カプコン、3DS「謎惑館~音の間に間に~」
ディレクターの中井実氏に特別インタビュー!
立体音響技術「オトフォニクス」のすごさと制作苦労秘話から、シナリオまで徹底的に聞く!

発売中(8月4日 発売)

価格:4,800円

CEROレーティング:C(15歳以上対象)

 

パッケージ画像

 株式会社カプコンは、ニンテンドー3DS用立体音響アドベンチャー「謎惑館 ~音の間に間に~」を8月4日に発売した。価格は4,800円。CEROレーティングはC(15歳以上対象)。

 「謎惑館 ~音の間に間に~」は、「オトフォニクス」と呼ばれる立体音響の技術とアドベンチャーゲームの魅力を融合させたゲーム。ヘッドフォンを使ってプレイすることで、割れるグラスや転がるボール、耳にかかる吐息や服を脱ぐ音など、ゲームの舞台である「謎惑館」のなかに居るかのような感覚が味わえる。また、3Dスクリーン、ジャイロセンサー、モーションセンサー、マイクなど3DSに搭載されているセンサーやデバイスを使用し、これまでにないゲーム体験を可能としている。メインストーリーは「大神伝 ~小さき太陽~」のシナリオを手掛けた北島行徳氏が担当。グラフィックス、キービジュアル、キャラクターなどのビジュアルアートを上杉忠弘氏(第37回アニー賞 最優秀美術賞 受賞)が担当している。

 今回、ディレクターの中井実氏にお話をうかがう機会に恵まれた筆者だが、正直に告白すると、実はインタビュー直前まであまりピンときていなかった。公式サイトで聴けるオトフォニクスによる立体音響の演出は確かに刺激的で、特にスズメバチなどは「おおっ!?」と反射的に身体が動いたりもしたが「グラフィックスや世界観はいいけど、立体音響メインでは斬新さに欠けるのでは」というのが正直な感想だったのだ。ただ、その一方で長年ゲームライターをやって培われた“カン”みたいなものが、妙にザワついているのも実感していた。それが「お前は大切な何かを見落としている」と警鐘を鳴らしてくるのだが、体感モノの宿命というべきか。断片的な情報だけでは、核心につながる光明がほとんど見えてこない。

 よって「これは是が非でも事前に製品に触れておくしかない」ということで、今回は広報氏に無理強いしてインタビュー開始前に本作をプレイさせていただく時間を頂戴した。詳しくは後述するが、これがもう“百聞は一見にしかず”の典型というべきか「ちょっと手のひら返しすぎだろ」と突っ込まれても仕方ないくらい評価が一変した。公式サイトで多少知っていた「つもり」みたいな感覚は、いったいなんだったのか。チワワと思って近づいたらグリズリーに張り倒されたくらいの衝撃といえば、なんとなく伝わるだろうか(実際そんな目にあったことはないんですが)。事前情報などから本作が気になっていたという人は、本インタビューにぜひ目を通していただきたい。



■ 「謎惑館」は“しゃべる、きく、動かす”の三位一体

ディレクターの中井実氏。開発当初はプロデューサーを兼任していたという

GAME Watch編集部: 今回、無理をいってインタビュー直前に本作をプレイさせていただいたんですが、やはり実際に触ると違いますね。公式ホームページで情報はしっかり頭にいれたつもりだったんですが、想像よりもはるかにプレーヤーの関わり方の“密度”が違う。

中井実氏(以下:中井氏): はい。遊んでいただかないと、全然わからないと思います(笑)。

編: 音声認識による入力が典型ですが、凄くプレーヤーから“関わっていく”ゲームですよね。その導入も、冒頭から無理なく誘導をかけてもらっている感じで、自然に出来るようになっていくのがいい。

中井氏: そう感じていただけて良かったです。プレイされたのは、おひとりで?

編: 横に広報氏がおられましたが、気にせず「パンツ!」、「あ、違った。『靴下』!」とか叫んでました(笑)。

中井氏: 人が居ても気にせずされる方もいますけど、ほとんどの人は、やはり恥ずかしがりますね(笑)。

編: 公式サイトのプレイムービーも、ちょっと気恥ずかしそうにプレイされてますものね。

中井氏: あの女性は思いっきりカメラで撮影されてますから(笑)。自分の部屋で、ひとりきりでやるというのが、このゲームの1番の醍醐味かな? と思っています。誰にも邪魔されず「こんなことを言ったら、どんな反応をするんだろう?」という、ミステリアスというか。ワクワクしつつゲームのなかの住人としゃべる、みたいな。そんな感じで遊んでもらえると嬉しいですね。

編: 一般的にこういったアドベンチャーゲームって“受身”というか、反応を見ながらやると思うんですが、本作は「声を出す」ことで凄く積極的に関わっていく、仕掛けていく感じですね。

中井氏: はい。今回のゲームを作るにあたり、過去にあった音声入力のゲームを研究したんです。上手くいっているところ、失敗しているところ、物足りないところ。それらを総合的に判断して、自分で作るならこういうものだろうなぁというものを組み上げていきました。コンセプトの一つとして「対話を楽しみたい」というのがありますが、もちろん話した内容の全部が全部を拾ってもらえるわけではない。その人が何をいうか、っていうのは判定しきれないですし。毎回の判定で登録出来るワードも200個が上限なんです。

編: それは、音声認識エンジンの限界?

中井氏: はい。ツールが、そういうつくりになっています。「このシーンだったら、人はこんなことをいうだろう」というのが200個登録してありますね。

編: 各局面における限界が200個?

中井氏: そうです。だから、毎回質問がゲーム内から来るじゃないですか。その度に、だいたい200個ずつワードを登録して判定しています。

編: 先ほどプレイさせていただいた際、「動物の鳴き声」とか「着ているもの」を質問されたのですが、すべて200個の選択肢があるんですか?

