GDC 2011レポート

岩谷徹氏が「パックマン」を語り尽くした「Classic Post Mortem 『PAC-MAN』」レポート
「パックマン」は女性向けにデザイン、次回作は“歌うパックマン”?


2月28日~3月4日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center



 25周年を迎えたGDC 2011の企画のひとつが「Classic Game Postmortem」だ。25年前の1980年代をターゲットに、その時代に作られたゲームを、クリエイター自らに語って貰うというゲームファンにはたまらない企画である。

 「Classic Game Postmortem」は、通常セッションがスタートした3月2日から3月4日まで3日間で11のセッションが予定されている。3月2日には3つのセッションが実施されたが、何気ない挨拶、サゼスチョンにいちいちシュプレヒコールが上がる始末で、開発者は一様に童心に返って楽しんでいる様子だった。本稿では、日本を代表するGameGod'sのひとりである「パックマン」の岩谷徹氏のセッションを取り上げたい。



■ 軽妙な語り口で「パックマン」のゲームデザインの要諦をレクチャー

講演タイトルは「『パックマン』の開発経験から教える、良いゲームの作り方」
ご存じ「パックマン」の生みの親である岩谷徹氏
岩谷氏お馴染みのメッセージである「Fun First」

 岩谷徹氏は、これまでにもGDCにたびたび登壇してきた日本人常連講師のひとりである。現在はバンダイナムコゲームスを退社し、東京工芸大学教授として後進の育成に力を注いでいる。大学教員だけに喋りが抜群に巧く、今回も些細なマイクトラブルをきっかけに一気に場を支配し、自分の時間軸でゆったりと講演を行なった。岩谷氏は絶えず満面の笑みを浮かべ、上機嫌での講演となった。

 岩谷氏は、「パックマン」が1980年に誕生した30年以上前のゲームであることから、「『パックマン』を知っているのか心配です」とジョークを飛ばし、場を和ませてから講演をスタートさせた。

 ジョークだと言い切れるのは、「パックマン」は北米でこそ社会現象を巻き起こすほどの大ヒットを記録したフランチャイズだからだ。1982年に北米でスタートした「パックマン」のテレビアニメは最高視聴率56%を記録し、2005年にはアーケードゲームで最も成功した作品としてギネスにも記録されている。2007年には「パックマン チャンピオンシップ エディション」、2010年にはその続編で“パックマン30周年記念作品”となった「パックマン チャンピオンシップ エディション DX」をリリースし、いずれも高い評価を受けている。

 岩谷氏は、講演の前半で、過去十数年にわたって語り続けている「パックマン」のデザインコンセプトを改めて丁寧に解説した。「人の心にどうやって訴えかけるか」、「パッと見てゲームの目的がわかるかどうか」、「ゴーストのアルゴリズムを変化させることで、周りに適度に敵が配置されてゲームがおもしろくなる」、「アイデア、ビジュアル、アルゴリズムが大事」、「ミスをした後は、難易度を下げて再スタートするようになっている」、「クッキーを食べると、逃げる立場から追う立場に転化する。これが気持ちいい」などなど、多くのゲーム業界関係者には聞き慣れたフレーズばかりだが、会場では熱心な頷きと、素早くメモが走る姿が見受けられた。岩谷氏の講演は自身が自負するように、普遍性のあるキャッチーなキーワードが多く、若いクリエイターの心に刺さりやすい。岩谷氏は、「これを日本語で『いたれりつくせり』と言います、わかりますか?」と問いかけ、見事にまとめた。

 

 「パックマン」の企画の端緒については諸説あり、岩谷氏自身も複数のストーリーを語っているが、今回は「女性向け」の話を展開した。当時はコンソールゲームはなく、アーケードゲームしかなかったが、ゲームセンターは男の遊び場で、とても汚くて臭くて、女性やカップルを取り込むことで明るい場所にしたかった」と説明。次に女性の好きなこととは何かを考え、「男の話、ファッションの話、いろいろ考えたが、デザートが大好きで、ケーキをよく食べることに気づいた。そういえば女房もよく食べる。というわけで、“食べる”という動詞でゲームを考えた」と紹介した。

 ここで岩谷氏はおもむろにバインダーを取り出し、書類をぺらぺらめくりながら、「これが『パックマン』の企画書の原本です。世界初公開です」と「パックマン」の手書きの企画書を披露。続いてスライドで拡大したものを見せ、初期のコンセプトと同じままの部分、違っている部分があることを示し、「最初はないアイデアがどんどん追加されている。皆さんも付け加えたり、加えたりしていってください」と発想を柔軟にすることを提案した。

 また、昔からの持論である「ゲームは楽しさが1番」であることを改めて強調した。岩谷氏は現代のゲームを「パッと見でゲームの内容がわからないことが多く、操作が複雑で、プレイしていて虐められている気分になる」と厳しい評価を下した。岩谷氏のお眼鏡にかなうゲームはなかなかないようだ。

