3Dゲームファンのための「(スーパー)ストリートファイターIV」グラフィックス講座(後編)
今解き明かされる、2D格闘ゲームテイストを3Dグラフィックスで実現する匠のワザ


会場:Dimps本社





 前編で紹介したように「ストリートファイターIV」は、

「2D格闘ゲームのゲーム性をほぼ維持した形で、そのゲームシステムを3Dグラフィックスで実装する」。

 これが命題として与えられたわけだが、実はこれは言葉で言うほどやさしいものではなかったようだ。後編では、「ストIV」シリーズが、ゲームデザイン起点で、グラフィックスに独自の工夫を盛り込むことになった事柄を中心に紹介していくことにしたい。


【著者近影】
僚誌AV Watchの「大画面☆マニア」にてソニーのHMD「HMZ-T1」を評価した。映画だけでなく、ゲームもいろいろとプレイしたのだが、表示遅延が2フレームほどあることが判明したので「ストIV」シリーズのような格闘ゲームプレイにはつらいか? ただ、パーソナル3Dゲーミングモニターとしては究極形に近いものなので今後の進化と発展に期待。ちなみに、気に入って寝るときもずっと付けてゲームしてたらべろんべろんに酔った。よいこはマネしないように(笑)。ブログはこちら



■ モーションは全て手付け。巨大化する攻撃部位の秘密と寸止めアクションの衝撃!

 「2D格闘ゲームの味わいを美化して再現する」、「イラストテイストのキャラクターを3Dで動かす」といったコンセプトが掲げられた「ストIV」シリーズ。

 前編ではシェーディングやライティングなどの「塗り」の部分を解説してきたわけだが、実は、「形」や「動き」のデザインにおいても、「リアル」さだけではなく、「2D格闘っぽさ」、「ストIIシリーズのドット絵ぽさ」を継承することが求められた。この方針は、アートディレクションに対してだけでなく、「ストIV」シリーズのゲームデザインの根幹にもなっている。

 実際、製品版の「ストIV」シリーズをプレイしてみると、3Dグラフィックスのリッチなビジュアル体験と、2D格闘ゲームらしさが見事に両立できていることがわかるはずだ。この背後には、どのような工夫が隠されているのか。

 まず、総勢39体(ストIV AE)のプレーヤーキャラクターが見せるアクションの数々はどのように作り込まれたのだろうか。「ストIV」シリーズのグラフィックスはリアルタイム3Dグラフィックスであることから、モーションキャプチャーを使用して作り込まれているのではないか、と想像した人も多いはずだ。

亀井敏征氏(Dimps 開発本部 ソフトウェア技術部 ソフトウェア技術課 テクニカルデザイングループ チーフ)

亀井氏:2体のキャラクターが短いドラマを演じるライバル演出のイベントシーンに限っては、その演技モーションに、モーションキャプチャーを採用している部分もあります。しかし、プレイ中に繰り出される各キャラクターの歩行からジャンプ、ガードや点灯などのリアクション、通常技・必殺技などの技を繰り出すモーションなどの全てが、アーティストの手付けによって製作されています。

 各キャラクターの技モーションは、その技を出し切った決めポーズは厳格に設定されるが、その技が出されるまでの中間モーションは、アーティストのセンスに任せて設定されている。フレームレートは厳格に60fpsと規定されているため、技の出始めから技の出し切りポーズまでに、各フレームで描画される姿勢は常に一定になる。リアルタイム3Dグラフィックスの「ストIV」シリーズだが、フレーム管理は厳格に2D格闘ゲームに倣ったものになっていると言うことだ。

 さらに、「ストIV」シリーズでは「カプコンの2D格闘ゲームらしさ」を再現するために、そうした手付けモーションに独特な誇張表現を盛り込んでいるという。


塚本高史氏(Dimps 執行役員 開発本部 第一開発部 部長)

塚本氏:ドット絵には、現実ではあり得ない強調が盛り込まれているんです。具体的には、ドット絵時代のカプコンの格闘ゲームでは、攻撃中の部位が誇張表現で形状が歪むんです。もっと具体的に言えば、大きくなったり、小さくなったりするんですよ(笑)。「ストIV」シリーズでは、この表現要素を再現しているんです。

