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【CEDEC2017】「ソードアート・オンライン」で描かれた世界が現実になる日は来るのか?

オーバーテクノロジーとリアルテクノロジーの関係

8月30日~9月1日 開催

会場:パシフィコ横浜

 8月30日より9月1日の期間、横浜にあるパシフィコ横浜で開催されているゲーム開発者向けのカンファレンス「CEDEC2017」。このスタートとなる初日には「『ソードアート・オンライン』仮想から現実へ。小説とゲーム技術のお話。~ソードアート・オンラインが現実になる日まで~」と題した基調講演が開催された。講演には「ソードアート・オンライン」の原作者である川原礫氏と、バンダイナムコエンターテインメントのWorldwide Planning&Development Unit 部長 ゲームディレクター/チーフプロデューサーである原田勝弘氏、同社のCS事業部 プロダクションディビジョン プロデューサーである二見鷹介氏が登場。対談形式で進められた。

左から二見鷹介氏、川原礫氏、原田勝弘氏

 2001年にWeb小説としてスタートした「ソードアート・オンライン」だが、川原氏は1999年頃からMMORPGをプレイしていたのだという。ちょうど小説が書かれた頃には、2Dや3DのMMORPGが出そろってきており、知名度も上がってきた状態。このためMMORPGについて説明しなくてもわかっている前提で小説を書いたのだそう。

 発表から17年が過ぎた今では小説のほか、アニメ、ゲームとメディアミックスで展開されている同作だが、小説は全世界で2,000万部(シリーズ累計)、ゲームも300万本発売されているほか、劇場版のアニメーションは25億円の興行収入となった。世代的に見ると中高生に受け入れられているとのことで、原田氏が大学に講義に行ったとき、VRの世界について映画「マトリックス」を例に示したが学生がわからず、どうしたらいいのか教授に相談したところ、「ソードアート・オンライン」を例に挙げるといいと言われたのだとか。それくらいに認知度がある作品となっている。

 小説の中で「VRMMORPG」を表現するときのイメージを聞かれて川原氏は「繰り返し表現したのは、自分の肉体がアバターであること」と答える。ただしポリゴンで作られたとしても、触るとつるつるしているのか、それとも硬いのか、想像しきれない部分もあると語る。「VRのゲームになった場合はどのような表現になるのか。将来的には髪の毛を触ったときにそれなりに動くのか。人間が注視したところだけ、手でさらっとやった時のみに処理していくようになるのでは」と川原氏。これを受けて原田氏は「ディテールフォーカシングシステム」について言及。仮想現実とは言うものの、ものを近くに見た時だけリアルにするという設定ができることを紹介した。

 二見氏が同作で好きなのは、女の子が毎回お風呂に入る描写があることだそうで、風呂上がりには髪型を変えたりして、「デジタル世界でも人間らしい生活をしたいと思うのか?」と尋ねると、「サービスシーンの意味合いもあるが、書き手としての興味」として書いているとのこと。ただしVRのゲームで難しいのは3つあり、それは髪の毛、液体、食べ物であると語る川原氏。「水はゲームだと水っぽく見えている液体であり、VRのゲームでも水を触ってこぼれるのは難しい」(川原氏)。ただし原田氏によると、「どれだけ処理ができるかの問題なので、将来的にはできてしまうだろう」とのこと。

 ただ、原田氏は、あまりにも現実感を突き詰めたVRの世界はエンターテイメントではなくなると語る。「映像表現が進化するのはいいことだが、VRの世界として完全なもの、現実世界と区別できないものが出てきたら、それはもはやエンターテイメントではない。VRの世界で風呂に入るというのは、もうゲームではない。どこか片足を現実に置いておかないと面白くない」(原田氏)。この例としてフリーフォールやジェットコースターを挙げ、「そうとは知らずに体験させられたら、周りから見ている分にはよいが、恐怖に耐えられない。他人から見たら仕組まれていて安全だが、本人の思い方で体験が変わってしまう」と原田氏。

名前は「オンライン」なのにオンラインでないゲーム

 そして本作のゲーム展開について話題は移る。企画が始まったのは2010年頃だったとのことだが、川原氏は当初ゲーム化すると聞いた時、主人公のキリトが女の子と仲良くなるゲームだと思っていたのだという。しかし実際にはそうではなく、「企画書を見たらだいぶガチだった」と川原氏。二見氏によると「ノリでできた企画」だそうだが、当時作られていた「.hack」シリーズが好きだったとのことで、「ゲーム内ゲームというか、疑似MMORPGみたいなものを持ったゲームは受け入れられるのでは」と考えたのだという。ゲームは中高生に受け入れられたそうで、「若い子たちがネットワークに対して相性がいい世代なんだなと。そういう時代になってきたのかな」と二見氏は感じたという。川原氏は「いずれ、ネットワークRPGでVR対応となり、100層のマップをクリアしていく『ソードアート・オンライン』を見たい」と語るが、それ以上のことについては苦笑する二見氏だった。

