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【特別企画】戦車と戦闘機で溢れかえる「ポーランド軍事博物館」に行ってきた

クブシュやハインド、IS-2の勇姿にシビれる! エニグマ暗号機の意外な真実も

4月24日視察



会場:ポーランド軍事博物館

 「World of Tanks The Grand Finals 2015」のホスト国となったポーランドの首都ワルシャワには、古今の兵器が集められた軍事博物館がある。今回のワルシャワ取材では、もし自由時間があればぜひ行きたいと思っていたが、なんとプレスツアーに組み込まれており、到着翌日に訪れることができた。そこで本稿では「World of Tanks The Grand Finals 2015」レポート番外編として、ポーランド軍事博物館レポートをお届けしたい。

 ポーランド軍事博物館は、ワルシャワの中心地にあるポーランド博物館に隣接した、第二次世界大戦以降に採用された戦車や軍用機が敷地の庭一面に敷き詰められた世界的にも珍しい軍事専門の博物館。施設内には中世から現代までの軍事的資料が展示され、列強に挟まれ常に戦火に見舞われてきたポーランドの軍事的な一面を学ぶことができる。入場料は15ズロチ(約500円)で、定休日は月曜日。

 目玉は旧ソ連、ロシア製の戦車や戦闘機、迫撃砲などで、「World of Tanks」でもお馴染みのT-34やIS2を手始めに、センチュリオン戦車、そしてMIG-29、戦闘ヘリ“ハインド”などなど、あらゆるカテゴリーの兵器が所狭しと並べられている。しかも屋外展示は無料となっており、奥は森林公園に繋がっていることもあり、市民の憩いの場として活用されている。

【ポーランド軍事博物館】
ミリタリーファンなら1度は訪れたいポーランド軍事博物館

 その展示内容はワシントンDCの航空宇宙博物館のように世界中から状態の良いものをかき集めてきたという感じではなく、ポーランドがこれまで採用してきた古今の兵器をそのまま並べている感じで、飾らない無雑作なスタイルが兵器の本質を鋭く際立たせている。屋外展示でもっとも多くの割合を占めるのは第二次世界第戦中の兵器で、戦車、装甲車、迫撃砲、要塞砲、戦闘機、攻撃ヘリ、輸送機など様々なバリエーションのものが数多く展示されているが、これはもともとポーランドが軍事研究のために兵器を集めていた影響が大きいということで、旧東欧圏の兵器中心ながらかなり充実したコレクションを誇る。

 ちなみにお隣のドイツを始めとしたヨーロッパ諸国の兵器はほとんど置いておらず、唯一の例外は、ドイツ軍が大戦中に遺棄した列車砲ドーラの80cm砲弾と、カール自走臼砲の60cm砲弾、そして破壊された状態の駆逐戦車ヘッツァーが展示されている程度だ。米軍に至っては、T-34と共にリペイントされ、貸し出し展示にも対応するM4シャーマンのみ。視察に赴いた夕方に、2台とも「The Grand Finals」会場に運び込まれ、会期中ずっと展示されていた。

【戦車】
T-34中戦車
M4シャーマン 中戦車
センチュリオン MK-5 中戦車
T-34-85M中戦車
T-55U中戦車
PT-76 水陸両用車
ZSU-57-2対空戦車
2S1“GOZDZIK” 自走榴弾砲
38式軽駆逐戦車“ヘッツァー”
SU-76M自走榴弾砲

【軍用機】
IL-10 戦闘攻撃機
IL-2M3 攻撃機
YAK-9P 戦闘機
TU-25 爆撃機
SU-22戦闘爆撃機
MiG-29 戦闘機
MiG-21 戦闘機
PZL-130 Orlik 練習機

