佐藤カフジのVR GAMING TODAY!

話題の視線追跡型VRヘッドセット「FOVE」を試してきた

高精度・低遅延、発展性……究極のVRヘッドセットへ!

【著者:佐藤カフジ】

 日本発のアイトラッキング(視線追跡型)VRヘッドセット「FOVE」が、5月17日より開始したKickstarterキャンペーンにて目標額(250,000ドル)を大きく越える投資を集めている。2015年6月8日現在で426,000ドルあまりとなった投資額は、残り26日ものキャンペーン期間中にさらに大きく増額されていくことになりそうだ。Kickstarterページによれば、2015年7月には量産テスト、2016年春には349ドル以上のバッカーには開発キットを出荷するという「FOVE」。その中身は高い期待を集めるに値するものだろうか。

 今回、株式会社FOVEの公式イベントにて実機に触れることができたので、そのインプレッションをもとに具体的な情報をお届けしよう。

期待を遥かに超える高精度アイトラッキング。将来はVRヘッドセットの必須装備になる!

世界に1個しかないFOVEの最新プロトタイプ
プロトタイプのため過剰に頑丈で、やや重さはあるが、重量バランスはいい。
目で照準するシューティングデモ

 FOVEを開発する株式会社FOVEは、開発の拠点を秋葉原に置いている。いわゆる“ものづくり”系のスタートアップ企業向けシェアオフィス、DMM.make Akibaがそこだ。現在のスタッフ数はCEOの小島由香氏、CTOのロクラン・ウィルソン氏を含めてたったの6名と、まだまだ零細規模だが、その発明品は来るべきVRの世界に巨大なインパクトを与えそうだ。

 現時点で実際に触れるFOVEは、まだ初期プロトタイプで、Kickstarterページで公表されている技術スペックのいくつかは満たされていない(重量400g、Display Port接続など)。だが、差別化の核となるアイトラッキング技術は、既に想像以上の完成度に達している。

 CTOのロクラン・ウィルソン氏のお薦めで、まず試したのは「FOVE SHOOTING」という、目で狙いを付けてインベーダーを撃ち落とすシューティングゲームだ。ターゲットに向けて視線をぶつけるとビームが発射されるというシンプルなメカニクスだが、FOVEに搭載されたアイトラッキング技術のレベルの高さを確認するには充分だ。

 ゲーム開始前に、画面の隅を移動する点を目で追って、視線のキャリブレーションを行なう。一点をしっかり凝視するには少し慣れが必要だが、一度しっかりとキャリブレーションできれば、その精度は期待以上だ。文字通り“見る”だけで即座にビームが命中する。

 小さなインベーダー機が画面のあらゆる場所から予告なしに出現してくるのだが、眼球の運動だけで正確に照準できるため、出現から破壊まで0.5秒もかからず、ほとんど打ち損じもない。マウスで同じことをやる場合、トップレベルのプロゲーマーでもない限りたくさんのミスショットをしてしまうはずだし、時間もかかるはずだ。

ターゲットとなるインベーダーは小さい上、動きもするが、キャリブレーションがきっちり合っていれば、目線で簡単に命中させられるだけの精度がある

【「FOVE」使用の模様】
都内で開催されたFOVE体験会にて、目からビームを撃つシューティングゲームの模様

レンズ周囲の赤外線LEDが目を照らす。その反射光をレンズ内部のカメラが捉える仕組み
カメラが近いため、眼球を鮮明に捉えられる

 マウス照準よりずっといいのは、“見る→狙う→撃つ”という3段階のアクションが、“見る”で完結するのだから、当たり前といえば当たり前だ。だが、その当たり前がきちんと実現できているのは、FOVEのアイトラッキングシステムが極めて正確で低遅延であるからにほかならない。この性能はどのように生まれているのだろうか?

