Game Developers Conference 2012レポート

【GDC 2012】超人気“スマホカジュアル”からレベルデザインの要諦を学ぶ
チュートリアルの“教え方”の重要性、一番大事な原則は「原則を破ってもいいということ」


3月5日~9日開催(現地時間)

会場:San Francisco Moscone Center


 


 GDC最終日の最後のセッションとなった「Level Design Case Studies: Trainyard and Cut the Rope」は、昨年、iOS向けにリリースして大ヒットを記録したパズルゲーム「Trainyard」(Magicule)と、「Cut the Rope」(ZeptoLab)の2タイトルのレベルデザイン哲学をクリエイター自らがレクチャーするというもの。わずか数カ月でそれぞれ数百万ダウンロードを記録したヒット作のセッションとあって、始まる前には満席となった。

満席となった会場

 今年のGDCでは、いわゆる“スマホソーシャル”を土台としたフリーミアムビジネスがこの世の春を謳歌していた印象だが、実は“携帯電話の全スマートフォン化”によって、従来から存在する“スマホカジュアル”が再びホットになりつつある。

 数年前まで、iOS向けの“1ドルゲーム”は、Appleを除いては誰も幸せにならない“ゲームクリエイターの墓場”だと言われた。「アプリの数が膨大すぎて探しきれない」、「値下げ競争が激しすぎて利益にならない」、「無料にしても広告だけでは成り立たない」などなど。そういった厳しい現実はGDCでもよく語られ、人々はグローバル展開やゲーム性の強化に活路を見いだそうとしては鳴かず飛ばずを繰り返していた。

 しかし、「Angry Birds」がメガヒットしたあたりから、全世界がその凄まじい可能性に気づかざるを得なくなった。無料や1ドルという赤字前提の設定で提供しても、全世界で数百万のダウンロードを得ることができれば、付加価値を付けた有料版、追加DLの提供、コンソールゲームへの移植、アニメ/グッズ展開などなど、これまでプラットフォーマーか大手ゲームメーカーでしかなしえなかったような大規模な展開が個人レベルで可能となる。iOS/Androidの二強状態が鮮明となった今、その“スマホドリーム”を求めて多くのクリエイターや投資家が、再び“スマホカジュアル”に乗り出しているのだ。




■ いかにチュートリアルでわかりやすくゲームを教えるか ~「Trainyard」

「Trainyard」のクリエイターMatt Rix氏

 「Trainyard」を開発したMagiculeのMatt Rix氏は、2010年10月に同作をリリースするまで、正確にはリリースして大ヒットするまで普通のサラリーマンだった。電車で通勤している時にゲームのアイデアを考え、レベルデザインを行ない、個人で開発を進め、iOS向けにリリース。もともとは無料の広告ビジネスだったが、無料版/有料版2段階のビジネスモデルに切り替えてからは人気が爆発し、400万ダウンロードを記録した。Rix氏は、最盛期のランキングの最高記録は2位。ちなみに1位は「Cut the Rope」だったという。

 基本的なゲーム内容は、列車をスタートからゴールまで指でなぞって線路を敷いていくだけのシンプルなパズルゲーム。ルールは、列車と同じ色のゴールに繋げるだけで、お邪魔要素としては岩があるだけ。最初こそ簡単だが、ステージをクリアし続けていくと、少しずつ新しいルールが生まれ、徐々に難しくなっていく。中盤以降は、列車の色とゴールの色が異なり、列車を工程の途中で混ぜ合わせて、列車の色を変えてゴールを目指すという「色混ぜパズル」がパズルゲームとして出色となっている。ビジネスモデルとしては、無料版と有料版ではすべてステージが異なっている点もユニークとなっている。

 Rix氏は、レベルデザインの要諦として「いかに新しい要素を教えるか」と定義。常にターゲットを意識しながら、ミクロ(細部)とマクロ(大枠)の両面で考えていく必要があると説明した。

 まず、ミクロについて、チュートリアルの重要性について言及。レベルデザインの基本的な考え方として「カジュアルゲーマーは“頭が悪い”という考え方があるが、それは間違い。カジュアルゲーマーは経験がないだけ。だから、彼らがわかるように作って行かなければならない」と説明。

 新しい要素の教え方としてA、B、Cと3つの要素があるとしたら、A、A+B、A+B+Cと次々に教えてしまうのではなく、A、B、A+B、C、A+C、B+C、A+B+Cと習得済みの要素を組み合わせながら少しずつ新しい要素を増やしていくことが大事とした。


【新要素を含めたレベルの構築の仕方】
3つで済ませそうなところを、あえて7つに増やし、簡単だなと思わせつつ、スキルをしっかり身につけて貰う。このゲームの序盤が比較的簡単だと思えるのは実は意図的なものだった

