【連載第11回】開発者が語るiPhoneゲームの最先端

iPhone Spotlight Report

2009年末に本格的なRPGとRTSを出してきた
スクウェア・エニックスの安藤プロデューサーに直撃

 世界中でブームを起こし、携帯電話市場を一変させたiPhoneは、新たなゲームプラットフォームとしても注目を集めている。本連載では、iPhoneゲーム開発者へのインタビューから、最新のトレンドや魅力を探っていく。



1月18日 収録


 先日、iPhone/iPod touch版「ファイナルファンタジー」シリーズが発表され、話題となったばかりのスクウェア・エニックスだが、これまでから同社はiPhone/iPod touch用ゲームとして、「国破れて山河あり」や「ソングサマナー 歌われぬ戦士の旋律」など、クオリティの高いものを配信してきている。今回はそれらの取り組みを探るため、プロデューサーを務める安藤武博氏にインタビューを行なった。

 安藤氏と言えば、昨年の東京ゲームショウでiPhone/iPod touch用アプリの価格帯が低い水準になっていることについて、「価格を下げてダウンロード数を稼ぐよりも、長期的な視野で適正な価格のものを適正に販売して欲しい」と苦言を呈しており、そのことについても真意を伺った。




■ シンプル設計のRTSをiPhoneに移植

スクウェア・エニックスの安藤武博氏。プレイステーション用「鈴木爆発」やWindows用オンラインゲーム「疾走、ヤンキー魂。」など、個性的なゲームを手がけてきた
リアルタイムで流れる時間の中で派兵し、ライバルと陣地を争う「国破れて山河あり」。全ての陣地を占領すれば勝利となりステージクリア

――まず「国破れて山河あり」をiPhoneで作ることになったきっかけを教えてください。

安藤氏: 携帯電話向けに開発中だった「国破れて山河あり」を私が遊んでみたら、面白くて中毒性があり、私自身が夢中になったことが最初のきっかけです。参入第1弾アプリの「CRYSTAL DEFENDERS」と同じモバイル事業部が展開しているゲームでしたので移植しやすかったこともありますが、ゲームそのものがiPhoneにも向いていたからです。

――どのあたりがiPhoneに向いていると感じたのでしょうか?

安藤氏: RTS(リアルタイムストラテジー)のゲームはiPhone/iPod touchで結構出ているのですが、PCゲームからの移植が多く、複雑なルールのまま作られています。兵を生産しつつ、同時に大勢の兵で敵軍を攻めていくという、昔からあるRTSの文法に乗っ取って開発されており、操作も煩雑になっています。iPhone/iPod touchや携帯電話のように持ち運べる端末の場合は、短時間でゲームを楽しむケースが多く、初心者も多くいます。そのターゲットに向けて開発し、シンプルなゲームシステムとなった「国破れて山河あり」は、iPhone/iPod touchでRTSを楽しむのにはピッタリでした。

――どのようなところがシンプルになっているのですか?

安藤氏: 通常のRTSでは様々な種類の兵を生産していきますが、このゲームでは生産の概念を省いて自動化しています。純粋に派兵とアイテムを使うだけのゲームシステムになっています。それと自由に動き回るのではなく、決められた道を通って進軍するようになっているので、簡単な操作で遊べるようになっています。

――RTSを遊んだことがない人でも簡単に楽しめそうですね。

安藤氏: RTSの初心者には、ぜひ遊んでもらいたいです。このゲームについておおざっぱに言うと、本拠地の移動、派兵の指示、アイテムの使用と、やることが3つしかありません。それでもリアルタイムにゲームが進んでいくことで、瞬時の判断が要求されますし、非常に頭を使って楽しめます。ゲームバランスを深く調整を重ねて作ってあるので、RTSが好きな人にも十分に楽しめる出来になっています。

――開発で苦労したところはありますか?

安藤氏: どのタイトルも同じですが、インターフェイスの作成です。このゲームの場合は、いかに早く状況判断するかが重要で、的確に東西南北へ派兵していけるかが決め手になります。その時の操作が上手くいかないとユーザーにはストレスに感じるので、そこの調整が大変でした。スライドバーの形やタッチした時の感知範囲などを何度も調整して、気持ちよくプレイできるようにしてあります。タッチパネルを使っての操作設計は1からハードを設計するようなもので、感覚的な問題もあるので毎回大変です。

――このインタビューを読んでこのゲームをやってみようとか、実際に遊んでいるというユーザーもいると思いますが、攻略していく上でのコツはありますか?