 既存のアイトラッキングシステムでは、ユーザーからある程度離れた位置のカメラで視線を追跡するシステムが主流だが、その方法ではあまり高い精度が出せない。例えば、Steelseriesから商品化されているアイトラッキングシステム「Steelseries Sentry」を使用したことのある人ならわかるとおもうが、“だいたいこのへん”というレベルでしか認識してくれないため、小さいアイコンなどを視線で操作するのはほとんど不可能だ。

 それとは対照的に、FOVEのアイトラッキングシステムは、HMDのレンズ付近に実装されており、ユーザーの目との距離は1cmあるかないかという近さだ。FOVEは完全密閉型のハウジングデザインとなっていることもあり、外界のノイズも入らないため、ユーザーの目の動きを鮮明に捉えることができる。これにより、小さくて動き回るインベーダー機を容易に撃破できるだけの精度と低遅延が実現する。まさにHMDで開花する技術だ。

 CTOのロクラン・ウィルソン氏によれば、検出精度は現時点でも0.5度以下。遅延はトータルで40ms弱。どちらも今後さらにブラッシュアップしていく目論見で、最終的な検出精度は0.2度以下を目指している。

「ギークっぽくなく、普通の家にあっても違和感のないような、主張の少ないデザイン」(小島氏)を目指したという外観。無印良品のデザイナーが担当したという。試作機のため外装が肉厚で、総重量は600gを超えるが、今後は大幅に軽量化予定

被写界深度を目の焦点に合わせて変更するデモ

 FOVEのアイトラッキングシステムでさらにスゴイのは、“視点を立体で捉える”点だ。従来のアイトラッキングシステムは、平面上のどこを見ているかしか検出できなかったが、両眼をトラッキングするFOVEのシステムでは、両眼の視差を計算に入れることで、奥行方向のどのあたりに焦点が合っているかも検出できるのだ。簡単に言うと、遠くを見る時、両目の目線は並行に近くなるが、近くのものを見ると、より目気味になる。それを高精度で検出する。

 その効果が実感できたのが、被写界深度を使ったデモだ。このデモでは、見ている深度に焦点が合い、ほかの奥行き部分にレンズボケが適用されるようになっている。近くの兵士に注目すると、遠景はボンヤリと描画され、遠くの兵士に注目すると、今度は近くの兵士がボンヤリと描画される。これは、実際にものを見ている感覚に非常に近い。VR世界の説得性が、さらに増す。

 レンダリングの効率を倍増させるFoveated Renderingテクニック(関連記事)のデモはこの日、残念ながら見ることができなかったが(開発の最中で、この日たまたま起動できなくなっていたそうだ)、これだけ高精度・低遅延のアイトラッキングが実現されているのなら、最新のGPUテクノロジーを併用することで究極レベルのソリューションが実現可能になることに疑問の余地はない(関連記事)。

 非常に高い性能と実用性があり、インパクト大である。この技術は、将来登場してくるVRヘッドセットにおいて、必須のフィーチャーになるはずだ。

写真が不鮮明なためわかりにくいが、焦点距離に合わせて被写界深度表現が調整されている。じつに自然な見え方だ

日本のものづくりの土壌が生み出した最先端。前途洋々たる製品化への道のり

CEO小島由香氏と、CTOロクラン・ウィルソン氏
筆者取材のあとに行なわれたトークイベントの様子
VRキャラに会いたい!という一心で本プロジェクトを推進しているという小島氏。自身、“かなり腐女子”とのこと
ハッキングは簡単でも、部品調達は大変だ、と語るウィルソン氏

 なぜ、これほどの画期的なシステムが、日本から生まれたのだろう。その由来はとてもユニークだ。

 CEOの小島由香氏とCTOのロクラン・ウィルソン氏がはじめて出会ったのは、お互いに学生時代、小島氏が語学留学でオーストラリアに滞在した時だという。アニメ、漫画、ゲームといった“オタク趣味”で意気投合した2人はその後も交流を続けていたが、2012年に新たなきっかけが訪れた。

 SCEでゲーム開発ディレクターとなった小島氏は、PlayStation Vitaのフロントカメラを使った表情認識、視線追跡を応用したゲームの企画を、実現寸前まで練り上げていた。その技術的バックボーンは、数学とエンジニアリングとハッキングのスペシャリストであるウィルソン氏が与えていた。しかし、ゴーサインが出かけたところで企画はキャンセル。やる気に火が着いてしまった2人は、そのアイディアを自分たちだけで形にすることを選んだ。