中井氏: ありますね。ただ、住人が答えるボイスは200個もないです。それは、20個~30個くらい用意しています。人が言いそうなモノ以外を用意しても……。住人用に200個音声を録ってもいいのですが、全部を聞かれる事はほとんど無いでしょうし、ROM容量が足りなくなりますし、バランスを考えてやっています。

本作は3DS本体機能のなかでも、とりわけマイク(音声認識)を多用する。立体音響との相乗効果は抜群

編: 企画の出発点としては、そのあたりの“立体音響”や“音声入力”がメインになってくるのでしょうか?

中井氏: 1番最初に考えたのが、2005年くらいだったんですけど。ニンテンドーDSの音声認識ツールを触っている時に「これは面白いなぁ」と思って。私が1番気に入ったのは……それまでにも音声入力ゲームはあったんですけど、マイクとか外部周辺機器が必要だった。それが煩わしいなぁと思ったんです。それがDSだったら、マイクが付いてますから、何もしなくていい。本体だけで完結しているのが、凄くいいなぁと思ったんです。それが音声入力ゲームを作りたいと思った、1番最初のキッカケですね。

編: では、当初はDSで作ろうと?

中井氏: 「やりたいなぁ」くらいの思いですね。その時は別に作っているゲームもありましたし。

編: 結構、雌伏の時があったんですね。

中井氏: はい、色々なゲームをその間に作りましたし。どちらかというと「企画を温めていた」みたいな感じですね。そのあいだに3DSというハードが誕生し、ジャイロとかモーションセンサーとか色々なものがくっついて、さらにパワーアップしたので良かった。DS時代ではできなかったことが増えているので、そのとき作っていたら今のようなゲームにはなっていませんし。今の時期に作れたのも、めぐり合わせなのかな、と思います。

編: タイミング的にも、3DSの登場が決定的だった?

中井氏: 温めている企画は常にいくつもありますが、任天堂さんのアナウンス後に3DSの仕様書を見て「コレに自分の考えていたアレが合うのではないだろうか」と。それで「新しい面白そうなハードが出るので、以前からこんなのを考えていたんですけど、作ってもいいですか?」と会社にプレゼンして「いいよ」という話をいただけたので、開発を始めました。大きなキッカケ、トリガーみたいな感じにはなっていますね。

編: その時点で、現状の世界観などのディティールは完成されていたんでしょうか?

中井氏: いや、だいぶ違いましたね。最初は、音だけで遊ぶものを作ろうと思ったんです。

編: セガサターンでリリースされた「風のリグレット」のような?

中井氏: あちらは操作がボタンでしたが、私は声だけを使って「真っ暗な館の中を、声を頼りにうろつくゲーム」みたいなのを考えていたんです。そうなるとグラフィックスが要らないので、低予算で済むなぁと(笑)。最近、予算がかかるゲームが多すぎるのは問題だなと思っていて。ゲームって「アイデアで勝負しないといけないのも、あるんじゃないかな」と思っていて、今回は短期間、少人数、低予算で作っています。

編: 一般的な自社3DSタイトルと比較しても、かなり小規模?

中井氏: ムチャクチャ少ないです。人数も20人いくかいかないか。しかも2年~3年目のスタッフが中心でしたので、そういう意味でも「人を育てる」役割を担うタイトルでした。

編: 低予算ではありますが、人を育てる部分を含めるなら、凄く重要なタイトルではありませんか?

中井氏: それについては重要だと思いますけど「謎惑館」に関しては、カプコンはそれほど重要視していないと思いますよ(一同爆笑)。別にコレで今期の売り上げがどうこうとか考えてないでしょうし。ブランドメーカーならではの「品揃え」という考え方があるじゃないですか。「バイオハザード」だったり「デッドライジング」などの大型タイトルがあって、そのなかに「こんなのもありますよ」というのが色々並んでいるのが、カプコンの良さだと思うんです。そういう「チャレンジ」は、うちの会社は結構認めてくれます。これだけしか予算もかからないし、若手の育成にもなるんだったら良いんじゃない? って感じで作らせてもらったので、本当に凄く感謝しています。

編: 他所であれば、そういう位置づけでも作るのは難しいかもしれません。

中井氏: 大きかったのは、最初の3カ月でプロトタイプを作った時に、それをみんなが「面白い!」ってやってくれたんです。それこそ、社内のOLさんから社長まで大笑いで「こういうのも、あって良いんじゃない?」みたいな感じで。ゲームなんだから、面白かったら良いでしょう、っていう評価でしたね。

編: アイデアが受け入れられた、ということですね。

中井氏: そうですね。あとは「立体音響が凄い!」っていう反応もですね。この技術(オトフォニクス)がゲームで使われるのは初めてなので、カプコンが先駆けてやるにも価値がある、という判断もなされていると思います。

編: そこでひとつだけ気になるのが、プレイ環境です。本作はヘッドフォン、イヤフォンの装着が推奨されていますが、やはり「無いと100パーセント楽しめない」ということになるのでしょうか。個人的には、先ほどプレイさせていただいた際「あー、これは無いと物足りないなぁ」と感じました。

中井氏: 無くてもプレイすることは可能なんですが、厄介なのは、ヘッドフォンやイヤフォンを装着しないと、スピーカーから出る音をマイクが拾ってしまうんです。自分がしゃべろうと思う前に、周辺の音を拾って勝手にゲームが進んでしまうことがあり、それを防ぐためにメニュー画面で調整は出来るんですが、それも正直わずらわしいと思います。本作はヘッドフォン、イヤフォンを差し込んで遊んでいただくのが1番。それが完全形ですので、面白さが半減というよりは、そのスタイルでないと「『謎惑館』ではないものをプレイすることになる」恐れさえあります。

編: 公式ホームページの情報だけのとき、正直ヘッドフォンがここまで重い要素だと思っていなかったんです。実際ゲームを触ったとき、そのあまりの比重の高さにビックリしました。このギャップは、たぶんみなさん一様に驚かれると思います。

中井氏: 三位一体というか、「しゃべる」、「聴く」、「動かす」。どれが欠けても成立しないゲームなので、できればヘッドフォンやヤフォン。どんな価格帯のものでも結構ですので、装着して遊んでいただきたいですね。

しゃべる、きく、動かす。どれが欠けても「謎惑館」は成立しない

編: より具体的なヘッドフォンやイヤフォン名などはありますか?

