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現実化している「攻殻機動隊」の世界。「攻殻ユニバーシティ」
AIの進化、マシンとのハイブリッドによる超人類を模索する大学教授達
(2016/2/12 10:08)
士郎正宗氏原作の「攻殻機動隊」の世界を現実化する事を目標に日本の最先端の研究者が集結した「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT the AWARD the AWARD」。本稿では研究者達が最新の取り組みを語った「攻殻ユニバーシティ」を中心にレポートしたい。
士郎正宗氏が「攻殻機動隊」を発表したのは1988年。それから28年が経過しているが、作品が提示した“サイバーパンク”というテーマはいまでも多くの人を魅了している。研究者の中にはこの作品に影響を受けた人も少なくない。そして作品そのものも、社会や時代の価値観の影響を受けながら今でも最新作の劇場アニメが制作されている。
人体と機械のハイブリット、コンピューターネットワークに覆われていく社会、AIの進化……作品が提示した世界は最先端技術と研究者達の理想により“現実”に近づきつつある。「攻殻ユニバーシティ」では5人の研究者による現在の先端技術と、その考察が語られた。
「攻殻機動隊×ウェアラブル」
神戸大学教授の塚本昌彦氏は「攻殻機動隊×ウェアラブル」というタイトルで講義を行なった。塚本氏はメガネにつけるコンピューターを装着し、「皆さんも今すぐコンピューターを身につけるべきです!」と力説した。塚本氏は「予言」という形で未来を予測しており、いささかエキセントリックな意見を展開していった。
塚本氏はウェアラブルコンピューターはインプラントや義体に繋がるものであり、人間がスマホに気を取られ現実を見失うのとは逆方向であり、現実を拡張し、さらなる楽しさをもたらすモノとして明るい未来を予測する。しかし一方で、人工知能の爆発的な進化を危惧する。ウェアラブルからインプラント、そして人間の能力を拡張する「超人類への進化」こそが、人工知能の“主人”として人類が求められる役割だと語るのだ。
人類は5年後に義体化、10年後に電脳化、そして20年後に脳にナノボットを送り込むことで知性を進化させ、マインドアップロードにより永遠の命を手に入れ、そして拡張させた人間が「シンギュラリティ(技術的特異点)」を越え、幸せな未来をつかむという。人工知能は今後人類の予測を超えた進化をするという意見に対し、塚本氏はコンピューターと共に歩く人類こそが、人類も人工知能も越えた存在になるという。
「ソーシャルシステムの進むべき方向性」
「ソーシャルシステムの進むべき方向性」という講義を行なったのは九州大学名誉教授の村上和彰氏。情報通信技術によって様々な情報を収集し、それを社会運営に活用していく「スマートシティ」を提唱し、実際に福岡で様々な試みを行なっている。こういった活動はアメリカやオーストラリアなど様々な国や都市で進行しているという。
データを収集した上で形作られるデータ都市を効率よく運用する「都市OS」を制作し、現実の都市にフィードバックしていく。都市OSという考え方をテスト都市で作り上げ、そして他の都市に当てはめていく。さらに塚本氏は有機的に都市が連携していくことで地方都市の隠された魅力「ロングテール」を見つけ出し、そして一極集中型の現状から、地方創成へ繋がる方法こそが、スマートシティであり、都市OSだと村上氏は語った。
「フィクションとテクノロジーの相互作用」
「フィクションとテクノロジーの相互作用」を講義した東京大学教授の稲見昌彦氏は“光学迷彩”を実現したことでも話題を集めた研究者だ。カメラの映像をスーツに投射することで透けたように見えるプロジェクタ投影型の光学迷彩は米軍など「身分を明かせない質問者」からの連絡が殺到したという。稲見氏は現在は「超人スポーツ」を提唱し、日本ならではのハイテクを組み合わせたスポーツを広めている。
人類の肉体の拡張、光学迷彩これらの技術は開発され、コミックや小説アニメに描かれ、その刺激が研究者を刺激していく。稲見氏は先輩研究者に見せて貰った「攻殻機動隊」が研究へ強い影響をもたらしたという。影響はどちらも一方的ではなく、フィクションが現実の技術に影響を及ぼし、そしてその最新技術が作品のクリエイターに影響を及ぼす。稲見氏は、光学迷彩の技術を車の内側に投影することで、車体で隠れる部分を映しだし、安全性を高める実験なども紹介した。
また、人間の身体と技術において、人間の強化、遠隔のロボットを身体感覚を共有して操作する、コンピューターによる知能強化、これらはフィクションと現実で相互作用で進化している。またお互いの視点を交換することで生まれるユニークな感覚など、稲見氏は様々な動画や写真で技術のアプローチと進化を説明していった。
