「GTMF2009」にてセミナーを行なった各社ミドルウェア事情をご紹介
3Dボイスチャット「Dolby Axon」、国産3Dグラフィックスエンジン「DAIKOKU」など

6月15日 開催

会場:大手町サンケイプラザ


都内の会場にて様々なブース展示、セミナーなどが行なわれた

 ゲーム開発ツールおよびミドルウェアのカンファレンス「Game Tools & Middleware Forum(GTMF)」が今年も開催され、各社より様々なツール、ミドルウェアの紹介が行なわれた。その中で特徴的だったのは、ブース出展とセミナーの両方を行なったミドルウェアのほとんどが、昨年より引き続いて登場しているということだ。これには、エマージェントジャパンの「Gamebryo」、シリコンスタジオの「DAIKOKU」、CRIミドルウェアの「ファイルマジックPRO」などが含まれる。

 これらのミドルウェアに共通しているのは、前回の「GTMF2008」で紹介されたときに比べ、さらに新しい機能を搭載していたり、対応できるプラットフォームやシチュエーションを広げ、より強力な開発能力を提供するものになっているということだ。当然、昨年には見られなかった「採用事例についての話」を中心にセミナーを行なったミドルウェアもあり、いよいよ国内におけるゲーム開発ミドルウェア業界の上昇気流を感じさせる。

 一方、こちらも昨年からの連続出展となるドルビーの3Dボイスチャットソリューション「Dolby Axon」は、新機軸の機能を提供するかわりに、Xbox 360やプレイステーション 3でビルトイン提供されている「ボイスチャット」を置き換えようというミドルウェアであるため、明確なメリットを得られるゲームジャンルが絞られ、普及には一定の苦労を強いられているようだ。海外ではいくつかの採用事例が報告されているものの、国内はまだまだこれから、という状況。

 そのほか、今回初めてセミナーが行なわれたミドルウェアとしては、オートデスクの「HumanIK」が上げられる。これは人体や動物の関節の動作、各部の相互作用を物理的にシミュレートすることで、既存のモーションのバリエーションを増やしたり、リアリスティックな見た目にすることができるIKソルバーだ。海外では超ヒットタイトル多数の採用実績があるものの、国内普及はこれからだという。本稿では、これら国内ゲームデベロッパーへの普及を目指す各社ミドルウェアのセミナー内容をご報告したい。



■ 純国産3Dグラフィックスエンジン「DAIKOKU」はさらにパワーアップ中
 世界的に有名なミドルウェア「Alchemy」への統合を果たし、本格普及を目指す

シリコンスタジオの取り扱いミドルウェア。これまでは海外製のものが中心だったが、純国産の「DAIKOKU」をはじめ、独自のミドルウェア事業を展開しはじめている
「DAIKOKU」のデモ映像。デザイナー1名が2週間で作成したというから、まったくプログラミングせずに実現したということになる
移植性の高さに定評のある「ALCHEMY」。ゲーム企業のマルチプラットフォーム戦略にアドバンテージを与える

  シリコンスタジオ株式会社によるセミナーでは、同社が取り扱う多数のミドルウェアが紹介された。その中で特に力を入れて解説されたのは、昨年行なわれた「GTMF2008」にて初めて紹介された「DAIKOKU」だ(関連記事)。「DAIKOKU」は純国産の3Dグラフィックスエンジンであり、エンジン自体に多数のシェーダー機能が「固定パイプライン的」に実装されているため、シェーダーの付け替え、パラメータの調整などを全くプログラミングすることなく実現できる。

 「DAIKOKU」に搭載されている調整可能なシェーダーは、ノーマルマップ、パララックスマップ、キューブマップ、グロス、シャドウ、フレネル項、トゥーンシェーダーなど、今日のゲーム製作で必要とされるほぼすべての機能が網羅されている。その他、被写界深度、モーションブラー、グレア、ブルーム効果など、様々なポストエフェクト機能を搭載し、非常にリッチな映像表現が可能だ。そして、そのすべてをデザイナーだけで調整できるというのが最大のウリである。

 今回のセミナーでは、シリコンスタジオのデザイナースタッフ1名がおよそ2週間で作成したという技術デモが披露され、「DAIKOKU」エンジンの機能が余すことなく紹介された。下の写真を見ていただければそのクオリティがおわかりになると思うが、このときのデモは会場に持ち込まれたノートPC上で行なわれていたという点にも注目したい。デモは常時30fps~60fps程度で駆動しており、エンジンのパフォーマンスの高さをうかがわせた次第だ。

 そして今回最大のトピックは、この純国産の3Dエンジンである「DAIKOKU」が、世界的に有名な統合ゲーム開発ミドルウェア「ALCHEMY」に統合されるということである。「ALCHEMY」は非常に柔軟性と移植性が高いミドルウェアであり、大手ゲームパブリッシャーのActivisionでは、これを使ってプレイステーション 2、3、Xbox 360、Wii、ニンテンドーDS、PSP、Windowsの7機種同時開発・同時リリースという離れ業を成し遂げている。特にXbox 360からプレイステーション 3への移植は、わずか数日で完了したそうである。