安藤氏: 本拠地に徴兵されていくので、拠点移動は重要です。拠点を増兵されるタイミングでいかに動かすかが決め手となります。敵方は自分の弱いところに攻めるように作ってあるので、そこを上手にフォローしながら拠点を移動させて、兵隊を増やしてやっていくかがポイントになります。あと個人的にはアイテムは貯めずに序盤で使っていった方が効果的だと思います。このゲームは自分が優勢になればなるほど有利になっていくので、いかに早くイニシアチブを握って相手よりも優勢になるかが重要になります。スピードを高めるアイテムを惜しまずに使うようにしていくといいです。


【スクリーンショット】
シンプルなゲームシステムになっているが、RTS(リアルタイムストラテジー)の醍醐味と奥深い戦略性を堪能できる最大4つの国が入り乱れて陣地合戦を繰り広げる! 海は船で水上ルートを使わないと向こう岸に渡れない平和を愛する心優しきユリウス国王軍の隊長アランとなりプレイする。長きにわたる戦乱の物語が進んでいく



■ 15時間遊べる内容で価格が800円になった

――このゲームはどのくらいのボリュームがありますか?

安藤氏: ストーリーモードは10面、フリーモードは20~30面ほど用意しています。1つの面をクリアするのに20~30分ほどかかるので、単純に10~15時間は遊べる内容になっています。フリーモードになると、4カ国あるうちの同盟になる国を自由に設定して遊べますので、さらに長期間にわたって楽しめます。

――先行したモバイル版ではマップの追加配信がありますが、iPhone/iPod touch版ではどのような予定になっていますか?

安藤氏: アップデートで1カ月に2マップずつ追加していく予定です。全部で20マップを追加する予定なので、10カ月ほどは毎月配信していきます。今年1年かけて楽しめるようになっています。

――ユーザーの反応はいかがでしたか?

安藤氏: 純国産のRTSが少ないことと、スクウェア・エニックス独特の“おもてなし”がほどこされていることもあり、喜ばれています。ゲームの面白さ自体にも一定の評価を頂いていますが、価格が高いというレビューが多かったりもします。App StoreではRTSのゲームが結構多く、しかもシンプルなグラフィックスで、230~350円といった安価で販売されている状況です。そういうものと比べてしまうと「国破れて山河あり」が割高に感じてしまうのも無理はないです。

――価格はどのようにして決められたのですか?

安藤氏: 「国破れて山河あり」はモバイルやDSiウェアでも販売していることもあって、それと差が出ない形で、iPhone/iPod touch版では800円で販売しています。お客さんにとっては関係ないことなのですが、同じゲームを特定のハードだけ割安にすることはできないのです。

――ダウンロード数はどのくらいでしたか?

安藤氏: 数万ダウンロード規模にはなっているので、着々とやっていけています。

――最後にこのゲームについて一言お願いします。

安藤氏: 「国破れて山河あり」の無料版は、iPhone/iPod touch版にだけオリジナルのマップが10面くらい入っています。僕が言葉で言うよりも、とにかく遊んでもらえれば、ゲームの神髄や中毒性がわかってもらえると思います。無料体験版だけで2~3時間は遊べるくらいになっていますので、とにかく遊んでみてください。


【スクリーンショット】
ストーリーモードだけでも3~5時間は楽しめる。さらにフリーモードでは陣営を好きなように設定してプレイできるチュートリアルも用意されているのでRTS初心者でも安心して遊べる新マップは毎月2つずつ追加配信される予定。今年いっぱいは、毎月新しいステージを楽しめる



■ iPod版「ソングサマナー」が開発された経緯

iPodの音楽を戦士に召喚して遊ぶ「ソングサマナー」。iPodだからこそ誕生したゲームだ

――次に「ソングサマナー 歌われぬ戦士の旋律」についてお尋ねします。「ソングサマナー」といえば、もともとクイックホイール型iPodで配信されていましたが、そのiPod版はどんな経緯から開発することになったのですか?

安藤氏: 2003年に発売されたiPodで白黒のブロック崩しなどのゲームが動き始めたものの、まだゲーム配信の計画は発表されていなかった頃のことです。iPodの容量が30GBになり、ちょっとしたミニPC並みの性能になったので、今後画面がカラーになれば、ゲームも動くのではないかと思ったのです。そこでApple本社にゲームを作らせて欲しいという話をしに行ったら、iPodでゲームを配信する計画があったようで、いくつか企画を掘り下げて持ってきて欲しいということになったのです。後日、コンセプトベースのゲーム企画を40個くらいAppleに持っていった中で、これがいいと言われたのが「ソングサマナー」でした。

――誕生の経緯にはそんなことがあったのですね。なぜ、RPGを開発することになったのですか?