 例えば、パンチを繰り出すとその拳は標準状態からやや巨大化するのだ。カプコンの過去の2D格闘ゲームでは、プレーヤーの目が意識的に攻撃部位に行きやすいようにこうした誇張デザインがなされていたのだ。

 ただ、その誇張表現は、ゲーム性に関わる部分であるため慎重に設定されている。たとえば、リュウ(右向き時)の立ち小パンチでは、技を繰り出す前の待機モーションでの右拳は1.0倍と標準サイズだが、パンチを出し切った拳は1.1倍に大きくなる。そして驚いたことに、かがめている右拳は0.95倍に小さくなっている。

 こうした誇張表現が大胆に行なわれるキャラクターもいる。ブランカやザンギエフなどがその一例で、“のび〜るパンチ”とあだ名が付けられているブランカのしゃがみ強パンチや、振りかぶるように腕を薙ぎ降ろすザンギエフのセービングアタック時の腕はやや大きめの倍率で誇張される。


【部位誇張】
部位誇張表現オン。リュウの通常攻撃。繰り出している拳が大きくなり、ガード状態の拳は小さくなっている(左)。部位誇張表現オフ(右)
部位誇張表現オン。ザンギエフのセービングアタック。繰り出している肩から上腕、拳までが大きくなっている。こちらも、やはりガード状態の拳は小さくなっている(左)。部位誇張表現オフ(右)
【部位誇張を強調した動画】

部位の巨大化表現を分かりやすく大げさにした動画

 続いて気になるのが、当たり判定範囲や、攻撃判定範囲についてだ。3Dグラフィックスで展開する「ストIV」シリーズにおいて、これはどのように処理しているのだろうか。

塚本氏:キャラクターのモーションはアーティストが手付けで設定しますが、当たり判定範囲や攻撃判定範囲の設定は、出来たモーションを見ながら、プランナー(ゲームデザイナー)が専用のツールで設置していきます。最初期のプロトタイプでは、3Dで当たり判定や攻撃判定を行なう仕組みも実験してみましたが、プレイ感覚が2D格闘のイメージとはだいぶ違ってしまったので、今の方針を採択しています。あのプロトタイプはあれはあれで面白かったんですが。攻撃判定が直方体で設定されていて、なんというか3D格闘みたいな感じでした(笑)

 「ストIV」シリーズは、グラフィックスは完璧な3Dグラフィックスだが、ゲーム根幹部分は、かなり純度の高い2D格闘ゲームシステムになっていることがよくわかる。ゲームロジックとしての衝突判定は2D格闘ゲーム的なのはよくわかったが、描画されるグラフィックスはとにもかくにも3Dなので、2体のプレーヤーキャラクターにはそれぞれ厚みがある。なので、互いに重なり合ったときには、うまく処理しないとめり込みなどのアーティファクトが発生してしまう。例えば繰り出された拳が、相手の身体に潜り込んでしまうのはまずい。


竹歳正史氏(Dimps 開発本部 ソフトウェア技術部 ソフトウェア技術課 R&Dグループ アシスタントチーフ リードデザインエンジニア)

竹歳氏:3Dグラフィックスとしての衝突判定は、自キャラ自身に対してしか行なっていません。つまり、衣服やアクセサリが自キャラの身体にめり込んでしまったりすることがないようにちゃんと衝突を取っています。しかし、相手キャラクターに対して、自キャラの部位や衣服、アクセサリの衝突は取っていません。なので、自キャラの衣服やアクセサリが相手キャラにめり込むことはあります。これは処理負荷に配慮した省略事項になります。

 ということは、自キャラの技、すなわち自キャラの身体の部位が、相手キャラにめり込んでしまうこともあり得るはずだ。しかし、実際にプレイしてそういう局面に出くわしたことはない。これはどのように回避しているのか。


実はガイルのサマーソルトはヒットしていなかった!

