GDC 2011レポート

GDC Smartphone Summit レポート その2
「HOMERUN BATTLE 3D」の成功秘話など、スマートフォン向けゲーム開発のこれからを占う2セッション


2月28日~3月4日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center



 世界最大のゲーム開発者向けカンファレンス、「Game Developer Conference」が今年も開幕した。全5日間で構成されるプログラムのうち、初日と2日目は例年通りチュートリアルデイとして各ジャンルの連続集中セッションが行なわれているが、昨年から勢いのあるモバイルプラットフォーム分野は「GDC Smartphone Summit」として再構成、さらにスマートフォン向けに特化した内容となった。

 スマートフォン絡みの講演では、昨年までに大きな成功を収めたタイトルについての話題が大きな割合を占めたほか、急激な進化の途上にあるスマートフォン上の3Dグラフィックス分野も重要なトピックとなっていた。本稿ではスマートフォン向けゲームビジネスの今後を語る材料として、iPhoneでナンバーワンのスポーツゲームとなったヒット作「HOMERUN BATTLE 3D」の開発秘話と、ソニーエリクソンの「Xperia PLAY」にも採用されている新世代Snapdragonによる3Dゲームグラフィックス事情をお伝えしよう。



■ オンラインゲームライクなビジネスで大成功した「HOMERUN BATTLE 3D」

「HOMERUN BATTLE 3D」
Com2usのTi Chang氏

 Smartphone Summitの各セッションでは成功したアプリ/ゲームについての話題が多くみられたが、韓国Com2usによる「HOMERUN BATTLE 3D」のポストモーテムセッションは特にユニークなものだった。

 「HOMERUN BATTLE 3D」は、iPhoneで2009年に登場し、AppStore上でNo.1スポーツゲームとなったヒットタイトルだ。単に本数を売っただけでなくアバターアイテムの販売に力を入れ、アプリ販売とアイテム課金という2段構えで大きな収益を上げたという点が大きな特徴である。

 本作がヒットした秘密を語ったのは、Com2usのシニア・ラインプロデューサーを務めるTi Chang氏。Chang氏は以前、EA Koreaにて「Battlefield Online」の開発ディレクターを勤めていたとのことで、オンラインゲームビジネスに造詣の深い人物でもある。

 一方、企業としてのCom2usは、10年にわたり携帯電話等モバイルデバイス向けのゲームコンテンツを開発してきた生粋のモバイルゲーム企業。スマートフォン向けのビジネスは2008年にスタートし、現在ではAppStoreにて14のゲームを「サービス中」であるという。

 この「サービス中」というオンラインゲーム的な表現が、まさに「HOMERUN BATTLE 3D」の成功に基づいている。本作は投手とバッターの対決で、いかに多くのホームランを打つかで勝負するシンプルなゲームだが、リアルタイムのオンライン対戦をサポートすること、また、キャラクターをカスタマイズするための200を超える装備、アバターアイテムが存在し、まさにオンラインゲームの装いだ。


2009年に登場した「HOMERUN BATTLE 3D」は、リアルタイム対戦、アバターアイテムなどオンラインゲーム的な要素を満載し、AppStoreにおけるベストのスポーツゲームという地位を確保したヒットゲームだ

端末性能向上に合わせてインターフェイスを刷新
マイクロトランザクションシステムは韓国オンラインゲームのお家芸。本作ではそのビジネスモデルを生かした

 本作は元々、2006年に韓国内の携帯電話向けに開発された「2006 Homerun King」というゲームを前身としている。その前作も3Dグラフィックスやリアルタイム対戦をサポートしていたが、当時の2G回線の遅さ、パケット料金の高さ、3Dグラフィックスがあまりに重くリッチな映像が出せないなどの理由で、とてもヒット作とは言えない結果だったという。

 普通ならこの段階で次回作は無いという話になりそうだが、iPhoneの登場により事情が変わった。端末性能の向上などにより技術上の様々な問題がクリアされ、スマートフォン向けの最適なコンテンツとして「HOMERUN BATTLE 3D」の開発がスタート。オリジナルのシンプルさを維持しつつ映像を向上し、タッチパネル向けの操作系を導入し、そしてアイテム課金のためのマイクロトランザクションシステムを実装した。