中井氏: いえ、それはもう、なんだって良いです(一同笑)。

編: とにかくヘッドフォン、イヤフォンさえあればいい?

中井氏: はい。オトフォニクスは、そういう技術なんです。3万円とかの凄く良いものでも、何かのオマケに付いているようなものでも同じように立体に聴こえる。そこが、この技術の凄いところなんです。もちろん高いヘッドフォンであれば、BGMなどは良い音で聞けますので、お持ちの方はそれでプレイしてください。

編: 立体音響技術は、いくつか選択肢があったと思います。オトフォニクスを選ばれた理由は、リスニング環境に左右されないというのが決め手だったのでしょうか?

中井氏: いえ、オトフォニクスを選んだ1番の理由は、クオリティが群を抜いているんです。色々な技術がありますけど、単にステレオであるとか、5.1chサラウンドとか、バイノーラル録音とか。それらとはまったく比較にならないくらいのクオリティなんです。360度周囲の音を全部録れますし。しかもほとんど個人差無く、立体音を聴く事が出来ます。さらに凄いところは、部屋のなかの音というのは、空気を伝わって我々の耳に届いているのですが、その“空気そのもの”をも録り込んでしまう技術なんです。いわゆる“気配ごと”録り込む。何かが起きれば、空気が動く。それを全部録音してしまう技術。そのクオリティがとんでもなく高くて「コレにしよう!」と思いました。余談ですけど、ヘッドフォンやイヤフォンの左右のどちらか片方だけ外しても立体に聴こえるんですよ。

編: それ、先ほど体験いたしました! イヤフォンの片耳を外して広報氏と会話してたとき、広報氏が席を外して背後にいかれたんですね。そのとき、背後で“ガサガサッ”と音がしたんで「何やってるんですか?」って後ろを振り向いたら「いえ、何もしてませんけど?」って、実はゲーム内の音だったっていう。本当に驚かされました。

中井氏: 恐ろしい技術ですよね。そういうのをひっくるめてオトフォニクスを採用しました。ですがまぁ、収録は大変でした。

編: そのあたりの苦労は、公式ブログにも書かれてましたね。

中井氏: 常に実験で「こうやったら録れるんじゃない?」みたいな感じでした。前例がないものですから……。

編: オトフォニクスがゲームに採用されたのは、今回が初めてでしょうか? ということは、当然ライセンシーにもノウハウがない?

中井氏: ある事はありますが、我々に必要なもの全ては無かったですね。オトフォニクスファクトリーの武井さんが20年くらいコツコツと研究して編み出した技術なのですが、今回我々と組んでやることをとても喜んでおられました。お金ももらえて実験も出来ると言って(一同笑)。こちらも色々と音録りに関するアイデアを出して、ノウハウもたまっていく感じでした。ただ、録音した成果物は、その日のうちに聞けないんです。

編: その場でリニアに出来るものは、一切ないのですか?

中井氏: そうなんです。一度、録り込んだものをPCで処理しないと聴けないんですね。

編: そのPCは現場に持ち込めない?

中井氏: それも可能なんですけど、立体音の生成処理に凄く時間がかかるんです。

編: 現代の一般的な工程とは真逆のイメージですね。

中井氏: 詳しくはお伝えできないんですけど、録り込んだ音をいっぺん加工しないといけないんです。その加工も、専門家が手順にのっとって時間をかけてやらないといけなくて、録ったもの=オトフォニクスの音になるわけではないんです。しかも、どのようなツールを使って処理しているのか、それも教えていただけないんです。

編: えー! じゃぁブログに書かれていたブラックボックスという表現は、本当に1から10まで、入口から出口まで完全に見えないって意味なんですか?

中井氏: そうですね。武井さんが持っている収録機械は、リュックサックに入っていて外から見えないんです(笑)。パソコンは普通のものを持ってきておられましたけど、それで何をするかは「秘密の部屋を用意してくれ」って「そこには誰も入れないでね」って言われるので、その部屋で武井さんが何をしているかは、誰も知らない。のぞくと怒られます(一同笑)。

編: 「鶴の恩返し」みたいな話ですね。

中井氏: はい(笑)。みんな専門知識がないので、実際に機器を見てもわからないと思うんですけど。けどやっぱり、機密なんでしょうねぇ……まぁ、わかりますねぇ。その方が20年コツコツと編み出した技術ですから。大事にしたいんだろうなぁと思います。

オトフォニクスの凄さは、悲しいかな文章ではほとんど伝わらない。ぜひ実機でプレイして、その質感を存分に堪能していただきたい

編: サウンドチームの方々も、かなり面食らわれたんじゃないですか?

中井氏: いえ、面白がって喜んでましたね(笑)。武井さんはサウンドだけでなくプログラムにも詳しいので、その人から聞ける話っていうのは「それこそお金を払ってでも!」という貴重なモノばかりなんです。冗談を通り越して、真面目に「カプコン社員になりませんか?」と何回も言ったんですけど「いいです、いいです。これは趣味でやっているんです」とお断りされました(笑)。苦労はしましたけど、楽しかったですし、できあがったもののクオリティが高くて、人が聴いてビックリするのを見るたびに「頑張ってよかったな」と思います。ただ、しばらくオトフォニクス収録はいいですかね(一同笑)。

編: 制作期間は短かったとお話がありましたが、ではサウンド収録に1番時間が費やされている?

