【特別企画】

音楽を生演奏で行なう「劇場版『機動戦士ガンダム』シネマ・コンサート」

会場に向かい富野氏が語りかける、「あなた方が支えてくれたからここまでこれた」

8月16日、17日開催

会場:東京オペラシティ・コンサートホール

 「機動戦士ガンダム」40周年を記念し様々なイベントが実施される「機動戦士ガンダム40周年プロジェクト」。その第1弾となる「劇場版『機動戦士ガンダム』シネマ・コンサート」が、東京・初台の東京オペラシティ・コンサートホールで開催された。コンサートは8月16日に1回、8月17日には2回開催され、今回初回に参加することができた。

 「劇場版『機動戦士ガンダム』シネマ・コンサート」は、劇場アニメ第1作目である「機動戦士ガンダム」を上映しつつ、劇中曲を服部隆之氏が編曲、指揮を行ない東京フィルハーモニー交響楽団が演奏するというもの。改めて楽曲でキャラクターや場面をフォーカスし、オーケストラが奏でることで新しい視聴体験を実現させようというイベントだ。初回には富野由悠季氏も登壇し挨拶を行なった。

 筆者自身「機動戦士ガンダム」から始まる劇場版3部作は何度も見ており、場面の繋がりやキャラクターのセリフもかなり覚えてる熱心なファンの1人だ。しかし、音楽をオーケストラが奏でる、というのはとても新鮮な体験だった。何度も見ている作品だから、より感情が揺さぶられ、新しい認識ができた。その体験をレポートしたい。

繰り返し感謝を語る富野氏のオープニング

 オーケストラの準備が整ったところで、富野由悠季氏が登壇した。富野氏はまず会場に集まったファンに向かい「本当にありがとうございます、まさかここまで会場がいっぱいになるとは思っていませんでした。本当にビビってました、ありがとうございます」と語りかけた。

 富野氏はこの劇場版「機動戦士ガンダム」を、40年前「巨大ロボットが出ても映画になるんだ」ということを作って作った“つぎはぎ映画”、“だまし絵的なもの”という。しかしそれを40年間応援してくれる、会場のファンのような人達がいてくれたからこそ、今回のような上映ができること、それをとてもうれしく思っているという。

挨拶した富野由悠季氏

 しかし一方で、富野氏自身はこの数日のリハーサルの間中“針のむしろ”の上にいる気分だったという。「だってつぎはぎ映画なんだもん、そんなの見せられて、これですよ。勘弁してくれ」と言い、会場に笑いを誘った。でもやるしかない、会場をお客さんで埋めてみせる、そういう意気込みで富野氏は取り組んだという。そしてファンはその富野氏の覚悟通り、会場いっぱいに集まってくれた。ここでもう1度富野氏は会場に感謝の言葉を伝えた。

 「ただ、ここで一言お断りしておくと」と富野氏は言葉を続けた。オーケストラの演奏が主役であるため、映画の台詞が聞きづらいカ所があるという。今回の音楽はBGM(バックグランドミュージック)ではなく、主役なのだ。「そのことにちょっとイラッとするんですが、今回演奏して下さる服部隆之先生と、東京フィルハーモニー交響楽団、ちょっと、スゴイですよ」と会場を見渡しながら富野氏は語った。そして最後にもう一度「皆さん方、ありがとうございました」と一礼した。

何度も見た「ガンダム」、生演奏で大きく感情がかき立てられる!

 そして服部氏が指揮台に上がり、映画が始まった。「ガンダム」ファンがもう何百回とみたであろうスペースコロニーのミラーが大写しになるあのオープニングである。壮大な音楽が会場中に響き渡る。人類が宇宙に生活の場を移す「宇宙世紀」を強く印象づけるシーンに圧倒される。

 しかし、次の瞬間「おや?」と思った。そう、おなじみの永井一郎氏のナレーション「人類が、増え過ぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に半世紀が過ぎていた……」というナレーションが音楽に押されてちょっと聞きづらいのだ。「富野氏が言ってたのはなるほどこのことか」と思わされた。

 今回はあえてシーンと音楽に対して語っていきたい。「機動戦士ガンダム」を見たことがない人にはわかりづらいと思うが、シーンが生演奏でどう変わるかを挙げていきたい。今回初めて音楽を意識して「機動戦士ガンダム」を見たのだが、音楽はのべつ幕なしになっているのではなく、非常に効果的に使われている。

