【CEDEC2012】開発経験ゼロの若者が「TOKYO JUNGLE」をヒットに導いた
企画立案から開発、宣伝で行なったゲーム業界の常識に囚われない手法
8月20日から8月22日にかけて、パシフィコ横浜にてゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC2012」が開催されている。
本稿では初日に行なわれた「TOKYO JUNGLE ~経験ゼロの若者による企画立案から発売までのサバイバル術~」セッションのレポートをお届けする。
累計販売数20万本以上と新規IPの中では異例のヒットを記録した「TOKYO JUNGLE」だが、実は企画の考案者はゲーム開発の経験がまったくない若者だったという。そんな「TOKYO JUNGLE」の企画から開発までのエピソードを、本作の山際眞晃氏と、ディレクターの片岡陽平氏が紹介するというセッションだ。
■ ゲーム開発経験ゼロの若者は如何にして売れる新規タイトルを企画立案したか
「TOKYO JUNGLE」プロデューサーの山際眞晃氏 |
「TOKYO JUNGLE」ディレクターの片岡陽平氏 |
「TOKYO JUNGLE」は人類が忽然と姿を消した東京を舞台に、50種類以上の動物がサバイバルを繰り広げるといったアクションゲームだ。とにかく長く生き残る事が目的の「サバイバルモード」とオムニバス形式でストーリーが語られていく「ストーリーモード」の2つのモードがある。この2つのモードにより、1日30分程度の「サバイバルモード」をカジュアルにプレイしたり、やりこみ要素の達成やストーリーを追っていくというハードなプレイも可能になっている。
片岡氏がゲーム業界に入ったのは2006年、フリーのデザイナーをしながら美術専門学校に通っていた時に、新たな才能を持ったクリエイターを発掘し、ゲームの開発支援を行うオーディション「ゲームやろうぜ!2006(現PlayStation C.A.M.P!)」を発見し、それに合格したところがスタートだったいう。その後デザイナーだった経験を生かし「MyStylist」というタイトルに従事した後、「TOKYO JUNGLE」の企画がスタートしたという。
片岡氏はまず会場に「皆さんは新規タイトルの企画を考えるとき、どんな風にアイデアを作りますか?」と問いを投げかけ、「他のタイトルを参考にしたり、自分のセンスを爆発させて好きな物を作る。市場の動向を見てそれにあわせたゲームを作る方法などがあります」と続けた。
片岡氏が応募した「ゲームやろうぜ!2006」では「市場に存在しない斬新なゲームを作る」というお題が参加者に課せられていたという。このコンセプトに適合し、なおかつ面白い物を考える必要があるが、それは「『言うは易く行なうは難し』で、ある程度才能を持ったクリエーターなら、斬新なだけのアイデアは簡単に作れるんです」と話し、「斬新かつ売る仕組みを考えることが必要なんです」と続けた。
口で言うのは簡単だがどうすれば良いのだろうか。このジレンマに悩んでいるとき、片岡氏はシンガーソングライターの井上陽水氏の作詞方法について書いてある新聞記事を見つけたという。そこには「名詞と形容詞を別々に考え組み合わせる」と書いてあったという。例えば「長い」という形容詞と、「猫」という名詞を考えたとき、単体ではありきたりな言葉だが、繋げると「長い猫」という、耳に残るが斬新な単語が生まれるといった具合だ。片岡氏はこれをヒントにアイデアを元に「普遍的なテーマ x 普遍的なテーマ = 普遍的だがユニークなテーマ」が生まれるのではないかと仮定した。
そこで片岡氏が考えたのが、普遍的であり誰もが好きな存在である「動物」と、昔からSFなどで普遍的なテーマになっている「人類が消えた都市」というのを組み合わせることだ。これにより普遍的だが斬新なテーマが生まれ、斬新かつキャッチーというな企画というジレンマを解消できたのだという。
しかし片岡氏は「これでテーマは決まったが、もう1つジレンマがあったんです」と話した。当時からターゲットのプラットフォームは据え置きゲーム機であるPS3だったが、片岡氏は据え置きゲーム機に「操作、ゲーム性が複雑」、「時間がかかる」、「どのタイトルも似たり寄ったりで、マンネリ」という問題点を感じていたのだという。
その問題を解決するために「携帯じゃ物足りないが、据え置きでは重すぎるという人をターゲットに1日30分でも楽しめるゲーム」という人を主なターゲットに据えることで、ハードコアゲーマー以外の取り込むことに成功した。ただ据え置き機である以上、じっくりと遊べるように、やりこみ要素やストーリーモードを追加した。
最後に企画立案のまとめとして「斬新なだけの新規タイトルは絶対に売れません」と語り、「斬新だけどキャッチーさが必要」、「安易に他のゲームと同じ土俵に立たない」という2点が重要であると説明した。
■ 業界の当たり前に対抗したゲーム開発方法
「サバイバル教官」こと、株式会社クリスピーズ取締役の吉永哲也氏による「演劇プレゼン」の様子 |
その後ゲームは開発フェーズに移行する。
片岡氏は企画を立ち上げるときに、周りから「ゲーム開発の経験がないのはマイナススタートだ」と言われていたという。しかし片岡氏は「逆に経験がないから常識に囚われない」というメリットがあったと話す。
例の1つがプレゼンテーションだ。言うまでもなくゲームを作るためには多額のお金がかかるので、予算をもらう必要がある。SCEでは通常の場合企画書を作成して上申を行なうのだが、「TOKYO JUNGLE」の場合は完全に新規タイトルで、同じようなプレイ感覚のゲームが存在しない。その為面白さの感覚を企画書を見た個人の想像力に頼ることになってしまう。
そこで片岡氏は「コンセプトビデオを作成する」という手法を使ったという。これならば企画書よりもより面白さが伝わると考えたのだ。またビデオであれば日本だけでなく、海外のスタジオにも通用すると考えたという。
