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【必見! エンタメ特報】「機動戦士ガンダムNT」、圧倒的なメカ描写、そして「ニュータイプ」を中心に置いたテーマ性。「UC」好き必見!

公開中(11月30日 公開)

 11月30日より劇場公開されている「機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)」は、人気を得た「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」の続編にあたる。“NT”をタイトルに冠しているとおり、「ニュータイプ」をテーマに、全身にサイコフレームを使用したユニコーンガンダム3号機「フェネクス(不死鳥)」が物語の中心となる。

 「機動戦士ガンダムNT」は、本作1つで独立した映画となっている。「ガンダムUC」からの直接の続編であるため、こちらを見ていないとわからない部分もあると思うが、「ガンダムUC」を気に入った人には強くオススメしたいタイトルだ。

 主要キャラクターそのものは新しいキャラクターである。ニュータイプという新しい人類が生まれた世界の中で、その進化のただ中にいる人達はいかに翻弄され、生きていくか? 作家性、テーマ性を感じさせるところが筆者にはかなり楽しかった。メカ描写も濃密であり、見所のある作品となっている。本作の魅力をピックアップし、レビューしていきたい。

【「機動戦士ガンダムNT」ロングPV】

「奇蹟の子供たち」の運命、ニュータイプの存在を中心とした物語

 「機動戦士ガンダムNT」は冒頭23分という非常に長い尺の映像を公開するという思い切ったプロモーションを行なっている。この映像ですでに前作に当たる「ガンダムUC」のクライマックスシーンが挿入されており、ユニコーンガンダム1号機が見せたニュータイプ、そしてサイコフレームの可能性そのものが、人々を「フェネクス」を追い求める原動力となっていることが説明される。

 23分の映像は非常にボリュームたっぷりで、物語の冒頭だけに引き込まれる。しかし、筆者は劇場の映像を先に見たため、モニターで見るこの映像はもの足りなかった。特に本映像のクライマックスとも言えるフェネクスと、それを追う「ナラティブガンダム」の映像は、劇場の大スクリーンで見ると、メカのディテール、スピード、響き渡る効果音、全てが段違いである。ぜひ劇場の凄さを実感するためにも、この映像を劇場で見て欲しい。

【「機動戦士ガンダムNT」冒頭23分】

 「機動戦士ガンダムNT」の物語の中心となるのは「奇蹟の子供たち」と呼ばれた3人の男女である。突然走り出した金髪の女の子リタ、思わず彼女を追いかけたヨナと、ミシェルはリタに触れることで彼女が見た“ヴィジョン”を共有する。それはスペースコロニーが落ちてくる映像だった。リタ達はそのことを大人達に知らせ、彼女たちの“予見”が多くの人の命を救い……彼女たちの運命を大きく狂わせた。

金髪の女の子リタ、そしてミシェル(左)とヨナ(右)はコロニー落下を予見、奇蹟の子供たちと呼ばれる

 物語はこの3人が鍵を握っていく。「機動戦士ガンダム」から始まる宇宙世紀で大きな存在感を見せる「ルオ商会」、「機動戦士Zガンダム」で、地球上で反ティターンズの活動を行なう組織カラバのバックアップを行なった巨大企業。奇蹟の子供たちの1人、ミシェルは、その才能を期待されルオ商会会長ルオ・ウーミンの“次女”として養女となり、占いによってルオ商会の中心人物として活動していた。

 ミシェルは連邦軍のパイロットとなっていたヨナを呼び寄せ、連邦内で極秘裏に進められている計画に干渉する。その計画とは「不死鳥狩り」と呼ばれるものだ。計画の目的は行方不明となっていたユニコーンガンダム3号機フェネクスの捕獲。フェネクスは2年前の試験運用中に暴走、実験をしていた戦艦を破壊し行方不明になっていた。そのフェネクスが2年の時を経て補足されたのだ。連邦軍はシェラザール隊という特殊部隊を派遣し捕獲作戦を計画する。ミシェルはルオ商会の資産を使い「ナラティブガンダム」を用意、ヨナはナラティブガンダムのパイロットとしてシェラザール隊に強引に参加し、フェネクスを追う。

ミシェルはルオ商会の会長の娘としてその財力を使い、連邦軍パイロットであるヨナを呼び寄せフェネクスを追う

 そして奇蹟の子供たちの最後の1人であるリタは、2年前にフェネクスのパイロットとしてコクピットにいたのだ。2年の空白を経て再び補足されたフェネクスは、青い光をまとい、通常では考えられない移動速度、運動性を見せつける。MSが補給も受けず動き続けられるわけがない。パイロットは誰なのか、フェネクスは何故戻ってきたのか、この大きな疑問が物語を引っ張っていく。

 フェネクスは「サイコフレーム」によって“奇跡”を起こしたユニコーンガンダムの3号機である。1号機、2号機が封印、秘匿されてしまっている現在、3号機は魅力的な存在だ。「機動戦士ガンダムNT」は未来を見通すという超常能力を発揮してしまった3人が、ニュータイプという人類の進化に直面する物語だ。ニュータイプの能力の片鱗を見せてしまった3人と、ニュータイプの力を発揮できるサイコフレームというマテリアル、その存在が物語の鍵を握る。

ユニコーンガンダム3号機、フェネクスはリタをテストパイロットとし起動したが暴走、行方不明となる。しかしフェネクスは帰ってきた。何のために? そしてフェネクスに乗っているのは誰なのか?