安藤氏: Appleとしては、デベロッパーごとに得意なジャンルのものを作ってもらいたいという思いがあったようです。例えば他社では、エレクトロニック・アーツはスポーツゲームやモノポリーなど定番のものでした。弊社には「ファイナルファンタジー」などのような本格的なRPGなどを望まれていたようです。

――スクウェア・エニックスがこれまで出してきたRPGの移植作ではなく、オリジナルタイトルにしたのは何か理由があるのですか?

安藤氏: 新しいハードで挑戦できる時に、他のハードで実現できるものを作っても面白くないなという思いがあったので、全くのオリジナルで考えていました。iPodならではのRPGが作れるかを考えた時に、iPodに入っている音楽を利用するアイデアをひらめき、音楽からファイターを生み出すゲームになったのです。

――なぜシミュレーションRPGになったのですか?

安藤氏: これはクイックホイールのインターフェイスがヘックススタイルのRPGと相性がよかったからです。クイックホイールは、十字に操作するのはとても難しく、誤操作しやすいのです。それならクイックホイールを回してマス目にカーソルを合わせていく形にして、真ん中のボタンで選択してキャラクターを動かすのが、最も気持ちよく楽しくプレイできたので、この方式になりました。


【スクリーンショット】
ソングサマナーと呼ばれる特殊能力を持つ青年ジギーとなって、機械兵にさらわれた弟を助けるため世界中を冒険するクイックホイール型の操作を活かすため、クォータービューのタクティカルRPGになった



■ iPhone版「ソングサマナー」は、iPhone OS 3.0の発表と同時に開発

――続いてiPhone/iPod touch版について伺っていきますが、以前からiPhone/iPod touch版を作る計画はあったのでしょうか?

安藤氏: クイックホイール型iPod版を作り始めた時に、2作目を作る計画があり、ゲーム中に複線も盛り込んでいました。ところがAppleは、クイックホイール型iPod用のゲームの新規提供をやめてしまったのです。iPhone/iPod touchでもiPodの音楽ライブラリーが使えるようになれば2作目が作れるようになるので、相当前からAppleの関係者にお願いしていました。そして2009年3月にiPhone OS 3.0が発表され、その機能が搭載されたので、そこから開発に着手いたしました。搭載後に即開発を始め、わずか半年で完成させ、年末に間に合わせることができました。

――かなり短期間で開発されたのですね。

安藤氏: 企画やストーリー、クイックホイール版からの展開など、全てのアイデアは企画書にまとめていたので、RPGでありながら1年もかけずに一気に作り上げられました。

――開発で苦労されたところはありますか?

安藤氏: 「国破れて山河あり」と同様に、やはりインターフェイスの部分です。iPhone/iPod touchでは、マス目を直接タップすればいいから簡単だと思っていたのですが、そううまくいきませんでした。碁盤の目になっているものを真上から指し示すことは誰でも簡単にできます。ところがちょっと斜めを向いているクォータービューだと、人間の目が錯覚してしまって、押したいと思っているところを上手くタップできないのです。クォータービューは元々、人間の目の錯覚を利用して奥行きを表現しているだまし絵的なところがあり、それが操作性の面で仇となってしまいました。

――意外なところが盲点でしたね。それで、どう対策したのですか?

安藤氏: 最終的には、自分がタッチしたところに波紋の演出が出るような工夫を施しました。人間は自分がどこをタップしたのかがわかると、それにともなって脳内でタップする位置をチューニングするようで、おかげで快適に操作できるようになりました。それでもできない人のために、クイックホイール時の操作を残す形で、手前のパネルを左右に動かすと、パネルにあっているキャラクターにカーソルが合うようにしてあります。さらに指の大きい人のためにマップの拡大縮小機能も入れてあります。


【スクリーンショット】
iPhone OS 3.0でiPodの音楽ライブラリを使えるようになり、満を持して開発された操作性をよくするため、タップ位置の波紋表示やキャラクターのパネル表示などの対策が施されている



■ 「ソングサマナー」を遊ぶ上で知っておきたいこと

――このゲームを進める上でのコツはありますか?

