CEDEC 2011レポート

主要スタッフが語る「GoW3」レベルデザイン/シネマティック制作論
企画から仕上げまで、緻密なコンテンツを支える制作パイプラインの秘密


9月6~8日 開催

会場:パシフィコ横浜


Epic Games、シニアレベルデザイナーのグレイソン・エッジ氏

 海外講演者によるセッションが行なわれたCEDEC 2011の中でも、特に人気を集めていたのが、9月22日発売予定のXbox 360の新作「Gears of War 3(GoW3)」関連のポストモーテムセッションだ。未発売のゲームについて振り返る講演というのも珍しいが、それがプラットフォームを代表するフラッグシップタイトルのものとなれば尚更である。

 「ギアーズ・オブ・ウォー3におけるレベルデザインとシネマティック制作の実際」と題する講演を行なったのは、Epic Gamesでシニアレベルデザイナーを務めるグレイソン・エッジ氏。業界歴11年というエッジ氏は、レベルデザイナーとして「GoW」シリーズ、「Unreal」シリーズに携わってきた傍ら、インゲームシネマティックの制作アーティスト、また、“Proof of Concept(コンセプト実証)”デザイナーとして、シリーズの制作に幅広く携わってきた主要スタッフだ。

 セッション自体は「Unreal Engine 3」の普及を目指したスポンサードトラックという位置づけであったとはいえ、実際に「GoW」開発チームの中枢で仕事をしてきたシニアレベルデザイナーによる講演ということもあって、その内容は濃密。高性能ゲームエンジンに支えられたモダンなゲーム制作パイプラインに関して、総合的な知見を得られる貴重な機会となった。



■ 進化を続ける「GoW」シリーズのシネマティック制作最前線

「GoW2」までの変遷。よりストーリーを重視する演出にシフトしていった
「GoW3」では更なるクオリティアップ、シーン全体の躍動感といった部分に力が注がれている

 エッジ氏によれば、「GoW3」の制作チームは80人から90人。現在のAAAタイトル制作の基準で言えば比較的小規模なチーム編成だ。ただし開発期間は2年半とのことで、前作の下積みを元とした上で、十分な時間を使って制作が進められてきている。

 まず紹介されたのは、シリーズにおけるインゲームシネマティック(ゲームエンジンの描画で再生されるイベントシーン)の変遷だ。重厚なストーリーを表現するためにたくさんのシネマティックをゲーム中に挿入している「GoW」シリーズでも、初代作から「GoW3」までに、そのスタイルに大きな変化がある。

 まず初代作では、制作期間や技術面の下積みがまだ少なかったという事情の中で、なるべく効果的な見せ方を志向したスタイルとなっている。「手持ちカメラ」風のカメラワークを多用して実況感を出し、キャラクターのクローズアップは控えめに、キャラクターのアクションを中心に表現するという方向性だ。カメラの切り替えが少なく、1カットが長く作られていることも特徴。

 「GoW2」では初代作の雰囲気を踏襲しつつも、よりストーリーテリングを重視するスタイルにシフトした。キャラクターのアップが増え、様々な表情を含め、ハイクオリティなモーションがシネマティック専用に制作された。1つのカットシーンで複数のカメラを積極使用することで、カット割りが初代作にくらべてずっと細かくなっていることも特徴である。

 そして最新作「GoW3」では、従来作の雰囲気を入れつつ、さらなる洗練を目指して制作されたという。大きな違いとしては、様々なシーンでのアニメーションパターンの使いまわし(つぎはぎ映画という意味をこめて“フランケンシネ”と呼ばれている)をなくし、全体のクオリティを向上させている。またシーン全体の動きのペース感、それに連動するカメラのリアルな動きを重視。作品序盤、大型クリーチャーとの戦いを描くシーンではこのあたりが色濃く反映されている。


絵コンテから制作がスタート
アニマティクスと呼ばれる仮シーンを作り、完成への明確な道筋を見つける

 こういったシネマティックを制作する中で、ゲームエンジンの役割も大きい。絵コンテから制作がスタートするのは通常の映像制作と同じだが、次の段階として「Unreal Engine 3」を活用して仮のシーンを構築し、その中で大まかなビジュアルイメージを作る“アニマティクス”という段階があるのが特徴的だ。実際にキャラクターを配置し、インタラクティブにシーンを確認することで、チーム全体でイメージを共有できる。こうして、完成に至るための各種詳細をいち早く、きめ細かく決定することができる。

 アニマティクスの制作を経過したのち、いよいよ本制作に入る。パイプラインで核となるのは、各シーンの「レイアウト」だ。レイアウトは舞台とでもいうべきもので、要するに、シーンの中でカメラに収まるすべての背景、大道具、小道具、キャラクターの配置である。どういうレイアウトが必要かを決定して、はじめて各部のスケジュールが定まる。シーンが確定したらサウンド制作、そして仕上げとなる。

 仕上げに入る時点でカット割りなど大きな部分は確定されてしまうが、カメラの細かな動き、オブジェクトの配置、フレームレートの最適化など、可能な部分を磨き上げる作業は最後まで続く。この部分が、ゲームエンジンに統合されたエディタ内で完結できる点が「Unreal Engine 3」の大きな強みといえるだろう。

