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「“ゲーム業界を元気にする”方法とは?」対談、松山洋氏 & 中村隆之氏(後編)
CEDECなどゲーム開発に取り組むための社外活動

会場:サイバーコネクトツー

 

 「.hack」シリーズ、「NARUTO−ナルト− ナルティメット」シリーズなどの開発スタジオで有名な、サイバーコネクトツーを率いる松山洋氏と、「もじぴったん」シリーズを世に送り出し、現在はフリーランスのクリエイティブプロデューサーとして活躍中の中村隆之氏。司会には「ガンバレット」、「鉄拳」シリーズなどを手がけた神江豊氏にお願いした。両者を迎えて送る特別対談も、いよいよ今回が最終回。ますます熱いトークが繰り広げられる!

 第3回目となる後編では「CEDECなどゲーム開発に取り組むための社外活動」などについて話題が及んだ。

 

第1回「攻めの姿勢のゲーム制作を続けていきたい!」

 

第2回「“理想の開発環境”と“ぜひ欲しい社員”とは?」

【松山洋】
株式会社サイバーコネクトツー 代表取締役社長。博多にある元気なゲーム制作会社サイバーコネクトツーの代表兼ディレクター。開発の傍らで毎月、60冊の漫画誌を読んでいる大の漫画好き。アニメや映画、もちろんゲームも漫画も幅広く、こよなく愛している。非常に“濃く”“熱い”人間である。
代表作:「.hack」シリーズ(世界累計280万本)、「NARUTO−ナルト− ナルティメット」シリーズ(世界累計690万本)。最新作は現在絶賛発売中の、PS3/Xbox 360「NARUTO−ナルト− 疾風伝 ナルティメットストーム2」、ニンテンドーDS「Solatorobo それからCODAへ」。そして……新プロジェクト開発中!!
【中村隆之】
現在フリーのクリエイティブプロデューサー。代表作は知的好奇心をくすぐるパズルゲーム「ことばのパズル もじぴったん」シリーズ。1995年ソニーにて携帯電話開発エンジニアとして勤務。1997年ナムコ(当時)に入社。プログラマとして業務用ゲーム機の開発に関わった後、もじぴったんシリーズ等のディレクター、プロデューサーとして活躍。2010年バンダイナムコゲームス退社。
【司会・神江豊】
1991年ナムコ(当時)入社。代表作「ガンバレット」、「鉄拳」シリーズなど。2006年に退社後、企画プロデュース会社ソルエンタテインメントを立ち上げる。2008年にインディーズゲーム制作集団「O-GAMES」を立ち上げ、「Impetuth」、「UNDERCOVER LIVE Episode 0」を発表。本業のかたわら、会社の枠にとらわれないゲーム開発も続けている。


■ 理想の開発環境とは

対談は3時間ほどにも及び、熱い議論が交わされた。同時に掲載したムービーもチェックしていただきたい

−−(神江):業界内の情報共有について話を進めましょう。松山さんは2年間CEDECの運営委員を務められましたし、中村さんも今春サイバーコネクトツーの本社から、Ustreamで特別講義「商品デザインとゲームデザイン」を行なわれましたね。

中村氏: 3回に分けた講演で、今でもホームページ上で見られます。バンダイナムコゲームス在職中に社内向けブログで書いていた内容がベースで、プロデュースのノウハウを広く伝えたくて。たまたま退職した時に講演とUstreamの話があったので、渡りに船で快諾しました。

松山氏: 3年くらい前に、中村さんがバンダイナムコゲームスの社内向けに講演されたことがあったんです。私も聞かせていただき、なんておもしろい講演だと。パブリッシャー視点で、うちのスタッフでは持てない内容だったんですよね。絶対に勉強になると思って、人づてに紹介してくれとお願いして。それがご縁で、あの講演が実現したんです。

中村氏: 最近では「元もじぴったんプロデューサーの生の知恵ブログ」という個人ブログも始めました。ここで社内ブログを元に、広くノウハウを発信していく予定です。これからプロデューサーになる人や、プロデューサーに興味がある人が、どんな目線で物事を見ていけばいいのか、知恵にあたることを紹介していくつもりです。

松山氏: うちもモノや技術はすべて外に出すことがモットーですよ。情報はアウトプットした人にこそ入ってくるので。CEDECの運営委員も、そうした思いで引き受けました。もともとはCEDECの副委員長でバンダイナムコゲームスの齋藤直宏さんから誘われたのがきっかけです。それまでのCEDECにモノ申したいという思いもありましたし。私自身の手応えとしても、すごくCEDECは良くなったと思います。