安藤氏: 音楽からファイターをたくさん生み出して、ポテンシャルが高いファイターを見つけることが重要になります。ファイターによっては、中盤から後半にかけて強くなる大器晩成型もいるので、そこをいかに見極めていくのかが大事になります。また、ゲームが進んでいくにつれて、生み出せるファイターの数も変わってきます。当然、中盤から後半にかけて強いファイターが出るようにもなっています。

――ファイターは最初からすべてのものが登場するわけではないのですね。

安藤氏: 特定の複数のファイターが生まれていないと誕生しないファイターもいますし、レアな確率でしか誕生しない強いファイターもいます。ファイターを生み出す際にライブラリーにアクセスすると、曲名の横に生み出したファイターの画像が表示されますが、そこがハテナとなっているものは、中盤から後半にかけてもう1度試すと、別のファイターが生まれる可能性があります。生み出したファイターもさらに強くなる要素も盛り込んでいます。

――他に知っておきたい要素はありますか?

安藤氏: ファイターが接近していて繋がっていれば攻撃補正が高まっていくのですが、同じ職業同士で繋がることが大事です。またソウルカラーというファイターが持って生まれた色があるので、それも一緒だとさらに補正がアップします。それらの要素も考えて戦うと、相手にいつも以上のダメージを与えられ、有利に進められるようになります。

――ゲームをクリアするのにどれくらいかかりますか?

安藤氏: エンディングまでで15~20時間はかかります。さらに試行錯誤したり、音楽からファイターを生み出すファイター宮殿にハマると、30時間はかかります。iPhone/iPod touchで出ているRPGの中では、かなりボリューム感のあるものとなっています。

――iPhone/iPod touch版での新要素はありますか?

安藤氏: そもそも「2」として想定していたものを入れていますので、クイックホイール型iPod版に比べてストーリーが2倍になっています。合わせて、キャラクターや敵、ファイターなどが20~30人は増えていますし、それにともなって音楽も増えています。iPod版では生み出したファイターの曲を聴かないと育たないようになっていましたが、iPhone/iPod touch版ではそれ以外の曲を聴いても成長するようになっています。またクイックホイール型iPod版や無料体験版をクリアすると表示されるパスワードをiPhone/iPod touch版で入力すると、サポートアイテムがもらえるようになっています。

――ユーザーの反応はいかがですか?

安藤氏: いいですね。海外からは、iPhone/iPod touch用のRPGとしては、過去最高によくできているし、価格分の価値はあって素晴らしいと高評価を付けて頂いています。

――配信の目標数と現状はいかがですか?

安藤氏: こちらも数万ダウンロードが目標ですが、RPGなので開発費もかかっており、「国破れて山河あり」よりも売れてくれないと困るところです。ただ、おかげさまでビジネスにはなりそうかなという感じではあります。

――最後にこのゲームの魅力について、読者に向けてお願いします。

安藤氏: 「ソングサマナー」は、音楽が好きな人のために作ったRPGなので、ぜひiPhone/iPod touchのユーザーの皆様には遊んで欲しいです。1,200円という価格は高いのですが、携帯ゲーム機並のレベルで作ってきたタイトルですし、値段分の価値は十分にありますので、ぜひ遊んでみてください。また無料体験版を用意しているので、まずは試してみてください。


【スクリーンショット】
50種以上のファイターがiPhone/iPod touchに入れた音楽から誕生する。物語の中盤以降でないと誕生しないファイターもいるファイター同士が隣接していると、チェイン効果で攻撃力が増す。チェインは職業やソウルカラーでも発動するiPod版と続編として制作予定だった「2」のストーリーを盛り込み、完全版となった。ボリュームもiPod版の2倍になり、たっぷり楽しめる



■ 低価格化していくゲームアプリについて

――今後のラインナップについてお聞かせください。

安藤氏: 近いところでは、先日発表した「ファイナルファンタジー」と「ファイナルファンタジーII」があります。PSP並のクオリティで近いうちに配信できると思いますので期待していてください。僕個人としては本格的なオリジナルRPGを作っていて、夏を待たない頃までに配信できると思います。開発会社もこれまでコンシューマーゲーム機のRPGを作って来たデベロッパーで、キャラクターデザインは「ソングサマナー」を手がけた直良有祐が手がけています。「iPhoneでこんなものが作れるんだ」というインパクト重視のものになっていますので、楽しみにしていてください。

―― 他にはどんなものを予定していますか?