 ニュータイプという存在はあえて偏った見方をすれば、“リアルなロボットアニメ”を目指す「機動戦士ガンダム」が、「ロボットアニメの主人公が常人を超える活躍ができるのはどうしてか?」という設定に応えるために作られた「便利な方便」ともいえるのではないだろうか。アムロはニュータイプだから、まさにアニメの主人公のような活躍ができたし、その後の「ガンダム」の主要登場人物も、民間人だったり、戦闘の素人なのにロボットに乗り戦争ができたのだ。そういう見方もできるだろう。

 しかし、やはりこの「人がわかり合える」という、新たな人類の可能性を示唆できたからこそ、「機動戦士ガンダム」はSFたり得たと筆者は思う。人類は今の存在から、新たな存在、わかり合い、争わなくなる新しい生命体に進化できるかもしれない。このテーマはとても魅力的だ。SF作家である福井晴敏氏の著作を原作とする「機動戦士ガンダムUC」、「機動戦士ガンダムNT」では果敢にこのテーマに挑んでいる。「人はどこに行くのか、人間とは、知的生命体とは、何のために生まれてきて、何を為す存在なのか」このテーマに正面から挑める作品を「ガンダム」で書ける、というのはやはりすごいことだと思う。

 人類の新たな可能性であるニュータイプは「機動戦士ガンダム」シリーズにおいて戦争を望む勢力に利用され、「MSやサイコミュといった兵器をうまく扱う人間」とされてしまい、その結果、薬や機械などで人為的に引き出す「強化人間」という歪んだ存在まで生み出してしまった。ニュータイプとは何なのか、そして彼らの力を引き出し、奇跡を起こすマテルリアル「サイコフレーム」を得てしまった人類はどんな道を歩んでいくのか、「機動戦士ガンダムNT」はそのテーマを正面から見据えていく。

ネオジオン残党のの強化人間ゾルタン・アッカネン。ニュータイプへの人類の“憧れ”の歪んだ側面を象徴するキャラクターと言える

 もちろん本作はテーマばかりを問う観念的なだけの物語ではない。子供の時同様、リタを追う形となるヨナとミシェルの想いは物語が進むほどに見ている人の心に強く訴えてくる。謎があかされていく中で、3人がどう歩んでいくかは最大の注目点だ。

 そして「不死鳥狩り」という秘密だらけの作戦、ルオ商会の横やりという政治的な駆け引きに巻き込まれた連邦軍シェラザール隊の軍人達、さらにこの作戦に関わってくるネオジオン残党の動きも面白い。特に強化人間であるゾルタン・アッカネンのエキセントリックな行動は要チェックである。強化人間である彼は、「ニュータイプへの憧れが生み出した歪み」である。3人の奇蹟の子供たちと1人の強化人間、彼らはどのような物語を織りなすのだろうか。

イアゴ・ハーカナ、シェラザード隊のモビルスーツ部隊の隊長。秘密だらけの作戦、ルオ商会の横やりに翻弄されながらも、真実を追い求めていく

そう動くよね、そう見せるよね、期待に応えつつ、驚かせてくれる気持いいメカ描写

 そして、やはり「機動戦士ガンダムNT」もメカなのである! ストーリーやテーマも良いが、やはりメカだ。まず、「ガンダムUC」に登場したメカがたくさん本作にも出てくるのが濃密な繋がりを感じさせて楽しい。グスタフ・カールや、アンクシャが画面に現われるだけでもうれしいし、「Zガンダム」でアムロ搭乗機としてちょっとだけ出たディジェが本作の高画質の作画で描かれ、アクションするところは「こういうのが見たかったんだ」という気持ちにさせられる。

「機動戦士Zガンダム」でアムロの乗機として活躍したディジェが複数登場する冒頭のシーンは、グッとくるものがある

 そしてナラティブガンダムとフェネクスである。「機動戦士ガンダムNT」の大きな謎であり、ニュータイプ、サイコフレームのものすごさを“画”で見せつけるフェネクスの挙動は凄まじい。まるでUFOのような慣性を感じさせない常識外の動きと、巨大な2つの羽根のようなシールド兼武器である「アームド・アーマーDE」を念動力で操っているかのように自在に動かすその姿は、「こんなのを人間が捕まえられるわけがない」という印象を強烈に印象づけるのだ。

