GDC 2011レポート

任天堂社長の岩田聡氏が2年ぶりのGDC基調講演

「不可能を探して可能にする」任天堂のゲーム開発マインド


2月28日~3月4日(現地時間) 開催

会場:サンフランシスコ Moscone Center



今回も広い会場が満席となる盛況ぶり

 「GDC 2011」にて3月2日(現地時間)、任天堂株式会社 代表取締役社長の岩田聡氏の基調講演「Video Games Turn 25: A Historical Perspective and Vision for the Future」が開催された。今回はGDCが第25回となり、岩田氏の講演もそれにならった講演題となっている。

 岩田氏のGDCにおける基調講演は2009年以来で、今回が4度目となる。任天堂による基調講演は、同社専務の宮本茂氏が行なうものも含めて、毎回超満員となる。特に今回は、日本では2月26日に発売され、北米でも3月27日に発売予定の携帯ゲーム機「ニンテンドー3DS」の存在もあり、会場の前には開始1時間前から長い行列ができた。

 この講演の中で岩田氏は、3DSのタイトルに関する発表も行なっている。それについてはこちらの記事でお伝えしているので、合わせてご覧いただきたい。




■ ゲームは50年前からソーシャルだった

まだHAL研究所でプログラマーをしていた頃の岩田氏(左)と、当時の宮本氏(右)

 まず岩田氏は、25年前のことを振り返った。当時の岩田氏は、HAL研究所でプログラマーとして働いていた。HAL研究所は任天堂とも親しく仕事をしていたが、その頃の岩田氏は、自らが手がけたゲームのほうが、宮本氏の作ったものより技術的に優れていると思っていた。しかし現実には、宮本氏の作品のほうがはるかに多く売れた。岩田氏は「コンテンツは本当に重要なものだ」と感じさせられたという。

 そんな25年前は、ゲームはまだ産業ではなく、規模は小さいもので、開発費用もなかった。その後、ゲーム機はどんどんグラフィックスが向上し、記憶領域も増えたが、同時に開発コストも上がっていった。中には5,000万ドル以上かけるタイトルも出てきている。

 岩田氏はこの懸念を相殺する変化として、ゲームのプレイ人口の増加を挙げた。ある調査によると、北米では2007年11月時点で、ゲームのプレイ人口は約1億1,400万人だったものが、その3年後の2010年10月には1億5,000万人を超えているという。欧州の主要6国の合計でも約1億人とされており、これがゲーム開発コストの増大を支える結果にはなっているとした。

 次に岩田氏は、ソーシャルネットワークゲームに触れた。これは「ソーシャル(社会的な)ゲーム」と呼ばれることもあるが、「その2つでは意味が違う。ソーシャルネットワークは、モバイル機器やPCで社会的な活動を行なうためのもの。ソーシャル(社会的)なゲームというと特性が異なる」と述べた。

 その例として、50年前の1962年からある「SPACE WAR」を挙げ、さらにATARI 2600、ニンテンドー64の「マリオカート64」や「大乱闘スマッシュブラザーズ」、Wiiの「Wii Sports」などを示すと、「これらはいずれも対戦プレイを主としたもの」として、SNSが存在しない50年前から「ソーシャルなゲーム」があったと述べた。またこのソーシャル性も変化しており、ゲームボーイをケーブル接続した「テトリス」や、ゲームボーイアドバンスでワイヤレスコミュニケーションを持ち込んだ「ポケットモンスター」、またオンラインゲームで大きな流れを作った「Call of Duty」の名前が挙げられた。


北米地域のゲームユーザー数の推移。約3年で目に見えて増えている。これにはWiiとDSが大きく貢献しているというソーシャルネットワークゲームにも言及した岩田氏。任天堂は手を出してはいないが、研究はしているという表われ



■ 「MUST-HAVE」を生む普遍的な魅力を考える

北米でも「MUST-HAVE」となったゲームボーイ

 このような形で過去を振り返った岩田氏は、続いて「この25年で最も重要な教訓は、何がプレーヤーを興奮させ、興味を起こさせるかを理解することだ」と述べ、プレーヤーを確かに興奮させるものを、北米の言葉にならって「MUST-HAVE」と呼んだ。日本語でいえば「必需品」といったところだ。

 岩田氏の定義によると、「MUST-HAVE」と呼べるものは、ハードウェアとしてはゲームボーイがある。また時代ごとに、「テトリス」や「ゼルダの伝説」、「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」、「グランド・セフト・オート」、「Guitar Hero」、「Just Dance 2」「Angry Birds」といった「MUST-HAVE」が登場するという。またソーシャルな側面から、「World of Warcraft」の名前も挙げられた。