 また、チュートリアルの説明については、自己への反省も踏まえてテキストは必ずしも必要ではなく、IKEAの家具マニュアルや、「Angry Birds」の図示のように絵だけでも良いとした。これによりローカライズの問題も軽減できる。

 「Trainyard」はゲームデザインが複雑なので、実際のゲーム画面を使ったチュートリアルを作成したという。実際のゲームエンジンを使い、新たに手を表示させて手を動かし、同じように指を動かせばクリア方法がわかる。テキストは実はあまり重要ではなく、用語を教える程度の意味。また、情報を与えすぎてもダメで、目の前のパズルが解けるだけの情報があればいいという。

【チュートリアルの説明の仕方】
Rix氏が理想的な説明の仕方として上げたIKEAのマニュアルと「Angry Birds」のチュートリアル

 ここでRix氏は「Trainyard」難易度進行表を見せてくれた。右肩上がりに難易度が上がるのではなく、全体として右肩上がりではあるが、上がっては少し下がる山脈型になっている。Rix氏はこれについて「パズルが難しくなるだけだと、プレーヤーは息切れしてしまって楽しくなくなる。自分にはパズルを解くスキルがあると感じさせることが重要で、あえて簡単なレベルを設け、その後に使うことになるテクニックをおさらいさせる」と、心理学的な見地からレベルデザインのキモを語った。

 一方、マクロの視点からの意見もおもしろかった。Rix氏はレベルデザインのあり方として「ステージの目的と存在理由が重要。左右対称のバランスが取れていることが大事で、手作り感のあるパズルを提供するべき」と、先ほどとは打って変わってクリエイターらしいこだわりを覗かせ、ユーザーが作ったパズルを提示しながら、「このパズルは左右対称ではなくバランスと左右対称性に欠ける。真ん中の岩は、ただ単に線路を引けないようにしているだけで、そこに意味がある本質的な理由がない」と一刀両断。

【レベルデザインは左右対称であるべき】
左がRix氏が作成した理想的なレベルデザインの例で、右がユーザーが作成したダメな例。岩がこの位置にある必然性がないのは事実だが、だからといって左右対称でなければならない理由にはならない。ただ、こういうこだわりは重要だろう

 また、難易度が高すぎたり、クリアしたはいいが、自分がどうやってクリアしたのか、解法がよく再現できないのもダメで、「ゲームデザインに問題がある。難易度曲線を変える必要がある」と解説した。「Trainyard」ではリリース後、レベルエディターを追加したことも言及し、「本数的な多さが楽しさの秘密、経験値の獲得のような、別のモチベーションに頼らずに済んだのが良かった」と振り返った。

 最後にRix氏は、締めくくりとしてパズルゲームファンから高い評価を受けている「色混ぜパズル」について言及。「プレーヤーが達成感や嬉しいと思う瞬間を見つけて、それを倍増させるのがとても大事。パズルを解くと、派手なキラキラでご褒美を与える。そしてユーザーは自分で編み出した仕組みの発見に喜びを感じる。色を混ぜないとクリアできないレベルを作ったのはそのため」とし、「カジュアルゲーマーは自分にはパズルを解くスキルがないと思ってしまうが、じっくりスキルを磨けるように仕向けることで克服できる。とりわけ自分で発見した仕組みのことはよく覚えてくれるものだ」と、色混ぜパズルが意図的な仕込みであることを強調。後付けの理論がほとんどなさそうな、非常に明快な論理展開が印象的なセッションだった。

【難易度進行図、レベルエディター】



■ レベルデザインの7つの原則 ~「Cut the Rope」

「Cut the Rope」クリエイターのSemyon Voinov氏

 続いて登壇したのは「Cut the Rope」を手がけたZeptoLabのSemyon Voinov氏。重力と振り子運動の物理法則を駆使し、キャンディがぶら下がったロープを指で切断して、下で待ち構えている可愛い(!?)モンスターに与えればクリアという、「Trainyard」以上にシンプルなパズルゲーム。ロープを切ってキャンディを与えるというわかりやすいゲームデザインと、モンスターの可愛らしさにより、子供も巻き込んで「Trainyard」以上のヒットを記録した。ダウンロード総数は1億回を超え、1日あたりにモンスターがキャンディを食べる数は2,400万回にも上る文字通りのモンスタータイトルだ。

 Voinov氏は「Cut the Rope」を「数秒でクリアできるおやつ的なゲーム」と定義し、レベルデザインのアプローチを3つ提示し、その上で守るべき7つの原則を順番に解説していった。

【レベルデザインのアプローチ】
・プレーヤーに頭が良いと感じさせる
・カジュアルゲーマーとコアゲーマーの両方が楽しい
・もっとプレイしたいと感じさせる要素


【Cut the Rope】
重力と振り子運動という2つの物理法則を組み合わせたパズルゲーム

【レベルデザインの原則】

1:望ましい行動を取らせる

 キャンディをジャンプ(正確にはロープを短くして横移動する)させたい場合、お邪魔虫のスパイクを置いて、ジャンプを強制するのは良くないとVoinov氏は言う。スターを配置することで、フラストレーションを感じさせないアプローチを採ることができる。