安藤氏: 普通であればPSPやニンテンドーDSで先に投じてもいいようなものを、iPhone/iPod touchに持ってきたらどうなるかというものもやっています。また、各機種で多面展開しているものの移植などもやっていきたいと思っています。

――コンシューマーゲームの移植などもやっていくのですか?

安藤氏: 現在、市場を見定めている状況です。お客様にとって適切な売価があるのですが、開発側にも基準となる価格があり、このくらいまでの価格が付けられないと移植できないというタイトルもあります。今はそのギリギリのラインを見定めて、価格に見合ったものを作っていこうと思っています。安易に価格を下げることは、今後のiPhone/iPod touch市場にとってもよくないのです。開発側はしっかりとしたものを作って、適切な価格で売らせて頂いて、お客様の言葉を真摯に受け止めながら、どんどん市場を拡大させたいと思っています。売れるのであれば、大きいタイトルも開発できます。お客様がどのくらいの価格までだったら納得して頂けるのかといった市場を探りながら、今後ローンチするタイトルも決めていきたいと思っています。

――どういったものが、どの価格だと適性だと考えていますか?

安藤氏: 例えばPSPで5,800円で出しているものは、流通のコストを引いた価格で売れることが、原則、我々としてのベストなのです。

――他社では期間限定で価格を下げることがありますが、それについてはどうお考えですか?

安藤氏: 24時間だけ無料にするとか、1,200円だったものを115円にするといったサービスを1回やると、お客さんにとってはそちらの方がいい訳ですから、高いものは買わなくなる傾向になっていきます。価格を付けているのは、より儲けたいからではないのです。高いクオリティのものを作るには、多くの開発者や長い開発期間が必要になりますし、その分だけ開発費もかかります。売価が安くなると、その分、開発規模も小さくなって、クオリティの高いものは作りづらくなっていきます。辞書やカーナビゲーションは高価格でも売れているので、ゲームも高くても納得してもらえるのであれば、1,200円以上にしたいとも考えています。しかし現状では、お客様にこれは高いなと思われたくはないので、お客様が納得する価格帯にしています。

――今後もゲームアプリが低価格化していくことになると、どうなりますか?

安藤氏: 現状のままの1,200円がゲームアプリの最高値で、売り切りのビジネスだと、我々が作るものは自ずと限られてしまいます。もしお客様が、スクウェア・エニックスの名作をPSPなどに負けないくらいのクオリティで作って欲しいというご要望をお持ちでしたら、高い価格帯になってしまう可能性があることをご理解いただければと思います。我々はiPhone/iPod touchでのチャレンジはしばらく続けるつもりですし、価格に関しても皆さんに問いかけていきたいです。もっと価格のことをお客様に納得してもらえるようになることが、iPhone/iPod touch用ゲームには重要だと思っています。

――アプリ内課金が無料のアプリからもできるようになりましたが、その点についてはどう思いますか?

安藤氏: PCのネットワークゲームが月額課金からアイテム課金のスキームに移行してきたのと同じようになるのではと考えています。無料で遊びたいと思う人がいてもいいと思いますし、みんなよりも先に進みたいとか、時間を買いたいという人が115円で時間を買って納得する形であれば、それもありだと思います。




■ スクウェア・エニックスの持つブランドとは?

iPhone/iPod touchの市場には大きなチャレンジがあり、そこにスクウェア・エニックスだからこそできる“おもてなし”を提供するという

――安藤さん自身は、これまでコンシューマーやPCなどのゲームも手がけてこられましたが、それと比べてiPhone/iPod touchの手応えの違いはありますか?

安藤氏: iPhone/iPod touchにも手応えはありますが、コンシューマーと比べればまだまだビジネスにはなっていません。しかしチャレンジできる幅が非常に大きいのです。iPhone/iPod touchでしかできない特性のものを考えるというのは、作り手を強く刺激します。そういうものを、すごいスピード感で試していけるというのは、他のハードにはない魅力です。それと、いろんな国からの反響がリアルタイムで見られるのもエキサイティングです。ただ単純にビジネスとして考えると、それだけで食べていけるような感じではないので、今後はどうしたらビジネスとして成り立つのかも考えていかないといけないと思っています。

――iPhone/iPod touchのアプリを開発していて、スクウェア・エニックスのブランド力は感じられますか?