中井氏: そうですねぇ、長かったですねぇ。しかも何回もやりました。プロトタイプを作ったときに1回やって、製品版のときにもう1回あったんですけど、その間にも何回かやってるんですよ。声優さんの声だけでなく効果音も立体音響で録ってますし、場所によってはBGMを立体音響で録っているところもあります。ボイス録音だけでいったら、通常の3~5倍の日数がかかっています。ひと月くらい、ずっとスタジオに通い詰めでしたねぇ。

編: 専用機材がセッティングされたスタジオ?

中井氏: スタジオ自体は普通なんですけど、中に特別にセッティングするものがあります。あとは声優さんに、そのつどシステムの説明をしないといけない。「この録音方法は、こういうものなんです」って。さらに先ほどお伝えしたみたいに、余計な音を出せないんです。ペーパーノイズ、おなかの音、骨が鳴る音、足音、服がすれる音、全部鳴らせないんですね。空調も止めてしまいます。声優さんは、普段立って、台本を見て吹き込まれることが多いのですが、それを舞台俳優みたいに動きながら発声していただきましたね。

編: 音が動いていくシーンは、実際そのように動いて収録されているわけですか?

中井氏: 特殊なマイクがあって、それに近づいたり、回ったりとか。そういう録音方法になっています。

編: やっていることは、まさに演劇そのものですよね。

中井氏: そうですね。最終的には「台本を置いて暗記してください」といったこともありました。毎度毎度面食らわれてましたけど、人によっては楽しそうにやられてましたね。「普段と違って面白い」と言われる方もいましたし。

編: では、掛け合いなどもふたり以上が同時にスタジオに入られたりしたのですか?

中井氏: そうですね。複数人いるシチュエーションでは、複数で入っていただいてやってましたね。しかも1発録り。たとえば、5人だったら5人がちゃんとした演技と動きを行なえば終了ですが、一人でもミスをされると、またやり直しです。

編: その成功と失敗の判断は、どうやっていたんですか? 先ほど、リニアに成果物が出てこないというお話がありました。

中井氏: 立体に聴けるダミー装置をつけてもらったんです。それを“アテ”で聴いてやっていました。たぶんこれならイケてるだろうと。

編: 怖い話ですね。もっていって実際出てきたものが違うってこともありえますし。

中井氏: ベタなことでいうと、スタジオの外ではちゃんと聞こえていても、マイクが断線しているとか、機器の電池が切れたら録れていないわけですから。それは、我々にはわからないんです。一応レベルメーターとかが振れているので「録音できてきるんだろうな」というのはわかるんですけど。何回も準備を重ねて、ミスが起きないようにして録って。まぁ……それでも9割がたはイケてましたね。録り直しみたいなのは、ほとんどなかったです。

編: やっていくうちに、少しずつわかってくることもあったのですか?

中井氏: ありましたね。「こんなことをしたら、こんなものが出来る」というアイデアも一杯でてくる。それを、その場その場で実験込みでやってました。だいたいこの音は録れたから、実験でこんなのも録っておく? とかやったりしてました。

編: 時間がかかるとお話がありましたが、具体的にはどれくらいの手間がかかりましたか?

中井氏: 1個のセリフがあるとして、普通だったら読んでもらって演技指導をして終わりますけど、オトフォニクス収録ですと、まず動きの説明から入ります。そして動きながらリハーサルをして、ピークの音量もそのつどチェックしないといけなません。それら1番良いところに合わせられるように、武井さんが手動で合わせる。そしてやっと本番が開始されて、上手いこと録れても、誰かが「おなか鳴りましたー」で録り直しになったりして(笑)。しかもそれでOKではなくて、演技が意図通りではない時もあるじゃないですか。そういう時はやり直しで、上手くいくとやっと一つOKになります。そして一つ終わったら、次のセリフの収録を始め、また動きの説明から行なう……というのを延々と繰り返しました。

50人以上の声優さんを起用。人数もさることながら、それにかけられた工数がまたハンパではない

編: 今回、50人以上の声優さんが起用されていると聞きましたが、今の工程を全員にされたのですか!? 手間の凄さが、ちょっと想像を超えていますね。

中井氏: やればやったぶん、いいものが出来るので良かったですけど……次、この手のゲームを作るなら、声録りの部分は誰かに任せたい気がしますね(一同笑)。自分でやるのはしんどいなぁ、と思って。もしくはどこか横で見るだけにしておくとか。

編: 今回のボイス収録は、全部立ち会われないとダメだったんですか?

中井氏: もちろんそれはそうですね。ただ、今回は音響監督の神尾さんがいらっしゃったので、その方が面倒は一手に引き受けてやってくださったので、凄く助かりました。

編: 神尾さんは、何かおっしゃってましたか?

中井氏: 収録が「面白い!」と言ってました。こんな録りかたは初めてだし、ゲームのお仕事も初めてだったという事で、楽しまれていましたね。

編: その場ですぐに成果物を確認できないという不安はどうでしたか?

中井氏: それはもうずっと不安でしたね。声優さんは、基本的には一度しかこられない。後日にデータが送られてきて「録れてない!」となっても、2度と呼べない。それが毎回毎回続くので……凄く不安な気持ちで、帰られるのを見送っていました(一同笑)。この人は帰ってしまうけど、本当にちゃんと録れてるんだろうな? と思って。

編: その尋常ならざる苦労を知った上でプレイすると、改めて感慨深いものになりそうです。

中井氏: 録音そのものはデジタル技術の塊だと思うんですけど、やっていることはアナログの集合体ですね。人と人とが最大限「大丈夫か? 大丈夫か!?」と声をかけあってやった。そんな感じです。

編: スタジオの間取りや使い方で、音も違ってくるんでしょうか?