−−同感です。ただ、もっと情報共有や技術交流を盛り上げていきたいですよね。

松山氏: まずCEDECで言えば、大手だけ盛り上げても仕方がなくて、全体を底上げしなければ業界の活性化には繋がらないんです。だから「NUライブラリ」にしろ、「Crystal Engine」にしろ、「MTフレームワーク」にしろ、そうした技術講演を大手が行なうだけでは、中小には関係なくなってしまう。我が社のためになる勉強をしてきてくれと、中小企業の社長が(「行ってもイイよ」と)判子を押しやすい内容も増やしていかないと。

−−高みと厚みの両方が必要というわけですね。

松山氏: そもそも、CEDECがただの自慢大会になっちゃ駄目なんですよ。私自身も敵に塩を送ることを絶対に忘れないように気をつけています。誰もが真似できて、プラスになる情報を共有すれば、業界全体が活性化するに決まっています。そのためには失敗談も共有すべきだし、こうすると簡単に上手くいくという良い話も、もっと出すべきです。

中村氏: CEDECの一部の内容が「ニコニコ生放送」で配信されましたね。Ustreamで講演をして思ったのは、それこそ講義を全て配信して、いつでも見られるようにしたらということ。そもそも業界全体の活性化をめざすなら、お金を払って参加している人だけのものではなくて、無料で配布するくらいのことは、やってもいいと思うんです。

松山氏: ゆくゆくは、そうしたことも視野に入れていきたいですね。ただCEDECも運営にお金がかかるので、どこかで回収しないといけない。来場者が増えれば、もっと変わっていくと思います。もっとも「ニコニコ生放送」は凄く良かったと思います。だってCEDEC全体の参加者が3,000人なのに対して、ニコ生を見た人は28,000人でしたから。

中村氏: もう1つあるとしたら、僕は「業界」という言葉が、ちょっと嫌いなんです。今年もベネッセの方の講演がありましたが、ゲーム業界の枠にとらわれず、もっと広く講演者を募って良いんじゃないかという気がするんです。たとえば電子出版とか、テレビ業界とか、彼らには当たり前のことでも、ゲーム業界では初耳のことがあるかもしれない。僕はゲームのパッケージに背帯をつけて、宣伝文を表に書くことを、誰よりも先にやったんですが、あれも出版業界では当たり前ですよね。

松山氏: それはすごく良いことだし、必要なことですよね。ただ個人的には、まだCEDECとは別の枠にしておくべきだと思います。というのも、今はどこのゲーム会社さんも、余裕がなさ過ぎるんです。自分たちに少しでも関係のない内容だったら、誰も行かないんですよ。今、必要な情報をピンポイントで伝えてあげないといけない。もっとも、異業種で刺激になる情報を、自分たちで勉強することも重要です。何でも外から与えられるのを待っているようでは駄目ですから。


過激な発言が目立つ松山氏だが、すべて考えがあってのこと。その主義主張には一貫した姿勢が感じられ、それ故に人も動く

−−そうした情報交流を進める上で、課題となるのが「守秘義務」の壁ですよね。

中村氏: コンシューマで言うと、いわゆるプラットフォームホルダーの守秘義務契約があって、ソースコードが公開できない、といったことはありますね。

松山氏: ただ、ソース公開が前提といった話では決してないと思います。技術交流はどんな形であれ、できるんですよ。それができないのは、経営者の頭の固さです。現場が何を求めているか理解していない経営者が多すぎるので、そうした問題が起きているんです。

−−守秘義務契約を結ぶのが経営者や、プロデューサー以上の人間という点もありますね。現場の人間はどういう契約文言になっているか知らないから、何を言って良いかも、わからない。「守秘義務リテラシー」を業界で向上させていく必要がありそうですね。

松山氏: そうした教育をサボっている会社が大半だってことです。だから先ほどの転職についてもモラルの低下が起きているんですよ。東京スタジオの応募書類で、開発実績の中に開発中のゲームの画面写真が入っていたこともありましたよ。もちろん選考せずにそのまま書類をお返ししました。