安藤氏: レビューを見ていると、お客さんからは「ファイナルファンタジー」や「ドラゴンクエスト」を作った会社としてのイメージが強いようです。しかも「音楽とグラフィックスがスクウェア・エニックスのレベルに達している」といった書き込みも多く、明確な基準でスクウェア・エニックスのクオリティというものさしを付けて評価されています。そういった意味では意識しないといけないし、目には見えないものですが明確に存在していると強く感じます。これからもブランドの持っているイメージに答えていかなくてはいけないと思っています。

――iPhone/iPod touchの開発では、小さい会社ではできないことや、逆に小さい会社だからこそできることがあるとは思います。そういうところの利点や欠点については、どのように感じていますか?

安藤氏: まだまだ発展途上のマーケットなので、いろいろなことを試したいという気持ちがあります。ただ、単純に何かを試すようなものだと、突き抜けたアイデアがないと、どうしてもインディーズの人たちでもできる内容に近づいてしまいます。大手のゲームメーカーとしては、そういうものに近づけるわけにはいかないので、彼らに思いつかないようなアイデアや、彼らには施せないようなおもてなしが必要になってくると考えています。それは、グラフィックスやストーリー、音楽などのクオリティであったり、多人数で作ることであったりです。そうやって開発していくと、ダウンロードコンテンツとはいえ重厚長大なものになっていきます。また、商品に対しての大手ゲームメーカーとしてのブランドや責任もありますから、頻繁にアップデートをしないと動かないようなものを出すわけにはいきません。コンシューマーゲームと比べても遜色のないほど、デバッグをして作っています。気軽に試せるところがいいのに、実際には試せないというのは、インディーズの人たちを羨ましく感じます。逆に言うと、個人と企業が同じ土俵でぶつかるという市場は過去になく、エキサイティングです。

――それでもスクウェア・エニックスという大きな会社の枠で見れば、他のプラットフォームよりも実験的なものができるということですね。

安藤氏: そうですね。きちんとスクウェア・エニックスの品質を維持した上で、実験的なものを出していきたいです。




■ App Storeのレビューは画期的だが問題もある

――iPhone/iPod touch市場でのビジネスは、この先順調に行くと思いますか?

安藤氏: 中長期的にはわからないですが、短期的に見ると、まだまだチャレンジする意味はあると思います。先ほど言った価格の問題などもありますが、App Storeの仕組みが今後どのように変わってくるのかも影響してきます。現在のAppleはApp Storeという売る場所を用意して、あとはバナーを貼ってオススメしているだけなので、限界点があるかも知れないと思っています。また現状のApp Storeでは、数点の静止画と説明だけで、ゲーム内容やボリューム感が伝わりにくいというところもあります。さらにレビューが付くのも、いい面もありますが悪い面もあります。

――レビューの問題点とは、どういうところなのでしょうか?

安藤氏: App Storeを量販店のゲーム売り場に例えると、レビューというのは平積みしてあるソフトに、「これはクソゲーですよ」とお客様が自由に付箋を貼っていけるようなものです。仮にそれが客観的な事実に反していても、ほとんどの場合はそこに対してお店側は貼らないでくださいとはケアしてくれません。レビュー自体は画期的なシステムで歓迎していますし、書き込まれたお客様のご意見も尊重していますが、そのような問題点が改善されれば、また状況も変わってくると思います。App Storeは現在も転換期のようで、デザインも大胆に変わるし、iTunes Storeもメジャーアップデートしていっていますので、今後Appleが的確にお客さんが納得する形で、アプリを広めていってくださるのであれば、iPhone/iPod touch市場は発展していくと思います。

――現在、iPhone/iPod touchは海外の市場が主になっていますが、日本市場では今後どういう風になっていくと思いますか?

安藤氏: 欧州のように複数キャリア対応するかどうかによると思います。キャリアの壁がなくなって、持てる人が増えるようになれば、日本の市場もさらに拡大すると思っています。

――一部の日本のゲーム会社では、日本市場だけをターゲットにしたアプリを出しているところがありますが、スクウェア・エニックスでは今後そのような展開もありますか?

安藤氏: ビジネスとして成立するなら可能性はあります。私が手がけた「疾走、ヤンキー魂。」のように、セグメントを狭めることによって熱狂的に支持されるのであれば、そういったゲームも開発していくとは思います。しかし、今は全世界同時配信というところを魅力に感じているので、国を限定するよりも全世界の人が楽しめるものを開発していきたいと考えています。

――最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

安藤氏: スクウェア・エニックスはiPhone/iPod touchアプリに対して積極的にアプローチしている会社の1つだと思います。これからもスクウェア・エニックスらしいゲームを開発していきますので、ご期待ください。

――本日はありがとうございました。


(2010年 2月 2日)

[Reported by 川村和弘]