 その「MUST-HAVE」なタイトルの中で、岩田氏はさらに4つのタイトルを挙げた。1つは「マリオ」シリーズ。「マリオ」はアーケードゲームに登場したが、その後もコンシューマーゲームで進化を続け、新たな体験を提示し続けてきた。2つ目は「ポケットモンスター」。トレーニングと対戦に特化したソフトだが、それに加えてモンスターを交換できるというソーシャル性も重要だとした。

 3つ目は「テトリス」。初めて女性からの人気を得たタイトルとして意味があるとした。4つ目は「SIMS」。「勝ち負けのないゲームが受け入れられるのか」と批判を受けたが、現実には120万本を売り上げるヒット作となった。

 岩田氏はこの4タイトルをもとに、「MUST-HAVE」を生む要素として、「コンスタントな改善」、「社会的なつながり」、「ユーザーの幅の拡張」、「既存の概念への挑戦」という4つを示した。そして、どこでも、誰にでもアピールできる普遍的な魅力こそが、「簡単なことではないが、とても重要なことだ」と述べた。

 それを考えるものとして、HAL研究所で開発された「カービィ」が例に挙げられた。元々は「ティンクル・ポポ」という名前だったが、普遍的な魅力を感じるものではないとして、後に「カービィ」に改名された。また体の色はピンクとして開発されていたが、ピンクでふわふわしたものというのが受け入れられず、ゲームボーイ版では色がないこともあって、北米版のパッケージイラストでは白に変更された。結局、現在はピンクということで固まり、500万本を売り上げるヒット作となっている。

 そして岩田氏は、次に「MUST-HAVE」を示せる普遍的な魅力を持ったものとして、希望も込めてニンテンドー3DSの名前を挙げた。岩田氏は3DSについて、「ARゲームやMiiメーカーといったコンテンツがプリインストールされており、「ちょっとこれ見てよ」と言いたくなる魅力を持つものになったと語った。


進化を続けてきた「マリオ」多くの女性から支持を得た「テトリス」「MUST-HAVE」を実現する4つのポイント
「カービィ」のGBA北米版は、パッケージイラストで白く描かれていた。今のような魅力を得るまでには紆余曲折があったプリインストールコンテンツで「MUST-HAVE」を実現するという3DS



■ なぜ今、止まろうとするのか?

「高価値なゲームを提供し続けるべきか」という問いかけは、今の時代に対する任天堂の姿勢を示す一言だ

 岩田氏は最後の話として、ゲーム業界における今後の見通しについて語った。まずゲーム産業の懸念として、3つの課題があるという。

 1つ目は、熟練した開発技術。巨大な規模になったゲーム開発は、熟練した技術なしに開発が進められており、そこにいくら人や資金を投じても、その中で細部を見失ってしまうものだという。

 2つ目は、専門の分化。現在のゲーム開発は、個人個人が専門職に特化されているため、ゲーム全体を見渡せる人材が生まれてこないという。

 3つ目は、「高価値なゲームを作ることを第1に考え続けるべきか否か」。これについて岩田氏は、数万本のゲームが提供されているモバイルゲームを示し、「モバイルゲームにおいては、ソフトの数を増やすことが彼らの利益につながる。これは我々とは異なる産業だ。我々が生産するものは価値であり、それを守らなければいけない」と述べた。

 岩田氏は、ゲームが注目を集めるためのポイントを2点語った。1点目は、プレーヤーが退屈する前に、ゲームの魅力がすぐに伝わるようにすること。2点目は、プレーヤーがほかの人に薦められるように、ゲームのアイデアは単純に理解できるものにすること。「この2点が満たされれば、ゲームは自ずと売れる」と述べた。そしてこれらは「イノベーション」という1語にまとめられるとした。

 任天堂では、「我々が可能にできる、不可能なものはないか」と自らに問いかけるのだという。まだゲームのディスプレイが1つだった頃に、任天堂はニンテンドーDSを発売し、これまでに約1億5,000万台を販売した。岩田氏は開発者に向けて、「自らの情熱を信頼し、自らの夢を信じてほしい」と語りかけた。

 そして最後に岩田氏は、1つのメッセージを残した。「この25年間、ゲーム開発者は不可能を可能にし続けてきた。ではなぜ今、止まろうとするのですか?」。

 実際のところ、今回の講演を聴講した人からは、「3DSが登場したばかりというタイミングにも関わらず、具体的なビジョンを示さなかった」という不満の声も聞かれた。確かに開発者からはそう感じられるだろう。しかし記者として、ゲームユーザーの視点から見ると、ソーシャルネットワークゲームやスマートフォン向けアプリケーションが隆盛する昨今においても、任天堂は一切動じることなく、25年間(あるいはそれ以上)続けてきた姿勢を貫くのだという、強いメッセージが込められていると感じられた。


2つのスクリーンという独特なデバイスで、約1億5,000万台を売り上げたDS。「不可能を可能にする」象徴として示された

(2011年 3月 3日)

[Reported by 石田賀津男]