亀井氏:これも「ストIV」シリーズ、独特の工夫で対処しています(笑)。実は、攻撃モーションに関しては、相手キャラにめり込んだりしないように、軌道を意図的にずらしているんです。具体的にいうと、たとえばパンチは腕をやや視点側にずらして繰り出しています。ガイルのサマーソルトキックも見た目直上に蹴り上げている雰囲気がありますが、実際には視点“寄り”に斜めに蹴り上げています。視点が動かない2D格闘ゲームシステムならではのテクニックですね(笑)。

 これは非常にユニークかつ巧妙な調整だ。いうなれば、「ストIV」シリーズで闘い合っている2人は絶妙な間合いで技を寸止め、あるいは軌道をずらしてかすらせているのである。究極のスタントアクションと言ったところか。

 なお、動きの部分では手付けモーションが支配的な「ストIV」シリーズだが、キャラクターが身に付けているアクセサリや衣服の制御に簡易的なバネ物理シミュレーションなどが活用されているとのこと。これはリアルタイム処理されているので、決め打ちの挙動ではない。

亀井氏:ただし、演出上、衣服やアクセサリもDCCツール上で手付けされたアニメーションに推移することがあります。たとえば衣服やアクセサリが、そのキャラクターの必殺技アクションの一部になっているような場合で、まことのウルトラコンボ「正中線五段突き」では、まことの身につけているマフラーが演出上、必ず風でなびきます(笑)。衣服やアクセサリは物理シミュレーションと事前設定したモーションのどちらでも駆動される設計になっているんです。

 こうした一連の要素が折り重なることで、「ストIV」シリーズの2D格闘ゲームらしいゲーム性が実現されているのである。

【まことのマフラー】
基本動作時は物理シミュレーションに従うまことのマフラー
ウルトラコンボの「正中線五段突き」のときのマフラーの挙動は、手付けアニメーションによる演出効果へと推移する



■ キャラクターの左右反転はモーションの反転で対応

 2D格闘ゲームの場合、例えば右向きのキャラクターのドット絵を仕上げてしまえば、左向きのキャラクターは基本的にはこれを反転させて用いれば良い。もちろん、左右非対称形状のキャラクターの場合、実際問題として不都合が起きるが、「ストII」シリーズ時代は、こうした点に関しては許容されていた。例を挙げるならば、サガットのアイパッチ(眼帯)は、右向き時と左向き時で覆われている目が反転していたし、リュウの昇竜拳によって付けられたとされるサガットの胸元の傷跡の向きも右向き時と左向き時で反転してしまっていた。

【左右非対称】
左右非対称のキャラクターは「ストIV」シリーズではちゃんとその左右非対称が維持される

竹歳氏:「ストIV」シリーズでは、モーションだけは単純に左右反転させて用いています。グラフィックスに関しては、3Dモデルの左右反転はさせずそのまま用いています。つまり、サガットのアイパッチで覆われている目は反転しませんし、昇竜拳の傷跡の向きも反転せず変化しません。

 ただし、バルログが腕に付けている鉤爪については、キャラクター反転時に付け替えが発生している。つまり、右向き時に右腕に付いていたのが、左向き時には左腕に付いているという現象が起きるのだ。これはゲーム性を重視したためだ。

亀井氏:当初は、反転時に、鉤爪を付け替えるモーションが存在しました。ただ、これは最終的に見栄えが良くないのでカットされています。




■ 透視投影と平行投影。ストIVはハイブリッド投影グラフィックス

 レーシングゲームなどで敵車を横から追い抜いた際に、自車の横にいる敵車が「びよ〜ん」と引き延ばされたような見た目になって画面の端に消えていくのを見たことがあるはずだ。

 これは3Dグラフィックスにおける最も基本的な座標変換である透視投影変換を行なったことによる弊害で、ある一定範囲の画角(描画範囲)を、視点から見た矩形領域の視界で切り取るために起こる歪みである。画角や視点から対象物までの距離にもよるが、視界の端(画面の端)に行けば行くほど横に太る傾向がある。ちなみに、画角を広く取れば取るほどその傾向は顕著になる。