 開発メンバーはプロデューサー1名、グラフィックスアーティスト1名、プログラマー2名という、スマートフォン向けコンテンツにはありがちな少チームで、開発は4カ月で完了したという。ゲームサーバーなどは従来作からの流用だというから、以前よりオンライン志向のタイトルを手がけていた強みが出たという格好になる。

 従来からの資産が活用できたことで良いことづくめになったと思われた本作の開発には、しかし、大きな落とし穴がひとつあった。それは、開発チームの編成が、1年に2~4本のゲームを逐次開発していくという、従来の携帯電話向け方式になっていたことだ。

 つまり、オンラインゲーム的なビジネスとして必須の継続的なアップデートやサポートを考慮していなかった。開発チームは本作の完成後別のゲーム開発準備に入ってしまい、6カ月間の間、サービス運用チームを組織できなかったのだという。その間もユーザーから新コンテンツの要望が相次いだというから、ちょっと勿体無いことになってしまったようだ。

 それでも本作はリリース当初からよく売れた。そのなかで興味深いのは、柔軟な価格変更と無料バージョンの投入による影響だ。当初2.99ドルでリリースし、勢いが失われない内に0.99ドルのセール価格へ変更。そこで大きく販売本数を伸ばすが一瞬で沈静化したので、しばらくして今度はより高い4.99ドルに変更。当然買い控えが起こるものの、話題性は高い状態が続く。その後しばらくして無料バージョンをリリースすると、ユーザー数は爆発的に向上した。

 ソフト販売による売り上げが先細りしつつ、かわりに大きくなったのが課金アイテムによる収益だ。これはユーザー数の増加による影響を素直に受けており、特に無料バージョンリリース後は恒久的にユーザー単価が向上、10ドル前後の高額なアイテムが売り上げの大半を占めるという状況になっている。結果としてゲームリリース時のアプリ販売による収益を大きく上回っている点は注目に値するだろう。


ソフトの販売益は時を追って低下しているが、無料版の投入によりユーザー数が増え、その結果として課金アイテムによる収益が大きく高まっている

有料アイテムは、勝負にあまり影響しないよう見た目に応じて価格付け
安価なアイテムよりも高額なアイテムのほうが大きな収益源となっている

 こうしていよいよ「HOMERUN BATTLE 3D」は、一般的なアプリ販売ビジネスを脱却してオンラインゲームビジネスそのものにシフトしていく。そこでCom2usでは有名野球用品ブランドとのタイアップや、オフラインイベントといった活動を行なっている。また、継続的なアップデートによりユーザーの関心を引き続けることが必要とChang氏が語るあたり、やはりノウハウとしてはオンラインゲームビジネスと同じものになっているイメージだ。

 本作がヒットした背景には、ゲームそのものの素性のよさ、投入したタイミングのよさといったコントロールしづらい要因もあるに違いない。しかしそれ以上に、そのヒットを持続させ、メイン収益をソフト売り上げから課金収入にシフトさせたという点に特徴がある。その意味では他のデベロッパーも学ぶ部分が多かったようで、講演後は欧米の参加者から質問が相次いでいた。

 Chang氏はその上で、将来の展望として「終わりのないアップデート」、「ガチャガチャ、消費アイテムなど様々な課金アイテム」といったものを上げており、スマートフォン向けゲームのビジネスも、やがてはPC用オンラインゲームのサービスと区別のつかないものになっていきそうだ。

 またChang氏は、より洗練された広告収入戦略、独自ゲームポータルの運営、ソーシャルネットワークとの連動といったキーワードも挙げている。スマートフォン向けゲームビジネスには、まだまだ開拓すべき分野が広そうである。


「HOMERUN BATTLE 3D」ではアイテム課金、広告、ソフト販売と3つの収益源がある。そうすると、タイトルのバリューを長く持たせることがビジネス的に重要となる。ソフト販売益のみのタイトルとはまったく異なるビジネスモデルだ



■ いよいよコンシューマーゲーム機品質へ。進化するスマートフォンのゲームグラフィックス

PolarbitのMitri Bautista Wiberg氏
「Death Race」の映像

 オンラインゲームライクなビジネスを展開することで少数精鋭チームが大成功を収めた「HOMERUN BATTLE 3D」だが、今後のスマートフォン向けゲーム市場には異なる方向性の商機も転がっていそうだ。

