スクエニ、「スクウェア・エニックス オープンカンファレンス 2012」

「FFXIV」や「Agni's Philosophy」を支えるプロジェクトマネジメント手法


11月23日~24日開催

会場:ベルサール神田



CTO兼テクノロジー推進部コーポレート・エグゼクティブの橋本善久氏

 スクウェア・エニックスが開催した「スクウェア・エニックス オープン カンファレンス 2012」では、前年に引き続いてCTO兼テクノロジー推進部コーポレート・エグゼクティブの橋本善久氏による「ゲーム開発プロジェクトマネジメント講座2012」が開催された。

 アジャイル開発など、ソフトウェア開発の様々な手法を組み合わせた橋本氏の独自のマネジメント手法は、昨年のカンファレンスでも高く評価され、講演の内容をまとめた本も出版される予定になっている。

 今年のセッションでは、去年の内容をふまえつつ「FFXIV」や「Agni's Philosophy」の事例を中心に、プロジェクトマネジメントの具体例を解説した。そのため昨年のレポートと内容的に重複する部分があることをあらかじめお断りしておく。





■ プロジェクトは予測できない。が、放置すればデスマーチになる

プロジェクトには落とし穴がいっぱい。計画の主な変動要因
そして生まれるデスマーチ

 なぜ、プロジェクトは失敗するのか? 完璧な計画というものは存在しないので、プロジェクトは当初立てた計画から少しずつずれていく。その幅は1つ1つの要素では小さいが、スケジュールで1.5倍、人員で1.5倍と重なっていくうちに気づくとプロジェクト全体で当初の予定の10倍大変になっていたということがままある。

 では膨らんだプロジェクトはもはや完遂不可能なのか? 実はそうでもない。仕様を削り、クオリティを下げ、人員を増やし、期間を延長する、品質に少しだけ妥協して、それでも足りない部分は残業でカバーする。気がつくと、立派なデスマーチが完成している。

 プロジェクトは正確な予想などできない。計画も立てずに走り出してしまうようなプロジェクトは論外で、初期に立てた計画を見直すことなく進めたり、見直しのスパンが長過ぎて計画との乖離が無視できないレベルになってしまってからでは問題の修正は難しい。良いプロジェクトは「計画→実行→振り返り」というイテレーションのサイクルを短いスパンで繰り返すことで、早い段階で問題を発見し対処することが可能になり、リスクを最小にすることができる。

 「FFXIV」では、何が問題なのかを調べるところからスタートした。「どんなゲームエンジンを作るべきなのか徹底的に調べ、そもそもどんなコンテンツにすればいいのかしっかり話し合いました」。この間、調査から計画までの手順は一方通行ではなく、例えばGPUのどこがボトルネックになるのかを事前に把握したり、ミドルウェアを選ぶためにプログラムを組んだりと、調査のための実装も行なわれた。

 こまめにイテレーションサイクルを繰り返せば、それだけ計画の精度が上がる。だからといってそれだけをやっていれば必ず成功する訳ではない。橋本氏は犬小屋と超高層ビルの建設を例に、犬小屋を作る手法では超高層ビルは作れない。巨大なプロジェクトはしっかりとした調査・戦略・設計・計画を用意してから望むべきだと語った。


膨らみすぎたプロジェクトが最後に妥協して終了するのはよくある光景計画の見直しがないため、だんだんとずれが大きくなっていく最初に計画したことを、ズレを修正することなく続けていく
そもそも計画がなく、手の施しようがないサイクルはあるのだが1つの期間が長いために少しずつズレていく短いサイクルでこまめに補正をかけることでズレを最小にとどめる




■ ゲームの価値はコスト×生産効率で決まる

プロジェクトマネジメントの手順
プロジェクトの天秤

 プロジェクトマネジメントの手順には、まず調査、戦略、設計、計画という準備段階があり、それをスプリントと呼ばれる4週単位のイテレーションサイクルで実行していく。今回のセッションでは、戦略をたてるための「プロジェクトの天秤」と「開発戦略マトリクス」、「価値空間」、計画の見積もり方の具体的な手法、そしてスプリントについて詳細な説明があった。