【ドーラとカールの砲弾】
列車砲ドーラと臼砲カールの説明文
左から列車砲ドーラの80cm砲弾と臼砲カールの60cm砲弾

 建物内部には11世紀のポーランド王国から第二次世界大戦以降までの軍事資料が展示されている。1階は、中世から第一次世界大戦までの軍事資料が展示されている。嬉しい誤算だったのは中世に作られた武器や甲冑のコレクションの充実振りだ。ロンドンのウォレスコレクションやニューヨークのメトロポリタンミュージアムに勝るとも劣らない量と質で、大剣、槍、鉄砲、槌、甲冑、兜、鞍などが時代別に群れを成して展示されている。歴史的遺物を経年劣化から守るためか、全体的に照明が暗めなのと、説明文がところどころポーランド語しかないところが玉に瑕だが、中世の武具好きはこれらを見るだけのためにワルシャワを訪れる価値があると断言できる。

【中世の展示】

【第一次世界大戦の特設展】

 2階に上がると近世から第二次世界大戦時代までの銃器や軍服、軍旗などが年代毎にガラスケースに入れられて展示されている。第二次世界大戦時におけるポーランド軍は、1939年のナチスドイツとソ連による分割占領までと、ワルシャワ蜂起以降ぐらいしか印象になかったが、実際には1939年9月にドイツとソ連が分割占領以降も、ロンドンに亡命した亡命政府指揮下のポーランド軍が存在し、英米軍と共にアフリカ戦線やヨーロッパ西部戦線を戦っている。博物館にはそれら自由ポーランド軍が採用していた兵器や軍服が展示されている。

【近世〜第二次世界大戦】

 さて、全体としてそれほど大きいミュージアムではないため、2時間ほどでひととおり見ることができたが、個人的に印象的だったのは、KUBUS(クブシュ)、IS-2、ハインド、エニグマ暗号機の4点。写真と共に簡単なインプレッションをお届けしたい。

 KUBUS(クブシュ)は、1944年8月、ポーランド市民がワルシャワ蜂起の際に実戦投入した、民間のトラックを改造して作られた装甲車。正確にはトラックに雑多な鉄板を溶接でつなぎ合わせた“装甲車もどき”で、わずか1両しか作られていない。ワルシャワ蜂起におけるポーランド人の団結を象徴する歴史遺産として、その1台が修復された状態で展示されている。そのワルシャワ蜂起そのものをテーマにしたワルシャワ蜂起博物館には、自走可能なレプリカが存在し、様々なイベントに登場するようだ。

 近くまで寄ると、溶接跡がハッキリとわかり急造感が強いが、それが戦中の雰囲気を生々しく伝えている。継ぎ接ぎのアーマーは車輪まですっぽり覆い隠しており、かなり実用性は高かったことをうかがわせる。数回の戦闘参加では、兵士の輸送のみならず、機銃を積んで攻撃に参加したこともあり、それ用の銃眼も確認できる。攻防に渡ってポーランド部隊を助けたようだ。ちなみにワルシャワ蜂起そのものは、ドイツ軍がまだ精強だったことと、呼応するはずのヴィスワ川対岸に展開するソ連軍がまったく動かず、失敗に終わる。その後、ドイツ軍の報復により、徹底的に破壊されることになる。KUBUSは、その無残な歴史を今に伝えてくれる重要な歴史的遺物となっている。

【KUBUS(クブシュ)】
お土産にはKUBUSのプラモデルが販売されていた

 IS-2は、別名スターリン戦車とも言われる、「World of Tanks」でもお馴染みのティーガーやパンターを凌ぐ性能を備えた重戦車として、ソ連軍のT-34と並んで有名な戦車である。もちろん、「World of Tanks」にも重戦車のカテゴリで登場する。その特徴は何と言っても122mm48.5口径砲という長大かつ強力な主砲で、あまりに主砲が長すぎて、主砲をすべて入れて写真を撮ろうとすると、バランス的に車両本体が小さく見えるほどである。