 2D格闘ゲームの場合は画角の概念がないので問題にならないが、3Dグラフィックスベースとなった「ストIV」シリーズでは、この問題が大きくのしかかることとなった。

 画面の中央と左右端でキャラクターが痩せたり太ったりしてしまっては、相手の技の見切りタイミングや、こちらの衝突判定部分の予測が行ないにくい。正射影(平行投影)でパースを消してしまうというアイディアもあるにはあるが、そうなると背景グラフィックスのダイナミック感というか奥行き感が死んでしまう。

竹歳氏:これは射影を調整する特別な頂点シェーダーを実装することで対処しました。基本的には闘う2人のキャラクターだけは、X軸方向(横方向)のみ、正射影(平行投影)でレンダリングするような座標系に調整しています。

亀井氏:一方で、背景は一般的な透視投影変換でレンダリングしています。ただし、背景はよりダイナミックに見えるように広角気味にしています。

塚本氏:これは「ストリートファイターIII」などの、2D格闘ゲーム時代のカプコン作品の背景画がやや魚眼レンズで捉えたようなパースきつめの背景画になっていたことに倣ったものです。

 主要2キャラクターは、この「X軸方向正射影補正付き」レンダリングを基本としたものの、より自然に見えるように(つまりは、より2D格闘ゲーム的に見えるように)、最終的には透視投影変換の影響を50%の強度でブレンドする仕様となったという。

 しかし、ゲームプレイ時の視点位置からずれて展開するウルトラコンボシーンやイベントシーンなどにおいては、全てのオブジェクトが通常の透視投影変換が行なわれた座標系でレンダリングされる。つまり、リアル3Dグラフィックスとなるわけだ。

【正射影率】
正射影率0.0(透視投影が支配的となる)(左)、正射影率0.5(正射影と透視投影がバランスされた状態)(中央)、正射影率1.0(正射影が支配的となる)(右)



■ 不思議なゲージ描画にまつわる秘密

 「ストIV」シリーズをプレイしていて、画面に表示されている体力ゲージやウルトラコンボゲージが、グラフィックスのどのレイヤーに描画されているのかを気にしたことがあるだろうか。一般的な思い込みとして、こうしたHUD的な情報はプレーヤーに1番近い、つまり最手前に描かれているイメージを持っていると思う。しかしそれは不正解だ。

 もしかすると、ジャンプを多用するキャラクターを使っているプレーヤーは気がついたかも知れないが、実は「ストIV」シリーズでは、向かい合っている2人の主要キャラクターがこのゲージに差し掛かったときには、キャラクター側の方が手前に描かれるのだ。しかし、他のどんな背景オブジェクトと重なってもこうした描画にはならない。主要キャラクターだけが、ゲージの手前に来るという不思議なレイヤー構造になっているのだ。とても地味なことだが、これはゲームプレイ時にキャラクターのアクションがゲージに隠されてしまわないようにするグラフィックス側の配慮なのだ。この実現には、なにか特殊なマスク処理を行なっているのだろうか。

【キャラクターは手前に】
製品版状態。ゲージは全てのオブジェクトに対して手前にあるように見えるが、実はキャラクターと重なったときには後ろ側に回る(左)。こうした特殊描画をオフにしたテストショット。これでは確かに対戦の盛り上がりに欠ける(右)

竹歳氏:開発途中段階で、プレイキャラクターがジャンプしたときに顔が隠れやすく、これが遊びにくさに繋がるのでは? という議論がなされました。このままでもいいという意見もあるにはあったのですが、最終的にはゲージはプレイキャラクターを避けて描くという選択をしました。

亀井氏:最初は、ゲージに掛かりにくくするために「カメラを引く」という選択肢も提案されたのですが、プレイキャラクターが小さくなってしまっては迫力に欠けると言うことで却下されました。

 実際の処理系としてはまず、2人分のプレーヤーキャラクターをレンダリングする際に、フレームバッファのαチャネル部分にプレーヤーキャラクターの描画箇所にフラグを出力し、これが事実上のマスクの役割を果たす。ゲージを描画する段階時に、そのフレームバッファのアルファチャネルを参照し、キャラクター描画がなされたことを示すフラグが出力されているところにはゲージを描かないようにする。結果、主要キャラクターのレンダリング結果は抜かれて手前にあるように残るというわけだ。

