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PS4「No Man's Sky」、プロシージャル技法で実現する未知なる宇宙
新世代の自動生成における開発者とソフトウェアの関係とは!?
(2015/3/5 14:03)
果てしない、それこそ天文学的スケールが話題となっている「No Man's Sky」。広大な宇宙を舞台に、「プロシージャル」な技法をフルに活用したプレイステーション 4用SFシミュレーションゲームだ。GDC2015初日、小規模開発で知られるHello Gamesで本作のアートディレクターを務めるGrant Duncan氏は、Art Direction Bootcampにて「How I Learned to Love Procedual Art」(こうして僕はプロシージャルな絵作りとの付き合い方を飲み込んだ)と題した講演を行った。「No Man's Sky」ユニバースのビジュアルがどのような仕組みで構成され、ビジュアルはどこを目指すのかが明らかにされ、本作のゲームプレイで体験できるであろう「未知なる宇宙」を予感することができた。
「No Man's Sky」は、昨年のE3 2014で発表され注目を集めたSFシミュレーションゲームだ。プレイヤーは、自分の宇宙船を駆り広大な恒星系を探索する。各惑星では、資源を集めたり、自己の宇宙船を改良したりすることができる。また他の宇宙船と戦闘状態になることもあるという。本作のビジュアルは、Hello Gamesが本拠を置くロンドンのデザイン・ミュージアムのデザイン・オブ・ザ・イヤー2015にノミネートされるほど高い評価を受けているモダンなものでありながら、冒険の舞台である宇宙の星々は、そのありとあらゆる構成要素がプロシージャル技法で生成される。
プロシージャルとは、ごく簡単に言うと“自動生成”ということになる。これは決して新しいものではなく、従来より様々な部分でプロシージャルな試みは行われている。特にアートワークは、ゲーム開発の中でも多大なマンパワーが要求されるパートだ。アートリソースの製作にプロシージャルな技法を活用すると省力化に繋がり、ひいては開発コストの抑制に繋がる。
また、自律的に行動するMobが、状況に応じて「らしい」反応を見せると、ゲームのリアリティは格段に向上し、プレイヤーのゲーム体験はよりエキサイティングなものとなる。さらにプロシージャルであることを前提に、何度も何度もプレイを繰り返すことができるエンドユーザーにとってお値打ち感の高いゲーム、ということをウリにすることもできる。開発者によって徹底的に作り込まれたデータを隅から隅まで堪能するタイプのゲームデザインの対極に位置し、イレギュラーに対する状況判断とその対処の妙味がプロシージャルなゲームの遊ぶところだ。
たたし、プロシージャルなゲームにすれば、それだけで優れた、高評価を得られるゲームになるというわけではない。ことビジュアルに関しては、プロシージャルでないゲームと同様に、SF、無限の世界、シミュレーションで統制された世界というキーフィーチャーに即して、資料を集めコンセプトを固めていかなくてはならない。その対象が、1,800京(64ビットで表現可能な範囲。正確には1,844京6,744兆737億955万1,616)という途方もない数だと聞いて、Duncan氏は悲鳴をあげたという。その上で、プロシージャルでをやる意義を、完全なランダムだが、かといってランダムなだけではないこと、プレイするたびに新しい違った世界が創造されること、算術数学的なものであること、つまり彼にとっては「DARK MASIC」(黒魔術)であること捉え、本作採用するビジュアルのアプローチを決定していった。
プロシージャルを受け入れたDuncan氏だったが、当初プロシージャルなビジュアルに懐疑的だったという。プログラマ的なアートでは、際限なくダラダラと続くただ広いだけの「リアル」な荒野が広がり、子供向けのマンガのようなざっくりとしたクリーチャーが生まれてしまう。なによりプロシージャルは、アーティストから自分の思いのままになる聖域を奪い取ってしまう存在なのだ。ランダムで美しい絵が生まれるわけはなく、ともすればイマイチな絵が出来かねない。ましてやアーティストは何から何まで自分の思った通りにならないと気が済まないわけだから、ディティールに悩まされ、プロシージャルに生成される樹木をみては心を痛めることになった。これらの発言からは、暗に本作との類似が指摘されている「SPORE」との差別化ができており、開発シーンにおいて強烈なアンチテーゼがあったことを感じさせる。「SPORE」のビジュアルは、Duncan氏が「Programmer Art」と称するビジュアルそのものであるからだ。
そうして出来上がったプロシージャルという名の「スープ」、つまりルール無用の何もかもが混沌と混ざり合った「ごった煮」に対して、Duncan氏は本作で一定の縛りを設けることにした。
まず「Blue Print」システムを採用し、アーティストはアートリソースの原型となるテンプレートを用意する。続いて、手作りのアートデータとランダムに生成したアートデータのハイブリットを生み出せるようにする。さらにバリエーションについては完全にランダムに生成されるようにした。こうして、混沌としただけの「スープ」は新しい「スープ」へと生まれ変わり、非常に多くのバリエーションを獲得しつつも、コントロールする必要がなく、(何でも自分で思うがままに描きたい)アーティストにとっては「最悪の悪夢」が誕生することになったのだ。
具体的には、生成されるランドスケープや動植物に対して、完全なランダムでカラーを与えるようなことはせず、テーマ性を持たせたカラーパレットをカラー体系を司るシステムが割り当てることであったり、物理ベースのライティングの採用であったりする。またモデルに対しても、一貫した組み合わせルールを設け、法則性を持たせている。これらのことから、「No Man's Sky」の目指すゲームワールドが、モダンで洗練された、調和のとれたという意味での「美しい」ビジュアルであことが分かる。「Spore」のような、何が生まれるかわからない、ハチャメチャができる、びっくり箱のような楽しげな世界ではない。
「No Man's Sky」は、あくまでランダムでプロシージャルな無限の宇宙でありながら、それと同時に、現実の世界と同様、体系付けられた一貫した秩序のある世界を創造することに重きを置いている。そのために完全にランダムにせず、ルールやセオリーを司るデータを仕込んでおくという形で開発者の作為が介在しているのだ。プロシージャルな技法を採用しても、やはりゲーム開発には多大な時間を費やす必要があり、決して開発者の苦痛が取り除かれるわけではない。
プロシージャルの意義を認識したDunkan氏が言うように、「Quixel Suite」「Speed Tree」「Substance Designer」といったプロシージャルなアプローチを採用するツールはますます増えており、その活用は開発者にとって有意だ。ところがプロシージャルであるからといって、無から何かが生まれるわけではない。そして、手作りとツールによる生成のハイブリットは有用で、部位ことにキャラクターを作成して組み合わせるといった手法も有効だ。プロシージャルは、いわばキャンバスにペンキのしぶきで描くアートのようなもので、多大なバリエーションデータを用意する必要はない。これらのテクノロジーを前向きに活用しながらも、人間とテクノロジーの住み分けと協調が重要だとするDuncan氏のアートディレクションのポリシーは、同氏や本作に関心を寄せ集まった多くの開発者達の共感を得たのではないだろうか。
探索可能な惑星が1,844京6,744兆737億955万1,616個と、その膨大な数の話題が先行している感がある本作。面白さを決定付けるゲームデザインは未知数ながら、高いビジュアルクオリティの肝は、人間にしかできないしっかりとした仕込みと機械が得意とする大量増産の相乗効果だということがわかった。しかも両者は、発者の手によってしっかりと手綱を取られている。モダンアートで語られる幻想的な宇宙空間が圧倒的な規模で繰り広げられることによる満足は疑いもなく、実際に惑星探索をする日が待ち遠しい。人間のイマジネーションの世界が、また一歩進化した姿を見せてくれることだろう。