Si-phon、「空母決戦」開発者特別インタビュー
「初心者を狙ってもダメなんです」
「大戦略」の石川淳一氏が語るニッチメジャー戦略


3月12日 収録

会場:飯田橋


 PCゲームの復権を狙って、3月6日に第1弾「空母決戦」を世に送り出したPCゲームパブリッシャーのSi-Phon(サイ・フォン)。彼らが「復権」と述べていることからもわかるとおり、PCパッケージゲーム市場の現状は明るくない。コンソールゲームタイトルとのクロスオーバーが顕著になっている欧米市場は別としても、そうした欧米作品の日本語ローカライズ版とて、セールス面でなかなか厳しいのが日本のPCゲーム市場の現状だ。

 それを百も承知で参入してきたSi-Phonは、いったいどのような展望をPCゲーム市場に見ているのだろうか? そして「大戦略」シリーズを通して培われた石川淳一氏の見識は、「空母決戦」というゲームにどう反映されているのだろうか?

 そのあたりをひっくるめて、今回はSi-Phon代表取締役の谷村勝一郎氏と、開発元のエレメンツの取締役社長 石川淳一氏に話を聞いてみた。発売から日が浅いこともあって、見込んだだけの売れ行きを示しているかどうかはまだわからないそうだが、アンケートを返してくれたのは50歳代がメインと、彼らの個性的なターゲット設定は見事に当たった様子だ。そのターゲット設定の話題を核に据えつつ、お伝えしよう。



■ コンソールがオンラインがと言う前に、PCユーザーに合わせた作品を

一種の社内ベンチャーの形でSi-Phonを立ち上げた、同社代表取締役谷村勝一郎氏。社名の由来は「一見何もないところから水を汲み上げる文明の利器」だそうだ
ご存じ「大戦略」シリーズの育ての親、石川淳一氏。現在はエレメンツの取締役社長を務め、谷村氏の訪問には自ら応対したという

編集部: Si-Phonの親会社である大星(だいせい)は、建設会社だと聞いています。それがなぜゲーム事業を起こし、なおかつ、PCプラットフォームを選んだのでしょうか?

谷村勝一郎氏: 事業としての事情でいうと、少子化や過疎化で消費が落ち「地方の時代」が終焉に向かってます。また、地方自治体はどこも財政が苦しくなっており、その自治体が発注する「公共事業」に、依存する体質からの脱却が必要でした。それがわかっているからこそ、全国区のビジネスに手を広げていかねばならない。PCプラットフォームを選んだのは、ゲームビジネスを展開するに当たって、いちばん自由に作品が作れるからです。

編: しかし、日本国内のPCパッケージゲームビジネスは、あまりかんばしい話を聞きません。リスクが大きすぎませんか?

石川淳一氏: はい。実際に私も事業の前提部分で、最初だいぶ否定的な見解を伝えた憶えがあります。

谷村氏: 一般的に言えばそのとおりです。さまざまな理由が挙げられると思います。日本はコンソールゲームタイトルの国である、オンラインゲームに客層を奪われている、などなど。それらは個々に見れば正しいと思うのですが、「果たしてそれが主たる原因なのかと? いや違う」というのが私の事業前提そのものです。

編: それはなかなかユニークな視点だと思います。だとすればどのあたりにPCゲームの不振の根があり、それに対して「空母決戦」は、どういう形で対応したのでしょうか?

谷村氏: 普及率で見たとき、PCは本来一大プラットフォームであるはずです。コンソールゲーム機を持っているからといって、PCを買わないわけではありませんし、リビングのテレビを占領してしまう心配もありません。問題は、十分に行き渡っているPCで、なぜ人はゲームをしないのかという部分にあると思います。

 それは、実際に出ているゲームがコアに偏っていて、PCを使っている人の真の需要を満たしていないからではないかと。そう考えたとき、現在実際にPCを使っていて、かつてパッケージゲームをプレイした人も多いであろう40~50代をターゲットモデルに据えて取り組むという、独自の戦略がまとまったのです。

編: しかし、まさしく先ほどの話にあったとおり、人がプラットフォームを選ばないとすれば、それらの年齢層の人もコンソールゲーム機で遊べることになりますね。PCではオンラインのカジュアルゲームがあるし、「脳トレ」などのノンゲームジャンルも一大市場です。高めの年齢層も、いまや激戦区ではないでしょうか?