 さらに岩谷氏は、手に持っていたバインダーをiPadに見立て、小脇に挟んだり、頭に載せたりといったユニークな動きをしながら、「私はiPadは持っていないが、こうやったりして遊んでも良いと思う。考え方をやわらかくして企画するのが良い。『パックマン』はとてもシンプルなゲームだが、シンプルなだけだと飽きてしまう。大事なのはプレーヤーの気持ちを考えること。イヤだと思うことは避け、時々難しいことがあって、危険なことにも遭うが、ちゃんとクリアすると難易度が下がってとても気持ちよくプレイし続けられる。そういうゲームであることが、『パックマン』が30年間生きてきた理由ではないか」と、「パックマン」のゲームデザインを改めて自画自賛しながら、“ゲームデザイン原論”を展開した。

 続けて、岩谷氏は「パックマン」のプログラムサイズが24KByteだったことを告白し、「だけどこうやってゲームができる。今のゲームは多くのデータを使っているが、ほとんどはグラフィックスデータ。だから実車のように綺麗です。でもゲームのルールのサイズは凄く小さい。そこが凄く大事です。ぜひそのようなゲーム開発を皆さんもしてください」とまとめた。

【手書きの「パックマン」企画書】
講演前半のハイライトは「パックマン」の企画書原本。迷路のデザインはかなり異なる。パックマンのやられ方もアニメーションパターンまで細かく設定されている



■ 岩谷氏「パックマンCE」を改めて激賞。残機制から時間制への華麗なるゲームデザインの転換が奏功

「パックマンCE」のディレクターを務めた井口氏。岩谷氏から繰り返し賞賛された
「パックマンCE」のゲーム画面。岩谷氏が「正当進化」というように、「パックマン」の土台の上に、スピード、サウンド、テンポ、ステージ切り替え等々、時代に合わせたチューンナップを施した快作である
岩谷氏が夢見る「歌うパックマン」のゲーム。完成はいつだろうか?

 通常ならこの辺りで質疑応答に入るが、岩谷氏はここで終わらず、「研究が大事です」と続けた。「『パックマン』に限らず、いろいろな昔のゲームの要素を分解して、なぜこのようなフィーチャーが使われているのか、このようなレベルデザインなのか、その研究が大事です。その研究の成果のひとつが『パックマンチャンピオンシップエディション』です」と、意外な流れから「パックマン」最新作に話を転じた。

 岩谷氏は、ディレクターの井口氏が「パックマン」を1年掛けて徹底的に研究したことを紹介し、「『パックマン』の面白さとは何なのかということを研究した井口さんが、現在のプラットフォームに新しい『パックマン』を提供するということで、一緒になって考えて、ほとんどは井口さんが考えたものですが、正当進化という形で、『パックマンチャンピオンシップエディション』ができました」と紹介した。

 「パックマンチャンピオンシップエディション」のゲーム性について、「とてもスピーディーで、スポーツライクなゲーム」とし、続けて「『パックマン』はミスをするとゲームオーバーになりますが、『パックマンチャンピオンシップエディション』ではタイムアウトでゲームオーバーになる。私は最初聞いたときに『えっ?』と思ったが、でもレースゲームとして成立するなと思い、事実、良い結果になりました。迷路も半分ずつ変わっていくんです」と自らの孫のような存在を最大限の愛着を持って紹介した。

 岩谷氏がプレイ経験者の挙手を取るとかなりの人数が手を挙げ、岩谷氏は満面の笑みを浮かべながら「とてもエキサイティングでおもしろいゲームです。これは『パックマン』の正当進化、私も大好きなゲームです」と文字通り激賞した。

 岩谷氏は「パックマンチャンピオンシップエディション」がよほどお気に入りのようで、デモを披露している最中にも、「オリジナルの『パックマン』に似ているんですけど、おもしろさは格段にこちらの方が上です。最新作の『パックマンチャンピオンシップエディションDX』はXbox 360とPS3で遊べます。とても気持ちが良いです」と“親バカ”ぶりを全開にして褒め称えた。

 最後に岩谷氏は、締めのスライドを見せて大きな拍手を受けた後、「DXに続く次の『パックマン』を考えています」と唐突に切り出し、「去年も言いましたが、歌うパックマンを考えている」と続けると場内からは笑いが起こった。しかし、岩谷氏は至極真面目に「これはミュージカルにはしたくない。少なくとも映画の『シカゴ』か、するとしたら『ブルース・ブラザース』かな、そういうパックマンの歌うゲームを考えています。どう思いますか?」と問いかけると、場内からは大きな拍手が巻き起こった。依然としてどういうゲームになるのかまったくわからないが、岩谷氏の次回作を楽しみにしたい。

【「パックマン」展】
2010年10月に日本で開催された「パックマン」展の映像

【東京工芸大学】
自ら教鞭を執る東京工芸大学の授業風景や実績も照会された

(2011年 3月 3日)

[Reported by 中村聖司]