 プロジェクトでは、「コスト」と「生産効率」を使って価値を想像する。コストとは開発にかかる時間と人的なリソースで、予算や期間など固定値になりやすいもの。生産効率は例えばチームの能力や士気、開発環境や開発手法などのファンクション。どこが動かせて、どこが動かせないかを決めてプロジェクトをまとめていく。

 入力の結果生まれるものが「価値」で、これは「品質」と「スコープ」に分けることができる。品質は文字通りゲームのクオリティで、スコープはそのゲームの要素となる部分だ。

 プロジェクトの天秤はつねに釣り合っており、ハイクオリティでボリュームのあるゲームを作ろうと思ったら、時間、リソース、生産効率のいずれかを増やしてバランスを取らなくてはならない。「日本のゲームが現世代機で苦しんだ原因がここにあると思います」と橋本氏。生産効率をあげることができず、AAAの大作を作るためにはコストをかけるしかなかった。欧米は、コストも生産効率も日本を上回っているので、価値でも負けてしまっているのが今の現状だ。





■ 「開発戦略マトリクス」で必要不必要の切り分けを行なう

開発戦略マトリクス
立方体で表現できる「価値空間」

 戦略のための指針となるのが「開発戦略マトリクス」だ。これは重要度と難易度という2軸で構成される9つのグリッドで、それぞれのマスで優先順位が設定されている。もっとも優先度が高いのは、絶対に必要だが作ってみなければわからない要素。これがないとゲームが成立しないものなので、早く作って検証してみなければいけない。実験してみて目処がたちそうであれば、そのプロジェクトは成立する。「Agni's Philosophyでは結構これが多かった」そうだ。次に優先度が高いのが、必要度が高くおそらく作れるだろうという要素。こちらもできるだけ早めに検証したほうがいい。

 逆に、なくても困らないのに作ってみないとわからないような実験的な要素は作るべきではない。できれば欲しいが作ってみないと分からないという要素は、橋本氏なら「さっさと切る」要素になる。なるべく欲しくてたぶん作れるだろうという要素はもっともマネジメントが必要な部分で、「あればこのゲームの魅力が1.5倍になるというものは、余力がある場合に限って優先度を高めにしてもいいかもしれません」。

 こうして開発されるゲームの価値は品質×(物量×基本要素数)という方程式で表すことができる。物量はゲームの容量は何ギガあるのかとか、ボスが何人いるのかといったボリューム的な要素、基本要素数は、ミニゲームがあります、育成要素がありますといったゲームのフィーチャーの数。基本要素はゲームのなかで複雑に関連し合っていることが多いので、後から削りにくいため、価値を削る時には「10回ボスが出てくるけど、3回目と5回目は色替えで対応しよう」といったようにたいていボリュームを減らす形になる。

 品質、物量、基本要素はそれぞれをXYZ軸にもつ3次元の立方体で表現できる。この立方体の体積をいかに大きくしていくかがゲームの価値を高めるという意味となる。クオリティは要素や物量は少ないゲームと、とにかく物量が多いゲームを立方体で表現した時、その体積が同じならゲームの方向性は違っていても「価値」は等価となる。どういった形の立方体を想定するかが戦略となるわけだ。

 こうして練り上げた戦略に沿って計画が立てられる。最初に必要なタスクを洗い出し、それを数字に見積もっていく。このとき単に「4日」と1点で見積もるのではなく「最小で3日、最大で5日」と2点で見積もることで、期間の超過を押さえて見積もりの精度をあげることができる。これは4日かかると決めると、例え3日でできる仕事でも4日かけてしまうという「パーキンソンの法則」と、夏休みの宿題のごとくギリギリになってから焦るという「学生症候群」を予防する。

 さらに、最小の目標を決めることでそこを目指す要素が働くのも大きいという。橋本氏のチームでは「2点式見積もりポーカー」という手法で擦り合わせを行ないながら見積もりを出している。また、「1:1:1の法則」として、橋本氏の感覚論として準備と実装と仕上げ(作り込み)の見積もりは1:1:1くらいの比率で考えるべきだという。