石川氏: そこで、モチーフの魅力が意味を持つのだと思います。いかにも先行作品がありそうで、その実薄いジャンルの1つとして、谷村が考えたアイデアの中に太平洋戦争の空母戦があったのです。SFゲームのほうがいろいろできていいじゃないかといった考えも、最初の事業プランとしてはあったのですが、すでに確立されているブランドでもない限り、SFというだけでは第一撃としての訴求力に欠けます。そこで第1作としてはパッとイメージできる題材で、いままでにないゲームを作れそうな現実モチーフを選んだのです。

編: それを、忙しい人でもプレイできるものに仕上げる必要があったと。

石川氏: そのとおりです。ただし、これは多くのPCゲーム開発会社が繰り返し犯してきた誤りでもあるのですが、「簡単にプレイできるようにする」ことを、無批判で考えの中心に置くことは危険です。既存の仕組みを水で薄めたようなゲーム性を求めるビギナーなどいません。

 谷村が38歳、私が46歳、どちらもボードゲーム経験を持つ世代です。谷村が最初に示した案は、まるでボードゲームのようなものでした。ヘックスがあって、護衛艦が複数で1ユニットになっていて。どちらもプレイを簡略化させる工夫として古くからあったものですが、ただただ手数を減らすことが簡単にすることではないし、ヘックスというお約束はボードゲームの制約から出てきたものであって、ゼロから考えた時ちっとも自然じゃない。もっとコンピュータゲームらしいシステムの考え方があるだろうと。そこから「空母決戦」の、艦は1隻ごとに戦力としてシミュレートするけど、個々の艦に命令する必要はとくにないといった、司令官の視点が生まれたのです。

空母戦といえば索敵が肝だが、「空母決戦」における索敵ルールは全周一段階索敵と、最もシンプルな形にまとめられているシナリオは開戦冒頭におけるマレー沖海戦から始まり、ミッドウェー海戦まで合計6本。それにアンロックシナリオが2本存在する

■ 難易度を唯一の指標とせず、いかに題材を描ききるかが勝負

「もっと難しい空母戦ゲームのプレーヤーも買ってくれた」と、コンセプトの成功を自負する一方で、店頭露出を大きな課題と語る谷村氏
石川氏は、高めの年齢層の人にとってWeb直販におけるクレジットカード決済も、無視できない不安要因であることを指摘

編: しかし、ディテールを絞り込むことはプレイ要素を減らすことですし、同時に不確定要素も減るということで、リプレイアビリティにも影響してきます。そのあたりをどう考えましたか?

石川氏: 本当に悩んだ部分です。例えば多段階索敵(同じ区域を複数の偵察機でサポートし、時間をずらして1機ずつ飛ばして索敵精度を上げ、タイムラグをなくすやり方)があってもよいと考えると、じゃあ偵察機をグループ分けして、タイミングを設定して……というふうに、いろいろなものがぶら下がってきます。

 そこで、空母戦の本質的な面白さを基準にして、いわば「オマケ」部分は思い切って省略しようということになりました。そのとき念頭に置いたのは、誰もがイメージするであろうミッドウェー海戦です。空母戦の代表格であるミッドウェー海戦を再現するのに必要最小限なルールとは何なのかを突き詰めていった結果、多段階索敵とか、索敵隊の編成とかは切ってしまってもよいだろうと。一方リプレイアビリティについては、現在でも敵艦隊の出現位置や兵力にある程度バリエーションを持たせていますが、もっと大胆にやるべきだったかもしれません。敵艦隊の位置や航路が大きく変化するとか、本来そこにいないはずの艦がもっといろいろ出てくる可能性があるとか。

編: ミッドウェー海戦が基準というのは、シナリオ選択についてもそうでしょうか? 近接信管(音響物理学を応用して、敵機に最も近づいたところで炸裂するように作られた対空砲用信管)など、大戦後半のテクノロジーとドクトリン(戦術教範)が登場しないという意味では、設定として美しいですが、もっとシナリオが多いほうが嬉しいという人も、多そうな気がします。

谷村氏: せっかく作ったシステムですから、それに載せる新シナリオは考えているのですが、それをどのような形で提供するかは、現在まさに検討中です。いずれにせよ、最初のパッケージを手にしてくれた人にとって、損にならないリリース方法を考えたいですね。

編: 発売日近辺に買った人の声は、もう届き始めていますか?

