インタビュー
【Tankfest 2017】「戦争を知る高齢者と若い層との架け橋になる」Wargaming.netスペシャルプロジェクトディレクターTracy Spaight氏インタビュー
2017年6月27日 07:00
Wargaming.netは、ミリタリー関連の様々なイベントをスポンサードするだけでなく、コラボレーションしてユニークなコンテンツを生み出すメーカーとしても知られる。これはプロモーションの一環としてマーケティングチームが統括しているわけではなく、それ専門の部署が存在し、今回その責任者を務めるTracy Spaight氏にインタビューすることができた。
Spaight氏は、他のWargaming.netスタッフとは明らかに異質で、博物館の学芸員のような雰囲気で、熱心に自身の取り組みの意義、それがもたらす効果について語ってくれた。
VRのみならず、ARにも積極的にチャレンジするスペシャルプロジェクトチーム
Tracy Spaight氏:トレーシーです。スペシャルプロジェクトを担当しております。スペシャルプロジェクトチームは特殊な部署で、ゲームとは一切関係がなく、どちらかというとそれ以外ばかりをやっている部署になります。今回のボービントン博物館とのコラボレーションなども、その一環となります。具体的に何をしているかというと、ARであったりVRであったりそういった技術を元に、博物館が普段できないようなことを皆様に提供していくということをしています。
例をあげれば、映像で紹介した、艦艇の機関室、こういったものは、本当なら博物館でも展示をしたいのですが、アスベストの問題だったり、健康管理の問題であったり、そこに入るためのハシゴが危険であったりと、そういった様々な要因のおかげで危険性が除去できないため展示できない場所があります。それをARやVR、また映像といったものを使用してみなさまに提供しています。
これの何が素晴らしいかというと、こういった形で博物館を訪れて映像を作ったり、普段入れないところに入れることによって、映像を見た人が実物をすごく見たくなったり、実際に博物館に足を運んでもらえたりすることです。私たちとしては非常に嬉しく思っており、素晴らしい結果がお互いに出ていると考えています。
――今回公開されたコンテンツは、ARでシュトルムティーガーが鑑賞できるというものですが、その特徴と見所について教えてください。
Spaight氏:まず最大の特徴として、Wargamingは今回、ボ―ビントン博物館が行なっているティーガーファミリーのコレクションのスポンサーをしていて、そのため全国からティーガーシリーズの戦車を持ってこれるように色々やっていますが、その中の1つが今回展示されている「エレファント」です。この「エレファント」はアメリカから持って来られたものですが、私たちが主にサポートして持ってきたものになります。
そしてもう1台が「シュトルムティーガー」ですが、こちらは全部で生産されたのが約18輌ほどで、現存しているものは2輌か3輌しかない。そのうちの1輌がドイツにあるので、それを頑張って持ってこようとしたのですが、様々なトラブルによってそれが現実的に難しいということになったため、そうなってしまうとせっかくの「タイガーファミリー」がコンプリート出来ないということになってしまいます。そこで、今回ARという形で全ての車両をボービントンに揃えるということにしました。
今回の展示における見どころですが、マイクロソフトのHololensを使っています。今回は一部のVIPの方とプレスの方々限定となっているのですが、本当に頭にかぶるコンピューターのようなもので、今までのものとは全然違うARやVRの体験ができると思います。
逆に一般の方に展示されるものは「Google Tango」という、今はLenovoが入れているGoogleのソフトウェアです。Google Tangoは、空間把握能力がとても高いのです。従来のものだとマーカーを用意してその上にオブジェクトを表示させたり、または画像内のどこかにオブジェクトをのせるという形になっていたのですが、それですと、座標が若干でもずれてしまうと、例えばテーブルの上に戦車を置こうとしても、テーブルから実際はずれて、宙を浮いていたり、壁にめり込んでしまったりといろいろと見どころで悪い部分がありました。しかし、Google Tangoに関しては、様々な空間を認識してくれるのです。光を送ってそれを受け取るので、実際部屋の構造がどういう形なのかということをソフトウェアが自動的に判断してくれます。例えばテーブルの上におきたい場合はテーブルをしっかりと認識して、そのテーブルの上にオブジェクトが表示されるようになっている。
そういった空間把握能力が高いために、シュトルムティーガーというのはティーガーの車体と同じシャーシを使っているので、履帯であったり車体の部分がまったく同じなので、それをしっかりと認識したうえで、どういう部分がARにオブジェクトと一緒なのかというのを解析して理解したうえで様々な施策ができるようになっています。なので、今回はそういった従来あったようなARであったりオブジェクトを表示させるVR機器であったりとは、まったく別の視点と別の方法で今回展示を見せることができるというのが1番の見所だと思っています。
――このような形で様々な博物館に対して協力をしていると、だんだん御社自身で博物館を作りたくなったりはしませんか。もしくはAR、VRがどんどんした場合、AR、VRのみの博物館を作りたいと思いませんか?
