Game Developers Conference 2009現地レポート

PS3「PixelJunk Eden」グラフィックス&サウンド担当のBaiyon氏が講演

全て手付けで作られた「いつ停止しても格好いい」ゲーム世界


3月23~27日 開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center



 Game Developers Conference 2009の最終日となった27日、有限会社キュー・ゲームスが配信中のプレイステーション 3用オーガニック・プラットフォーム・アクション「PixelJunk Eden」のグラフィックスとサウンドを手がけたBaiyon Tomohisa Kuramitsu氏が講演を行なった。

 講演タイトルは「PIXELJUNK EDEN - Baiyon's CMYK vision」。「PixelJunk Eden」で描かれる特徴的な植物のビジュアルをどのように作ったのか解説するとともに、Baiyon氏自身初となるゲーム開発にどういう思いで取り組んだかが語られた。




■ インクを垂らして植物をデザインする

Baiyon氏が最初に作ったコンセプトアート
インクや墨汁を垂らしてランダムに描かれたものから、植物の絵を作っていく

 Baiyon氏はイラストやサウンドを手がけるマルチアーティストだが、ゲーム作りには未経験。ただ、映像と音楽が融合するメディアであるビデオゲームは以前から作ってみたかったのだという。ある時、Baiyon氏は知り合いのゲームクリエイターに事務所で開いていたパーティーに誘われ、そこでキュー・ゲームスの社長のDylan氏と出会い、Baiyon氏がゲームを作りたいという話をしたら、いまちょうど新しい企画があるという話になり、「PixelJunk Eden」の開発が始まることになる。

 Baiyon氏の行なった開発作業は、「サウンドとビジュアルをやっているから、そこにどうプレイの部分をあたえていくのかを打ち合わせしてディテールをつめていった」というものだという。ただゲームとしての遊びの部分はほぼノータッチで、サウンドとビジュアルをBaiyon氏の納得できる世界に突き詰めることだけに集中していたようだ。

 コンセプトは、音楽で気持ちいい感覚になるというもの。「音楽と絵が合わせて動いているだけで面白いと思ったが、メディアートを作っているのではないので、この世界でどう冒険するかを探さなければいけなかった」という。これについては、10ステージ(本作では“ガーデン”と呼んでいる)をCDのアルバムに見立てて全体を組み立てたという。

 ゲーム内容を決める際には、Baiyon氏がディレクターにポートフォリオを見せた。その中から森のグラフィックスがピックアップされ、「音楽に合わせて植物が生えてくるのはどうか」と提案され、Baiyon氏はそれにあわせたコンセプトアートを作った。「1つ1つが動いていて、生きたり死んだり繰り返しているイメージ。コンセプトアートに絵コンテをつけて、こんな動きをするとか、このパーツはこんな役割だとか付け加えて渡した」という。開発はこのアートをベースに、「ダンスミュージックの快楽原理をゲームプレイに融合させる」という形で進められた。

 その第1歩として挑戦したのが、植物を描くためのテクノロジー。「生きているような植物にしたかった」というBaiyon氏は、ランダムな動きや物理系さんなど、テクニカルな部分をプログラマと一緒に実験していった。「ランダムに枝が生えたり、変な形になったりといったものをプログラムで表現すると面白くなるのではないか」と最初は期待していたBaiyon氏だったが、このやり方では思い描いていたクオリティのものは描けなかったという。最終的に、ランダムな動きはやめ、1つ1つ手で動きをつけることになった。「ランダムにするなら、無意識なものを手で描いてしまったほうが早い」といい、Baiyon氏が描いたテクスチャを渡して再現してもらう形で進められることになった。

 植物の独特な外見を作る方法の1つとして、墨汁やインクを垂らしたりしてランダムなものを描くという手法を紹介した。インクが垂れて伸びている部分を枝に見立てたりして、不要なものを取りつつ、パーツを書き加えることで、不思議な外見をした植物を作っていったという。

