CESA Developers Conference 2009現地レポート

「モンスターハンター フロンティア オンライン」のビジネス概論

運営プロデューサー杉浦一徳氏が語る、独特な攻めの運営手法


9月1日~3日 開催

会場:パシフィコ横浜



 CEDEC最終日の9月3日、株式会社カプコン オンライン開発部 運営室 運営室長 運営プロデューサーの杉浦一徳氏が、同社が運営中のWindows用オンラインハンティングアクション「モンスターハンター フロンティア オンライン(MHF)」の運営をテーマにした講演「モンスターハンター フロンティア オンラインのビジネス概論」を行なった。

 杉浦氏は「MHF」のサービス開始時から現在までの約2年間、運営プロデューサーとしてゲームを支えてきた。弊誌でも何度かインタビューしており、「MHF」のユーザーにはおなじみの名物プロデューサーと呼ぶべき存在だ。

 ただ今回はゲーム開発者に向けた講演ということもあり、普段のユーザーに向けたメッセージとは内容が異なる。杉浦氏が2年間の「MHF」運営で得たノウハウや、オンラインゲーム運営における持論などが語られた。




■ チャネリングは前向きに攻めるための施策と考える

 杉浦氏はまず最初に、ポータルサイトへのチャネリングについて述べた。「ハンゲーム」を初めとしたオンラインゲームポータルサイトにチャネリングし、自社サイト以外の入り口を増やすというのは、オンラインゲーム運営における常套手段の1つだ。しかし杉浦氏は他社のチャネリングを見ていて、「あまりうまくいっていないように見える」と言い、その理由を示した。

 1つ目は、「チャネリング先より自社サイトを優先してしまう」ということ。例えばオンラインイベントを行なう際、自社サイトでは実施するが、チャネリング先では行なわないといった、サービスの質の違いがあることを指摘している。2つ目は、「紐付けするだけでユーザーが増えると誤解している」こと。「業績が悪くなってからの苦境の打開のためにチャネリングしており、チャンスメイクになっていない。うまくいっていないときにやると、さらにリソース不足を起こし、状況の悪化を加速させる」としている。

 それらを踏まえて、「MHF」において「ハンゲーム」にチャネリングした際の取り組みが紹介された。まずカプコンから「ハンゲーム」に対し、自社サイトと平等なサービスを展開することを約束した。その代わりに、カプコンからも2つの要求を出したという。1つは、見た目で誤解を受けないよう、公式サイトを同一デザインにしてもらうこと。もう1つは、コミュニティを1つにまとめることだ。「掲示板を別々に立てない。1つのゲームでコミュニティが半々に分かれていると、1つにまとまっているより消滅するのが早い」とし、「ハンゲーム」のユーザーもカプコンにある掲示板に書き込めるようになっている。

 次に、チャネリングを「前向きに攻める第2ローンチ」ととらえて取り組んだという。「ハンゲーム」へのチャネリングは、「MHF」のサービス開始から1年以上が経った後だったが、「1年前をやり直すつもり」で取り組み、オープンβテストを実施したほか、チャネリング開始のキャンペーンにも力を入れた。またこのタイミングが大型アップデートの合間だったこともあり、チームのリソースの8割以上を投入したという。そしてチャネリング実施の1カ月後には、大型アップデートを用意。「チャネリングがうまくいく確証はない。うまくいかなかったときの策として2段構えにしていた」という。

他社のチャネリングが守りの姿勢になっており、より悪い結果を生むという杉浦氏。「MHF」では「第2ローンチ」と見据え、攻める姿勢で臨んだ無料のトライアルコースへの新規登録者と、その日の最大同時接続数のグラフ。「ハンゲーム」でのオープンβテストの実施で、新規登録者が大幅に増えている



■ ネットカフェへの積極的な働きかけで、シェア1位を獲得

 次にネットカフェ展開についての話題が語られた。杉浦氏がネットカフェに対して期待していることは大きく3点あるという。1つは「MHF」の周知やコミュニティ形成のための「アンテナショップ」。2つ目は、多数のPCとインターネット環境を完備した環境を活かして、オフラインイベントなどを展開する「BtoCのコンタクト場所」。3つ目は、元々コンシューマーゲームからスタートした「モンスターハンター」だけに、いきなりPCを買わせることなく遊べる場所となる「PCを持っていないユーザーの受け皿」だ。

 ネットカフェ展開では、店舗によるサービス品質の差が課題になったという。元々がマンガ喫茶から派生した店が多いことから、必ずしもインターネットのスペシャリストがいるとは限らず、対応していたアルバイト店員が辞めると一緒に常連客が消えたりといった問題があった。そこでカプコンでは、ネットカフェへの販売代理店の株式会社テクノブラッドと毎週定例の打ち合わせを行ない、どの店舗でどういった問題があったか報告してもらい、1つずつ対応してきたという。問題の種類も、前述の人員や設備の問題のほか、悪質な店舗運営などさまざまあったそうだが、粘り強い対策により、当初は数十店舗も挙がっていた問題が、今は数えるほどになったという。

 もう1つネットカフェ関連の話題として、「MHF」はテクノブラッドが代理店を務めるタイトルの中で、シェア1位を獲得していることを挙げた。サービス当初から、コンシューマー版の知名度もあって3位となっていたが、2008年に2位となり、さらに2009年のゴールデンウィークの施策以降は1位をキープしている。

 この施策というのは、カップルで3時間遊ぶとゲーム内アイテムがプレゼントされる「カップルキャンペーン」と、同じく4人で遊ぶと特典がつく「グループキャンペーン」である。ネットカフェが対面認証しやすいことを活かした企画で、結果、カップルキャンペーンは12,000回、グループキャンペーンは5,000回利用されたという。特にカップルキャンペーンは、元々男性ユーザーが多い「MHF」において、女性が遊ぶきっかけを与えることにも効果的だったという。