−−CEDEC以外の取り組みでは、福岡でGFF(GAME FACTORY'S FRIENDSHIP)があります。

松山氏: うちを含めた福岡のゲーム会社が13社で集まって、任意団体「GFF」を構成しています。レベルファイブさんが設立された時、挨拶に伺ったんですよ。そこで代表の日野晃博さんに「あんたは会社が小さくて貧乏でも、やりたいことがやれればいいと思っているタイプじゃないだろ。絶対に大成功したいというタイプだと思うから、一緒にやろうよ」と話をしたのがきっかけでした。

−−わかりやすい話ですね(笑)。

松山氏: その後、ガンバリオンさんが佐世保から福岡に移られてきたとき、山倉千賀子さんとも話をしたんです。3社で困ったことがあったら相談しよう。ただし、お互いのクリエイティブは尊重しようって。通称「ベルサイユ条約」と呼んでいました。そこから2003年、2007年にイベントを行なって、他にもさまざまな活動をしています。現在は毎月、13社と福岡市、福岡県、九州経済産業局、九州大学が一緒になって会合を持っています。目的は1つで、福岡をゲームのハリウッドにすることです。

−−そのノウハウは関東ではできませんか?

松山氏: できますよ。北海道や仙台など、ちょこちょこ相談を受けます。いつも言っているのは、福岡だからできるんじゃなくて、あなたたちがやらないだけですって。


中村氏のゲーム作りの原点には、「人が楽しめるシステム作り」があるようだ

中村氏: その話を伺って、僕もなるほどと思いました。場所に限らず、やる人や、行動するか否かの違いでしかなくて。同じことはゲーム業界全体でも言えますね。決算発表などで、国内市場が停滞しているから売り上げが上がらない、といった話を耳にします。でも市場を萎ませているのは、自分たちなんですよね。良い商品を出せば市場は伸びる。それと同じで、福岡を盛り上げるのは自分たちなんだという考え方が、ちょっとしびれるというか、福岡人らしいというか。

−−行政や大学との話し合いは、どのように進めていったんですか?

松山氏: 最初にイベントを行なって、自分たちの存在を認知してもらいました。次に仲間の企業を募って、行政や大学にアプローチしたんです。最初は平行線でしたが、だんだん互いの立場や主張が理解されてきました。行政にしても、一企業に肩入れするわけにはいきませんが、県の活性化に繋がることなら協力してもらえます。今では東京で企業説明会を合同開催するための予算を、県で負担してもらっているんですよ。Uターン、Iターン就職が増えれば、県は間違いなく活性化するわけです。

−−それでは最後のトピックに移りましょう。本当に業界の底上げを行なうのなら、学生やアマチュアといった業界予備軍に対する取り組みが欠かせません。お2人からメッセージを送ってもらえますか?

中村氏: 僕はさっきも言ったように、業界という言葉が、あまり好きではないので。ゲーム業界ではなくて、新しい産業を生み出すつもりで入ってきて欲しいんです。そのためには若いうちから、ゲームばっかり遊ばないで欲しいんですよ。そうじゃなくて、今まで誰も体験していないこととか、人には負けないことをがっつりやって。そんなの何の役にたつの、というような人が入ってきて、僕らを驚かせて欲しいんですよね。

−−「もじぴったん」のゲームデザイナーの後藤裕之氏は、学生時代に円周率暗唱の世界記録保持者でしたよね。

中村氏: そうそう。「塊魂」を作った高橋慶太君も全然ゲームをやらないんですよ。でも彼は彼なりの不思議な経験をしていて、人を笑わせる楽しいモノを作りたいという考えを持っていて。そういう人が業界を活性化してくれるだろうし、最終的には業界を離れて、新しい産業を生み出してくれる。だから、普通にならないで欲しいんですよ。

松山氏: うちは企業説明会や講演会などで、年間3,000人くらいの学生さんにお会いしています。そこではシンプルに、好きだったらゲームクリエイターになれるし、好きじゃないからなれないと言っています。ここは中村さんと違うところですが、私はゲームソフトをたくさん遊んできて良かったと思っています。漫画もアニメも映画も好き。こんな大人、普通じゃないです。でも普通じゃないからプロになれたんです。

−−なるほど。

松山氏: そもそも最新のゲームソフトを作るのに、そうしたゲームを遊んでいなければ無理ですよ。だからうちは、どれだけゲームを遊んでいるかが評価のポイントにもなりますし、アニメやマンガでも同じです。たとえば私は漫画雑誌の発売日が待ちきれないのに、単行本で買っている人間は、それだけで漫画好きの資格がないです。そういうことを知った上で、あ、ホントにそれで良いんですかっていう人が、まっすぐ入ってこられる業界であるべきだと思います。そんな人間に私はモノを作って欲しいと思いますよ。


対談を終えて、ますます対談に参加した各人の新作が楽しみになった

−−お互いまったく違ったことを言っているようで、「好きが突き抜けた変人を求む」という意味で似ていますね。お2人とも最初のキャリアは何でしたか?