 近くで見ると、とにかく「(車両が)デカくて、(主砲が)長い!」に尽きるが、T-34やKV-1と異なり、丸みを帯びたボディは、M4シャーマンに代表される米戦車のデザインの影響が感じられる。T-34と比較するとキャタピラを駆動させる車輪の数が多く、他の重戦車と同様に足回りに脆弱性が感じられる。ロシアをはじめ他の国に展示されているIS-2は、仰角を高めに設定し、自走砲のような見た目のものが多いのに対し、ポーランド軍事博物館は、主砲がほぼ水平位置で、戦車戦を脳内シミュレーションし易い。色んな意味でオススメである。

【IS-2 重戦車】

 “ハインド(雌ジカ)”は、その現役寿命の長さと華々しい戦果で世界でもっとも有名な攻撃ヘリだが、ハインドはNATOが命名したコードネームで、当然のことながら設計国のロシアではそういう呼び方はしていない。ソ連側の愛称はクラカジール(クロコダイル)で、正式名称はMi-24。ポーランド軍事博物館でも、素っ気なく「Mi-24D」とのみ書かれており、しかもなぜか英語での説明がない。旧東欧圏を中心にまだ現役で使われている攻撃ヘリのためか、それともこの資料だけ共和国時代のものが残っているのか、ちょっとした謎である。

 そしてこいつもまたデカい。軍用の迷彩塗装は半ば剥落し、たわんだ回転翼は長年の経年劣化でさび付いており、この機体が再び飛び立つことはなさそうだが、12.7mmガトリング機銃や30mm連装機関砲は装着されたままであり、往年の活躍ぶりを彷彿とさせ、訪れた日は暑いぐらいの陽気だったが、背筋がヒヤリとさせられた。

【Mi-24D(ハインド)】

 エニグマ暗号機は、様々なヨーロッパ諸国の軍事博物館で見ることができる定番の軍事資料だ。第二次世界大戦でドイツ軍が使用していた暗号機であり、英軍の秘密組織が暗号を解読し、その内容を知ることにより、戦争を早期終結に導くことができたという代物である。アラン・チューリング博士を主人公にした映画「イミテーション・ゲーム」でも、再び脚光を浴びているエニグマ暗号機だが、こんなところにもあったのかという驚きがひとつと、ここワルシャワでエニグマ暗号機に関する意外な事実を知ることができた。

 ポーランド軍事博物館に展示されているのは、タイプの異なる新旧2種類のエニグマ暗号機。いずれも状態が良く、手入れをすればまだ使えそうだった。印象に残ったのはエニグマ暗号機そのものよりもその説明文で、アラン・チューリング博士率いる英軍暗号解読半よりも早く、しかも第二次世界大戦前、説明によれば1932年に、3人のポーランド数学者がすでに解読に成功していたという。1933年から1938年の間にかけて10万単位の通信を傍受し、ポーランドは、ナチスドイツが何をしようとしているのか知る状況にあった。しかし、ドイツ軍は1939年、戦争開始前にエニグマ暗号機を全面改良し、ローターとプラグを増やし、そのパターンを飛躍的に増大させた。ポーランドは人員的、予算的な都合で、解読を断念し、ノウハウと機材を戦争直前の1939年7月に英国とフランスの情報機関に提供したという。

 第二次世界大戦中は15人ものポーランド人暗号解読者が、フランス、次いで英国で暗号解読にあたり、英国ではポーランドのノウハウとポーランドの数学者たちが設計した“Bombe”と呼ばれる暗号解読器により、再び暗号の解読に成功。後は歴史が記すとおりの結果となる。エニグマ暗号機をポーランド人が世界に先駆けて解読し、かつ英軍の暗号解読にもポーランドのノウハウが使われていたとは知らなかった。書籍や映画等を通じてある程度知っていたつもりでも、別の光を当てるとまた違った事実が見えてくる。ポーランド軍事博物館では、それを良く痛感すると共に、歴史を学び直す良い機会ともなった。ワルシャワは日本からの直行便がないため、おいそれと行ける都市ではないが、ワルシャワに行く機会があればぜひ寄るべき博物館だ。

【エニグマ暗号機】

(中村聖司)