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「Unreal Engine」はバンダイナムコスタジオに何をもたらしたのか?

「サマーレッスン」、「鉄拳7」に見る「Unreal Engine 4」最新活用事例

10月18日開催



会場:パシフィコ横浜

セッション開始前の会場風景

 エピック・ゲームズ・ジャパンは、「アンリアルフェス2015横浜(UNREAL FEST 2015 YOKOHAMA)」と題した同社のゲームエンジン「Unreal Engine」(以下、「UE」)の紹介イベントを行なった。本年は、メジャータイトルを扱ったセッションが実施されたこともあり、昨年よりずっと注目が集まり、本年のイベントは、参加者数、セッション数ともに前年の2倍となった。

 セッションの内容は、ゲームプログラム、グラフィックス、映像CGへの活用、VR、インディシーンと、実に多岐にわたる。アジェンダの発表前には、もう少しゲーム開発実務の勉強会といった性格が強いものになると予想していたのだが、実際の「UE」開発者向けというより、「UE」初心者や、導入を検討する開発者など、「UE」開発に関心を持つ層を幅広く対象にしたものになっていた。

 そのなかでも、本稿ではバンダイナムコエンターテインメントの原田勝弘プロデューサーが手がける2作品、「サマーレッスン」と「鉄拳7」に関するセッションにフォーカスして、両作品に対して、いかなる形で「UE4」が寄与しているかを「UE」の最新動向と共にお伝えする。

「サマーレッスン」のリードプログラマ山本治由氏

 「サマーレッスン」と「鉄拳7」。全く毛色の異なる両作品だが、どちらも「UE」のメジャーバージョン4(以下「UE4」)をゲームエンジンに採用している。「サマーレッスン」は、PlayStation VR向けコンテンツとして早い段階からデモを公開し、多方面から評価を受けながらプロジェクトを進めている。一方の「鉄拳7」は、ご存知の通りバンダイナムコを代表する格闘ゲームの雄で、昨年20周年を迎えた超ロングランシリーズの最新作だ。

 両作品が原田氏総指揮のもと、バンダイナムコスタジオの同部門で開発され、ゲームエンジンにどちらも同じ「UE4」を採用していると言っても、そのアプローチには、共通点と相違点が存在する。

 共通点として挙げられるのは、どちらも「UE4」の良いところを最大限活かしていこうという姿勢だ。ただし、両作品とも「UE4」を素のままで用いたのでは、作品が持つ本来の特性が発揮できない部分もある。

 そこで「サマーレッスン」では、室内の光と影の品質を向上させるために、ボリュームライティングのサンプル密度を上げたり、ライトマップの解像度を上げるといった調整を施している。また、たとえ物理的に矛盾が生じても、アップカットで背景の影がキャラクターに落ちないようにして、あくまで主役のキャラクターの魅力を最大化する工夫が取られている。

「サマーレッスン」におけるビジュアルとVR体験の工夫。すべてはキャラクターとの距離感を実感させるため

 一方の「鉄拳7」でも根底にある思想は同じで、基本は「UE4」のシェーダー特性を活かした絵作りをしていながら、物理的に厳密に正しくなくても、逆光においてキャラクターが暗く沈んで溶け込んでしまわないように、キャラクターだけに影響するライトを設置して、キャラクターの明度を上げている。また、「UE4」が苦手な半透明のソートがからむ髪の毛や布のほつれといったやわらかい表現を、不透明と半透明のポリゴンを重ねたデータを用意しておくというシンプルな手法で回避している。

「鉄拳7」におけるビジュアルの工夫。キャラの対峙カットは異方性反射によりメタリックな質感が向上している

 対しての相違点は、「UE4」の扱い方そのものにある。「サマーレッスン」では、やむを得ない場合を除いて「UE4」のC++のコードには一切手を入れていない。あくまで「UE」開発エディタ上でできるパラメータの調整と、ビジュアルスクリプト言語「BluePrint」で実装できる範囲内にゲームデザインをとどめ、実装とフィードバックの開発サイクルをスピーディに回すことにこだわっている。この考え方を徹底できるのは、ゲームエンジンを活用したゲーム開発において理想的だ。VRゲームという未知の領域に踏み出している「サマーレッスン」にとっては、ゲーム体験に未知数の部分も数多くあり、実装してみてゲームフィールの問題にぶつかった際に、比較的手戻りが容易であるという点を重視したのは、大正解と言えるだろう。

「鉄拳7」の実装方針。「UE4」の特性を的確に捉え、エンジンを合理的に活用している

「鉄拳7」リードプログラマの工藤径氏

 一方の「鉄拳7」は、すでに基本的なゲームデザインが確立している。そこで、過去から受け継がれた”格ゲーとしての妙味”を確実に引き継ぐために、「UE4」を”3D描画エンジン”と割り切り、鉄拳の鉄拳たるゲームコアの部分は従来通りC++のコードで記述し、”鉄拳モジュール”として「UE4」から呼び出されて駆動するように実装されている。「サマーレッスン」と違って、こちらは必要に応じて積極的に自分たちの得意な方法論で実装していこうという考え方だ。プレーヤーの入力がキャラクターに反映されるまで、フレーム単位での緻密さが要求される格闘ゲームにおいて、肝の部分はやはり長年慣れ親しんだスタイルでの実装の方が結果がでると判断したのだろう。こちらも同様に大正解と言える。

