CESA Developers Conference 2010(CEDEC 2010)レポート

瀬名秀明氏基調講演「ゲームの知能と小説の感覚 ヒトの宇宙の究極(?) 問題を考える」
「大塚康生×上田文人対談 ~もっと上手くなりたい!動かす力~」


8月31日~9月2日開催

会場:パシフィコ横浜



 CEDEC2010ではゲーム業界関係者ではない、いわば“非ゲーム系”の講演も行なわれた。これらの講演では、多業種の経験や視点から改めて「ゲーム」というものを考えさせられる。

 そこで、本稿では9月1日の基調講演を行なった小説家の瀬名秀明氏と、宮崎駿氏や高畑勲氏の先輩であるアニメーターの大塚康生氏と「人喰いの大鷲トリコ」のディレクター上田文人氏の対談を取り上げたい。瀬名氏、大塚氏という“非ゲーム系”のクリエーターは、ゲーム開発者の受講者へどんなメッセージを送ったのだろうか。




■ 人間の“常識”に密接に関わる重力。共感と感情移入を利用した重力の表現とは

基調講演を行なった、小説家の瀬名秀明氏
地上から空へと舞い上がることで獲得する新たな視点。さらに人間の感覚を再認識することでより新しい重力への表現が可能に

 「ゲームの知能と小説の感覚 ヒトの宇宙の究極(?) 問題を考える」というテーマで基調講演を行なったのは、小説家の瀬名秀明氏だ。ゲーム化もされた「パラサイト・イヴ」をはじめ、「BRAIN VALLEY」、「デカルトの密室」などを執筆する。薬学博士でもあり、日本ロボット学会、日本SF作家クラブなど多数の団体に所属している。

 瀬名氏が講演の中心に取り上げたテーマが「重力」だ。重力は人間の「常識」に影響している。人間は無意識に常に重力を意識し、だからこそ人の体を浮かせる手品「人体浮遊」に不思議さを感じる。「重力は最も親しみやすい、日常生活で感じることができる力です。物事の予想には日常生活で経験する“重力”が大きく影響しています」と瀬名氏は語った。

 次に瀬名氏は話題を変え、AI(人工知能)を取り上げた。映画「2001年宇宙の旅」では、宇宙船の人工知能HALが登場するが、人間の肉体を持たないAIが人間のような思考を持つのだろうか? 瀬名氏はある質問をAIと人間に問いかけ、人間らしい答えを返すAIを目指す「チューリングテスト」からヒントを得て、「デカルトの密室」という作品を作りあげた。

 チューリングテストは毎年海外でAIの出来を競うコンテストが行なわれている。「デカルトの密室」では、ここに「誰が一番機械らしいか」と挑戦状をたたきつける天才的な人物と、主人公の人工知能研究者尾形祐輔の対決が描かれる。チューリングテストを通じて、読者自身が「誰が人工知能なのか」を問いかけていくミステリーだ。瀬名氏は会場で劇中で行なわれたチューリングテストのやりとりを紹介し、「正解は僕の本を読んでください」と笑顔を見せた。

 ここからさらに瀬名氏は自らのパイロット体験に話を変える。瀬名氏は小説執筆がきっかけに実際に飛行免許を取り、様々な場所で空を飛んだ。そしてある地点からある地点に「まっすぐ進む」ということは、地上で走っていては実現しにくいこと、常にコミュニケーションを取りながら飛行しなくてはならないこと、3次元空間を移動することの感覚など様々な新しい視点を得たという。

 空中の視点を得ることで、物事に対する視点は変わる。また、この視点の違いは日本と問うようでも顕著だという。AI研究では、西洋は神の視点から自分たちが作り出すAIを見るが、日本人はAIを自分と近しいものとしてみる。これは空中で全てを相対化する視点と、地上で見えるものから判断するものに近いと、瀬名氏は語る。

 もう1つ、瀬名氏は「ミラーニューロン」を話題に挙げた。これは、脳に電極を付けた猿が、隣で食事をする研究者を見たとき、自分も食事をしているような神経活動をしたことがきっかけに見つかったという。「このミラーニューロンが重力をシミュレートするのではないか」、瀬名氏は会場を見回して問いかけた。

 小説は、重力とミラーニューロンを活用して読者を登場人物と一体化させる。この証明として瀬名氏が出したのが1つの文章だ。

“彼は煙草に火をつけた。
 これこそが俺の時間だ。そう思いながら目を閉じ、煙を吐き出す。
 うまい。”

