Game Developers Conference 2009現地レポート

オーディオセッション「Dolby Axon. Better Voice. Better Game.」
「Dolby Axon」が提案する、ボイスチャットとゲームの素敵な未来

3月23~27日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center

 

 Game Developers Conference 2009の通常セッション2日目、“Dolby Axon. Better Voice. Better Game.”と題する講演が行なわれた。これは、オーディオ技術のトップメーカーであるDolbyが現在開発を進めているゲーム向けボイスチャット技術、「Dolby Axon」についてのスポンサーセッションだ。

 本講演でスピーチを行なったのは、Dolby Australiaで「Dolby Axon」のディレクションを務めているPaul Boustead氏と、同技術を使ったゲームを開発しているデベロッパーNetDevilのCEO、Scott Brown氏。今回披露された新たな情報を含め、ボイスチャットの将来を感じさせる「Dolby Axon」の全体像をお伝えしてみたい。



■ ボイスチャットをゲームのオーディオ空間に取り込む「Dolby Axon」

Dolby Australia、インタラクティブボイステクノロジー部門ディレクターのPaul Boustead氏
「Dolby Axon」によって可能になる、ゲームガジェットの例。集音機、スパイマイクといった道具から、遠くまで聞こえる種族といったアイディアが提案されている

 「Dolby Axon」は、昨年6月に正式発表されたボイスチャットのソリューション、あるいはミドルウェアである。この技術の最大のポイントは、ボイスチャットの音声を、ゲーム世界のオーディオ空間に取り込んでしまおうという発想だ。

 「Dolby Axon」が提供しようとしているのは、一言で言うと「ボイスチャットを、ゲーム内のキャラクターに発声させよう」、「ボイスチャットをゲーム世界の中に組み込んでしまえ」ということだ。

 伝統的なボイスチャットでは、チャンネルに参加している人の音声が位置、距離に関係なく同じ定位・音圧で聞こえてくる。一方、「Dolby Axon」のもつ「空間ベースのチャットチャンネル」を使うと、チャット音声がキャラクターの位置から鳴るようになる。

 つまり、後ろにいる人の声は、その音声は後ろから聞こえるし、壁のむこうにいる人が喋ると、くぐもった音質になったり、聞こえなくなったりするわけだ。もちろん、これをフルに楽しむためには5.1chないし7.1chのサラウンド環境が必要となるが、ステレオ環境でも、相手の距離とだいたいの位置をボイスチャットで掴むことができる。

 このような仕組みでゲームの音声コミュニケーションの臨場感を劇的に向上させようというのが「Dolby Axon」の狙いのひとつだが、もちろん、得られる効果はそれだけではない。例えばチーム戦タイプのFPSをプレイするときに互いの位置を把握しやすくなるし、敵の声を盗み聞きして機先を制するような戦い方も可能になる。ボイスチャットがゲームメカニクスの一部になるわけだ。

 これまでいくつか行なわれてきた発表会では、この「Dolby Axon」を使ったデモンストレーションは、Dolbyが「Unreal Tournament 2004」のMODとして作ったゲームデモしかなかったのだが、今回新たに、商業ベースで開発中、あるいはサービス段階にあるオンラインゲームのラインナップが一部紹介された。

 タイトルの具体的な紹介に移るまえに、「Dolby Axon」がどのような機能を持ち、ゲームにどのような利益をもたらすのかを、今回の講演内容をもとにまとめておこう。



・ボイスチャットの定位、減衰、声質変換など

「Unreal Tournament 2004」のMODとして作られたボイスチャットデモ。キャラの位置から音声が聞こえるので、移動すると距離や定位の変化が現れる

 「ボイスチャットをゲーム内のオーディオ空間に取り込む」というのが「Dolby Axon」の主要な機能だが、それに付随して、さまざまなサウンドのレンダリング機能が内包されている。代表的なものは、距離による減衰、障害物による遮蔽などだ。

 また今回、声質変換の機能がビルトインされていることがわかった。声の周波数特性をいじって、男性の声を女声にしたり、その逆や、動物っぽい音質にしたりといったものである。これがあれば、生声でしゃべるのが苦手なシャイなプレーヤーでも、積極的にボイスチャットできるようになるかもしれない。また、無線タイプのボイスチャットでは、音声に電信ノイズを乗せてそれっぽく表現することもできる。

 ちなみに、こういったサウンドのレンダリングは、サーバーではなく、クライアント側で行なう仕組みになっている。そのため、ゲーム側のサウンドエンジンに「Dolby Axon」が下処理した音声サンプルを引っ張ってきて、ゲーム側の音場に完全に統合し、ゲーム独自のエフェクトを加えることも可能かもしれない。