 そしてその超自然の存在を“MS技術”で捕らえようとするナラティブガンダム。ナラティブガンダムは多彩なオプション装備で様々な姿を見せるガンダムであり、冒頭映像では巨大な武器ユニットをまとう「デンドロビウム」のような、全身武器の重装備「A装備」でフェネクスに挑む。多数のミサイル、左右の巨大ビーム砲はビームサーベル、そしてフェネクスを捕らえようとするアーム「サイコキャプチャー」へと変わる。さらに腹部には大出力のハイメガ・キャノンを備えている。

 しかしこれだけの重装備でもフェネクスは捕らえきれない。ヨナはフェネクスに肉薄するが、フェネクスの力はA装備をガリガリと削っていく。逃げるフェネクスと、装備を破壊されながらも追いすがるナラティブの戦いは手に汗を握らされる。冒頭映像ではA装備での戦いが描かれるが、この後も多彩な装備を見せてくれる。冒頭映像だけでもかなり楽しいが、本編のボリュームたっぷりなメカシーンは軽々とこの映像を超えていく。その中でナラティブガンダムの変化する武装は目玉の1つだ。

ナラティブガンダムA装備。デンドロビウムを思わせる重装備でフェネクスに挑むが、フェネクスはその力すら凌駕していく
フェネクスはその力を全解放する「デストロイモード」にならなくても強大な力を振るう。この秘密が物語のテーマへと繋がっていく

 「機動戦士ガンダムNT」を見て感じたのは、メカアクションの上でも「機動戦士ガンダムUC」の濃密な続編ということだ。サイコフレームならこう動く、あのMSならこう、この装備ならこういうアクションがあって、この見せ方はこう……そういうファンが望む映像をきっちり実現し、そして超えていくのだ。劇場の大スクリーンの迫力もあり、筆者は何度も小さく声を上げてしまった。ファンが望む思い描くアクションを実現しつつさらに超えていく、「機動戦士ガンダムUC」で好評だったメカ描写の“ノリ”をさらにパワーアップさせており、とても気持いいのである。

 「えーそうなるの?」と驚くシーンもいくつも用意されている。冒頭映像でもフェネクスの機動、ナラティブガンダムA装備の武器の使い方など、予想を超えたインパクトを与えるシーンはいくつもある。筆者が好きなのはフェネクスを捕らえるためのシェラザール隊のジェスタの装備だ。機動力に勝るフェネクスを想定した大型プロペラントを装備した急増感がいい。こういう凝ったメカ描写、アイディアを山のように詰め込み、時には破天荒なビジョンすら提示してくれる。本作のメカ描写のノリの良さは、ぜひ見て欲しい。

お台場でのユニコーンガンダム立像のお披露目。この圧倒的な存在感が筆者のそれまでの「ガンダムUC」への気持ちを大きく変えた

 正直に告白すれば、筆者は最初期「機動戦士ガンダムUC」を認められなかった。筆者にとって「機動戦士ガンダム」の“終わり”は富野由悠季氏の小説「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン」であり、そこで大きく満足していた。その後富野氏自身もこの後の物語を綴ってはいるが、アムロとシャア、そしてニュータイプと、人の未来というテーマは、この「ベルトーチカ・チルドレン」で1つの到達点に達したという想いは今でも持っている。だからこそ、福井氏という富野氏以外のクリエイターが「シャアとアムロのその後」そして、「ニュータイプと人類の未来」まで踏み込んだ物語を書く、というのは抵抗があったのである。

 その気持ちが変わったのは、お台場のユニコーンガンダム立像を見てからだ。そこには新しい文化と物語があり、ユニコーンガンダムがあるからこそ、その後のガンダム世界が大きく広がったということを実感させてくれた。そして「ガンダムUC」の直接の続編である「機動戦士ガンダムNT」で、福井氏とアニメを作り出す人々が、どのようなニュータイプ像、ガンダム世界を提示していくのか、とても楽しみになった。色々な作家が“人の未来”に思いを馳せる、それはSFの本質となるテーマであり、様々な人が物語を描いている。ガンダムもまた同じテーマを扱うSF作品であり、そしてこの優れた「ガンダムコンテンツ」を生み出す人々がどのように未来を提示していくか、とても楽しみだ。

 「機動戦士ガンダムNT」は、1つの物語として完結しているが、まさにこれから新しい物語が始まることを示す“狼煙”である。この作品を見ておくことで、今後の「ガンダム」の映像作品の展開が楽しみになるのは間違いない。劇場で本作の視聴をオススメしたい。