ネットカフェの現状を把握して逐一対処するとともに、対面認証をしやすい特性を活かした独自キャンペーンを展開。ネットカフェならではの施策でシェア1位を獲得した



■ ユーザーとスタッフを徹底して大切に扱うサポート運営

 次は「MHF」におけるサービス・サポートについての話題が展開された。まず杉浦氏は、「従来のMMOと『MHF』では、やり方がずいぶん違うと思う。カプコンにはゲームマスター(GM)は存在しないし、その単語も使わないようにしている」と述べ、その理由を7点挙げた。

 1点目は「土壌の問題」。「もともとGMは、バグ対応を人海戦術で埋めていた過去の海外モデルを踏襲したもので、人件費が高い日本国内では矛盾する。また運営がきちんと対応することで、開発がそれに甘えてしまうのも問題だ」とした。

 2点目は「人材の問題」。「GMにはアルバイトが多いため、質に疑問が生じる。このゲームを遊んでいたからできそうだとか、気軽に仕事ができるのでは、という人が目立つことがある」という。

 3点目は「権限の問題」。「GMにどこまで権限与えるか。お客様はGMが来たら何でも助けてくれると思ってしまうが、実際は大抵アルバイトで、微々たる権限しか与えられない。だからただ謝るだけのサンドバック係になってしまう。それでいてWEBサイトには『我々GMが何とかする』と書いてある」と指摘した。

 4点目は「管理の問題」。「24時間フル回転のGMを3交代で雇うと、10サーバーに1人で30人。それではきついからと3人割り当てれば90人。それだけの人数の組織図は容易には作れない」とした。

 5点目は「イメージの問題」。「先述のとおり、アルバイトには大した権限が与えられない。GMへの期待を裏切られたお客様が不快に感じてしまうし、それがゲームの評判を悪くしてしまう」という。

 6点目は「組織の問題」。「GMや運用の目標や目的は何かといわれると、明快な答えは私にもない。だから運用としては、『なるべくサンドバックにならないようにする』ということだけが浮かぶ。ゲームで何か新しいことをやりたいと言っても、『お客様からコールが増えるからやめてくれ』といってしまう」とした。

 7点目は「業務の問題」。「GMは何でも屋になってしまう。実際にGMの求人内容に、企画やイベント運営など多数のタスクが書かれていることがある。そんなマルチスレッドで仕事ができる人はいないという前提で考えなければならない」とした。

 では「MHF」ではどう対処しているかについては、「GMが持っている仕事を細分化し、1つのチームとして特化した。さらにチームごとに目標を設定している」という。

 またユーザーへの基本姿勢として、決してユーザーを馬鹿にしないということを挙げた。「心で思うのはともかく、口に出したり文章化してはいけない。お客様を軽視する発言はどんどん広がっていく」とした。それと同時に、スタッフのケアも徹底する。「どんなに頑張っても苦情は完璧にはなくならず、なじられることもある。精神的に疲れるので、個人のメンタルケアを心がけていく」としている。


トラブル発生時には、スピードを第一に。ユーザーへの報告も素早く行なう

 サポートに関する話題としては、大規模トラブルの対応も紹介された。「MHF」で最も大きなトラブルは、2007年のオープンβテスト時の長時間のログイン障害と、2009年6月のサーバー3がロールバックに至った2件。これについて杉浦氏は、「運営チームは技術者集団ではない。起きてしまったことはどうにもできないので、どう対応するかが重要」と述べた。

 対応において杉浦氏が重視したのは、スピードだという。可能な限り早い段階で、かつこまめに状況を報告するというスタンスだ。これには「我々が素早く行動しているところを見せて、お客様が感情的に高ぶらないようにする」という狙いがあるという。




■ 運営チームは開発チームより小さくあるべき

ガチャガチャで短絡的に稼ぐことで、ブランドを損ねる危険性を指摘した

 杉浦氏は講演のまとめとして、オンラインゲーム運営におけるいくつかのポイントを挙げた。

 まずはゲームに合った独自のビジネスモデルの構築について。「基本無料のゲームにはガチャガチャが多いが、当たりが1%、あるいは0.1%という話も聞く。10万円つぎ込んでも当たらないという状況も起きてしまうし、それがお客様から発せられた時にゲームのブランドを損なう可能性がある」と、安易なアイテム課金ビジネスの危険性を指摘した。

 次に、運営と開発の関係について。「MHF」は運営・開発ともにカプコン東京支店に入っていて、そこで採用もしている。杉浦氏は年に100人ほど面接をするそうで、やってくる人はやはりゲーム運営会社の人が多いそうなのだが、そこでは「開発が近くにあっていい。海外は話を聞いてくれない」という声をよく聞くという。それに対して杉浦氏は、「そういう人は開発を動かすプレゼンができない。それを言い訳に逃げているのではないか」と厳しく指摘するとともに、「カプコンは開発チームと運営チームの仲がいい。お互いにどこか尊敬するところがある。どちらかがどちらかを馬鹿にするようではいい関係ができない。ライバルは競合他社なのに、内部でもめていてもいい結果は出ない」と述べた。

 また杉浦氏は、「運営チームは開発チームより小さくあるべきだ」という。「1度組織を作ると、組織は壊されたがらない。運営チームを大きくすると、小さくしないようにというバイアスがかかる。運営の対処が必要なものは、基本的に開発が対策できる。運営チームが大きくなれば、開発チームに資金を回せなくなる。運営が人を増やすのは慎重に、開発は潤沢に人を増やしてアップデートを活発にすべきだ」と語った。


(2009年 9月 4日)

[Reported by 石田賀津男]