 なお、描画順序としては最初にキャラクターをレンダリングし、その後、背景を描画して、ゲージを描いて、最後に閃光などのエフェクトを描画するので、エフェクト群は必然的にゲージよりも手前側に描かれることになる。

【マスク情報】
描画結果(左)、この時のマスク情報。これがいつ生成されるのか、については前編を参照されたし(右)



■ 特殊シェーダーを身にまとった特例ファイター達

 「スパIV AE」で新追加となった4名を入れると「ストIV」シリーズは現在までに総勢39体のプレーヤーキャラクターがラインナップされるが、キャラクターによっては、前編で解説したキャラクター表現用の標準的なシェーダーセットでは収まらず、それ以外のスペシャルなシェーダーを利用している者もいる。油にまみれた肉体を武器にして、独特なファイティングスタイルを展開する「スパIV AE」の新キャラ、ハカンなどはその筆頭だ。

竹歳氏:ハカンの油ぎった肉体のテカリは特別仕様のシェーダーを適用して表現しています。具体的には、視線と光源の位置関係でできるハイライト部分を周期的に揺らがせることで実現しています。詳しくいうと、視線から見て面の内側と輪郭部に出るそれぞれのハイライトに対し、個別に強度や揺らぎを調整しています。また、ハイライト自体の色も、アーティストに設定してもらっています。

 ハイライト色は、油なので基本的には、やや黄味を伴った白色になっている。また、油がしたたり流れているようなハイライトの動きはサイン関数を用いてシェーダー内で実現している。この部分はシミュレーションが行なわれているわけではなく、いうなればプロシージャル的な実装になっている。

 油のハイライトの高輝度部がぼわっとブルームを起こしているように見えるが、これは前編で解説したHDRレンダリングパイプライン側で実現されるもので、ハカン専用シェーダー側が何か特別なことをやっているわけではない。こうしたHDRレンダリングパイプラインによる高輝度成分の溢れ出し効果の応用は、セスの丹田エンジン、殺意リュウの背中の傷のマグマのような煌めきなど、他キャラクターにも幅広く行なわれている。

【ハカンのスペシャル油シェーダー】
ハカンのスペシャル油シェーダーをオフにした状態。ある意味、貴重なショット(左)、ハカンの製品版時の通常状態。このテカリ表現はプロシージャル生成されたもの(中央)、ハカンがまとう油の表現はハイライト部分を周期的に揺らがせることで実現(右)
油のハイライトはブルームを起こしているように見えるが、これは前編で解説したHDRレンダリングパイプラインによって実現される(左)、 油の色はシーンごとに変更が可能。これはあえて水色に設定したテストショット(右)

竹歳氏:セスの肌が変色していくアニメーションはピクセルシェーダーでの実装です。セス専用テクスチャのαチャネルに、段階的に肌を変色させていくための敷居値分布が書き込まれており、ピクセルシェーダーがこれを読んで、入力されたパラメータとその敷居値を比較して条件を満たすときに、肌を黒っぽくシェーディングしています。入力パラメータを変化させることで、身体の黒い部分がアニメーションするというからくりです。

【セスの変色アニメーション】
左上がセスの製品版の通常状態。セスの変色アニメーションはピクセルシェーダーによるもの

 「スパIV AE」の新キャラ、ユンには幻影陣、ヤンには星影円舞という分身技がある。暗い残像状態の分身だが、ジオメトリ構造を持っていそうに見える。3体の分身が出現するので描画負荷が高そうに見えるが、これはどのように実現しているのだろうか。

竹歳氏:残像部分は実際にジオメトリ構造を持っており、本体キャラと同等の3Dモデルになっています。ただし、できる限りの手抜きをして描画負荷を最小限に留めています。例えば、頂点シェーダー周りについて言えば、本体キャラのアニメーション結果(ボーン位置)を保存してそのまま流用していますので、CPU負荷は最低限になっています。また、ライティングは省略しており、テクスチャに関してもカラーマップのみを適用し、法線マップ等の適用は省略しています。ピクセル描画負荷はそれなりに高いことには変わりありませんが、こうした工夫の効果でなんとかなりました。