 エッジ氏は、制作のすべての段階でチーム内のコミュニケーションを活発にし、全体で同じイメージを共有できるようにすることが重要であり、また、最後の仕上げでは細部にこだわることが違いを生み出すと語った。このような哲学と優れたツールの融合により、ハイクオリティでスキのない「GoW3」のシネマティックが生まれるというわけだ。


絵コンテや仮モデルをエンジン上で動かすアニマティクスの例。いわば動く絵コンテか。エンジンの機能を活用することで、より明確なイメージをもって制作が進められるようになっている
「GoW3」では166本ものカットシーン制作を行なったという。あまり重要でない部分は一部アウトソースしたそうだが、重要な部分はすべて内部チームで制作されている



■ ゲームエンジンに支えられた、面白さを洗練させるレベルデザイン手法

レベル制作のワークフロー
ゲームを面白くするために重要ポイントとなる「シェリング」工程
「Kismet」でゲームプレイ要素のコンセプトが仮組みされ、効果が確認されていく

 続いて、エッジ氏の本職であるレベルデザインについての制作手法が語られた。ここでも「Unreal Engine 3」の持つ、エディター内で一貫した制作が可能な機能をもとに、チームの役割分担や制作パイプラインが作られている。

 まず最初はシナリオライターとゲームデザイナーによるコンセプト設定だ。ここで1レベルごとに1ページの企画案が作られ、各レベルデザイナーにレベル制作の担当を割り振られる。そしてレベルデザイナーを中心として、各レベルの詳細決定に向けたブレインストーミングが行なわれる。ここで企画案は1ページから3ページに拡張され、レベルの主要な雰囲気や、プレイ時間、進行ペース、キーとなるゲームプレイ要素が決められていく。

 こうしてレベルの詳細が固まると、いよいよ「Unreal Engine 3」のレベルエディターを使った実制作がスタート。まず行なわれるのは「シェリング」と呼ばれる、仮組みのレベルを作る作業だ。テクスチャーも張られていないシンプルなアセットだけで大まかな構造が作られ、2~3週間でプレイ可能な段階になる。そして、早々にプレイテスティングと改善のフィードバックループが開始される。

 「シェリング」で作られた初期段階のレベルは変更が容易であり、すばやくフィードバックを反映して改善できることが強みだ。コア部分ができあがるまでアートワークは実装されないといい、見た目的にはかなりの初期段階で、ゲームプレイの中身が相当洗練される格好となる。また、「シェリング」によって必要なアセットの質と量が明らかになるため、製品版までの制作ロードマップが明確になることも大きなメリットだという。

 「シェリング」の段階で活発な議論と改善が進められると同時に行なわれるのが“Proof of Concept(コンセプト実証)”プロセスだ。これはエッジ氏の役割名の一部となっているとおり、専門職が必要なほど重要なプロセス。具体的には、エンジンのビジュアルスクリプティングシステム「Kismet」を使い、新たなゲームプレイコンセプトや武器、モンスターなどを仮実装し、その効果を検証したり、リファインしていくというものだ。うまくいったコンセプトは本職のプログラマーによる実装を経て、製品の中に統合される。


「シェリング」工程にあるレベルやゲームプレイ要素の例


 このように、「Gears of War 3」のレベルデザインプロセスでは、アートワークを制作してレベルを「焼き固める」前に、ゲームとしての面白さ、完成度を高いレベルにまで磨き上げていることが特徴といえる。この手法があればこそ、リリースするゲームが確実な面白さを備えることができるということだろう。ヒットを義務付けられたAAAタイトル制作においては、もはや宿命づけられた制作手法と言ってもいいかもしれない。

 その次にようやくアートワーク制作が行なわれ、スクリプトの実装、関連各スタッフが集まっての「レベル・スウォーム(集団レビューのようなもの)」を経て、最終的な仕上げ段階に入っていく。最後に磨き上げる段階では、各スタッフが各自の得意分野に集中して作業できることが重要だという。そのため、エッジ氏は「チーム内で専門家を育てることが重要」と語る。プロジェクト完了後に各スタッフの仕事ぶりを詳しく評価するなど、チーム内の役割分担には細心の注意を払っているようだ。

 その試みも3作目ということで完成に近づき、各スタッフが適切な配置で開発に臨むことができたという「GoW3」。その制作において、「Unreal Engine 3」が素晴らしい映像表現を実現しただけでなく、ゲームとしての面白さを徹底追及する開発パイプラインにも貢献したという経緯は実に興味深い。実際のゲームがどのような仕上がりになっているか、ますます楽しみになるセッションだった。


早期にゲームプレイコンセプトを実証して制作を進めるスタイルの「GoW」シリーズ。アートワークを加えた後の工程も完成度の向上余地を十二分に意識した内容となっており、いかに良いものを作るか、尋常でないこだわりを感じさせられた


(2011年9月7日)

[Reported by 佐藤カフジ]