「鉄拳7」のビジュアルコンセプト。「UE4」導入にあたり、原点に立ち返って考察されている

 ところで、両作品のセッションを最後まで聞き終えて、意外だった、というか軽い驚きだったことがある。いくつかの改善点の指摘はあったものの、長年自社エンジンを使ってきたバンダイナムコスタジオの開発者たちに、「UE4」が予想以上に高評価であったことだ。「UE4」を賞賛する各登壇者からはEpic Games主催イベントがゆえのリップサービスとは感じられず、自己のタイトルに用いた開発者からの実体験に基づいた率直なコメントであったように感じられた。

「鉄拳7」のセッションに登壇した開発ディレクターの米盛祐一氏とVAリーダーの木村憲司氏

 あくまで一般論ではあるが、長年慣れ親しんだ作業環境やプログラム言語、作業の流れから決別して、他社の推奨する”お作法”にのっとって開発することに苦痛を感じる開発者は少なくない。初期段階で、“新しいこと”を勉強しなくてはならず、長年培った経験則がすぐには活かせないからだ。ごく些細な作業を行うのに時間がかかってしまうこともあり、ベテラン開発者ほど大きなストレスを感じてしまう。こういった経験から、ゲームエンジンの活用を否定的に捉える開発者が少なからず存在する。

 実際、バンダイナムコスタジオにとっても苦労は絶えなかっただろう。他社のゲームエンジンの導入は、導入初回のプロジェクトでは、実のところメリットデメリットが半々かデメリットの方がやや大きいくらいで、スケジュール的にもプラスマイナスゼロがいいところだったのではないだろうか。「鉄拳7」の開発期間が、ちょうど1年でおさまったというのは、すばらしい成果だが、「UE4」導入以外の工夫が寄与した部分も大きく、あくまで結果論に過ぎないように感じる。

 それでもなお「UE4」に取り組んだ最大理由は、やはり“己を知るために、外の世界を知る”必要があったからだと思う。あのバンダイナムコスタジオが他社のゲームエンジンを採用した製品をリリースするなどということは、数年前には、ちょっと想像もつかなかったことだ。自社エンジンで開発し続けることが高い開発力と企業体力の証でもあり、そういった意識が大手の決断を遅らせていたように思う。

 だが、ここにきて他社エンジンの採用に踏み切った。筆者は、これをただ単にコストダウンを狙ったものではないように感じる。“己を知った”先には、大きくふたつの方向性が考えられる。ひとつは、より上位のレイヤに人材を集中させゲームコンテンツの厚みを増す方法論で、ゲームエンジンを採用するメリットとしてよく謳われるものだ。もうひとつは、自社の次世代エンジンが盛り込むべき機能やその設計の参考とするために、あえて「UE4」で実際の製品を開発するプロセスを踏んでみた、という可能性だ。

「鉄拳7」ディレクター米盛氏による「UE4」導入決定の経緯

 今までの閉ざされた世界から「UE4」という外の世界を知ったバンダイナムコスタジオが、今後の続編でも「UE」を採用するのか、それとも自社のエンジンに回帰するのかはわからないが、何れにしても「UE」から大いに刺激を受けたに違いない。“己を知った”バンダイナムコスタジオの次のビッグタイトルの開発方針にも注目しなければならないだろう。

 一方の「UE」に目を向けてみても、伝統的に自前のインハウスエンジンを採用していた日本国内のデベロッパー、パブリッシャーから、今後「UE4」採用タイトルが続々と登場する。「キングダムハーツIII」、「ストリートファイターV」、「ドラゴンクエストXI」、そして「シェンムー3」と、採用タイトルはフォトリアルなグラフィックを目指すものにとどまらない。すでに国内メジャータイトルに活用の幅が拡大した「UE」のポテンシャルには計り知れないものがある。こちらも引き続き国内での採用動向から目が離せない。

河崎氏の写真スライドを準備していた原田氏。“急遽用意した”と言いながら、ネタの仕込みはバッチリだ

 最後になってしまったが、「鉄拳7」と「サマーレッスン」の両作品を統括する、プロデューサー原田氏による冒頭のトークは抜群に面白かった。突然飛び出した話題は、すでに会場を後にしていたエピック・ゲームズ・ジャパン代表河崎氏に対して、いかに「UE4」のライセンス料を値切るか、というものだった。聴衆の大多数は、プロ、アマを問わず、実務で「UE4」を触っている、あるいは触ろうとしている開発者だと思われ、どこまでニーズがあったのかは分からないが、それでも会場は大きな笑い声に包まれていた。

 残念ながら、原田氏は、このネタに対してのオチをはぐらかしたまま、あとは他のスタッフに委ねて5分ほどで退出してしまったが、こういったセッションの役割分担も、バンダイナムコの開発文化を感じさせる一幕であったように思う。

(谷川ハジメ)