Spaight氏:博物館というのは非常にお金がかかるものです。また戦車だけではなく歴史的なものはすべてそうですが、お金を出せばすぐ買えるというものでもありません。実際、現存数が少ないものであったり、いくら手に入れようと思っても手に入らないものなので、そういった面では非常に難しいと思います。
ただ、過去にリトルコレクションという、個人コレクターが所有していた倉庫というのがあり、そこでいろんな車両を展示していたのですが、その方が亡くなった後に処分されて、車両が売りに出されました。その時に「センチネル」というオーストラリアの戦車を我々で購入しまして、それを実際にアメリカからオーストラリアの博物館に運んで、寄付したことはあります。そういったことは定期的にしています。ただ、それをひとつの大きな博物館にするというのは、現実的に厳しいのではないかと思います。
ただ、もし博物館を私たちで作るとすれば、おっしゃるようにARやVRのものになるかとは思います。その場合バーチャルなので土地が必要ないし、車両のレストアをする必要がない。また維持費もかかりません。それに私たちのゲームのモデルもありますから、今あるようなボロボロの車両であったり、パーツが足りない車両というのもないので完璧な状態の車両というのも取り揃えることができるので、もし作るとしたらそういった素晴らしいVRやARの博物館というのを作っていきたいと考えてはいます。
――現在は博物館とのコラボが中心ですが、それ以外になにかスペシャルプロジェクトとしてのアプローチなど、博物館以外に何かコラボを考えているところはありますか?
Spaight氏:歴史的には様々なことが起きているわけでして、2015年は、ヨーロッパやアメリカでは、第二次大戦から終戦70年の記念日だったのですが、そういった時に様々な会社と協力してやったことが実はありました。少し話はずれてしまいますが、歴史的にルーズベルトが「レンドリース法」というのを作って、連合軍が協力しているところに兵器や武器弾薬、食料など様々なものを送りました。その時に、戦車や戦闘機もそうですし、補給船の護衛などに協力しています。それは割と有名な話でして、皆さんもたぶん知っていると思いますが、それとは別に実は同じ時期くらいに、ソ連の方に戦闘機P39、P40など、大体1万機ほどの戦闘機をソ連の方に送っており、その戦闘機はソ連から入ってシベリアへ行き、モスクワへ行き、最前線の方も飛び、たくさん活躍はしているが、その話自体は表にはあまり出ていない話なのです。
私たちはロシアの航空会社とアメリカのNPO団体と協力をして、実際にその時に使われたものに近い飛行機を用意して飛ばしてみたのです。ワシントン州からモンタナの方向へ行き、そこからアラスカに行き、シベリアに行きというルートをたどってみようという感じのプロジェクトを行ないました。
歴史では実際、ワシントン州モンタナからアラスカの方面に向けて生産された戦闘機がたくさん飛んでいき、アラスカのほうでそれがソ連のパイロットたちによってシベリアの方まで飛んで、輸出入されていたわけですが、実際にそれがどのような形だったのかを再現してみました。ちなみにソ連の方々は、自国に戻るときに、アメリカから受け取った際、ナイロンであったり、お菓子であったり、ジーンズやリップスティックなど様々なものを飛行機に詰め込んで帰っていったそうなのですが、それはまた別の話でいろいろ面白いのですが、そういったことを再現するためのプロジェクトも行なっています。
その再現では「DC-3」を2機使い、ロシアのパイロットとアメリカのパイロットが当時の航路や使用した飛行場を元に当時を再現しました。最終的にはアメリカからカナダへ移動して、アラスカに行き、そこから最終的にシベリアなどに飛んだわけですが、途中の現地には銅像などがあって、きちんと称えられており、実際に私たちの目の前で、ロシアのパイロットとアメリカのパイロットが握手をする場面なども含め、数週間かけてやり遂げました。