ユニークなのは企画書だけではない。ゲーム会社に勤めたことがなかった片岡氏が取った方法が「演劇プレゼン」だ。いかにプレゼンを見た人に楽しんでもらえるか、作品や人を好きになってもらえるかという視点で、演劇調のプレゼンを行なった。
実際に会場で「演劇プレゼン」が再現された。株式会社クリスピーズ取締役の吉永哲也氏が、軍隊の鬼教官の様なキャラクターの「サバイバル教官」に扮し、オーバーアクション気味に低い声で唸りながら、コンセプトビデオにあわせてサバイバル術をレクチャーするといった内容だ。このインパクトがあるプレゼンには会場からも思わず笑いがこぼれており、筆者もプレゼンにグイグイと引き込まれていった。
厳粛な雰囲気の中パワーポイントを使ってプレゼンしている中、この演劇調のプレゼンを行なうことで、社内に大きなインパクトを残せ、タイトルに興味を持ってもらえたという。片岡氏は「ゲーム開発は作ることが最も重要な要素だが、色んな人のサポートを受けることによって、より魅力的なコンテンツになっていくのも事実です」と話し、このプレゼンのお陰で、他の部署からのサポートや、積極的なCMなど、SCE全体からサポートを受けられたという。
他にも開発経験がないからこそできたことが沢山あったという。その1つが「ユーザー目線で欲しい物を作れた」という点だ。「TOKYO JUNGLE」では50体以上のキャラクターが操作できるが、経験がある開発者から見るとアクションゲームで50体以上という数字ははっきり言って有り得ないという。「でも開発経験がないからできた。経験があると忘れがちだが、誰のために作るのか、ユーザーの要求に応えることが重要」と片岡氏は話した。
また「ゲームのヒキとなる要素を盛り込む」のも重要だと語る。主役級のキャラクターに最弱の動物「ポメラニアン」を採用したのも開発経験がなかったからこそというのだ。通常据え置き機のアクションゲームであれば主役は最強のキャラクターで、そこで気持ちよさを感じてもらい、ド派手なシーンで引き込んでいくのがセオリーだ。しかし「TOKYO JUNGLE」ではあえて最弱のキャラクターを採用した。それは人間の居なくなった世界を表現するのに、人間と一緒にいるのが当たり前のペット犬を使うことが最も適していると判断したのだ。これが結果的にユーザーを引きつけるポイントになったという。
開発中のまとめとして「新規タイトルは共通体験がないので伝わらないので、伝え方を考えること」、「作り手を好きになってもらうこと」、「ユーザー目線での立案」が重要と話した。
■ 開発会社のセオリーに囚われない宣伝方法
「TOKYO JUNGLE」のパッケージ画像。このパッケージにも深いこだわりがあるのだ |
ここではゲーム開発外のアプローチについて紹介された。
「新規タイトルなのでいかに目立つかが重要」と考えた片岡氏が取った方法がPVからメディア用の素材まで全て自作する、という方法だ。
PVは自分たちとユーザーを最初に繋ぐツールだ。外部のプロに発注するのが慣例になっているが、ゲームを作った本人が作った方がより魅力が伝わるのではないかと考えたという。その為プロモーションビデオ、メディア向けの宣伝キットは全て自分たちで作成したという。
「TOKYO JUNGLE」プロモーションムービー |
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【編集部に届いたサバイバルキット(プレスキット)】 | ||
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全て片岡氏率いる開発チームでデザインしたという「サバイバルキット」。細部のデザインにまでこだわっている |
またパッケージデザインも販売の部署から「できるだけ動物が沢山描いてあって、賑やかに」という指示があったが、片岡氏は「それが『TOKYO JUNGLE』の魅力が伝わるデザインとはどうしても思えなかった」という。そこで締め切りの1日前に独断で「ポメラニアン」以外の動物をパッケージから削除したという。これには流石に各部署からブーイングを受けたが、店頭で目立つためにはこれくらいは必要と判断したとのことだ。結果的にインパクトのあるパッケージは国内外で話題になり、大きな効果があったのだという。
もう1つが「ゲームシステムを伝える」ということだ。新規タイトルでゲーム性が伝わらないまま、各所に「バカゲー」というイメージが広がったという。
それに対処するためにゲームシステムを伝える必要があると考えた片岡氏は、プレイ動画にてゲームシステムを伝えることにしたという。それがゲーム業界の有名クリエーターにゲームをプレイしてもらう「金言賜りました」という動画だ。プレイしている様子をユーザーに見てもらって理解してもらう、そして有名クリエーターからコメントをもらい宣伝に繋げるという狙いがあったのだという。
まとめとして片岡氏は「制作者が宣伝素材を自作することで魅力がダイレクトに伝わること」、「ゲームシステムを伝えること」が重要と話した。
片岡氏は講演を「企画立案時からどうすれば伝わるか、いかに人の興味を引けるかというのを考えてやってきました。その結果タイトルの良さがユーザーに届き、セールスに繋がったのだと思います」と締めくくった。
そして最後に「PlayStation C.A.M.P!」主宰の山本正美氏の「自分がゲーム業界に入った時からリスペクトするクリエーターの顔ぶれが変わっていない。20代の新しいヒーローが出てこないといけない」という発言を紹介し、片岡氏は「ヒーローにはなれていないが、『TOKYO JUNGLE』を出すことで1歩先に進めたのではないかと思っています。そして若い力でゲーム業界を一緒に盛り上げましょう」と、若いクリエーターに向けて熱いメッセージを送った。
(C)Sony Computer Entertainment Inc.(2012年 8月 21日)