原点はJ・P・ホーガン

 「ソードアート・オンライン」が生まれてきた過程について尋ねられた川原氏は「仮想世界をテーマにした小説は1970年代からあった」と語り、発想の元になったのはアメリカのSF作家であるJ・P・ホーガンの「仮想空間計画」であると明かす。「これは主人公がVR世界に入ってライバル会社の社員にダマされて閉じ込められるという話。最初は気づかなかったが、仮想世界なのかどうか確かめるために、バーに入ってグラスをたたき割るとシステムが追いつかなくて解像度が下がったりする。そこにすごく面白いと思った」(川原氏)。

 また、MMORPGの小説を書こうと思ったのは「ウルティマオンライン」や「ラグナロクオンライン」に費やした膨大なプレイ時間の元を取りたかったからだと語る。そして「僕がオーバーテクノロジーな設定を考えたと言うより、VRMMORPGでゲーム小説を誰かが書くのは必然だった。偶然僕が先に書いただけ」とも。「一番ありがたいなと思うのは、MMORPGに費やして廃人をやっていた頃の自分を肯定できるようになったこと。あの経験がなければ小説は書けなかった」(川原氏)。

 またナーヴギアの設定についてだが、デスゲームという、ゲームの中で死んだら実際に死んでしまうという設定を入れた時に、プレーヤーを何らかの形で拘束するために生まれたものだと語る。「頑張って瞬間的に破壊すればなんとかなる例もあると思う。致命的な電磁波を出す前にバッテリーを破壊するとか。その言い訳として、事件を引き起こした人が、それを誰かが試みたら全員を殺すという設定にした。小説の仕掛けを考えた結果、たまたまヘッドマウントになった」(川原氏)。

 これを受けて原田氏は、今のVR環境について言及。2012年頃からVRの研究を始めていたそうだが、今ではヘッドマウントをつけることがなくなってしまったのだという。「今のテクノロジーが進んでもっと手軽にならないと。ああいう形でなくならない限り、次のステップにならない。ヘッドマウントの煩わしさが壁になっている」と語る。「装着の手軽さから行かないと物理限界が来るのが早い。夏場は2、30分もつけていると汗をかくので不快になる。半世紀後に今の姿を見たら爆笑してしまうかもしれない。もう少し、2、30年後にどういう姿になっているのかを知りたい」(原田氏)。

 このあたりのテクノロジーについては、メガネを使って網膜照射により映像を映し、眼球をトラッキングするといった技術や、脳に直接電波で映像を届ける方法などについても言及された。ちなみに川原氏も原田氏も、個人的にはPlayStation VRを持っていないとのことで、会場で笑いを誘っていた。

ARとAIの可能性

 劇場版のアニメーションで登場した「オーグマー」はARを利用したデバイスだが、設定については、東京舞台にするという発想はあったそうだが、「ゲームの中に再現された現実の街が好き」と語る川原氏。「『女神転生シリーズ』で東京が作られていたり、『グランツーリスモ』で246号線を走ったりするのが好き。それをいつかやろうと思っていた」という。

 しかし、「ソードアート・オンライン」では仮想現実の中での話なので、戦っていても実際には家で寝ていることになる。実際にはどこにいるんだという感じがしてきたのだとか。「さっきお台場でブイブイやっていたのに、起きた瞬間埼玉かよと。その東京で戦っているのに、魂が埼玉にある感覚が邪魔に覚えて。それを考えた場合、生身で頑張った方がいい。なので劇場版はシナリオ上からの要求でARにした」(川原氏)。

 また劇場版で登場するAI「ユナ」について、AIもオーバーテクノロジーとして描かれていると語る川原氏だが、原田氏は「半世紀後に見たらすでにできていたねといわれるかもしれない」と語る。その理由として、保険会社のサポートチャットがAIで作られている例を挙げる。また「格闘ゲームを対人戦で遊ぶと面白いと言うが、あれは競っているから面白い」と語る原田氏。「ライバルを演出してくれるAIと戦う方が楽しいかもしれない」(原田氏)。

 また原作小説の後半「アリシゼーション」で描かれるAIについて、大きく分けて「トップダウン型」と「ボトムアップ型」の2種類が登場すると分類。トップダウン型は限界まで進化したもので、人間が何かを聞けばミスなく答えられるAIのこと。しかし「会話の内容を理解しているかというと微妙」と川原氏。もう1つのボトムアップ型については「脳を再現すれば知性が生まれるだろうと。こういう話はSFと言われてきたが、ニューラルネットワークの発展で現実になってきている。ボトムアップ型であれば話している内容を理解できるようになるのでは」と川原氏。原田氏も「生きているあいだはどうかわからないが、絶対に来る」と語る。

 最後に原田氏は「本当にVR、仮想現実というのは面白いので、やればやるほど現実社会を再定義しなくてはいけなくて、そこからわかってくるものもいっぱいある。研究テーマとしては面白いので、VRMMORPG自体がどこまで再現できるのかはわからないが、人間は新しい価値観とAIという生命が生まれるスタート地点にある。この研究に足を踏み入れていたいと思う」と語り、川原氏は「小説を書いていて、最近は現実のテクノロジーに状況によっては追い抜かれていることがある。こういうジャンルを書く小説家は現実とのせめぎ合いなので、現実に追いつかれないように、ふた足先の未来を見せられる作家になろうと思っている」と語った。