中村氏: 僕はもともとプログラマーでした。最初はソニーで携帯電話を作っていて、そこからナムコに転職したんです。しばらくして自分のプロジェクトにある新人が入ってきた時、彼がものすごく優秀で、ゲームプログラマーでは絶対トップになれないと思ったので、だんだんディレクターやプロデューサーに進んでいったんです。

松山氏: 私はアーティストです。2002年〜2003年にかけて発売された「.hack」シリーズまでは、背景グラフィックスやレベルデザインなどもやっていました。2001年から社長になったので、そこから現場作業はスタッフに任せるようにしましたけど。

−−それぞれの出身を表していますよね。プログラマーはラクしてナンボで。そのためには知恵を使わなくちゃいけない。時間をかけて良い物が出来たプログラマーは見たことがないですからね。だから今日の話も、情報を広く集めて、知恵を加えて、出力することに特化しているなと。

中村氏: 確かに、プログラマー出身だから知恵を使うというのは、その通りかも。

−−逆に松山さんはアーティスト出身で、アニメや漫画などのジャパンカルチャーを、世界で戦うための武器だと思われているんですよね。コスト面などを考えれば海外に生産拠点を移さざるを得ない。iPhoneアプリなども世界中で作られている。そんな中、日本の強さをアーティスト面から経営に生かしているところが、すごくおもしろいなと。

松山氏: 非常にきれいにまとめていただいて。

−−それぞれの強みを生かして、新しい世界を作り出そうとしている点に感激しました。今日は長時間にわたってさまざまな提言をいただき、たいへんありがとうございました。


【Solatorobo それからCODAへ(ニンテンドーDS)】
(C)2010 NBGI
サイバーコネクトツーの新作であり、構想10年制作3年という「Solatorobo それからCODAへ」。前身にあたる「テイルコンチェルト」はプレイステーション用タイトルとして発売された。開発秘話についてはCEDEC2010でのサイバーコネクトツーの公演が詳しい

【対談ダイジェストムービー】
松山氏と中村氏の熱い対談の一部をここにまとめましたので、ぜひともチェックしていただきたい!


【「対談を終えて」ムービー】
松山氏と中村氏が対談を終えて一言ずついただきました



■ 最後に司会を務めた神江豊氏から一言……

 アツイ!とにかくアツイ! これが松山さんとお話した時の印象です。吹き上がるマグマのような、すさまじいエネルギーと作品への愛を感じます。これが毎回なのだから、どこからそのパワーが出てくるのか不思議でしょうがない。

 また、中村さんからは、素直で穏やかな振る舞いの中に、しなやかな知性を感じます。自身でもプログラマ兼ゲームデザインをした経験を活かし、そしてプロデューサーとして、プロジェクトを率いてきたその瞳には、次のビジョンが渦巻いている。

 この2人は面白いぞ。

 そうだ! このお2人の対談を聞かせ、我社スタッフやO-GAMESメンバーにゼロからモノを作る考え方を知ってもらいたい。いや、自分も知り成長したい。いやいや、どうせお話を聞くなら不況にあえぐ業界全体にも発信してはどうか、少しでも業界が元気になるヒントになれば!

 今回のインタビューは、そのような気持ちをひとつにした関係者の想いが込められています。魅力的な製品を世に送り出してきたお2人。対談を通じ、手段は違えども、お2人の共通点が見えてきました。

 

    ●ビジネス的な視点を忘れず、多様な作戦を立案し実行している。

    ●経歴を活かした、戦い方を身につけている。

    ●次にどうすべきかを常に考え、次世代の育成にも力を入れている。

 今回、その鋭利な頭脳の片鱗を覗き見できたように思います。お忙しい中、ご協力ありがとうございました。またご教示下さい。日本の強みは頭脳です。組織を束ね人を育成する身としては、その若い頭脳を活性化したい。モノ作りを楽しみ、素敵なゲームが1つでも世に多く出ると良いなぁと願っています。

 日本のクリエイターはスゴイ!共に世界を驚かせましょう!




(2010年 11月 4日)

[Reported by 小野憲史 ]