エンターテイメントの未来を考える「黒川塾 (参)」イベントレポート
形態に拘らずヒット作を生む。ガンホーのゲーム制作スピリットに迫る
メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏は、10月12日にエンタテインメントの未来を考える勉強会「黒川塾(参)」を開催した。本イベントは音楽、映画、ゲーム、ネット、ITなどすべてのエンターテインメントの原点を見つめなおし、来るべき未来へのエンターテインメントのあるべき姿をポジティブに考える会という企画の勉強会だ。
第3回となる今回は「ラグナロクオンライン」などのオンラインゲームタイトルのプロデュースを行なってきたガンホー・オンライン・エンターテイメント。昨今では「ラグナロク・オデッセイ」でPS Vitaというコンシューマ市場に、「パズル&ドラゴンズ」などのタイトルでスマートフォン市場に、そして「ピコットナイト」では競合他社とも言えるオンラインゲームプラットフォーム「ハンゲーム」を提供しているNHN Japanとの協業など柔軟な企業展開を行なっている。
そこに存在する「ガンホー(突撃)スピリット」について、ゲストとしてゲームクリエイターの飯田和敏氏、ガンホー・オンライン・エンターテイメント(以下ガンホー)代表取締役社長の森下一喜氏、「パズル&ドラゴンズ」プロデューサーの山本大介氏、そしてシークレットゲストとして旧スクウェア(現スクウェア・エニックス)の創業メンバーの1人であり、「ファイナルファンタジーXI」や「ファイナルファンタジーXIV」のプロデューサーを務めていた田中弘道氏が登場し、熱く語ってくれた。田中氏は、現在はフリーランスという立場でガンホーに週5日勤務しているそうだ。
■ ゲーム開発にとってマネタイズやKPIは邪魔でしかない。モノづくりにかけるスピリットとは
ナビゲーターの黒川文雄氏 |
ゲームクリエイターのの飯田和敏氏 |
ガンホー・オンライン・エンターテイメント代表取締役社長 森下一喜氏 |
「パズル&ドラゴンズ」プロデューサーの山本大介氏(左)と、シークレットゲストの田中弘道氏(右) |
森下氏は以前のガンホーの状況を振り返り「急激に会社が成長していき、社員が増えていくに従って、私が徐々に開発の現場からも離れていきました。そしてガンホーは上場企業ですので、利益を上げていかなければなりません。必然的にコストセーブといった空気が社内に広がり、その結果駄作が生まれていくようになりました。作品に魂が篭っていかなかったのです」と話した。「現場に任せた以上口を挟んではいけない」と思い、開発途中に「これは面白く無いんじゃないか」と思った時もあえて口を出さなかったが、完成した作品は面白くなく、森下氏は「こんなことがやりたいんじゃない。もう会社を辞めてやろうか」という気持ちにもなったという。
そこで森下氏が取ったのが「わがままになろう」という判断だった。開発部門を全て森下氏が直轄で見るという体制に変更した。監修からリリースするまで最後まで責任を持つという方針にし、多少開発が遅れても、森下氏が責任を持って完成度を高く仕上げるという事に重きを置いているという。そして「自分が作りたいものを、最後までこだわりを持って作り抜く」ために、自分の思想・哲学に共感してくれる人を採用していく必要があると考え、「人事部を通さず、僕1人が面接する、いわゆる一本釣りで採用を決定しました」と話す。山本氏や田中氏はその様に採用された人事と話した。
それでは一本釣りで採用された山本氏はどういうモノづくりを心がけているのだろう。山本氏は「じっくりと自分の開発手法を振り返ったことがないので、あんまりまとまってないのですが……」と前置きした上で、「最近はソーシャルゲームが流行していてKPI(重要業績評価指標。新規登録ユーザー数や課金率などのデータ分析)やマネタイズなどと非常にうるさいんですが、正直そういう言葉にはイラっとしてます(笑)」と話し、「どのようにしてにユーザーにお金を払ってもらうか、という仕組みの上で企画を考えることになってしまうので、ゲームの開発にとって邪魔なものでしかないと考えています」と話した。
