ニュース
【特別企画】「ガルパンはいいぞ」という謎のポーランド人とポーランド軍事技術博物館に行って戦車に乗ってきた
(2016/4/12 00:00)
「World of Tanks The Grand Finals」の会期前日、ワルシャワから車で南へ15分ほどの距離にあるポーランド軍事技術博物館に行く機会に恵まれた。ポーランド軍事技術博物館は、昨年訪れたポーランド軍事博物館とは似て非なる施設で、ポーランド軍の協力を得ながら、ポーランド中から戦車や戦闘機などを集め、丁寧にレストアして展示している施設。
国営でしっかり整備された軍事的遺産を丁寧に展示しているポーランド軍事博物館よりも何倍も規模が大きいものの、退役兵器の保管所というのが実態で、一部のレストアされた戦車を除くと機体の保存状態は悪く、サビや経年劣化でボロボロの機体ばかりだ。外国人に向けたものでもないため、解説はポーランド語のみとなかなか敷居が高い。
その代わり入場料はわずか2ズロチ(約60円)で、さらに通常なら厳禁である展示品に直接触ったり(頬ずり含む)、スタッフに頼めば戦車の内部を見たり、中に入ったりすることもできる。
週末に実際に戦車を動かすこともあるということだが、ここ数年、国から与えられる予算が削減されており、戦車の燃費も悪い(1リッター300メートル程度)ことから、なかなか動かせない状況が続いているという。スタッフも元軍人や他に本職を持つボランティアが中心で、部材を購入する予算もないため自費で購入したり、廃材を代用したりして独自の方法で修復しているという。
日本人の感覚としては、“軍事遺産”とも言える貴重な兵器をそんな疎略に扱っていいのかという気もしなくもないが、国から支援される年間予算が100万円程度と聞くと、居ても立っても居られず、ボランティアとして個々人で保存に向けてできる事をしているというのが実情である事がわかる。
ここでボランティアとして働いているのが、「ガルパン」こと「ガールズ&パンツァー」が好きすぎて日本語を習得し、2015年は劇場版のために来日し、さらに通常版、爆音、4DXの3種類を計10回観たというポーランド人“オペちゃん”である。「ガルパン」好きのポーランド人として日本語でTwitterも行なっているため、知っている人もいるかもしれない。
彼が習得した日本語はアニメがベースとなっているため、「オス」、「そうだな」、「いいぞ」、「ポーランドは最高だな」、「ポーランド軍を舐めるなよ」と、使う日本語のほとんど全てがアニメのセリフ風であり、「ガルパン」の話題を振ると、「うむ、ガルパンはいいぞ」と完璧な受け答えをする極めて濃度の高い「ガルパン」オタクである。そのオペちゃんが今回この施設を案内してくれた。
オペちゃんは直前まで日本にいて「ガルパン」劇場版を4DXで観てきたばかりだという。「ガルパン」が好きすぎるあまり、今回のガイドにおいても、「ガルパン」語が普通に挿入される感じで「はい、これIV号戦車、アンコウさんチームね」、「はい、これは三突、Stug、カバさんチームだぞ」、「やっぱりここ(ポーランド軍事技術博物館)はいいなあ、秋山殿のパンツァーハイはよくわかるね、好きな女の子はダージリンだけど」という具合で、本稿においてもオペちゃんの解説の影響で、「ガルパン」語が出てしまう可能性がある事を御了承いただきたいですよねぇ。西住殿!
ポーランド軍仕様のIS-3がカッコイイであります!