谷村氏: ええ、寄せられています。はがきを同梱するのでなく、公式サイトから意見を寄せていただく形にしたためもあって、寄せられるメッセージの数を云々するのは無理ですが、2つほどわかったことがあります。1つは、狙いどおり50代を中心とした層の反響が大きいということ。もう1つは、もっと難しくディテールの細かい空母戦ゲームをプレイしている人も、買ってくれているということです。

石川氏: その意味で、基本的な着眼点は間違っていないと思っています。もちろん最終的に大きな成果を収めるには、それに見合う商品群を展開しないといけない。そこが、ブランドメイキングという次の課題です。

編: ブランド展開を考えたとき、気になるのは次回作以降の構想と、販路の問題です。やはりストラテジーゲームにこだわりたいところなのでしょうか? また、ダウンロード販売等による将来的なコスト圧縮は、やはり計算の内でしょうか? 店頭での露出不足も、PCパッケージゲームについてはしばしば聞かれる問題のひとつですが。

谷村氏: うーん、まだ「空母決戦」というプロジェクトの今後も、これから決めるところですから、次回作について企画こそあれ、具体的なことは何も言えません。ただ、やはり現実を題材にしたストラテジーゲームになると思います。

 家電量販店での取り扱いなど商品露出については、やはり大きな課題です。お店の中でPCゲームのコーナーが小さくなることと、そこに人が行かなくなることは相互に悪循環を起こしています。それこそ40~50代の人がどこへ出かけていくのか、それに合わせて商品が目に入るように考えるといった、逆転の発想が必要なのかもしれません。

石川氏: 公式サイトでの直販にしても、現在のところオーソドックスな通信販売の域を出ていません。ダウンロード販売以前に、「空母決戦」のターゲット層には、最もメジャーなeコマースサイト群の利用にすら、セキュリティ面での不安から二の足を踏む人も多いと判断しています。そうした意味で、まったく逆方向の課題を積み残しているわけです。

真珠湾攻撃後に、機動部隊を長躯派遣して行なわれたインド洋海戦もシナリオになっている。相手はイギリスの装甲空母イラストリアス級だコロンボなど地上の航空基地を攻撃するときは、あまり近づきすぎると敵の索敵圏内に捉えられ、こちらの空母が攻撃されることも

■ 純然たるゲーマー以外にとっての、PCゲームのハードルとは?

「シヴィライゼーション4は、必要スペックの関係で自宅のPCでプレイできない」と語る谷村氏の言葉は、決してただの自嘲ではないだろう
“初心者向けにはこの程度の簡単さで”というアプローチは成り立たないことを、石川氏は「大戦略」シリーズの経験に基づいて強調する

編: メーカーとしてでなく、おふたりがゲーマーとして見たときも、やはりPCパッケージゲームはさまざまな問題を抱えていると思いますか? 最近プレイしたゲームに関する印象と関連付けて、ぜひ教えてください。

谷村氏: きちんとプレイしたという意味では、「シヴィライゼーションIII」あたりが最後になってしまいますね。「シヴィライゼーション4」では自宅用PCのスペックが足りなくて、遊べなくなりました。PCをアップグレードしろといえばそれまでなんですが、ほかの用途では十分な性能のPCで遊べないゲームというのは、やはり論点としてよくよく考えてみる必要があるかと。また、コーエーの「信長の野望」シリーズを初代から遊んできたのですが、さすがに最近の作品はプレイ時間がかかりすぎて最後まで遊べなくなり、個人的には購入に踏み切れなかったりしますね。

石川氏: 「Age of Empires III」あたりが、やり込んだ最後ですかね。これはむしろ、谷村のこだわりに近い意見ですが、やはりプレイに割ける時間には限界があって、現実的な自由時間で最後まできちっと楽しめる作品が非常に少ないことは、現行PCゲームが持つ、ひとつの課題だと思っています。

編: 石川さんは「大戦略」シリーズをはじめ、数々のストラテジーゲームを手がけて来られたわけですが、そこから導き出されて「空母決戦」に活かされた“戦訓”としては、どのようなことが挙げられるでしょうか?