 残像部分は透けて見えている。これが半透明描画されているのだとすると描画負荷が高そうだ。

竹歳氏:半透明が使えるか、使えても重い処理となるハードでは格子状に細かくドットを抜いて描画することで背景を透かせるテクニックがありましたが、アレと近いようなことをピクセルシェーダーを使って実現しています。なお、視点位置や視線角度によらず、安定して規則的なドット抜き描画を実現させるために画面座標系のテクニックを用いています。

【ヤン/ユンの残映表現】
ヤンの残像表現
ユンの残像表現
視点からの距離に依存せず、斜め二方向にドットを抜いたスクロールパターンで表現される残像表現。画面座標系のテクニックだ

 ピクセルシェーダーが分身を描画する際に、画面座標を見て「その座標位置に応じてそのピクセル描画するか」、それとも「破棄するか」を決定していると言うことだ。実際にやっていることはもう少し複雑だが、たとえるなら「画面座標のX座標が偶数のビクセルは破棄する」…と言ったような処理系を行なうわけだ。これにより、視点位置、視線角度、残像サイズの大小によらず、確実かつ安定したドット単位の抜き描画が行なえるのだ。

綾野智章氏(カプコン 東京制作部 制作室 編成チーム アシスタントプロデューサー)

竹歳氏:ただ、ドットを抜いて描画するのでは単調だと思い、斜め方向にドットを抜いたパターンがスクロールするような効果を、ピクセルシェーダー内でサイン関数を用いて実現しています。

綾野氏:ユンはキャラ自体も強力ですが、描画負荷も最強レベルなんですよ(笑)。

塚本氏:ユンに飛び道具がないので助かりましたよ(笑)。もしあったらユン同士のバトルなんかは描画負荷が高すぎて、ダメだったかも知れないです(笑)。

 殺意リュウや狂オシキ鬼などには燃えさかる炎のようなオーラエフェクトが付加されているが、このオーラ越しに見える背景はぶれて見える。オーラには、いわゆるスペースワーピング(空間歪み)効果が盛り込まれているのだ。


【狂オシキ鬼のオーラ】
狂オシキ鬼のオーラは背景を歪ませている(左)、空間歪ませ効果あり(製品版状態)(中央)、空間歪ませ効果なし(右)

 オーラエフェクト自体のアニメーションは、オーラエフェクトを構成するパーティクルに適用されたテクスチャをスクロール(テクスチャのuvスクロール)させているだけだが、このオーラの模様を、モーションブラー生成用のベロシティバッファに描き込むことで、モーションブラーの処理系に相乗りしてこの空間歪みエフェクトを実現している。なかなか賢いやり方だ。なお、オーラの模様でベロシティバッファに描き込むことになる速度と方向情報は、UVスクロールの速度と方向そのものとしている。

綾野氏:空間の歪みはよく観察しないとわからないかも知れないので、注意深く観察して見てみて下さい。将来的にはもっと派手に空間を歪ませたいですね。

【オーラエフェクト】
オーラのパーティクルの模様形状の速度情報をベロシティバッファに書き込むことでモーションブラーの処理フェーズで交換歪み表現を行なわせている



■ 結構奥まで作り込まれている背景グラフィックス

 「ストIV」シリーズと言えば、非常にリッチな背景グラフィックスも魅力の1つとなっている。2D格闘ゲーム時代は、反復パターンからなる背景動画と、限られた動的キャラクターが動くだけのものだったが、「ストIV」シリーズでは、もはやNPCといっていいほどの存在感のあるキャラクター達が動き回り、色とりどりのアクションを見せてくれる。この背景は一体どこまで作り込まれているのだろうか。

塚本氏:開発チーム内ではフィールドとは呼ばずにステージ(舞台)と呼んでいたことからも想像できるかと思いますが、突き詰めて言ってしまえばドリフのコントの舞台装置みたいな感じです(笑)。とはいえ、奥行き方向には結構作り込まれています。これは、ウルトラコンボシーンやイベントシーンなどにおいて、プレイ時とは異なるところに視点が移動する局面に対応するためです。