 またグラフィックスについて気をつけた部分として、「紙だと1枚のグラフィックスで1つの作品だが、『PixelJunk Eden』の植物は動くし、プレーヤーはこちらが思わないような動きをする。いつ停止しても格好いいという風にしたかったので、ものすごく苦労した」と、アーティストらしいこだわりも見せた。




■ ゲーム音楽というジャンルはない

 続いてはサウンドの話題に。Baiyon氏はよくグラフィックスとサウンドをどう考えて合わせたかと聞かれるそうだが、「あまり考えていない。1人の人間から出てくるものだからそんなにずれてこないだろう」という。キュー・ゲームスから依頼された方向性もなかったそうで、思うとおりに作品へアイデアを注げたそうだ。

 音楽のコンセプトについては、「無重力、といったものはあるが、コンセプトが固まったことで、別で作ったサウンドがこのステージに合うではと思うことがあったり、この色は違うなと全部色を変えたりしながら作った」としており、かなり臨機応変に対応している。ただこれらの作業は、自分のスタジオで絵を用意し、それをキュー・ゲームスに持って行き、それがゲームに反映されるのを確認しないままにスタジオに戻り、音楽を作る……という繰り返しだったそうだ。これならグラフィックスとの統一イメージも図りやすいが、いわば完全な力技である。

 音楽についてBaiyon氏が強く語ったこととして、“~っぽい曲”というゲームミュージックへの疑問がある。「ゲームの音楽で『クラブのイメージの曲』というのはあるけれど、まるでそんなところに到達していなくて、真実味がない。ゲーム音楽というジャンルは、ファミコンの頃などのハードウェアの制約でスタイルが確定していったのだろうが、今はそんな制約はない」と述べた。DJもこなすBaiyon氏は、自らを「“~っぽい”の集合体みたいなもの」というが、だからこそ、いまやありもしないゲームミュージックという文法に縛られていることに違和感を覚えるのだろう。




■ 許せないゲーム的手法と、理解すべきゲーム的手法がある

 次に、ゲーム制作における苦労話などが語られた。Baiyon氏自身は、ゲームのビジュアルもコンセプトアートのようなイメージを保ちたかったわけだが、レベルデザインまで直接やっているわけではない。そこで素材をレベルデザイナーに渡すことになるのだが、「すごく都合よく配置されて、生きているように見えない、いわゆるゲーム的な配置になるのが嫌だった。例えば全く同じ外見の植物が2個並ぶのは、普通じゃありえないでしょう、といって作り直してもらった」と、ここでも細かい指示をだしていたそうだ。

 配色を決める際には、「色がピタッっとはまる瞬間、輝いて見えて、頭がチリチリしてくる。その感覚が出るまで何度も何度もトライアンドエラーで作っていった」という。また「PixelJunk Eden」ではHDRも使われているのだが、「画面はリッチになる。でも強くすると指定したカラーではないものが横から出てくるのがとても嫌で、あまり使いたくなかった。元々の色の組み合わせでは光っているのに、HDRで光って見えなくなるのが不思議」と語った。

 そして今回の講演のテーマとなっている「CMYKビジョン」について。ここでいうCMYKとは、仕組みとしてのCMYKやRGBというのではなく、RGBはデジタル、CMYKはアナログなイメージのキーワードとして使っている。

 Baiyon氏は、RGB的な色づけを好まないという。「青色といえば、ただの青だった。絵の具のチューブから出した青の原色は綺麗に見えない。僕はもっと綺麗な青があると思っていて、それを探し続けたい。植物もビビッドな色で咲いている時より、少し弱ってきて色あせてきた時のほうが綺麗。『PixelJunk Eden』でも、元気な植物というより、柔らかいイメージの色というのは意識した」という。