効果の高い「2点見積もり」2点見積もりをグループで行なう「2点見積もりポーカー」ゲームのように楽しみながら見積もりが作れる




■ 4週が1単位のスプリントですべてのタスクを管理する

「Plan」→「Do」→「Review」のイテレーションサイクル。以前は赤いマスが「Check」だったが、こちらのほうが合っているということで「Review」に変わった

 実作業に入ると、4週間(または2週間)を1つの単位としてイテレーションサイクルを回す「スプリント」が基本となる。1つのスプリントの中はさらに週と日に階層化されており、それぞれの単位で「Plan」→「Do」→「Review」を繰り返す。

 スプリント初日には、スプリント計画会があり、ディレクターとリーダーがスタッフから提出された成果物目標リストとタスクシートをすり合せていく。成果物目標リストは素早く閲覧できるようにシンプルテキストで作られており、そのスプリントで行なう仕事の概要と、達成目標がリストアップされている。タスク管理シートは、エクセルで作られていて、そこに目標値と実際にかかった時間を入力することで、見積もり精度やバッファー消費率、タスク列挙精度など各種の指標を具体的な数値として確認できる。

 現在は「FFXIV」開発部、テクノロジー推進室、ヴィジュアルワークス部が1つのフロアに入っており、その壁に長いタスク管理ボードが作られている。ここに付箋で色分けされたタスクが貼られていて、部署ごとのタスク、その週に処理するタスク、個人が処理したタスクと進行状況に応じて貼られている。毎朝この管理ボードの前で「朝会」という立席のミーティングが5~8人の班単位で行なわれ、タスクの進行具合をシェアしている。

 付箋には、名前、タスクの説明、見積もり日数などのデータが手書きされ、処理にかかった時間に応じて赤、黄、緑のシールが貼られる。赤いシールが多いとスケジュールが遅れ気味で、緑なら予定よりも早く終わったことになる。しかし緑が多ければいいという訳ではなく、逆に見積もりの甘さを指摘されることになる。


テキストの成果物目標リストエクセルのタスク管理シート部署の壁に作られたタスク管理ボードの前で朝会
タスク管理ボードの概要図毎朝短時間の朝会を開催して進捗をシェア付箋の使い方




■ 計画は必ず狂う。細かい補正が残業や休日出勤をなくす

スプリント振り返りと成果物発表会

 1つのスプリントが終わると、全員参加でスプリントの振り返りと成果物発表会が開催される。またこのタイミングで中長期計画の補正も行なう。予定を立てる時に、どうしても遠い未来の予定はアバウトになってしまうので、そこを見直していく。「未来のタスクを分解してみたら、1カ月だと思っていたら実は1.5カ月のタスクだったということもある。『FFXIV』なら吉田が最初になかった仕様を追加していくわけです。αもあんなすごいクオリティの予定ではなかったんですよ」と橋本氏。

 「計画は狂うに決まっていますから、なるべく精度を高めるために問題を検出してスキャニングする。「FFXIV」では1月半ばに終わる予定だったものが2月5日までずれ込んだ。しかしスプリントのたびに中長期の計画を補正していくと、だんだん安定してきて見積もりの精度が高くなっていく。そして長期予測の精度も上がっていく。「Agni's Philosophy」でも同じように補正を行なった結果、遅延してはいたが「E3」への出展は間に合うという判断を下すことができた。

 中長期の予測精度があがると、安心して土日に休めるようになるし残業も減る。「FFXIVで、橋本さん帰っていいんですねと言われてすごく嬉しかったのです」。ゆとりが生まれるとモチベーションを維持できるので、効率も上がる。マネジメントの精度も上がるので、クライアントや社長の信頼も得やすいといいこと尽くめだ。

 「Luminous Studio」では1年半でプロトタイプ版を出しますと宣言して、毎月和田さんに簡単な報告書で進捗を報告しています。こいつは約束を守るやつだと受け取ってもらえるわけです。隠してはダメ。まずいこともちゃんと言う。Agniも見せて、ここに問題が発生していて、ここにリスクがあるわけですがE3はこうやるから間に合いますと報告するわけです。結果はみんながハッピーになった」。関わる者全員がハッピーになることこそが、プロジェクトマネジメントの醍醐味なのだ。





■ 1番重要なのはすべての責任を持つリーダーの覚悟!