中井氏: 全然違いますね。メインで録ったスタジオがあるんですが、その隣にも大きな容積のスタジオがあるんです。大きさが変わると音の反響がまったく違いますね。ハチとか花火の音は屋外で録りました。カプコン開発ビルでも録りましたし、スタジオだけでも何カ所も借りましたね。

編: そのあたりの収録は、武井さんのアドバイスなどがあったのですか?

中井氏: もちろんありましたし、本番の声録りが始まるまでに、カプコン開発ビルのサウンドルームで徹底的にテストを繰り返したんです。本当に、準備に準備を重ねてやりましたので、そういう意味で失敗はほとんどなかったです。



■ 北島氏のストーリーと上杉氏のタッチが織り成すカプコンADVの新たな流れ

パッケージの印象と序盤から「ホラーメインかな」と思いきや、実はバラエティに富んだ内容で構成されている

編: 北島行徳氏と上杉忠弘氏を起用された理由は?

中井氏: まず北島さんにお願いしたのは、このゲームのシナリオの制作難度が高いからです。舞台が「館」なのに、そのなかに色々なシチュエーションがある。ホラー編、モテモテ編、旅情編とかもありますし。お手本も無しに、最初に書くのはかなり難しいと思いますよ。

編: 最初、パッケージ要素も含めて、もっとホラーテイストが強いのかと思っていました。

中井氏: ホラー要素は、全体の20~30パーセントくらいです。館ひとつのなかに、バラエティに富んだ内容を書いてもらわないといけないうえに、最後に館から脱出した時に「なにか、ショートショートみたいなオチが欲しい」ってお願いしたんです。ちなみにプロトタイプは「館から出たら、あなたは赤ちゃんでした。『謎惑館』は母体の中だったんです」というオチにしていました。あと、ゲームのシナリオは普通のシナリオと書き方が違いますから、そういうのをお願い出来るのは実績がある方じゃないと難しいだろうと。

編: ゲーム的な手順を理解している人じゃないと、難しいということですね。

中井氏: そうですね。ちょうど「大神伝」で弊社とつながりがありましたので、その関連で紹介していただいてお会いしました。最初はかなり面食らわれてましたね(笑)。「どんな話を書けばいいんですか?」と。

編: どういう内容で発注されたんですか?

中井氏: 「こういう、こんな内容で」というのを、全部説明しました。世界観とか、こういう作りなんですよ、と。そのときは試作品ができあがっていたので、それを見ていただきました。「館のなかの『学園編』って、なんですか?」って言われたりしましたが(笑) 「学園編なんですよ!」って言って書いてもらいました(笑)。

編: 館の中という前提でありながら「学園編」っていわれても、すぐにはわからないですよね……。

中井氏: その辺を上手いこと、さらに素早く書いていただいたので、北島さんにお願いして間違いなかったな、と思いましたね。

編: ゲームでは各部屋が順番に登場しますが、その流れを作ったのも北島さんですか?

中井氏: 部屋については開発チームで決めました。シナリオデモは1話の中で4つか5つくらいあるのですが「こういう流れだから、このシナリオとこのシナリオの間には、こういう部屋が合うんじゃない?」というような感じで決めました。ちなみに部屋に出てくるキャラクターのセリフは、私が書いています。

編: 最後にオチが欲しいというお話がありましたが、マルチエンディング的な要素はありますか?

中井氏: ありません。

編: 北島さんが書かれたストーリーに沿って進行していくわけですね

中井氏: はい。ホラー編にはホラー編のエンディングがあって、次にモテモテ編が始まったらそのエンディングがある。1話が終わったら2話が自動的に始まりますので、そこの順番を自分で入れ替えたり、というのもできないです。

編: 公式ホームページの印象から、好きな部屋を選んで少しずつプレイしていくのかと勘違いする人もいそうですが、実際にはシーケンシャルにゲームが進んでいくんですね。

中井氏: そうです。どちらかというと、シナリオがあって部屋があって、謎を解いたらプレーヤーは次の部屋に自動で移動する。“体感アトラクション”みたいな感じですね。最初は館のなかを分岐でいっぱいにして歩かせようと思ったんですけど、遊ぶのに面倒じゃないかなと。結局ユーザーはそんなことをしたいんじゃなくて、リアルな音に没入してお話を気軽に楽しみたいんじゃないか? それに集中出来る作りにしたほうがいいんじゃないか? その方が遊びやすいんじゃないか? と考えたんです。

各部屋のアトラクション操作はシンプル。誰でも簡単に遊べる

編: 各部屋でのアトラクション操作がシンプルなのも、それが理由なんでしょうか。

中井氏: 操作に詰まるようなことがないようにしています。実は結構、色々なことを要求されているんですけど「こうじゃないかな?」みたいな感じで遊んでもらえる作りにしてあるんです。それがずっと上手くいかなかったら、ゲーム側から「こうやるんですよ」と正解が出るようにしてある。ただ、初手から1発で正解はいわないようにしています。でないと、言われたことをやるだけになり、それはもうゲームではなくなりますから。最初に考えてもらって、わからなかったらヒントを出す、というような作りにしています。