また「『パズル&ドラゴンズ』はコンシューマ的な作り方に近かったと思います。面白い企画があって、それをどうやって形にしようかというそれだけで開発を進めました。プロトタイプからαの段階までマネタイズなどを一切考えずに開発しました、それが成功に繋がったのかと思います」と振り返った。
森下氏も「ガンホーではKPIとかマネタイズという言葉を使いません。またソーシャルゲームも作りません。ソーシャルゲームが悪いとかじゃなくて、同じようなことをやるのは性に合わないんです」と話す。
今後のエンターテインメントについて森下氏は「ゲーム会社なのでこれから先もずっとゲームを作って行きたい。ゲーム性で楽しんでもらえるような作品を作って行きたいですね」と話し、黒川氏も「先日配信された『Crazy Tower』という作品でもハロウィン仕様を導入したり、親しみやすいキャラクターデザインを採用したりと、エンターテインメントを研究されてますよね」と話した。
しかしそんな「Crazy Tower」だが、森下氏は最初は今の形とは違う形をイメージしていたという。「最初は『RPG Tower』というタイトルでした。RPGは好きだけどなかなか時間が取れない。でも世界観は味わいたい。なのでRPGを違う視点から楽しめないか」というのがスタートだったという。しかし開発チームから上がってきたのは「思っていたのとは違う作品」だったという。「正直イラっとしましたね(笑)、ただ思ったのと違うけど、こういうのもチャレンジとしてはありかなと思って」と、ゴーサインを出した理由を話す。「私がやりたいことを開発チームに作れ!と指示してもそんな作品には魂が篭りません。現場から『こういう作品が作りたいんです』という企画を上げてもらって、そこから私が参加してブラッシュアップするというスタイルです」とあくまでも現場のクリエイターに重きをおく様にしているという。
この発言に対し山本氏も「もし森下氏から『これを作れ!』と言われたらガンホーには居ないと思います(笑)。本当にクリエイターにとって天国だと思います」と話していた。同じクリエイターとしてどう感じるかと聞かれた飯田氏は「面白いことを作るのに理屈はないんだなと改めて思いました。僕もプレイステーションで『アクアノートの休日』というタイトルを作りましたが、その時にプレイステーションに感じたワクワク感みたいなものを今のガンホーに感じています」とコメントした。
そんな「面白さ」に非常に貪欲なガンホーの姿勢の源を飯田氏に尋ねられた森下氏は「実は昔漫才師を目指していたんです。面白いものを作ってお客様が喜んでくれたり期待してくれたり、というのは、エンターテインメントを提供していくという点でゲーム開発と共通していると思います。人を楽しませることが好きだから面白いものを作ろうというスタイルです」と、意外なルーツが明らかになった。
■ 「ラグナロクオンライン」での運営経験が活きた。「パズル&ドラゴンズ」の“神運営”
数々のぶっちゃけトークに笑みがこぼれるシーンもあった |
黒川氏は「『パズル&ドラゴンズ』は大ヒットしましたが、口コミでユーザーを増やそうといったような方針って何かあったんですか」と聞かれた山本氏は「一切なかったですね。ゲーム内に協力要素はあるんですが、それに向けてプロモーションなどは特に行ないませんでした」という。結果的に多くのユーザーに触れてもらえた理由として「たまたま面白いと言ってくれるユーザーさんが広めてくれたり、エンターブレインやAppBankというメディアに取り上げてもらえたのが大きかったですね」と振り返った。
黒川氏から「何かトラブルが起きたりすると、プレーヤーに有料アイテムの『魔法石』を配布したりと、暖かい運営だと感じています。そこは意図されていたんですか?」という質問に対しては、「当初から神サポートで行こうという方針を決めていました」と話し、「ガンホーは『ラグナロクオンライン』を通じて、カスタマーサポートの質が高められていました」と、10年間のノウハウが「パズル&ドラゴンズ」に活かされたと振り返っていた。