「人間は道具を使える唯一の生き物である」と言われていたが、現代ではカラスやチンパンジーも道具が使える生き物であることがわかっている。そこで稲見氏は新たな人類の定義として「自分の肉体を再デザインできる生き物である」と新しい定義を提唱し、講義を終えた。
「体性感覚メディア技術」
筑波大学教授の岩田洋夫氏は「体性感覚メディア技術」という講義を行なった。岩田氏は“触る技術”を研究しており、まずアクチュエーターが多数仕掛けられた外骨格デバイスに手を入れることで様々な抵抗で“ボールを手に持ったような感覚”を再現し、次にペン型デバイスの両端にアクチュエーターをつけることでペンで突っつくことでの触感を再現、さらに平面のデバイスに裏側から抵抗を生じさせることで様々な質感を再現。現代には存在していないカンブリア紀の古代生物「アノマロカリス」に触れているような感覚を表現した。
さらにボールを空気圧で膨らます「Volflex」では空気圧で様々な堅さの物体の触感を再現。医療関係者向けに“肝臓の触感を再現”するマシーンも開発している。そして最新のデバイスとしては人間が歩こうとする方向に床を動かすマシーンにより、VR技術と組み合わせ、その場から動かずに移動できる感覚を実現した。こちらはさらなる小型化や、他の会場に持って行けるモジュラー化を行なうなど進化しており、早速他国に真似されるなど、かなりの反響を得ているという。
また岩田氏のチームは「タチコマ型ビークル」を作りメディアで大きく騒がれたという。人を包むようにコクピットが形成されており、窓はない。運転者はVR端末で中から外部の情報を得て移動する。“タチコマ型”というのが受けて、他の研究以上に大きく取り上げられた。ただしコクピットの形状などは厳密には設定とは異なっており、現在は改良型を開発中だ。
さらに岩田氏はプレハブであるが世界最大のVR空間として活用できる“秘密基地”を大学構内に建造し、様々な実験に活用している。空を飛ぶ感覚を再現できる装置や、多くの人が同時にVR体験ができるコンテンツも開発した。さらに高さ5メートルの巨大ロボ風の外骨格マシンを製造、搭乗することで自分の体が5mになり歩行している感覚を再現した。最初はかなり怖いがこの独特の感覚は様々な新しい感覚を体験者にもたらすとのことだ。
「人工知能と攻殻機動隊」
はこだて未来大学教授の松原仁氏は人工知能学会の会長を務め、コンピュータ将棋の研究でも知られる研究者だ。「人工知能と攻殻機動隊」としてチェスや将棋への人工知能の取り組みの歴史と現代を語った。人工知能そのものは、何度かの“ブーム”を迎えている。最初期は1950年、この頃は「チェスのルールを再現できる」程度が精一杯で、研究は盛り上がったもののコンピューターの性能が低く、1980年にももういちど盛り上がるものの2000年代まであまり注目されない分野となってしまっていた。
しかし現在は大きく盛り上がっている。それが「深層学習」と呼ばれる機械学習の分野だ。チェスや将棋の対戦AIは、これまでは棋士の手を入力し研究を行なっていたが、AI自身が他のAIと対局を何度も何度も行ないそしてプログラムを改良していくという方法で大きな進化を遂げた。将棋においてはこれまでになかった“新手”を見つけ出し、それを現実の棋士が実際の試合で使うといった現象も生まれているという。チェスは1997年にはプロに勝利し、将棋では勝つ実力はあるものの、2015年の“電王戦”ではバグをつかれて負けてしまった。
ただし松原氏は「AIが人間に勝つ」というマスコミの取り上げ方に不満を持っているという。AIも人間が作るプログラムであり、人間の知性の証明である。全く異なる存在が戦っているのではなく、人間同士が知性を競う「異種格闘技戦」として欲しいという。また、チェスはAIが勝った後も「マインドスポーツ」として人気を誇っているが、ファンの反応などから将棋が人気を持続できるかという不安も持っているとのこと。AIは今後は単に勝つだけでなく楽しい勝負ができる方向へ進化していくだろうと松原氏は語った。
そして松原氏は「創造性は人間しか持てない」というテーマを覆す挑戦も行なっている。将棋の新手を生み出すというのは、AIが創造性を持っているからだと主張する。AIに“小説”を書かせる実験も行なっており、星新一氏のような“ショートショート”を生み出すAIを作っている。そして今後は特定の分野に特化したものではなく、「世間話」すらできる汎用のAIが生み出されていく時代が来るのではないかと松原氏は語った。
人間にできないくり返しの学習をものすごいスピードで、しかもコピーを作れば並列して行なえるAIは人間に理解できない進化をする可能性がある。しかし実は何かの原因でプログラムが止まり、専門家がカンでパラメーターをいじるという“おまじない”で動いている部分がある。このおまじないを解析する方法、AIが出した答えが「どういった原因でその答えにたどり着いたか」というのを説明できる方法が求められているという。AIの進化はまだまだ未知の部分が多く、今後はAI自身が「何をどう考えているか」という“思考の道筋”を開陳するような方向性への研究も求められているとのことだ。