 色使いについては他にも、「ゲームの中で、危険な場所を黄色と黒で安易に伝えてしまう。危険だと伝えるのは他の色でもできないかと実験する時間が欲しいといつも思う」、「プログラマにテクスチャを渡すと、ダミーで色を入れる際にものすごく極端な数値を入れる。プログラマにはそういう風に見えるんだなとショックを受けた」などと語った。プログラマからすれば色は数値化できるデータだし、ゲームをわかりやすくするための記号であることもある。そこに強い疑問を感じるという視点は、アーティストならではのものだ。

 ただBaiyon氏も、逆に学ぶことがあったという。ある時ディレクターが、「この色は見えないですよ」と画面を指して言ったことがあったという。この時Baiyon氏は、「指しましたよね、見えてるじゃないですか」と答えたのだが、「大事なことは目立たせないと、ゲーム性に影響することが後からわかった。とても重要なことだった」と反省することもあったという。




■ 日常から得たインスピレーションを最後まで持っていく

 Baiyon氏はデザインにおいて、日常からのインスパイアが重要だと語る。「焼き鳥を取ると油が垂れていく様子を見て、これを逆さにしたら植物が生えるように見えるのでは、とメモして作ったりした」、「キュー・ゲームスの近くのコンビニで水を撒いていて、道側に斜めに水が流れていくのを見て、植物が成長してるみたいで面白い」、「ファミコンを叩くと画面がバグるので、そこから植物に見えるものを抜き出す」など、何気なく見ているものからヒントを得ていくという。

 特に今回のデザインでも使ったインクの手法については、「インクが垂れる様子が昔から好き。なぜかはわからないがエネルギーを感じる。昔のハプニングアートもそうだし、ファッションにも使われている。『PixelJunk Eden』には古典的なエネルギーのようなものが入っているのかなと思う」と語っていた。

 同様のことはサウンドもよくあるそうで、「自分で作ったデモ曲をポータブルプレーヤーで聴きながら移動していて、『あれ、こんな曲作ったっけ』と思ったら横で工事をしていた。その音が妙に合うので、帰って似た音を当ててみたりする。どうしても違うものになるが、そのインスピレーションは持ったままゴールに行きたい」という。

 こうして作られたゲームは、アートと呼ぶべきものかどうか。Baiyon氏自身は、「よくわからない」という。ただ、「作りたいものを作ってどうなるかわからないので、今は続けていきたいと思っている」と、今後もゲーム作りを続けていく意思を示した。

 ゲーム作りでのまとめとしてBaiyon氏は、「グローバルカラーの指定は『PixelJunk Eden』には存在しない。プレーヤーも植物も1つ1つ手で指定している。スーパーマリオはずっとスーパーマリオの色だが、ステージ1とステージ3のマリオは違う色にしたい。僕はそうしていきたい」と語った。

 これは3Dグラフィックスで周囲の光の色をキャラクターに反映させる……というような話ではなく、その時その時で最も美しい色の組み合わせを探っていくということだ。「正しいかどうか」ではなく、「光って見えるかどうか」を基準としているのは、アートと呼ぶべきものだろうと感じた。もちろん、アートとゲームは対義語ではないから、共存していても何もおかしくはない。

 キュー・ゲームスでは、「PixelJunk Eden」の続編となるPS3用「PixelJunk Eden Encore」の配信を近日予定している。こちらもBaiyon氏が引き続き制作に携わっている。アーティストとしてのBaiyon氏が初めて携わって完成した「PixelJunk Eden」から、ゲーム開発を知ったBaiyon氏が手がけた「PixelJunk Eden Encore」になり、その次はゲーム開発を理解したBaiyon氏がどういったものを生み出すのか。まだまだこれからの展開が楽しみだ。


日常で見て気になったものを、携帯電話で撮影しておいて参考にするという。見た瞬間に笑えるものや、色彩的に面白いものなど、着眼点が広い

近日配信予定の「PixelJunk Eden Encore」の映像も上映された。実は講演の最初に流されたのだが、改めて後で撮影した画面を見ると、Baiyon氏の論旨がより明確に理解できた

(2009年 3月 28日)

[Reported by 石田 賀津男 ]