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スクウェア・エニックス オープンカンファレンスレポート(後編)

スクエニCTO橋本氏が語るプロジェクトマネジメント論、そして「Luminous Studio」が目指すもの
次世代ゲームエンジンは、クリエイターとユーザーの両方を幸せにする!


10月8日開催

会場:新宿エルタワー


スクウェア・エニックス CTOの橋本善久氏。「Luminous Studio」の開発総指揮を執っている

 株式会社スクウェア・エニックスは、10月8日、「スクウェア・エニックス オープンカンファレンス」と題するゲーム業界関係者向けのカンファレンスを開催した。本稿ではスクウェア・エニックスCTOの橋本 善久氏によるセッションを取り上げ、プロジェクトマネジメント論、そして「Luminous Studio」の開発哲学について詳しくご紹介する。

 スクウェア・エニックスで最高技術責任者を務める橋本氏は現在、複数の重要なプロジェクトを指揮する立場にある。肩書きとしては「スクウェア・エニックスCTO/テクノロジー推進部担当コーポレートエグゼクティブ 兼 ジェネラルマネージャー/新世代ゲームエンジンLuminous Studio プロデューサー 兼 テクニカルディレクター/リアルタイムテクノロジーデモPhilosophy プロデューサー 兼 総合ディレクター/FINAL FANTASY XIV テクニカルディレクター」と大変長いが、職責の中心となっているのは「Luminous Studio」の開発指揮である。

 「Luminous Studio」はスクウェア・エニックスが次世代に向けて開発を進めている次世代ゲームエンジン/開発フレームワーク。これについては、弊誌記事「西川善司の3Dゲームファンのための『Luminous Studio』講座」が詳しい。

 「Luminous Studio」が目指すのは、次世代における第一線のゲーム品質を可能にすることと共に、それと同じくらい重要なこととして「生産性を向上させる」ことが挙げられる。生産性向上による、ゲーム開発期間・人員=コストの削減。橋本氏は、「エンジンの開発にかかるコストは、例えば各ゲームの開発コストを一部削減することができればすぐに元を取ることができる」と語っている。また同様に、より高品質のゲームをより早くリリースできるという効果も期待される。

 そもそも、本カンファレンスで発表を行なった「テクノロジー推進部」の存在はこのためにある。同部署のスタッフ数は公開されていないが、さらに広く人材を募集している。そこに託された業務は「Luminous Studio」の開発。エンジン開発にかかる期間(一般的に少なくとも2年、成熟するまでには3〜4年)と、エンジンの完成後も継続的なアップデートを行なうことを考えれば、会社としての負担は決して小さなものではない。

 それほどまでに重要な「Luminous Studio」、そしてテクノロジー推進部を任された橋本氏は、どのような哲学を持ち、何を実現しようとしているのか。橋本氏による2つのセッションではそのあたりが明確に表現された。



■ デスマーチに陥らないための橋本流プロジェクトマネジメント論

ソフトウェア開発には様々な不確実性の要因がある

 カンファレンスの「ゲームエンジン&マネジメント編」として2セッションでトークを行なった橋本氏は、まず「ゲーム開発プロジェクトマネジメント講座」として、現在のゲーム開発の問題点と、橋本氏が実際に進めている方法の紹介を行なった。

 まず橋本氏は、「なぜプロジェクトは失敗するのか?」と問題提起を行なった。様々な原因があるが、失敗プロジェクトの現象面で顕著にみられるのは開発計画の破綻である。橋本氏は開発期間の見積もりを狂わせる様々な要素を例にとり、それぞれが1.3倍〜2倍の誤差を伴っただけでも、最大で10倍の見積もり誤差を生じるという例を示した。

 このようにソフトウェア開発のプロジェクト進行には「直感よりもはるかに大きなズレが生じる」とした上で、橋本氏はその解決策例として、ありがちなシナリオを提示した。曰く、仕様を削る、人員を増やす、期間を延ばす、品質を妥協する、そして労働時間を倍近くにする……。そして見事なデスマーチの完成である。

【デスマーチのしくみ】
個別の要因を掛け合わせると直感では予想できない計画誤差が発生する。それを力づくで辻褄を合わせようとすることで、おなじみのデスマーチが完成

橋本氏流のイテレーションサイクル
イテレーションに入る前にまず全体を見通す準備が重要
プロジェクトマネジメントの要点

 しかしこれが、業界においてありがちな風景となっているのは周知のとおり。業界的には、そうならないよう様々なノウハウを試行錯誤することがひとつの大きな流れとなっている中で、橋本氏はその経験と観察から「調査・設計・計画」の重要性と、「イテレーションの大切さ」を訴える。

 「調査・設計・計画」というのは文字どおりだが、「イテレーション」というのは、繰り返されるプロセスという意味。ここでは「計画し、実行し、チェック・改善する」というサイクルを示す。ダメなプロジェクトは「計画し、あとはずっと実行するだけ」であり、開発の不確実性から、問題やリスクがどんどん膨らんでいくという。対して良いプロジェクトというのは、前述のイテレーションを短いサイクルで回すものだという。そうすることで、発生するリスクを芽のうちに摘み、プロジェクトの健全性を長期に亘って維持することができる。