さて、フェンスで囲われた施設の中に入ると、目に入ったのは、ずらりと並べられた戦車群だ。ポーランド軍仕様のソ連製戦車が20台も並んでおり、その姿はまさに壮観だ。手前から奥に向けて年代が新しくなっており、手前はT-34の初期型から、T-34-85、IS-2(JS-2)、IS-3(JS-3)、T-55と続く。いずれもポーランド軍配備車輌であることを示す鷲の紋章もしくは菱形の紋章がペイントされており、ポーランド軍から払い下げられた車輌であることがわかる。
これら戦車のほとんどの車輌はレストアされ、ペイントも塗り直されている。外装もペイント塗り直しだけでなく、アーマー自体が新しくなっているものもあり、現役感バリバリだ。ただし、戦闘で破損したり、標的機として多数の砲弾の受けた上に退役したものも含まれているため、傷だらけの戦車も少なくない。
戦車の内装については、すべてパーツが取り外され、おそろしいほど錆び放題の機体もあれば、すべてが完動品の状態の機体もあった。内部が錆び放題の機体はレストアの必要があるということだが、予算と優先順位の関係でなかなか実施できないようだ。
オペちゃんは、戦車1台ごとに「いいなあ」とつぶやきながら、戦車をなでさすりながら1台1台を解説してくれたが、個人的に感激したのは第二次世界大戦は交戦機会がほとんどなかったというスターリン型3型重戦車IS-3だ。当時としては画期的だった傾斜装甲の全面採用や、扁平な砲塔による車高の低さなど独創的なデザインを採用しており、“未来の戦車”のイメージとしてSF作品に多大な影響を与えた戦車だ。ウォーゲーミングジャパンの五十嵐氏によれば、デザインと使い勝手の良さで「World of Tanks」において今もっとも人気の高い戦車のひとつだという。
ちなみにここにある戦車の中でもっともラインナップが豊富なのは、ポーランドが共産国だった時代に大量に提供されたT-55で、T-54を改良したT54 U、世界中で活躍したベストセラーモデルで北朝鮮ではバリバリ現役だというT-55AMのバリエーションなど、計3台が置かれている。そして“最新鋭の戦車”はT-72。1971年に誕生し、現在に到るまで様々な紛争で実戦投入された無数の戦歴を誇る戦車だが、技術の面で西側の戦車に劣り、戦果はそれほど多くない。
ひとつ勉強になったのは、T-34の初期型からT72までを一望してみて、IS-2あたりから戦車の大きさは主砲の口径も含めてほとんど変わっておらず、むしろ車高が低くなったぶんだけ小さくなっているということだ。「でも、主砲の性能は全然違うし、砲弾の重さも違うけどな」とはオペちゃん談。
戦車の奥にはカチューシャをはじめ、自走砲がずらりであります!
戦車の奥は、“スターリンのオルガン”として知られるカチューシャ自走式多連装ロケット砲をはじめ、自走砲、駆逐戦車、ロケット/ミサイル車輌などが並んでいる。戦車に比べると保存状態は一段落ち、錆が目立つ車両が増えてくる。
ただ、兵器としての迫力は圧倒的で、オペちゃんが「これがソ連のワンパンマンな、一発で何でも壊せるぞ」と紹介してくれたISU-152の主砲の巨大さ、カチューシャから始まる歴代の自走式多連装ロケット砲の禍々しさなど、戦車より兵器としての本性がむき出しになっているような印象だ。
レアな車輌も多かった。1つはASU-85だ。オペちゃんになぜ戦車が紛れ込んでいるのかと尋ねたところ、このASU-85は単なる戦車ではなく、戦後に誕生した空から降下させて運用する“空挺戦車”だという。車体は水陸両用戦車PT-76を流用し、重量は戦車としては格段に軽い15.5トンしかない。
もうひとつは、自由ポーランド軍仕様の英軍戦車Sexton自走砲。ポーランド亡命政府の指揮下にある自由ポーランド軍に配備された車輌で、こちらはポーランドのレジスタンス活動を象徴する遺産として、綺麗にリストアされ、大事に展示されている。