【ステージの作り込み】
左上が標準状態。奥行きは実はここまで作り込まれている

 残念ながらスクリーンショットでお見せすることはできないのだが、視点側(手前側)には一切のモデリングが行なわれておらず、まさに虚無の空間となっている。しかしその一方で、ステージの奥行き方向は、それこそテーマパーク並の作り込みが行なわれている。こうした作り込みにより、T.ホークの登場シーンやザンギエフのウルトラコンボ「シベリアンブリザード」のように比較的、高い視点位置から見下ろすようなカットにおいても破綻なく背景が描画される。具体的な数値でいうと、大体、ステージ中央から270度くらいの範囲は背景オブジェクトが配置され、この範囲であれば、比較的自由にカメラが動き回れるようになっているのだ。

【俯瞰視点】
空中から打ち下ろすようなウルトラコンボ演出にも対応するため比較的、視点をひいた状態の視界にも耐えられる作り込みになっている
【斜めからの視点】
ここまで作り込まれているとはかなりの驚きだ



■ 「ストリートファイターX鉄拳」はどうなる!?

 Dimpsは、現在、カプコンとタッグを組んで、「ストリートファイターX鉄拳」(「ストクロ」)の開発にも従事している。

 こちらは2012年3月8日の発売を予定しており、開発は最終局面に差し掛かっているという状況のようだが、竹歳氏は、この「ストクロ」プロジェクトにおいてもグラフィックス部分の開発を担当している。

 やや気が早い気もするが、せっかくの機会なので、「ストクロ」のグラフィックスは、「ストIV」シリーズのグラフィックスからどう進化しているのかについて聞いてみた。

竹歳氏:「ストクロ」ではプレーヤーキャラクター2体ずつタッグで闘うので、1画面内に最大で4体のプレーヤーキャラクターが同時に出現する可能性があります。その意味で、処理負荷との闘いの日々を送っております(笑)。

 グラフィックスの方向性としては、「ストIV」シリーズのテイストを残しつつも、明らかに別の作品であることを目指して製作していますが、ベースの技術は「ストIV」シリーズのものの延長線になります。ただし、「ストIV」シリーズのキャラクター表現に用いていた各種シェーダー要素は、統合と最適化を行なってパフォーマンスを向上させています。

 「鉄拳」は3D格闘ゲームからの参戦キャラクターになり、オリジナルが“リアル系”なので、「ストIV」のようなマットな質感ではなく、光沢が強めの印象があります。このテイストを活かし、「ストリートファイター」のキャラクター達をそちらに若干引き寄せた感じにはなっているかと思います。それと、世界観を一致させるため、頭身などはストリートファイターのキャラクターに合わせていますね。

 注目して頂きたいのは、キャラクター選択画面が「ストIV」シリーズのようなイラストではなく、リアルタイム3Dグラフィックスになっている点ですね。もともと「ストIV」シリーズでも2Dイラストでなく、ゲーム中のモデルで表示したいという要望はあったのですが、今回はデザイナーさんの強い希望と労力により実現しました。ゲーム中とはひと味違うイラストに見えるような工夫がされています。他にも色々と言いたいことはありますが、今回はこの辺りで(笑)。ご期待下さい。

【STREET FIGHTER X 鉄拳】



■ 「ストIV」シリーズを振り返りつつ、次世代ストリートファイターの姿を想像する

 最後に、この「ストIV」シリーズのプロジェクトを振り返っての所感、そして「もし『ストリートファイターV』があるとしたら、どんな要素を実装してみたいか」について聞いてみた。

亀井氏:「ストIV」シリーズに盛り込みたかった要素としては、「ストII」シリーズにあった、プレーヤーキャラクターがボコボコになってうずくまっているゲームオーバー画面ですね(笑)もちろん、リアルタイム3Dグラフィックスで、です。

 それと、今回の「ストIV」シリーズのプロジェクトには「闘い合うことの“ライブ感”」というテーマが掲げられていたわけですが、これを実現するためにあと2つの要素を盛り込みたかったと思っています。