 そしていよいよプロジェクトマネジメント論の本題である。大規模プロジェクトでは予想できないほどの不確実性が存在するため、まず「調査」によって設計や計画をスムーズにし、やり直しを防ぐことが重要となる。調査とは、市場動向や技術はもちろん、スタッフのスキルや様々なリスク要因、会社の財務状況や他のプロジェクトの状況といった環境的要因までと、非常に広範なものだ。

 そして「設計」。これはゲーム仕様からアートワーク、技術戦略、プログラムの設計までを含み、まさに開発の初期段階にあたる。この段階では、あらゆる可能性を吟味し、検証し、設計を洗練させることが重要だという。特にゲーム仕様と技術仕様は早期に固めることが重要であり、基本設計が固まらないままプロジェクトを本格稼働させることは「大変危険である」と橋本氏。

 「計画」は、タスクの列挙、見積もり、優先度付け、という3つの要素で構成される。タスクとは、実務上、1日で1〜2個程度を消化する程度の作業管理単位。興味深いのは、その見積もりにおいて橋本氏が「2点見積もり」という方法を推奨していることだ。これは所要時間の最小と最大の両方を挙げて管理する方法で、これにより見積もり精度が格段に向上するそうだ。また、ついつい挑戦的な見積もりを出してプレッシャーとなり、毎日ひとり残業してしまうような状況をなくすための「バッファ」が確保できるとも。

 ここまで固まって、はじめて実制作である。制作段階では前述の「イテレーション」を、「スプリント」という期間単位で回していく。橋本氏のチームでは4週間固定のスプリント制を取っており、各スプリント初日にタスクの割り当て、最終日にデータ分析および各班での振り返りを行なっているという。またスプリントとは別に、毎週、毎日の各単位でタスク計画を行ない、見積もり精度の向上を図っているのもポイントだろう。

 こうして、橋本氏が実施してきたプロジェクトマネジメント手法では、大規模開発にありがちな不確実性を制御することに成功しているとのこと。特に、振り返りと改善のプロセスが常に組み込まれていることで、早期の問題発見や、それに対応した計画修正のしやすさが良い点として挙げられていた。また、お互いの仕事を知ることができ、ゲーム開発が楽しくなるということも、橋本氏が強く語っていたことである。

 なお、今回橋本氏が語った内容をより広くより詳しくまとめたものを2012年6月に出版する予定だという。書名は「スクウェア・エニックスのゲーム開発プロジェクトマネジメント」。その頃には「Luminous Studio」の成果もより明らかになっていることだろう。

【タスクを洗い出す】
計画の最小単位であるタスク。まずゲーム全体の仕様から「ユーザーストーリー」を書きだし、各ストーリーを「フィーチャー」に分解し、各フィーチャーを実現するための実作業項目として各タスクを洗い出す

【2点見積もり】
計画精度を上げるキモとなるのが2点見積もりという手法。最小・最大の両方を出しておくことで、バッファを生み出し、全体の精度を上げることにつながるようだ

【実際の運用】
各スプリントは4週間単位。タスクの計画は毎日、毎週単位でも行なう。作業状況は図のように付箋で整理され見通しがよい状態を維持しているほか、デジタル管理もされ、目標の達成度、計画との誤差などが客観的な数字に現われるよう構成されている



■キーワードは「ワクワク クリエイティブ」? 「Luminous Studio」が目指すもの

テクノロジー推進部。ゲーム制作や学術の場から広く人材が集まる。国際色も豊かで、将来的には外国人率を50%にし、さらに多様性のある創発的な環境を作りたいという
チーム構成。各技術ジャンル毎に班がある。AI部門・バックグラウンドシステムというものが独立していることも注目に値する
「Luminous Studio」のコンセプト

 そして話題は「Luminous Studio」へ。スクウェア・エニックスのテクノロジー推進部が開発するこのゲームエンジン/開発フレームワークは、前述したとおり高度な表現と生産性の向上が主要な命題となっている。とはいえ、橋本氏が考えていることはそれだけではない。

 それを説明するために、橋本氏は新たなゲームエンジンを制作するために考えてきた、様々なワードをピックアップした。曰く、世界と戦うAAA(トリプルエー)のタイトル制作ができるものであり、洗練された、プロフェッショナルなツールであり、職人技も生かせて、こんなの見たことない、圧倒的なものを作り出せるもの。そしてクリエイターを解き放ち、作り手、遊び手の笑顔を生み出せるもの。

 これをまとめて、橋本氏は「ワクワクして、クリエイティブなもの」というキーワードを切り抜く。曰く、「ワクワク クリエイティブ」である。橋本氏が重視するのは、単に品質や生産性を上げることだけでなく、ゲーム作りそのものも楽しく、素敵なものにすることなのだ。

 「機能がスゴイだけじゃダメなんです。作るのが楽しい、クールであること。他のチームの方がこのエンジンを使ってゲームを作りたい!と思わせるところまで、そのレベルまで到達しないと、決して成功しないと考えています」と橋本氏。