3つ目は、米軍の自走カノン砲M107だ。なぜここに米軍兵器があるのかというと、ソ連軍がベトナム戦争に勝利した際、廃棄された米軍兵器を持ち帰り、それをポーランドに分け与えたものだという。この博物館には、こうした鹵獲品がいくつかあり、異彩を放っている。
車輌ゾーンの奥にあるのは、ポーランド空軍から払い下げされた航空機ゾーン。歴代のMigシリーズや輸送機が並んでおり、こちらも壮観だが、車輌と違って、すべて退役済みの廃棄機ばかりで、飛ばせるレベルでメンテナンスされている機体は1台もない。理由は予算と、航空機のジェットエンジンをメンテナンスできるエンジニアがいないためということで、エンジンや兵装などが備え付けられたまま、野ざらしの状態で並べられている。
通常はエンジンや兵装は、払い下げる段階で取り外されるのが普通ということだが、取り外す予算もないため、付いたままとなっている。これは軍事博物館の展示品としては非常にレアな状態ということだ。
施設の中央にはレンガ造りの建物がある。ところどころ壁に大穴が空き、雑草が生い茂る天井部分には野砲が配置されている。聞くところによれば、第二次世界大戦当時、ここは軍の基地だったということで、2カ所の大穴はドイツ軍の急降下爆撃機シュトゥーカの250kg爆弾の直撃を受けた跡ということで、軍事遺産としてそのままの状態で遺しているようだ。
建物は中に入ることもでき、内部にはポーランドで使用された初期の戦車や走行車、輸送用ボート、迫撃砲などが置かれている。いずれも資料として価値が高いものばかりで、特に奥に置かれていた野砲は、対ドイツ戦で使われ、シールド部分に撃破した車輌が書かれており、遺産として価値の高いものだという。
そして建物の裏手にひっそり置かれているのが、ドイツ軍の兵器だ。ポーランド軍事博物館と同様、第二次世界大戦中にポーランド国内で破壊されそのまま廃棄されたものを回収したものばかりで、戦車底部だけ、車輪だけ、主砲だけなど一部のパーツが置かれている。ここの見ものはティーガーIIの主砲。あまりの長さと巨大さに驚かされる。
実際にT-55 Uに乗ってみたであります!
そして最後にT-55 Uに実際に登場させてもらった。内部に入るためのハッチは上部に2箇所、手前の運転席に1カ所の計3カ所が用意されている。いずれも成人男性がようやく入れるほどの幅しかなく、専用の足掛けポイントもないため、どう降りていいかわからない。答えは適当に足をかけて降りる。
なんとか車内に降りてみて最初に驚いたのは車内の狭さだ。左のハッチから降りると、そこが戦車長の位置で、手のひらほどのサイズの椅子をお尻の部位に設置して座るのだが、注意しないと計器類に当たってしまうほど狭く、この狭い空間に、右側に装填手、奥に照準手、そのさらに奥に運転手と計4人も搭乗しさらに戦うというのが信じられない。
その後、一旦外に出て改めて運転席に入ってみたが、アクセルやクラッチ、ブレーキなどを操作する足回りは比較的ゆったりしているが、頭がハッチにつかえてしまうほど低い。このためほとんど水平まで倒れた背もたれに体を預けて寝そべるような体型で操縦しなければならない。
その体型から左右を見渡すと前後左右は計器で埋め尽くされており、説明はロシア語で書かれているため判読できなかったが、かなりレアな体験ができた。
試しにTー55 Uの隣にあるIS-3も乗ってみたいと伝えたところ、中を見てもいいが内部はすべて取り外されているため、入れないという。試しに中をみせてもらったが、このまま放置したらいずれ朽ち果てるのではないかと思うぐらい錆びている。砲弾の収納の仕方がユニークで、円形の砲塔の内側にぐるりと張り巡らせるように収納する方式が採用されている。
3時間ほど滞在したが濃密すぎてあっという間だった。まずガイドブックには記載されないようなマニアックな施設だが、「ガルパン」ファンをはじめ、戦車やミリタリーに興味のある人なら最高に楽しめるだろう。オペちゃんにTwitter経由で連絡してガイドを依頼してもいいだろう。ワルシャワを訪れた際は、昨年レポートしたポーランド軍事博物館とセットで訪れてみてはいかがだろうか。