 1つは、「格闘のライブ感」です。これは具体的にいえば「汗の表現」、「衣服の破れ」、「身体への傷」と言った表現などですね。攻撃を喰らってダイナミックに衣服が破けたり、痛々しくなりすぎない程度の格好いい傷表現などは、結構、「ストリートファイター」の世界観とも合うような気がするんです。

 そしてもうひとつは「背景とプレーヤーキャラクターの相互干渉表現」です。具体的に言えば、キャラクターの行動が背景オブジェクトに大きな影響を及ぼす演出などです。例えば、回し蹴りでフィニッシュすると、背景の中華街の飲食店の店舗内に相手が吹っ飛んでめり込んだりとかですね。これはあたかもこの世界が生きているかのような「ライブ感」を演出できると思います。

 もちろん、ゲーム性には関わらない、あくまで演出の形で盛り込むことになるとは思いますが、「この時代だからできる新しい衝撃表現」になると思いました。実は、これ、プロトタイプで実装してたんですが、諸事情で盛り込めませんでした。小野プロデューサにも好評を頂いていて、「やれやれ」と言われた要素だったんですが(笑)。やるとすれば、もちろん、物理シミュレーションとかをふんだんに使って実現したいですね。


【ガイルステージライブ感ムービー】
【ブランカステージライブ感ムービー】
プロトタイプとして製作された背景との相互干渉演出フィニッシュのコンセプトビジュアル。もともとは動画で門外不出のものということだが、カプコンの厚意で静止画での掲載を許可してくれた

塚本氏:今回の話題にもありましたが、2D格闘ゲームのシステムを維持した形で、プレーヤーキャラクター同士の正確な衝突表現をやりたかったですね。2D格闘ゲームでは、2体のキャラクターが重なり合って描画され、攻撃箇所にヒットマークが出る表現になっています。「ストIV」シリーズも、この文法に従った設計になっているわけですが、この枠組みを超えた次世代表現というのを探してみたいと思っています。

 それと「ストII」シリーズの時代は各キャラクター毎にマイステージ(地元ステージ)が設定されていました。次回があれば1キャラクターにつき1ステージを作りたいですね。プロトタイプでは金網のバルログステージなんかもあったんですよ(笑)。

 現在、「ストIV」シリーズでは、オープニングやエンディングが2Dアニメ(「スパIV」以降は静止画)になっていますが、時間とお金があれば、今回のグラフィックスエンジンベースで表現したかったですね。39体分のオープニングとエンディングを作るとなるととんでもないことになりそうですが……。


ステージは現状でもかなり豊富なラインナップだが、1キャラクター1ステージの作り込みを目指したかったと開発チームは振り返る

竹歳氏:もし次世代機で新しい「ストリートファイター」をやるとすれば、「ストIII」シリーズのドット絵で表現されていた、そのキャラクターの動いた軌跡で身体がびよ〜んと伸びて見える残像表現に挑戦したいですね。DirectX 11世代のグラフィックスパイプラインのジオメトリシェーダーやテッセレーションなどを駆使して挑戦することになるのでしょうが、苦労して実装できたとしても、一瞬表示されるだけなのであまり気づいて貰えないかもしれませんね(笑)。でも、アニメーション表現は劇的に変わる可能性があると思いますよ。

綾野氏:「ストIV」シリーズは、今世代の技術とハードで“いかに「ストII」シリーズを再現できるか”に挑戦してきました。これに関しては予想以上の結果を導き出すことができたと思っています。そして、「ストIV」シリーズは今度の「スパIV AE」の2012年バージョンで一区切りがつくと考えています。

 これからのことはまだ何も決まっていないので、個人的な妄想ぐらいしかお話しすることはできませんが、「ストリートファイター」に次回作があるとすれば、今度は「ストII」シリーズを“いかに超えるか”に挑戦したいですね。「次世代の2D格闘ゲームのスタンダード」を築き上げることができれば良いなと考えています。皆さん応援をよろしくお願いします。

 そして「ストIV」シリーズと同様に、カプコンとDimpsがタッグを組んで開発している「ストリートファイターX鉄拳」も重ねてよろしくお願いいたします!


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(2011年 12月 1日)

[Reported by トライゼット西川善司]