 そのためにも「Luminous Studio」ではツール類のユーザーインターフェイスに大きな力が注がれており、各ツール間の有機的な結合も重視されている。そのための専門チームも存在するほどだ。橋本氏は理想として米Appleのインターフェイス設計を挙げている。

 その上で、「Luminous Studio」の機能面で重視されているポイントも列挙された。「高速開発」、「ライブエディティング(実行時編集)」、「ビジュアルスクリプティング」、「コンカレントエディティング(複数人同時編集)」など。また、自動化できる部分は極力自動化しつつも、職人技を活かすための手動編集の自由度も確保することなども挙げている。

 また、もうひとつの重要なポイントは、「Luminous Studio」はゲーム制作のためのフレームワークであると同時に、ツール制作のフレームワークをも目指しているということだ。各ツールは「Luminous Tool Framework」というフレームワークの上で作られており、これにより上述したライブエディティング、コンカレントエディティング、そしてユーザーインターフェイスのバックボーンが提供されている。これと同様に、「Luminous Studio」を使う各プロジェクトでも独自ツールを作れるように配慮されているとのことだ。

 またゲームエンジンを構成するグラフィックス、物理、アニメーション、AI、サウンド……などの各モジュールは非常に高いレベルで交換可能な形で設計されており、各プロジェクトで好きなモジュールだけを使ったり、専用モジュールを作ったり、あるいはフレームワークだけを使うといったことも可能になることを目指している。

 また、同一の世界観でアクションとRPGのような異なるジャンルのゲームを同時開発するような際に、プロジェクト間でアセットを共有・コピーするようなことも可能なよう、「Luminous Studio」には高度なアセット管理アプリケーションが基本ツールとして組み込まれているという。将来の様々なゲーム開発のシナリオを睨みつつ、周到に準備が進められているのだ。

【Luminous Studioが目指す技術要素】
キーワードと解説。単にモダンなゲームエンジン/フレームワークを目指すのではなく、それ以上のものを志向している。特に哲学を感じるのは、「かっこ良さ」や、「使いたくなる」ことをとても重視していることだ

アセットブラウザー。ゲームのあらゆる構成要素が一望できるツール。タグをつけて横断的に整理するスマートフォルダ機能なども充実
シェーダーエディター。完全なビジュアルエディティングが実現されている

 会場では「Luminous Studio」を構成するツールの一部の様子がデモされた。撮影は禁止されていたのでイメージをあまり紹介できず申し訳ないが、まず出てきたツールの名称を列挙してみよう。コンテント・マネージャー(ゲームのアセットを閲覧するために特化された高機能ファイラー的なもの)、アセット・ディペンデンシー・グラフ(アセット依存関係を明らかにするビューワー)、シェーダーエディター、マテリアルエディター、カットシーンエディター、アセットエディター、ローカライズツール、ワールドエディター(ゲームエディター)となる。

 現時点でもこのようにたくさんのツールが用意されているが、真に驚くべきは、これらのツールが有機的に結合していることだ。例えばワールドエディターにゲームオブジェクトをポチポチと配置してゲームシーンを作り、即実行して動作を確かめているところ。そこに配置されているオブジェクトの色を変えたくなったら、ワンクリックでマテリアルエディターを呼び出せる。そこでテクスチャを変更すると、ゲームを実行中のワールドエディター上でも即時に変更が反映されるのである。

 また、現時点でローカライズのためのツールが用意されていることも興味深い。各言語の翻訳進行度がビジュアルグラフで表示されるような手の込んだツールになっており、こんなところからも「Luminous Studio」が海外でも戦えるエンジンを本気で目指してることが伺える。

 橋本氏は今後の展望として、ゲームのグラフィックスがもっと凄くなることはもちろん重要としつつも、それと同じくらいかそれ以上に、「アニメーション」、「AI」、「物理」の進化も重要であり、それらが有機的に結合することがこれからのゲーム技術で目指すことであると語った。それを反映してテクノロジー推進部では独立したAI班、アニメーション&物理班が配置されており、研究開発を進めている。

 果たして、研究の成果はどのようなゲームエンジン、ゲームの表現に結びついていくだろうか。まずは現在開発中というテクノロジーデモ「Philosophy」がお目見えする日を楽しみに待ちたい。



【「次世代ゲームAIアーキテクチャ」セッション (三宅陽一郎氏)】
「次世代ゲームAIアーキテクチャ」と題するセッションで、テクノロジー推進部のリードAIリサーチャーを勤める三宅陽一郎氏が現在設計中のAIシステムについて解説した。
 三宅氏は高度なAIの思考を実現するため、思考の材料となる「記憶(知識)」を重視。AIが世界を捉え、記憶し、思考して、身体を通じて世界にアウトプットするという一連のフローを柔軟かつ高度に扱うアーキテクチャ案を紹介した。
 賢く柔軟なAIを実現するだけでなく、再利用性やスケーラビリティも重視されており、AIを構成するモジュールを取捨選択することで大規模ゲームからカジュアルゲームまで幅広く使用できることを前提としている。今回公開されたのは「基本設計案 第1案」ということで、今後もブラッシュアップを重ねていくようだ



(2011年 10月 12日)

[Reported by 佐藤カフジ]