また後程、エアショーなどに実際に飛んできていただいて、いかに戦闘が終わった後、ロシアとアメリカはあまり仲が良くなくて、冷戦にもなりましたが、実際にはこういった風に第2次大戦中に手を取り合って協力したというのを皆さんにしっかり知っていただけるように、特別なプロジェクトによって歴史の1ページを皆さんにお届けしたということです。またTVでそのドキュメンタリーを取り上げたものが出るようなので、またその際にはお知らせします。どこかとは言えないですが、どこか大きいところで。もしできたら、私の方に共有してくれるそうなので、その際には、皆さまにこういったものが出たと言ったプレスリリースされていただきます。
――日本では、国の援助をもらって、何かこういったプロジェクトをしようといった場合に、「ゲーム」の3文字が入ると確実に政府から許可が下りないという、悪しき慣習があります。欧米では、ゲーム繋がりのプロジェクトに関する理解はいかがですか?
Spaight氏:もちろん、私たちもゲーム会社ですので、そういった形で捉えられることは非常に多くあります。いまだに多くの方が、ゲームの時間の無駄であったり、くだらないものであるといった形で捉えられることはありますし、博物館の方々の理解を得るために、苦労することもあります。ただ私たちとして、やはりそういうときに一番大事なのは、私たちが別に、こういった兵器であったり、歴史であったりを遊ぶためだけのものにしている訳ではなく、しっかりと根本的な部分を考えて、いかにして多くの方々に学んでもらえるか、もちろん博物館の方々もそうですし、私たちのプレーヤーの方々もそうですし、私たち自身もこからどう言ったことを学んでいけるかということを話しながら、進めていくようにしております。
特に今回のように、このヨーロッパ地域そしてイギリスでは、ティーガーというものは、ドイツのものですし、多くの兵士を殺害した兵器でもありますので、そういった意味でも、私たちは別にこれをすごくかっこいいもので、走らせたり、物をつぶしたりといったアピールをしたいわけではなく、これがいかにどういったもので、歴史のなかでなぜこれほど名高くなっていったのかといった大事な部分をしっかりと取り上げていき、戦争とはデリケートな問題でもありますので、あまりそんなデリケートな部分に触れずに、知って頂きたい部分はしっかりと言って、今回の博物館のようなものでは、実際にベテランの方がいて、退役された方々もいて、そういった方々の話もありますし、いかにして、その博物館に沿ったものを私たちの方でしっかりと提供できるかということを理解していただいた上で、今回の展示のような形で協力するようにしております。
また今私たちが、非常に重要で大事に思っていることのひとつとして、私たちは1つのつながりを作っています。今現在、若い方が、実際退役された高齢の方々と話をする機会は、ほとんどないわけです。ただこういった形で、映像にしたり、ARでの展示したりすることによって、話す機会がまったくなかった若い方々が話す機会を得て、彼らの話を実際に聞く機会を作るというのが、私たちの重要なミッションのひとつだと考えております。
――個人的には「WoT」そのものの鑑賞モードをもっともっと強化して欲しいと思っています。スペシャルプロジェクトチームが手がけているAR/VRのノウハウをゲームに逆輸入することは考えていないのですか?
Spaight氏:素晴らしいアイデアだと私は思いますし、ぜひやりたいのですが、やはり「WoT」はゲームですので、さまざまな要素とのトレードオフになります。例えば、ゲームですとポリゴン数の限界がありますし、そういった機能を入れることによってゲームのクライアントの容量が非常に大きくなってしまいます。ですので、今後、開発が画期的な方法で容量を抑えたりすることができるようになれば、ぜひやりたいですが、そこはやはり、ある程度しっかりと住み分けを持たせてやらないと一番ベストなものを常に提供するということはできない可能性があります。ただご意見としては、非常にありがたいご意見ですし、私もぜひできるのであれば、そういったことは、やりたいと考えています。
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