編: それは、マネキンのパートで凄く思いました。凄く楽しかったです。「上着じゃないのか? じゃぁパンツか! パンツ! パンツ!」とか。

中井氏: 「上着」は反応すると思うんですけどね(笑)。たしか「カツラ」も入れてあったはずです(笑)。

編: あれ? カツラは言ったような……ああしまった! 「ズラ!」で連呼してました。

中井氏: ボイス入力に関しても、メニュー画面でマイク調整をしていただければきちんと反応します。人によって調整位置が違うんですけど、ちゃんと合わせればきちんと声を拾ってくれます。

編: 実は私、小声で早口なので音声認識と凄く相性が悪いんです。だけど、このゲームはサクサク認識するので、凄くビックリしました。

中井氏: そこに関してはもう、物凄く気を遣いました。せっかく買って遊ぼうにも、声を出して反応してくれなかったら、ストレスというか、単純に面白くないですから。それだけは、色々な人の声をテストして、反応出来るようにしました。

編: 音声入力にともなう最大のストレスって、認識ミスによるやり直しなんですよね。頻発するとウンザリします。

中井氏: 今回に関しては、あまり言い直しが必要ない作りにもしています。住人はとぼけたキャラばかりなので、こっちが言ったことに対して多少変わったことを話しても「まぁ、そんなもんかねぇ」って納得するような世界観にしているんですね。ただ「ハイ」と「イイエ」はちゃんと認識させないといけない。これは最後まで苦労しました。しかも悲しい事に、私の声が1番拾ってくれなかったんです(涙)。 他のみんなが遊んでて、私だけ誤認識されて「くっそー、ムカツク!」ってなって(笑)。プログラマーと細かくやりとりして、最後はちゃんと動くようになりましたが。

編: 上杉さんの起用については、どのような経緯から?

中井氏: このゲームを立ち上げたとき、プロデューサーも兼ねていたんです。その時に、やはり話題性のある人を起用したいなぁと思っていて、そのとき「コララインとボタンの魔女 3D」という映画で、日本人で初のアニー賞を受賞されていて、この人凄い! と思ったのがキッカケですね。映画自体も凄く好きだったので「この方とだったら、得体の知れない『謎惑館』を一緒にクリエイトしていけるんじゃないかな」と思ったのが理由です。

編: 他に候補は?

中井氏: いなかったです。「コララインとボタンの魔女 3D」同様、不思議、怪しい、OLさんにも魅力を感じてもらえる、みたいなモノを突き詰めていくと、上杉さんしか考えていませんでした。もちろん、断られたら他の人を探さなければいけなかったんですが、幸運にもOKをいただけたので良かったです。ご本人は、ゲームの仕事が初めてで、凄く面食らわれて「なぜボクなんですか!? ボクで大丈夫なんですか!?」って岩れていましたけど(笑)。

編: 謙虚な方なんですね。

中井氏: そうなんです。凄く謙虚な方です。あと、最初はコンセプトアートだけで良いという話をしていたんですが、実際に送られてきた素材を見たら「これ、まんま使えるやんか!」と思い、それをゲームにバンバン放り込んで、上杉さんへも「ゲーム画面で直接使うようにしました」……というのを、だいぶ後で言いました(笑)

編: ……だいぶ後、って!?

中井氏: 上杉さんには、なぜか(しばし思い返す)開発が忙しかったんで……伝え忘れてたっぽかったです(一同爆笑)。

編: 天然ですか!

中井氏: スミマセン(笑)。この間、開発終了後に対談したとき「ボクの絵、そのまま載ってるんですよね(上杉氏)」って話をされて。「あぁ、そういえば言ってなかったなぁ。すみません」って(笑)。ですが上杉さんは「もしゲームに載せるんだったらそれなりの描き方をしたかも知れないけど、コンセプトアートとして描きまくった良さも出ているんで、まぁ結果オーライですね」という話もされていました。

編: 無意識のタッチが、逆に良かったということですね。

中井氏: ご本人のいつものテイストですし、恐らく「ゲームで使います」といったら、もうちょっとアニメ寄りの絵柄になったのではないかと思います。

人物から怪物まで、独自のタッチに惹きこまれる。上杉氏の描くキャラクターが、カプコン作品に新風を吹き込む

編: 子供のタッチとか凄くカワイイですね。一方、クリーチャーなどは本当に独特なラインを描ける方ですね。「こういったキャラクターが欲しい」といった具体的な要望を出されたんですか?

中井氏: いえ、ザックリとしかリクエストしてないんですよ。シナリオデモに出てくるキャラクターだったら、シナリオと絵コンテを渡して。部屋に出てくるキャラクターだったら、部屋の仕様書と「これこれ、こんな人なんです」という大雑把な内容だけで。あとは全部上杉さん任せなんです。そのほうが、上杉さんの描かれるヘンテコで面白くて他にかぶらないものが出てくると思ったので。それが功を奏して、凄いものがバンバン送られてきて……それが凄く楽しみでした。ほとんど、こちらの予想をはるかに上回るものが来ましたね。オバサンとか、こんなのが来るんだ! と大笑いしました(笑)。

編: 開発で想定していたイメージと全然違ったんですね。

中井氏: 上杉さんいわく「ディレクターが大阪の方なので、大阪のオバさんを描きました」と。そんな理由ですか? と思いましたね(笑)。とにかく凄いキャラクターメイキング能力をお持ちで、お願いして本当に良かったと思います。

編: これまでのカプコンさんのアドベンチャーゲームのタッチとも全然違っていて、また新しい魅力的なラインが生まれたと思います。

中井氏: はい。弊社にはまったくなかったテイストですね。カプコンのグラフィックはハッキリ、クッキリ、メリハリ、原色とかも多いですし、それがカプコンっぽさでもあるんですけど。やはり外部とコラボすると、色々な化学反応が起きてこういう良いものが生まれますね。

編: 上杉さんは、ずっと仕事に関わっておられた感じでしょうか?