石川氏: いちばん意識したのは「初心者からマニアまで楽しめます」みたいな切り口はダメだということです。「大戦略」シリーズ本体が重厚長大化していき、あらためて初心者層をターゲットに、ひとひねりした派生型を懸命に考えてみたりしました。でも、結果として初心者もマニアもどちらも掴めないことが多かった。

 ストラテジーゲームは小難しいイメージがありますから、どうしても初心者層へのアプローチをことさらに気にするわけですが、「初心者から」という発想がすでに間違っていて、プレーヤー側から見ると自分が初心者か否かではなく、そのゲームを遊びたいか遊びたくないかに尽きるんですよ。今回の例で言えば、空母を題材にしたゲームを遊びたいか否かで、そこには初心者もベテランもマニアもいる。短時間でできる空母戦ゲームは、確かに初心者にとって買いやすいものになりますが、ベテランにとっても「そういうコンセプトなら買おう/買うまい」と、明確に判断できることが重要なんです。

 結果として初心者も楽しめるけど、それ以前に空母という題材に惹かれた人が、最後まで楽しめるゲームでないといけない。そこに意識を集中しました。煮詰めて煮詰めて、どこまで本質的な魅力だけにスリム化するか。その結果としてプレイしやすくなるということでなくてはいけないのです。

 そして、そもそも題材のわかりやすさですね。すでに認知が進んでいるブランドならともかく、面白いゲームである以前に、面白そうなゲームでない限り絶対に買ってもらえません。はっきりイメージできないものには、手を出してもらえないのです。

編: 最後に「空母決戦」という製品について、あらためておふたりからアピールをお願いします。

石川氏: 題材の面白さを煮詰めて煮詰めて、それでいながらコンピューターゲームならではの楽しさを盛り込んだつもりです。太平洋戦争の空母戦という題材に興味はあるけど、自分にゲームが楽しめるか判断に迷っていた人には、ぜひ手にとっていただければと思います。よろしくお願いいたします。

谷村氏: ゲームは面倒くさいものではなく、本来楽しいものであるはずです。かつてプラモデルを作り、戦記モノを読んでいた人が、そろそろ子育ての負担も軽くなり、目の前には自由に使えるPCがある……。操作性といい、プレイ時間といい、そういう人が遊べる仕様にまとめたつもりです。最近のPCならもっといろいろできるはずですが、あえてそこは踏みとどまって、遊びやすいように作りました。ぜひお楽しみいただければと思います。

各シナリオでは勝利条件と勝敗のレベル、戦争全体の戦局に与えた影響がきちんと明示される。地味な部分ではあるが、ゲームコンセプトの骨太さをよく表しているといえよう



 コンシューマゲーム全盛のこの時期にPCゲーム市場を狙うという時点で、相当に個性的なメーカーと言えたが、インタビュー内容もそれに輪を掛けて個性的だった。最先端のテクノロジーとリッチな表現を……というアメリカ型のブレイクスルーとは、まるで逆を行く発想で、コモディティとしてのPCプラットフォームの優位を捉え直そうという取り組みは、確かに注目に値する。

 PCゲームは第三者にロイヤリティを支払うビジネスモデルではないため、1作で何十万本というセールスを目指す必要は必ずしもない。年齢層と生活スタイルに密着した形で、ニッチの積み重ねとして提案していける題材とアプローチは、それなりにあるのではないか? 事業規模の点で小回りの利くPCゲームは、鉱脈の掘り方次第、作物の選び方次第という指摘も、その意味では正解なのかもしれない。あとはブランド認知をどこまで高めていけるかだろう。

 もちろん、アメリカにおける“同人ゲーム”ムーブメントのような形で、小規模製品の最終的な提供形態はパッケージに留まらない可能性も高いわけだが、「近頃PCパッケージゲームが売れない」という、実によく聞く嘆きに対し、腰を据えて取り組む姿勢は頼もしい。韓国や中国におけるオンラインカジュアルゲームとも、欧米の“同人ゲーム”とも違った形でスタートを切ったSi-phonのビジネスがどんな展開を見せるのか、そして今後どんな形で「ありそうでなかったゲーム」を市場に提案してくれるのか、実に楽しみだ。

(C)Si-phon.

(2009年3月24日)

[Reported by 鈴木俊之 / a.k.a. / Guevarista]