2:プレーヤーに難易度を決めさせる

 プレーヤーが遊ぶ難易度を自分で決める。クリアできない場合に備えて、レベルのスキップ機能も標準で用意する。

【レベルデザインの原則 その1、その2】

3:プレーヤーにクリア方法をプランニングさせる

 トライアンドエラーではなく、事前に考えさせることが大事。実行するまでどうなるかわからないインタラクションは作らない。常にオブジェクトの挙動が予測できなければならない。スパイクのトラップは、距離をしっかり空けて、安全に通れるかどうか明確にする。

【レベルデザインの原則 その3】

4:論理的なレベルデザインでなければならない

 解決方法は常に論理的で、再現性があり、また失敗しても、なぜ失敗したか理解できなければならない。間違っているアプローチは間違っているとはっきりわかるようにする。

5:ゲームエンジンの弱点が露呈しないようなレベルデザインに

 タッチ操作はアバウトな操作になりやすいため、ロープを短くして、ロープを切ろうとして滑車を動かしたり、滑車を動かそうとしてロープを切ったりするようなことがないようにしなければならない。またリセットボタンの近くに手が行かないようにして誤動作が発生するのを防ぐように工夫しなければならない。

【レベルデザインの原則 その4、その5】

6:チュートリアルは説明したスキルを使わないとクリアできないようにする

 当たり前の原則。そうでなければスキルを学ぶ理由がない。ユーザーはヒントを読まない。先に進む前にチュートリアルでスキルを覚えて貰う必要がある。

7:原則を破っても良い

 一番大事な原則は、原則を破っても構わないということ。必要であればいつでも原則は破って良い。十分なトレードオフを与えればユーザーは納得してくれる。

【レベルデザインの原則 その6、その7】

 Voinov氏は、これらの前提を踏まえながら、レベル管理について説明していった。まず、レベルデザインが適切かどうかについては、オブジェクトの利用頻度をトラッキングして、使用頻度が著しく低かったりしたら変えていく。ステージの区切りとなる最後のレベルは、もっと遊びたいと思って貰えるように難易度を押さえるべきだという。斬新だけどフラストレーションがたまらないデザインにして、もっとおもしろいものが待ち構えていると思わせる。逆に一番難しいレベルは、ラスト1つ手前が良いという。「なるほど」という感じである。

 新しいゲーム追加要素については、ブレインストーミング、プロトタイプ企画、プロトタイプ作成、機能とグラフィックスの設定という手順を踏む。Voinov氏は、ブーブークッションやバブルなど、見た目にも触っても楽しめるオブジェクトがお気に入りだという。

【レベル管理】

 また、Voinov氏は、新機能の追加もいいが、ユーザーからの意見に基づいてアップデートすることも大事だという。中でもAppStoreのレビューはわかりやすいし、使いやすく、レベルデザインを見直すきっかけにしているという。さらにFacebookを通じてファンに直接尋ねてみるのも有効とし、マーケティングツールとしても良いという。iOSのGameCenterは解析ツールとして有効で、Voinov氏は実際にデータを解析すると最後まで到達していたユーザーが少ないことを知り、各レベルのアップデートを行なって最後まで到達できるユーザーを5%増やしたと語っていた。

 Voinov氏は、解析ツール「FLURRY」についても言及。「Cut the Rope」では、「FLURRY」を通じて各レベルの成功率と失敗率を解析しており、失敗率が高いのはレベルで必要とされるスキルが難しいと判断し、スキップ率が高いのはレベルのパズルの難易度が高いと判断し、アップデートに役立てているという。

 Voinov氏はまとめとして、「多くの人に遊んでもらうのも大事だが、ゲームとして一定の難易度を維持するのも大事。そのバランスが重要」とした上で、「これまでにレベルデザインを900ほど行ない、そのうちの400をゲーム内で使用した。いま新しいゲームプレイ要素をどんどん作っていっている。何百万人の人が次を待ってくれているので」と嬉しそうに語り、大きな拍手を受けた。

 いずれも無料でも遊べる“1ドルゲーム”だが、ゲームクリエイターが学べることは意外なほど多そうだ。これらのノウハウを吸収し、独自の斬新なアイデアで、アプリランキングの上位に食い込む“スマホカジュアル”が生まれることを期待したいところだ。

【各種統計データ】
Voinov氏は、「FLURRY」をはじめとした各種統計データやアンケート結果を新機能の実装やアップデートに役立てている

(2012年 3月 12日)

[Reported by 中村聖司]