 例えば、EA DICEのFPS「Battlefiled: Bad Company」では、ゲーム内の音響にハイダイナミックレンジのサウンドレンダリングを使用して独特の音場を表現しているので、ボイスチャットをゲーム内の音場に取り込む場合、同じサウンドエンジンで最終出力を行ないたいはずだ。でなければ、ボイスチャットだけ浮いて聞こえてしまう。

 この点については今回の公演で十分な情報が提供されなかったので不透明なままだが、仮に、それができないとすれば、「Dolby Axon」の普及にネガティブな影響を与える可能性がある。Dolby的にそれは避けたいと考えているはずなので、ゲーム側のサウンドエンジンにうまく統合する方法を用意していると考えたい。この点については、現時点では「Dolby Axon」の利用を考えている各デベロッパーが個別に確認するしかない状況だ。



・考えられる限りの柔軟性を持つチャンネル設定機能

 ゲーム内のサウンド環境にボイスチャットを取り込む部分ばかりがクローズアップされがちな「Dolby Axon」だが、実はチャンネル設定機能が非常に柔軟にできており、それだけでも次世代のボイスチャットソリューションと言える内容になっている。

 「Dolby Axon」で使えるボイスチャットチャンネルは、大別して「空間ベース」、「非空間ベース」の2種類がある。「空間ベース」は肉声タイプ、「非空間ベース」は無線タイプ、ということもできる。どちらのタイプでも、その中に複数の論理チャンネルを作成することが可能で、たとえばMMOタイプのゲームで「外界から分離された、フレンド同士だけの肉声ボイスチャット空間」みたいなものを作ることも可能だ。

 また、肉声と無線タイプのチャンネルの両方に同時に音声を流すこともできる。これを利用すると、現代戦系のFPSゲームなどで、遠くにいる味方には無線で聞こえ、近くにいる味方には無線音声と肉声が両方聞こえる、というリアルな状況が作れる。敵に近づいて、無線でしゃべっているつもりの肉声を盗み聞きしたりもできるわけだ。前線では小声でしゃべらざるをえなかったり、銃撃で無線が故障したので大声で連絡、なんて状況もゲームに組み込めるだろう。

 さらに、MMORPG系のギルドチャット的なシチュエーションを考えて、チャンネル内のメンバーに「序列」を付ける機能もある。無線タイプのチャンネルにあまり大勢が参加するとガヤガヤとやかましくなってしまうものだが、高い序列に設定されたメンバーが喋ると、他の会話が一斉にミュートされ、確実に指令が届く。また、リーダー格のプレーヤーに、特定のプレーヤーの発言を禁止するようなチャンネル管理機能を付与することもできるとのことだ。

非常に柔軟かつ強力なチャンネル機能があるため、FPSからMMOまで、どのようなジャンルのゲームでもありがたみがある



・サーバー/クライアント型ソリューション

Axon APIの概要。サーバー/クライアント型のアーキテクチャで作られており、サーバーは独立したモジュールが提供される

 「Dolby Axon」の持つもうひとつの特徴は、これがサーバー/クライアント型のソリューションとして、ワンパッケージで提供される点だ。基本的な仕組みとしては、クライアント側で入力された音声はゲームサーバーではなく「Axonサーバー」に送られ、そこで様々な処理が行なわれて、同チャンネル・可聴域内の各クライアントに音声データが送られる、というふうになる。

 このため、ゲームサーバーはボイスチャットについての処理をほとんど全部Axonサーバーに丸投げすることになるが、その前処理として、Axonサーバー側にゲームの3Dマップデータを送っておく必要がある。このマップデータは、あらかじめDolbyのツールでコンバートした形式のものだ。これは、壁による遮蔽を再現するために必要である。

 Axonサーバーの処理能力は、この講演で語られた限りでは、クアッドコアのXeon 3GHzをデュアル搭載したサーバーマシン上で、最大同時8,000ユーザーとされている。ゲーム内の地域・チャンネル別に、複数のサーバーを設置して分散処理することもできるので、MMO系のゲームで問題なく使うことができる。

 また、オンラインFPS系のゲームでは、最大16人程度が参加できる論理ゲームサーバーを多数稼働させてサービスを展開しているものが多いが、その手のゲームでは、複数のゲームサーバーをひとつのAxonサーバーに接続して共同利用することが可能となっている。