 フロントカメラで表情や視線を追跡する技術を研究していてまず気がついたのが、その方法では充分な精度が出せないということだ。そこで、センサーをユーザーの目の前に置くため、HMDにつけたら良いのではないかという考えに行き着く。最初はソニーのHMZシリーズ等、既存のHMDをバラして各種センサを付けるなどの改造をしていたが、その真っ最中にOculus Riftが華々しく登場。2人は大きくインスパイアされ、プロジェクトはアイトラッキング搭載型VRヘッドセットという明確な方向性を獲得した。

 「はじめは、テクノロジーアートの作品を作るつもりでいました」という小島氏。おもしろいことをやっていると、じわじわと評判が伝わりはじめ、自閉症の猿にVRキャラクターとアイコンタクトをさせるという新潟大学の研究に協力したことを皮切りに、福祉・医療分野での各種実験が始まった。Kickstareterページで紹介されている、目線で演奏するピアノコンサートもその取り組みのひとつだ。

 昨年の9月にはマイクロソフトによるベンチャー企業のアクセラレーションプログラムに選定されるなど、好事家の関心も惹くようになり、各所から小口投資を受ける形でプロジェクトが本格的にビジネス色を帯びていく。そして満を持し、この5月にKickstareterキャンペーンを開始したという流れだ。

 技術面を担当するウィルソン氏は、生粋のハッカーで、地元オーストラリアでは常時ハッカーコミュニティの活動に(会長として)参加していてほとんど定職についていなかったというからビックリだが、その能力はズバ抜けている。FOVEのために開発したアイトラッキングシステムの課題となっている個人差の吸収等の問題にしても、「数学的には簡単に解ける、あとはひとつひとつ実装していくだけ」というから、並大抵ではない。

 そんなウィルソン氏にとって、プロトタイプ開発においてもっとも難しかったことは、部品調達のためのネットワークを作り、維持することだという。最先端のVRヘッドセットを作るためには、「アキバで買えないパーツもある(笑)」というウィルソン氏だが、この点、日本では、「こういうことやっています、最新のパーツを貸してもらえませんか」と言うと、大企業の研究開発部門も含めて、かなりの企業が非常に強い興味と親切心をもって協力してくれるのだという。

 この、ものづくりの文化が、FOVEの開発を後押ししている。それもあって、小島氏は、「ハードウェアのスタートアップは、日本にものすごい地の利があります。サンフランシスコにはビジネス用のオフィスを開設しましたが、技術ベースは日本でやっていきます」と語っている。

 最終的に採用するパネルが液晶になるか有機ELになるか、ポジショナルトラッキングシステムに何を使うかなど、VRヘッドセットとしての製品化に向けてまだ決まっていないことは多いが、かけがえのない核となるアイトラッキング技術は完成に近づいている。小島氏は、「この技術をできるだけ早く、できるだけ広く使えるようにしたい」といい、いまはそのための最善の戦略を考えているところだそうだ。

 なお、ポジショナルトラッキングシステムについては、ウィルソン氏が「現時点で最も優れている」と言うのがSteamVRのLighthouse(関連記事)だ。FOVEでは既に多くの大企業とコンタクトをとっているそうだが、そのなかにはValveも含まれているという。ポジショナルトラッキングシステムが本当にLighthouseになるかどうかはまだ確定ではないが、最先端のアイトラッキングシステムという強力な武器をクロスライセンシングに活用するならば、FOVEは各部分に業界最高のテクノロジーを搭載することが可能となり、究極の逸品になるかもしれない。

 潤沢な資金も集まりつつある。業界の注目度もにわかに高まってきた。あと必要なのは優秀なエンジニア/プログラマー数名とのことで、現在募集中だという。製品化への道のりはまさに、前途洋々である。

この日、会場となったDMM.make Akibaのシェアオフィスには60名以上のVR開発者・ファンが集まり、1台しかないFOVEの実機デモに長蛇の列を作っていた。小島氏は、「日本にこれほどのVRコミュニティがあったとは」と驚いたという。今後も積極的に体験会等を開催していきたいとの考えだ