編曲・指揮を担当した服部隆之氏

 オープニングの次に観客の心を揺さぶるのは、ザクの攻撃が始まり、避難カプセルから外に出たアムロの前にザクがその巨大な姿を現わすシーンだ。MSの恐ろしさ、本作の世界観を1つの絵で見せつけるそのシーンに大音響のオーケストラ演奏は非常に効果的だ。

 そしてフラウが両親の死にへたり込むところを必死に励まし、去って行くフラウを見送るシーンも音楽が彩る。そこからアムロがガンダムに向かい、そしてコクピット内の計器をいじる間BGMはない。音楽が始まるのはガンダムが起動し、立ち上がるときなのだ。音楽と共に立ち上がるガンダムの姿に、こちらもググっと力が入る。「アニメ音楽とはこういうタイミングで使うのか」と強く感心させられた。

 そこからも音楽はまるでスポットライトのようにシーンを効果的に際立たせていく。演奏の尺はそれほど長くはないのだが、音楽が始まるとハッとしてシーンによりのめり込む。次はいつ音楽が始まるか、身構えてて映像を見ていくことになる。

 その中で筆者の心を強く揺さぶったのがシャアとアムロの最初の対決シーン。緊張感のある音楽が鳴り響く中、シャアザクはガンダムの攻撃を全てかわしきり、そして的確に攻撃を与えていく。その圧倒的な実力差による絶望感は、音楽が何倍にも強めてくれる。シャアの強さが伝わってくるのだ。

 「音楽ってスゴイ」と実感させられた。そしてガンダムが一撃でザクを撃破することで、シャア側の緊張感が一気に高まるシーンでも音楽は効果的だ。音楽の力によって生まれる強い緊張感はシーンを一層盛り上げてくれた。今回の演出での最初のクライマックスシーンとも言える盛り上がりだった。

 大気圏突破のシーンはまずザクが大気圏突破能力を持たないため崩壊するシーンが怖い。ここでは静かなトーンの音楽が大気との摩擦熱に直面し、必死に回避策を探すアムロの焦る気持ちを表現している。

 そして場面が一転してホワイトベースからの眼下に広がる地球の風景を強める壮大な音楽である。「機動戦士ガンダム」では、ルナ2、地球、など場面が変わるときに背景が大写しになり、ホワイトベースがどこを進んでいるか、インターミッションのような間がある。この時のゆったりとした音楽もまたすごく良いのだ。

オーケストラの生演奏により、改めて楽曲がどこに、どのように使われているか実感できる

 音楽として面白かったのがガルマとイセリナが会話をする舞踏会のシーン。これまでの音楽とは全く違う華やかな音楽が鳴り響く中、お互いの愛を語る2人と、それを冷静に観察するシャア。ここは心理やキャラクター性など場面を表現する音楽ではなく、実際に舞踏会で演奏されているだろう曲が演奏されているという点がとても面白かった。

 また、「あえて音楽がないシーン」も印象に残った。ガルマの特攻シーン、アムロの母がホワイトベースが去って行く中くずおれるシーンは、音楽がないのだ。音楽がないことでキャラクターの心情が伝わる。決死の特攻と、イセリナの姿のフラッシュバック。くずおれるアムロの母は小さく、画面いっぱいに描画され、去って行くホワイトベース。ここは“絵”が主役なんだと、音楽がないことを意識して実感した。

 この他、マチルダへの憧れや、ランバ・ラルの恐ろしさなど「そうだ、この音楽だよなあ」と感心させられるシーンは多数ある。何度も見た「機動戦士ガンダム」の記憶はそのまま、また違った魅力、音楽の力を実感させられたコンサートだった。

 そしてラストはやしきたかじん氏の「砂の十字架」が流れるエンディングである。「ボーカルはどうするのかな?」と思っていたが、やしき氏の歌声だけを抽出した音源が用意されており、オーケストラの演奏の元、やしき氏の透明感のある歌声が会場に響き渡った。サビである「それでも真実は、伝わるものだと」のフレーズはやはり気持ちが盛り上がる。映像が終わった後も曲は続き、フルコーラスで曲が流れた後、会場からは大きな拍手が上がった。