中井氏: 4月下旬くらいにすべて素材をいただいたので、その時点で開発の作業は終わられていますね。

編: 筆の早い方でしょうか?

中井氏: 描き出されると早いですね。ですがいつも仕事をたくさん持たれているので、「謎惑館」の仕事は月の真ん中くらいにまとめて作業されていましたね。だいたい1体のキャラクターを3日~4日くらいで描かれていたと思います。ほとんど1発OKだったので、直しもほとんどなかったですね。

編: こういうのは色々なやり取りがあるのが常ですが、それがほとんどない。絵的な部分では、ほぼ上杉さんの世界観がストレートに反映されているわけですね。

中井氏: そうですね。あとは……型にはまったゲームではない、というのが大きかったと思いますね。たとえば「トリマー」のキャラクタなんですど「トリマー」と要望を出したら、これが送られてきました。別に「トリマー」だったら何だっていいわけで、そういう意味で「コレはちょっと」というのは、まったくなかったですね。小学生の女の子、サーカスの双子、女子高生など……飲み込みが早くて、クセがなくて、シンプルでありながら、他にはないものを描いていただけ、凄く助かりました。

編: そのコメントは、ゲーム開発にとって“理想”そのものじゃないですか。

中井氏: 「これは何かで見たことがあるな」というのを使うのは、嫌だったんです。それは上杉さんも同じで、怪物にしてもステレオタイプではなく「見たことないような怪物を描きたかった」と。

編: 「鬼は外」の部屋に出てくる鬼が、印象的でした。どこか物悲しさを感じさせるというか……。

中井氏: そうですね。あと、ご本人が迷われているときは、何択か(絵柄)がありました。それと、サービス精神でバリエーションを持たせたりしていました。女の子の髪形が複数用意されているとか。

編: では未使用カットもふんだんにあるのでしょうか?

中井氏: はい。いただいてはないのですが、上杉さんの手元にはたくさんあるっておっしゃってました。「そういうの、全部ください!」っていったんですけどね(笑)。絶対そういった中にも物凄く良いのがあるんです。たとえばネコ男(ねこお)だったら、こういうのとか……(とノートPCで見せていただく)

編: おー! これはいい! ネコがネコ男の後頭部かじって一体化してる……これを世に出さないって、もったいない! 見たい人、たくさんいると思いますよ。うわ、大阪のオバさん超怖い! 化け物もバリエーション違いがたくさんある!

中井氏: このあたりは第1グループというか。1番最初に送ってこられたものですね。

編: では、時期的にだんだん変化してくるのですか?

中井氏: はい。最初は複数の案出しをされていましたね。案内人でも何パターンか送られてきたり。ですが、途中で慣れてこられると、「コレはコレで間違いないでしょ!」みたいな感じで決め打ちで送ってこられていましたね。まあハズレは無かったですが。

ゲームで使われていないイラストも多数存在するという。機会があれば公式ホームページなどでぜひ公開を……

編: 上杉さんも、最初は探り探りだったんでしょうね。

中井氏: そのうち、たぶん「そんなにバリエーション出さんでええんや」と理解されたんだと思いますよ(笑)。

編: 確信に満ちた1枚がポン、とくると。

中井氏: はい。「謎惑館」の世界観をガッチリつかんでもらえたんだろうなぁと思います。最初、上杉さんのところへ話しに行った時は、ホラーゲームだったんです。ですが試作版を作りながら「ホラーだけじゃなくて、色々なモノも入れたほうが良いなぁ」というのを決めたんですね。それをまた、上杉さんに伝え忘れていて(苦笑)「なんかホラーじゃない発注がいっぱいきてますけど……(上杉氏)」って。

編: かなりクリティカルな業務連絡の不行き届きだと思うんですが、色々な意味で大丈夫だったんですか!?

中井氏: まあ、そうですね……とにかく忙しかったんです(笑)。だから、上杉さんも「あれぇ?」って思いながら描いてたって(一同爆笑)。

編: ホラーなのに、なんで俺は砂浜で水着の女性とか、告白シーンとか描いてるんだろう? みたいな……。

中井氏: 対談のときに「うわぁ(上杉さんに)言ってなかったわぁ」という事が多くて。本当にすみませんみたいな話をたくさんしました(苦笑)。

編: その妙なズレが、独特な味わいをさらにいいものに昇華させたのかもしれませんね。



■ あえてひとりでドップリ浸って遊びたいディープな作品!

各部屋ごと、計50種類以上の遊び方が用意されている

編: ここまでの話に出てこなかった部分で、制作上苦労された点はありますか?

中井氏: 開発の中身の話ですが、部屋を使いまわしていないんですよね。1個の遊びが全部バラバラで50個以上あります。それがとにかく苦労しました。

編: 同じ機能を使うにしても、違うパターンでやらなければならないんですね。

中井氏: そうです。あとは、新ハードである大変さとか、様々な新技術の難しさですね。立体音響にしてもそうですし、あとはゲームそのものが、今までにないタイプという事があって。だいぶ形が出来てきたら説明は不要になりましたが、最初は説明して理解してもらうのに時間がかかりました。それと会社へのプレゼンも大変でした。とにかく「よくわからないゲーム」じゃないですか。遊んだら、やっとわかるぐらいの。

編: 反応としては正しいんですけどね。“謎惑”ですから。

中井氏: 「名前から謎だらけだよ!」というのはしょっちゅう言われました(笑)。ですが、試作の段階で面白いと思ってもらえたのと、そんなに(開発に)時間がかからないのと、「君が作るんなら、まぁ良いんじゃない?」みたいな感じでしたね。

編: その「微妙に期待されていない感」は……。

中井氏: そこは、私としては凄く良かったです(笑)。頻繁にチェックされたら面倒でしたから。かなり自由にやっていたので、内容も色々なものを放り込めて楽しかったですね。