 Android端末で広く採用されているチップセットSnapdragonを開発するQualcommは、「Building Next-gen 3D Android Games with Snapdragon's Adreno GPU」と題したスポンサーセッションにて、OpenGL ES 2.0世代の新作ゲーム2本の開発状況を披露した。

 本セッションでテーマとなったのは、OpenGL ES 2.0をサポートするAdreno 205以降のGPUを搭載する最新世代のSnapdragonプラットフォームだ。最新のAndroidスマートフォン各種のほか、ゲーム特化型のAndroid端末として登場間近のソニー・エリクソン「Xperia PLAY」にも採用されている高性能チップセットである。

 「Xperia PLAY」に採用されるSnapdragonの統合GPU、Adreno 205は、前世代のAdreno 200に比べ4倍のパフォーマンスがあるとされるほか、高度なシェーダー機能もサポートする。講演を行なった北欧のゲーム開発企業polarbitでは、まさに「Xperia PLAY」のチップセット構成をメインターゲットと考え、レースゲーム「Death Race」、フライトコンバットゲーム「Armageddon Squadron II」を開発しているという。

 この2つのゲームでは、法線マップ、ライトマップ等を使ったリッチなマルチテクスチャーにより映像が構成されており、1世代前のコンシューマーゲーム機を上回る水準の映像品質を感じられる。砂煙、ライトブルームといったパーティクル表現にも凝っており、間違いなくこれまでのスマートフォン向けゲームとは一線を画するクオリティだ。

 3Dグラフィックスのアセット製作には3ds MAX、Maya、SoftImageといった一般的な3Dコンテンツ制作ツールを使っているとのことで、肝となるのはGPU能力を最大限に引き出す最適化の部分。なるべく多くの頂点を1度の描画命令で書き出す、重なり合うオブジェクトをあらかじめソートして手前側から描画する……といったテクニックが紹介されており、既存の家庭用ゲーム機で経験を積んだ開発会社にとって勝負しやすい分野となるかもしれない。


Polarbitでは同社の「FUSE」開発プラットフォームを使い、「Death Race」、「Armageddon Squadron II」の2作を、「Xperia PLAY」相当のハードウェア向けに開発中。Adreno GPU向けのプロファイラー「Adreno Profiler」による開発の効率化にも触れられていた

Southend InteractiveのFredrik Erlandsson氏
「Desert Winds」

 続いてプレゼンテーションを行なった、これまた北欧のゲームデベロッパーSouthend InteractiveのFredrik Erlandsson氏は、現在開発中の「Desert Winds」というタイトルを紹介した。Southend Interactiveは、これまでXbox 360のLIVE ARCADE向けに「R-TYPE Dimensions」や「Lode Runner」といったタイトルを手がけてきており、コンシューマーゲーム機市場がルーツというデベロッパーである。その作品をプレイされた読者の方も多そうだ。

 さて、そのSouthend InteractiveがデュアルコアSnapdragon / Adreno 220という最新世代のモバイルプラットフォーム向けゲームとして手がけている本作は、3人称視点の3Dアクションアドベンチャーゲームだ。質感のあるテクスチャーには鏡面反射表現も取り入れられており、グラフィックスのクオリティは非常に高い。

 そして本作で特にこだわりとなっているのがライティングだ。本作では通常の環境光、平行光源のほかに、地面や壁面からの正確な照り返しを再現する空間分割/球面調和関数を用いた擬似大局照明(グローバルイルミネーション)を実装している。これはプレイステーション 3やXbox 360といった高性能機向けの作品でも用いられているアルゴリズムであり、膨大な事前計算が必要になるという点で敷居の高い技術。これがスマートフォンで実現してしまうのだから驚きだ。

 そのほか「Desert Winds」では、キャラクターの衣服の物理シミュレーションについて、2つ目のCPUに処理をオフロードするなどマルチコア世代向けの設計も行なわれている。いよいよスマートフォンでも本格的なゲーム開発ノウハウが生きてくる時代になったということで、技術力に自信のあるゲームデベロッパーに大きな商機が待っているのかもしれない。



デュアルコア世代のSnapdragon向けにデザインされている「Desertds」では、擬似大局照明や衣服のクロスシミュレーションなど、現行世代のコンシューマーゲーム機に匹敵する高度な表現を導入。スマートフォンの次世代ゲームでは、より高い技術力が必要となりそうだ

(2011年 3月 1日)

[Reported by 佐藤カフジ]