 一方、プレーヤーのマシンがゲームサーバー役を兼ねるタイプのゲームでは、同じマシン上でAxonサーバーモジュールを走らせることで、上記と同じスキームを再現する方式のようである。

オンラインFPSに統合する場合のアーキテクチャ。複数のゲームサーバーが1つのAxonサーバーを共有するプレーヤーがゲームサーバーを兼ねるタイプのゲームでの構成例数万人規模のMMOサーバーで使う場合には、複数のAxonサーバーを設置して分散処理する形だ



■ ようやく見えてきた「Dolby Axon」採用タイトル。FPS系ゲームでのポテンシャルは計り知れない

NetDevilのScott Brown氏
「JUMPGATE」のイメージ

 ゲーム世界にボイスチャットを組み込んでしまえ、という発想を現実のものにしてくれる「Dolby Axon」だが、ユーザーがそのおもしろさに触れるためには、採用ゲームが実際に発売されるのを待つ必要がある。実際のところ、昨年6月に行なわれた最初のお披露目以来、採用タイトルの名が明かされたことがなかったので不安視していたのだが、今回の発表で、ちゃんと採用タイトルが存在することがわかった。

 そのひとつは、今回の講演に同席していたNetDevilのScott Brown氏が開発を進めているMMORPG「JUMPGATE」。日本では全く無名だが、北米、欧州では現在ベータテストフェーズに入っているタイトルだ。内容としては、宇宙船によるスペースシューティングと、RPG的な成長要素を併せ持つMMOGである。

 「JUMPGATE」は宇宙を舞台とするゲームなので、「Dolby Axon」の持つボイスチャットの音場表現は使いにくいと思われるかもしれない。だがそこはよく考えていて、無線が距離によって聞こえにくくなる現象や、ジャミングで通話が不能になるといった形で活用しているらしい。また、サーバーサイドにほとんど手を加えずに豪華なチャンネル機能を持つボイスチャットを実装できること自体、小規模なデベロッパーにとっては非常にありがたい話であるようだ。

「Mission Against Terror」。動画デモでプレイの模様が解説された

 今回のセッションで公開されたもうひとつの採用ゲームはオンラインFPSだ。中国の大手ソフトハウスKINGSOFTが開発、サービスを行なっている「Mission Against Terror」というタイトルで、ゲーム自体はありがちな「Counter-Strike」クローンではあるのだが、他のゲームと差別化するために積極的に「Dolby Axon」を導入したということだ。

 この「Mission Against Terror」は、現代戦をテーマとするFPSにおける、非常に典型的な実装例となっている。ゲーム内のボイスチャットは、肉声チャンネル、無線チャンネルの両方に送信される。このため、無線では味方の声しか聞こえないが、肉声では敵の声が聞こえることもある。会場で流された動画デモでは、そういった音声の特性を利用した作戦の様子を見ることができた。例えば、「来た!」という一言で、どこから「来た」のかわかるというのは、ものすごいアドバンテージだ。

 また本作独自の要素として面白いのが、ゲームに「敵を動物にしてしまうグレネード」というものに「Dolby Axon」の声質変換を使っているところだ。プレーヤーはそれを食らっている間、豚やカメになってしまい、ボイスチャットの音声が甲高くシフトされ、何を言ってもギャグにしかならない状態になる。映像、音声のダブルパンチでおかしさが伝わってくるため、周囲のプレーヤーがみな笑い転げてしまうという具合だ。

ボイスだけでキャラクターの位置がしっかり伝わるため、ボイスチャットのメリットが非常に高まっている動物になってしまうグレネードを集団で食らっているシーンカメに変化したプレーヤーの音声は甲高くなってしまい、何を言ってもギャグになってしまう状態

 デモを見た上で、こういったFPS系ゲームでの「Dolby Axon」の利用は非常に未来があると感じた。「豚」の要素はともかくとして、チームメイトの位置が音声で把握できるというのは明らかにプレイの質を変えてしまうし、ゲームそのものの臨場感が抜群に向上する。もしメジャータイトルが「Dolby Axon」に対応したら、それ以降FPSでの利用が必須化、標準化する可能性すらある。それほどのポテンシャルを感じた。

 講演の最後には、「Dolby Axon」がXbox 360にも移植されつつあることなど、将来的な展開もほのめかされた。まだまだ対応タイトルが少なく、ミドルウェアとして十分なプレゼンスを発揮できていない状況ではあるが、将来的にゲームの音声コミュニケーションの質と意味を変えてしまうほどのインパクトを持っていることは確実であるため、今後の対応状況に注目していきたい。





(2009年 3月 29日)

[Reported by 佐藤カフジ]