編: それにもかかってくると思いますが、「CERO:C(15歳以上対象)」が意外でした。大抵、こういう作品はA(全年齢)を目差すじゃないですか。

中井氏: 作っているときに「B(12歳以上対象)くらいには、なるだろうね」と言っていたんですよね。“お色気シーン”がたくさん出てきますので。実際CEROで判定されたのは「暴力」、「恐怖」、「犯罪」、あと内容は詳しく言えませんが「その他」の項目の4つで、それでCになってましたね。

編: ああいう表現が「暴力」になるんですね。

中井氏: なっちゃうみたいですね。まぁ、別にCでも良いかって。ダメージは全然なかったです。ですが“お色気”アイコンも欲しかったんですけど、それはもらえなかった(一同笑)。水着のお姉さんも一杯出てくるんですけどね。結構エロいことも一杯しゃべってるのに(一同爆笑)。

編: それでハートマーク(お色気シーン)が付かないんですか?

中井氏: なぜか付かないですねぇ。どうせCになるなら付けたかったんですけどね。あと「CERO:C」以上は3DSのパッケージが黒色になるんです。いま3DSのパッケージは白がほとんどで……カプコンは黒色が多いですけど(笑)。そのほうがデザイン的にはしっくりくるし、目立つし、良いんじゃない? と。

ボイスも含めお色気シーンは結構あるのだが、なぜかハートマークなし。上杉氏の清楚なタッチのたまもの?

編: 一般的な経営判断で上から「Aにしろ!」というのはよくある話ですけど、それをあえてCで出させてくれるのは凄いですね。

中井氏: そうですね。ただまぁ、Aにしてもダメだと思いますよ。小学生がエロいシーンをやっても意味わからないでしょうし(笑)。中高生くらいがちょうどいいんじゃないかと思います。

編: 声優さんも豪華ですし。

中井氏: 声優さんについては、本当にありがたいなぁと思っています。予算もそんなになかったのに、色々な方に集まっていただいて、しかもみなさん楽しく吹き込んでおられたので……凄く嬉しかったです。

編: もしかしたら、ユーザーさんより声優さんのほうがゲームの発売を楽しみにしておられるかもしれませんね。

中井氏: それは、そうおっしゃられてましたね。自分の声が、普段とは違う感じで聴こえる事に興味を持っておられました。

編: 声優さんのファンで購入される方も、相当驚かれると思います。あらぬ方向から囁いてくるなんていうのは、他ではありませんから。普通に、音がグルグル回るだけで全然違うというか、その塊のなかにいる。そのなかで自分も声を出して、反応して動いていく。渾然となるんですよね。

中井氏: ですねぇ。本当に、自分の部屋に引きこもって、鍵をかけて……「誰も入ってくるなー!」って、それで布団とかかぶって、外で親父が「あいつ何言ってるんだ? 部屋でブツブツつぶやいてるぞ」とか言われない状態で、思う存分遊んで欲しいですね。

編: よく“没入感”なんて言葉を簡単に使ってしまいますが、本作はひとつ次元が違うくらいの凄みを感じます。

中井氏: そうですね。この「謎惑館」は外に持っていけない携帯ゲームですけど、そこが尖がっていていいかな、と私は思っているんです。

編: 総合的に、1番上手くいったのはサウンドでしょうか? 他も申し分ありませんが……。

中井氏: そうですね。音のゲーム、音が命というのは最初から思ってましたし、ずっとスタッフにも言い続けてきていましたし、そこに関しては妥協なしでやってきました。

編: 開発の若手は、そういった中でプレッシャーも感じていたとか? 「キツイです」といった声があがっていたんじゃないですか。

中井氏: いやあ、なかったですね。むしろ元気にやってましたね。「こんなにたくさんつくれるんだ!」と概ね喜んでましたね。そういう意味では、いいチームに恵まれたな、と思います。主に2~3年目の若手が中心になって、それぞれのユニットでワイワイ楽しみながら作っていたので、ある種「文化祭」みたいなノリがありましたね。

編: それが作品全体のテンポ、勢いというか“てらいのなさ”みたいなものを、なんとなく感じさせる要因でしょうか。

中井氏: はい、1作目だけが持ちえる“手探り感”みたいな。たとえば映画の「SAW」、ドラマの「TRICK」は、1作目が1番面白いと思うんです。2作目以降になると「『TRICK』ってこんなんだよね」というフォーマットが出来上がってしまう。今回は手探り、無我夢中で作ったものの集合体が、良い形で作用してるなぁと思います。もう1本同じものを作れといわれても、次は違うものになってしまうでしょうし。1作目だけが持ちえるエネルギーやパワーみたいなものは、なかなか出せないのではないかと思いますね。

編: サウンドトラックCDやドラマCDのリリース予定はありますか?

中井氏: 今のところ、予定はないです。ただ、ユーザーさんのリクエストが多かったら会社も考えてくれると思います。曲数もめちゃくちゃ多いですし、良い曲もふんだんにありますし、私も出したいですしね。

編: 最後に、本作を楽しみにしているユーザーの方々にメッセージをお願いします。

中井氏: ニンテンドー3DSでしか遊べない、まったく新しいゲームを作りました。謎たっぷりのゲームで、凄く面白いので、ぜひ遊んでいただけると嬉しいです。夏にピッタリの、ちょっと冷やっとする話も入っていますし、プレイしたあとに思わず人に薦めたくなるような部屋もあります。もし購入を迷われている方は「第一話が遊べるダウンロード配信版」を御用意致しましたので、ぜひ"ニンテンドーeショップ"をチェックしてみてください!

編: 本日はお忙しいところを、本当にありがとうございました。



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(2011年 8月 8日)

[Reported by 豊臣孝和 ]