森下氏は「ラグナロクオンライン」の国内サービスを開始した10年前を振り返りながら「当時は成功モデルがなくて手探りで、すごく失敗したんですよね(笑)。その結果ユーザーからキツイ言葉を投げられたりした事もありました。そうして運営していくなかで、サービス運営というのは何かというのが染み付いてきました」と話し、飯田氏も「その言葉を聞いて鳥肌が立ちました。『パズル&ドラゴンズ』の成功は10年間のその苦労があっての結果なんですね」とコメントした。
また現在行なわれている「ぐんまのやぼう」とのコラボについて、飯田氏が山本氏に尋ねたところ、「9月の上旬に打ち合わせをして、10月に向けて仕込みました」という驚きの短時間で準備された事がわかった。「運営はノリノリでやっているので、実は社長(森下氏)にも言ってなかったんです」と話す山本氏に対し、森下氏も「きっちりと面白いものを作れば、運営はある程度ノリノリで面白そうな事をやればいいと思います。もし失敗してもそれで終わりじゃないので、糧にしてやっていけばいいと思っています」と話した。
黒川氏から「このまま会社が大きなるとその姿勢を貫くのも難しくなるのでは?」と聞かれた森下氏は「今の方針を変えるつもりはないです。ただいつまでも自分が企画の最初から最後まで見続ける体制は問題かなとも思っているんですが、ヒラメキが降りてくる限りは続けようと思っています」と話す。
田中氏も「森下氏から新しい企画を見せてもらって、凄く刺激を受けている」と話し「折角ガンホーという新しいところで、新しいことができるので、オンラインの特性を生かして、今までにないオンラインゲームが作りたいですね」と意欲をのぞかせた。コンシューマゲームとの開発スタイルの違いにも触れ「オンラインゲームであればユーザーからの意見にフィードバックで返せる。そのダイレクト感が面白いです」と話した。
最後に黒川氏から「これからのエンターテインメントを創りだしていく人たちへの一言ずつコメントを」という問いかけに対し、山本氏は「今のソーシャルカードゲームのコピーだらけの市場が好きじゃないんです。2、3年前位にゲームやらない人を引っ張ってきた功績は大きいし素晴らしかったと思います。その段階では一緒に市場を作っていけたらいいなぁと思ってたんですが、最近は市場を消費している様に感じます。これから5年後、10年後ゲームで食べていけるために業界を一緒に盛り上げて切磋琢磨していけるような人と、一緒にやっていきたいです」と話した。
同じ問に対し飯田氏は「今『イージーダイバー』というタイトルを作っているんですが、僕もコンシューマ畑のクリエイターだったので、マネタイズ部分をどうしようか悩んでいたんです。ですが今日山本さんの話を聞いてKPIとか考えないほうがいいのかなと思ってきました」と大きく影響を受けていたようだった。
山本氏は「色々な事ができそうなので、デバイスにこだわらずエンターテイメントを追求していきたいです。今後はオンラインゲームの未来のために貢献していきたいですね。ガンホーという会社には面白い若手が一杯いるので、自分自身が手を動かさなくても手助けができればいいなと考えています」と話した。
森下氏は「自分で感じるしか無いと思うんですよね。ゲームを作るというのは続けているうちになんとなく見えてくることだと思います。難しいことはわからないのですが、あんまり堅苦しく考えなくてもいいのかなと思います」と話した。
黒川氏は「KPIやマネタイズはエンターテイメントとは違う。でも必要だと思います。ただブルーオーシャンであれば、面白いゲームを作ってユーザーに届ければ受け止めてくれるはずです。自分ももう1度ゲームをどう作るかというところに立ち戻りたいです」と振り返り勉強会を締めくくった。
「ラグナロクオデッセイ」、「パズル&ドラゴンズ」、「ピコットナイト」と形態やプラットフォームに拘らず作品を発表し続け快進撃を続けているガンホーという会社の、ゲーム制作に対する魂が伝わる勉強会だった。
(2012年 10月 15日)