 また、「ALCHEMY」の国内利用事例として、フロムソフトウェアの「己の信ずる道を征け」の開発をシリコンスタジオが担当し、企画から開発終了までをわずか10カ月で完了したというエピソードが紹介された。開発のほぼ全てをPC上で行ない、ゲーム性の向上やクオリティアップのプロセスを実機を使わずに行なえたことで、このスピード開発が可能になったという。

 そして、その最新バージョン「ALCHEMY 5.0」に、「DAIKOKU」が統合される。開発ワークフローは「ALCHEMY」の環境を利用することになるが、レンダリングとシェーダー管理の部分は「DAIKOKU」の担当となり、プログラマー側からの調整なしにシェーディングの調整ができるという特徴が継承されるとのことだ。

 純国産のエンジンということで、マニュアルなどドキュメント類は全て日本語で提供されるというのも大きなアドバンテージだろう。競合となる「Gamebryo Lightspeed」などは、まだまだ海外のリソースに頼らなくてはならない部分があるのも事実で、国内メーカーがどのエンジンに魅力を感じるかという部分で、「国産」というステータスがどう作用するのか注目したいとろだ。


「DAIKOKU」が最新の「ALCHEMY」に統合されるなど、今回のセミナーで新たな展開に触れることができた。そのほかシリコンスタジオでは多数のミドルウェアを手がけ、ネットワークミドルウェア「Net-Z」といったグラフィックス以外のテクノロジーにも事業を展開。国内におけるミドルウェア事業をさらに充実させようとしている



■ 既存のアニメーションデータを生かし、人体や動物の動きのリアルさと説得力を向上
 「アサシン・クリード」など多数のヒットタイトルで活用される「HumanIK」

オートデスクのゲーム関連事業についての模式図。特に物理処理とAIについて注力している
「HumanIK」は海外の20タイトル以上で採用。高度なインタラクションを可能にするという
デモアプリの様子。キャラクターの腕を引っ張ると、全身の姿勢が適切に変化する

 株式会社オートデスクは、「Maya」、「3ds Max」、「SoftImage|XSI」といったDCC(デジタル・コンテンツ・クリエーション)ツールの開発・販売元として世界的に有名なAutodeskの日本法人だ。今回、オートデスクが行なったセミナーでは、海外のヒットタイトルの多数で採用実績のあるミドルウェア「HumanIK」が紹介された。

 DCCツール企業としてのイメージが定着しているオートデスクだが、近年ではゲーム開発ミドルウェアの提供にも大きな力を注いでいる。この春にはゲーム関連のテクノロジーを専門とする部門「Autodesk Games」を設立し、国内のゲームデベロッパー向けのミドルウェア紹介を精力的に行ないつつあるようだ。今回のセミナーはまさにその一環である。

 今回紹介が行なわれたミドルウェア「HumanIK」は、ゲーム中のキャラクターモーションを柔軟に、リアリスティックに変化させるためのIK(インバース・キネマティクス)テクノロジーだ。これがどのような仕事を行なうかは、Ubisoftの「アサシン・クリード」や「プリンス・オブ・ペルシャ」、EA Sportsの「FIFA」シリーズなど各タイトルをプレイしたことがあれば、すぐに理解できる。

 「HumanIK」は、デザイナーが製作したキャラクターのアニメーションデータに加え、キャラクターの各ポイントにおける接触、ターゲッティング、引っ張る/押される力などを考慮し、キャラクターの姿勢を制御する。完全な物理現象ドリブンのアニメーションエンジンとは異なり、既存のアニメーションデータを「少しだけ変化させる」というのがポイントだ。

 例えば、「アサシン・クリード」の主人公が壁面を登るシーンでは、手を掛けられる壁面にターゲッティングを行なうことで、手、腕、体の位置を微妙に修正し、既存のアニメーションデータから、よりリアルな姿勢を導き出す。これにより、デザイナーが作り出したアニメーションデータを元に無数の動きを生み出し、自然なキャラクターアニメーションを実現している。これなしには、「アサシンズ・クリード」や「プリンス・オブ・ペルシャ」のアクションは、より限定され、旧世代的な表現になっていただろう。

 このように「HumanIK」は、内部的には純粋に演算機能のみのテクノロジーとなっており、現行のほぼすべてのゲームプラットフォームに対応、最適化が行なわれている。ひとつのボーンアニメーションデータを、大きさや体型の異なるキャラクターに適用させる「リターゲット」機能も搭載しており、デザイナーの負担を最小限にしつつ、多様なキャラクターをゲームに登場させることができる。次世代感のある高度なインタラクションを実現するためには、非常に効果的なツールなのである。

 海外タイトルでは20以上の採用事例があるという「HumanIK」だが、国内での採用事例はまだなく、これからの普及を目指す段階であるとのことだ。国内では独自のエンジンに同様の機能を搭載している例もありそうだが、よりコストが低く、効果的なソリューションとして、「HumanIK」が様々なゲームで使われるようになる可能性は高い。


