていたために、実質的には「MTF 1.x」の最後期作品という位置づけのようだ。そのためか竹内氏も「『MTF 2.0』の実力は『LP2』ではまだまだ出し切っていない」と述べる。

 「LP2」のグラフィックス表現を見る限り、これ以上何があるのかと思ってしまうが、まだまだカプコンにはPS3、Xbox 360の限界を超えた表現を行なう算段があるようだ。 なお、本連載の後編では、プロジェクト名非公開の次回作に採用予定の“PS3、Xbox 360の限界を超えた次世代レンダリング技術”についても触れることにしよう。

 そして、今回の「LP2」取材において明かされたPC版「LP2」の仕様の一部と、「MTF 2.0」ロードマップや、「MT FRAMEWORK」のニンテンドー3DS対応などの話題も取り扱うのでどうぞお楽しみに。


「ロスト プラネット エクストリーム コンディション」
Character Wayne by (C)Lee Byung Hun/BH Entertainment CO., LTD,
(C)CAPCOM CO., LTD. 2006, 2008 ALL RIGHTS RESERVED.
「ロスト プラネット 2」
(C)CAPCOM CO., LTD. 2010 ALL RIGHTS RESERVED.

(2010年 9月 10日)

[Reported by トライゼット西川善司]