劇中とわずかに違う演奏で、場面、キャラクターをより効果的に演出

 上映終了後はトークショーが行なわれた。富野氏は歌手の森口博子さんの手を引っ張って登壇した。富野氏は会場に向かい「皆さん方のおかげで、アニメを映画化するという流れが当たり前になった。現在の隆盛は皆さんがリーダーとして時代を引っ張ってくれたおかげです。本当に今日、この場で皆さんにお礼を申し上げたいと思います」と語った。会場からはそれに応えるように大きな拍手が上がった。

 森口さんは「機動戦士Zガンダム」の主題歌で歌手デビュー、その後「機動戦士ガンダムF91」の主題歌、ゲーム「『SDガンダム GGENERATION SPIRITS」の曲などを歌い、今ではアニメ関連のイベントでも人気の歌手である。最新カバーアルバム「GUNDAM SONG COVERS」も8月7日に発売している。こちらは大きなヒットとなり、オリコン週間アルバムランキングで3位となったという。

 「今では海外の皆さんも応援してくれています。たくさんの人が繋がることができてこそのランクインだと思っています」と森口さんは語った。アルバムは会場でも完売だったという。

富野氏に手を引かれて登壇した森口博子さん

 続いて演奏を追えた服部隆之氏も登壇した。話はコンサートの感動についてふくらんだが、森口さんは「砂の十字架」の演奏の時、奏者の激しい弦の使い方に感心し「生きるんだ、生きるんだ」というメッセージを発しているように感じたという。富野氏はやしき氏の歌声が今回使用できたことは「本当に奇跡的なことだった」ということを明らかにした。やしき氏の歌声は映画のフィルムから抽出したものではなく、きちんと別音源として収録していたから今回使用できたとのことだ。

 服部氏はこの前に「機動戦士ガンダムORGIN」での曲も手がけている。「機動戦士ガンダム」は、渡辺岳夫氏が作曲を担当、松山祐士氏が編曲することで世界を作っているが、服部氏は「機動戦士ガンダムORGIN」を手がけるに当たり、2人に強くシンパシーを感じたという。その縁もあり、今回のコンサートを担当したとのことだ。

 「すごいんです、オリジナルのスコア(楽譜)ですらホルンが4本入っている当時では考えられないことです。チューバも4本、ほぼオーケストラで使う規模でのスコアになっているんです」と服部氏は語った。さらにシンセサイザーを導入している。こちらも豊かなバリエーションで打ち込みならではのリズムを刻み、曲に独特の味を加えているという。コンサートではこのシンセサイザー部分をオーケストラ向けに置き換えたと言うことだ。

 富野氏はオーケストラにこだわりを持っている。常に「こんなもんじゃないだろう、こんなもんじゃないだろう」と思っている。その中でこのオペラホールの音響には「ここで聞けた人はうらやましい」とのこと。

 服部氏は今回の演奏は、映画「機動戦士ガンダム」を忠実に再現することを心がけたという。しかし実は完全には忠実ではない。短すぎた楽曲を少し伸ばしたり、演奏する位置を少し動かしたりしている。会場でもその“違い”に気がついた人もいたようだ。

 40年間ガンダムを支えてくれた人達、富野氏は繰り返し会場の人々にその感謝を述べていたが、今回、その会場の人達と「アニメを愛する人達」として、先日の京都アニメーションの事件に触れ、事件に巻き込まれ被害を受けてしまった人々のために、一緒に黙祷を捧げて欲しいと語りかけた。

 富野氏は皆に起立を促した後、京都アニメーションのスタッフと、そこに関わったご家族の方のため、後進の方が京都アニメーションの精神を受け継いでくれること、そしてこういったコンサートができたことへの感謝の気持ちも含め、京都アニメーションの人々への哀悼の意を示して、会場全体で黙祷を行なった。

 そして最後は、服部氏、森口さん、富野氏それぞれが会場への感謝を述べ、コンサートは幕を閉じた。

「ガンダム」ファンが集ったからこその雰囲気をたっぷり味わうことができたコンサートだった

 とても新鮮で、楽しいコンサートだった。本当に何度も見た映画であるため、展開、セリフ全て記憶をなぞって楽しんだが、音楽の生演奏という要素は新しい楽しさをもたらすと感じた。音楽の力、効果、映画でのその要素が実感でき、演出やキャラクター、場面の印象付けのテクニックなど、作品作り、という観点でも楽しい手法だと感じた。今回は2日間で3度の上映だったが、またやって欲しい、多くの人に見て欲しいと感じた。