「HumanIK」を活用することで、ひとつのモーションデータから、環境要素にあわせた様々な動きのパターンを生み出すことができる。デザイナーの負担を軽減しつつ、プレーヤーには幅広いインタラクションを提供するという点において、ゲーム開発のコストパフォーマンスを大きく向上させ得るテクノロジーだ


■ ロード時間短縮ソリューション「ファイルマジックPRO」
 PSPへの対応を果たし、携帯型ゲームプラットフォームを主戦場に見据える

データロード時間短縮のために、様々な機能をビルトインしている
各ゲームプラットフォームにて、少なくとも2倍以上の効果があるという
ファイルの並びを編集する付属ツール。手動あるいは自動での最適配置が可能になっており、シーク時間の回避を支援する

 本誌でたびたびご紹介しているCRIミドルウェアの「ファイルマジックPRO」は、ゲームのロード時間を短縮するソリューションだ。具体的には、ファイルの圧縮によるデータ量の削減、ファイルの再配置によるシーク時間の回避などをワンパッケージにまとめたミドルウェアで、昨年の「GTMF2008」で紹介されて以降、採用タイトルが増え続けている。

 今回のセミナーでも「ファイルマジックPRO」の紹介が行なわれたが、今回主要なトピックとなったのは、PSPへの対応が果たされたことだ。PSPのゲームはUMDからの読み込み時間がユーザーの不満になることが少なくないが、これはPSPに限った話ではなく、携帯型ゲームプラットフォームには共通する特性だ。据え置き型ゲーム機における10秒のロード時間と携帯型ゲーム機での10秒では、携帯ゲーム機のロード時間が長く感じてしまうためである。

 CRIミドルウェアはそこに注目し、ニンテンドーDSやPSPといった携帯ゲーム機での「ファイルマジックPRO」の普及に力を入れているようだ。今回のセミナーでは、PSPで最新の採用タイトルとなったバンダイナムコゲームスの「ソウルキャリバー Broken Destiny」が紹介されたほか、シーク時間を削減するためのファイル再配置をどのように行なうかなど、具体的なレクチャーが行なわれた。

 ファイルの再配置は「ファイルマジックPRO」に同梱される専用GUIツールで手動で調整することもできるが、大型のゲームでファイル数が大量になる場合は、いったんゲームの実行時にファイルロードのログを取り、それをもとに自動再配置するという便利な機能も実装されている。また、ファイルの再配置にあたり、各ステージで共通して使われるようなデータ(主要キャラクターのモデルデータなど)については、複製を作る機能(デュプリケーション機能)が適用され、常にステージ毎のデータと共にシーク無しで読み込まれるようになっている。

 特にPSPのUMDのような光学メディアではシーク時間がクリティカルであるため、ファイル再配置によるロード時間への貢献は非常に大きいものであるようだ。CRIミドルウェアによる大まかなデータによれば、「ファイルマジックPRO」により2.4倍以上の高速化が期待できるようである。これは、ユーザーのストレスを軽減するために非常に効果的であると言えよう。

 また今回のセミナーでは、メモリースティックへのインストール時にも「ファイルマジックPRO」が貢献するケースについても紹介が行なわれた。ただ、メモリースティック周辺については機密扱いとなる部分が多いとのことで、本稿で詳しくご紹介することはできない。いずれにせよ、CRIミドルウェアでは今回対応が果たされたPSPのほか、AppleのiPhoneといった携帯プラットフォームへの対応を目指しているとのことで、今後ますます採用事例の幅が広がっていきそうである。


「ファイルマジックPRO」は、目に見えない部分とはいえ、ユーザーの体感に大きく寄与するミドルウェアだ。特に携帯型ゲームプラットフォームでは、少しのロード時間ですらストレスにつながってしまうため、本製品の導入を考えるデベロッパーは少なくない数に上りそうである。今後はiPhoneへの対応も考えているとのことで、配信ソフトの容量制限といったハードルを越えるための便利なソリューションになっていきそうだ



【Dolby Axon】
ドルビーによるセミナーでは、3Dボイスチャットの技術である「Dolby Axon」についての解説が行なわれた。内容については弊紙GDC 09の際にお届けした「Dolby Axon」のセッションレポート(該当記事)とほぼ同じものであった。気になるゲーム機への対応については、Xbox 360への対応を鋭意進めている、との発言を聞くことができたが、具体的なタイトル名などは明らかにならなかった。今後、同技術を活用したゲームはまずPCにて見られるようになることだろう



【Gamebryo Lightspeed】
エマージェントジャパンが国内普及を目指す「Gamebryo LIGHTSPEED」は、全世界で300タイトル以上の採用実績があるゲームエンジン「Gamebryo」の最新バージョンであり、ゲームの様々な要素をリアルタイムに編集できるという、迅速な開発を実現することを主眼とするミドルウェアだ。今回のセミナーで披露された内容は、4月にエマージェントジャパンが都内で行なったプライベートカンファレンスとほぼ同じ内容(関連記事)。セールス担当の清水工氏によれば、まだ具体名は明かせないものの、話が進んでいる事例もあるということで、国内普及に向けて順調なステップを踏み出しつつあるようだ


(2009年 6月 16日)

[Reported by 佐藤カフジ]