最も大事なのはマネジメントのメソッドではなく、リーダーの覚悟

 橋本氏は「FFXIV」にはテクニカルディレクターとして関わりを持っているが、橋本氏自身はこのマネジメントのメソッドを導入したことが最も重要だと自己判断している。導入にあたって、「FFXIV」のような巨大プロジェクトでは一気に導入しても失敗すると判断して、「まずはプログラマーに対して『今日から許可を出すまでプログラム禁止』と言いました」。

 調査から計画までの期間には、朝会も開催しなかった。その理由は効果を実感できないまま「こんなものか」と思われるのを避けたかったからだ。また、アーティストとサウンドは独自のスケジュール管理をしている人が多いので導入を見送った。

 「Agni」は、品質に対しては妥協ゼロ、基本要素と物量はほぼ固定、E3で発表という締め切りと開発難易度の高さからくる人材不足の中、生産効率を上げてがんばるしかなかった。最終的には残業、休日出勤という形も取らざるを得なかった。

 今後の改善点としては、準備と作り込みのフェイズではまったく状況が違うので、フェイズごとの方法の調整を考えている。また職種によってもアレンジすべきだという。

 また、現在手作業で行なっているタスク管理システムのアプリケーション化や、ゲームエンジンとの統合でゲーム内から直接バグを報告できるようなシステムを構想している。

 プロジェクトマネジメントを成功させるには、とにかく地道にコツコツと緻密な設計を心がけるしかない。タスクの分解も「ボスに3カ月」といったざっくりしたものではなく、もっと細かく行ない、真剣に見積もる。そして振り返りを必ず行なう。これがないとスケーリングもできないし、見積もり精度も上がらない。

 何より重要なのは、チームを引っ張るリーダーがすべてを背負う覚悟を持つことだ。「泥まみれになれ! 腹をくくれ! これができないならリーダーをやるべきではないと思います。部下の失敗は上司の責任です。部下がうまく動いてくれないといっても、それは全部自分の責任だとリーダーが認識しないとうまく行かない。もちろんメソッドは重要ですが、覚悟がないと意味がない。覚悟とメソッドが価値を生み出す。今日1番言いたかったのはここです」。





■ 学生向けのカンファレンスや、専門分野のラウンドテーブルも

ゲーム業界を志す学生には嬉しい知らせとなる「オープンカンファレンス for Student」

 橋本氏はオープンカンファレンスという形で知識をシェアしていくことは今後も続けていきたいが、この形に限界を感じている部分もあり、さらに細かい分野ごとの専門家したラウンドテーブルやパネルディスカッションの開催も構想している。

 また、今回学生からの応募も非常に多かったのだが、業界人だけで枠が埋まってしまった。そのため「オープンカンファレンス for Student」という学生専用の勉強会も企画しているそうだ。

 さらに一歩進んで、「スクウェア・エニックス アカデミー」という形で数回の講座を開催する予定もあるそうだ。最初の講座はAIを考えている。「ゲーム業界のAIの担い手が増えてほしい。1回当たり3時間で計7回とか、そんなものをイメージしています」。

 来年のカンファレンスでは、今年あまり触れなかった「Luminous Studio」について、情報をまとめて発表したいとのことだ。「Agni's Philosophy」のような技術チャレンジの作品についても、今後もいろいろと考えていきたいという。「和田も含めて、ゲームの未来を切り開きたいという同じ感触を持っています。そこに向けてちょっと無茶でもアクセルを踏んでいきます」。


(2012年 11月 28日)

[Reported by 石井聡]