 三人称で始まる文章が一人称になり、登場人物の行動が読者の頭の中でシミュレートされ、最終的には登場人物の心理と一体化してしまう。この小説のレトリックは、読者の違和感を取り除き、登場人物と一体化させる。この短い文に込められた「行動的共鳴」、他者と同じような感覚を抱く「共感」、そして他者の感情を自分のもののように感じる「感情移入」……。こういった人間が持つ心理を利用したテクニックだ。

 瀬名氏は看護師が患者に感情移入しすぎてしまうことで「看護疲れ」を起こしてしまう事例を挙げ、視点操作で共鳴する自分の姿を客体化する方法論の有効性を説明し、そしてこの手法を応用した「ゲームや映像作品での重力感の表現方法」があるのではないかと語った。

 瀬名氏が例としてあげたのが、「ルパン三世 カリオストロの城」の爆走する車のあり得ない動きが生む“説得力”、「ジュラシックパーク」の恐竜のリアルなCGモデルに伴わない重量感のない“違和感”、「スパイダーマン」のコミックそのままの躍動感に感じるリアルさ……といった様々なシーン。重力が人間に生み出す常識や、共感能力、感情移入など、様々な要素が組み合わせた表現で、ある作品は成功し、またある作品は失敗していると瀬名氏は指摘する。

 「重力をCGで表現する方法論などは、今回のCEDEC議論されていると思います。私達は“目”で受け取るその重力感の再現に、どんな可能性と、限界があるか、もう一度考えてデザインすると非常に面白い感じになるのではないかと考えるわけです」。瀬名氏は最後にこう語った。


重力は人間の「常識」を強く決定している。この重力を見失わせる仕掛けは大きな驚きをもたらす。また、飛行機を獲得した時代の人間は、重力からの解放を強く願っていたという
人の姿でない者が人間的思考を持ちうるか、機械の思考はどこまで人間に近づけるか、そういったテーマを基軸にした「デカルトの密室」
作品制作がきっかけで飛行免許を習得。空からの視点は、2次元的思考からの解放を感じたという。一方で、判断力の低下など、3次元ならではの難しさも
西洋と日本とのAIへの視点の違い。重力感をもたらす小説的技法とそこに込められた人間の心理



■ 上田氏も影響を受けた、「太陽の子ホルス」、「ルパン3世」、「未来少年コナン」の動きを生み出した大塚氏の視点、

「ムーミン」、「ルパン三世」、「未来少年コナン」といったアニメーションの作画監督を務め、現在はテレコム・アニメーションフィルム顧問の大塚康生氏
ソニー・コンピュータエンタテインメントで「ICO」、「ワンダと巨像」、そして最新作の「人喰いの大鷲トリコ」のディレクターを務める上田文人氏
バンダイナムコゲームスメディアデザイナー社長室新規事業部に所属し、大阪芸術大学客員教授も務める細田伸明氏

 「大塚康生×上田文人対談 ~もっと上手くなりたい!動かす力~」では、ソニー・コンピュータエンタテインメントで「ICO」、「ワンダと巨像」、そして最新作の「人喰いの大鷲トリコ」のディレクターを務める上田文人氏と、「ムーミン」、「ルパン三世」、「未来少年コナン」といったアニメーションの作画監督を務め、現在はテレコム・アニメーションフィルム顧問の大塚康生氏の対談が行なわれた。

 司会を務めたのは、バンダイナムコゲームスメディアデザイナー社長室新規事業部に所属し、大阪芸術大学客員教授も務める細田伸明氏だ。細田氏は、「未来少年コナン」、「みつばちマーヤの冒険」、「名犬ジョリー」などのアニメーション作品のプロデューススタッフという経歴を持ち、アニメーション業界とゲーム業界をつなぐ人物だ。

 最初に上田氏は大塚氏のアニメーションの思い出を語る。「僕は子供の時、大塚さんの『白蛇伝』などの作品を見て、これは他のアニメーションとは違うな、すごいぞと思いました。それから成長して大塚さんの書いた『作画汗まみれ』という本を読み、絵に命を与えるアニメーターという仕事を素晴らしいと感じました。僕の作品は、大きく影響を受けています」。少年の冒険というコンセプトも大塚氏の「太陽の子ホルス」などの作品の影響が大きいという。

 大塚氏は、厚生省の麻薬取締官補助という異例の前歴を持つ。戦後山口県から上京し、麻薬取締官補助として都内で仕事をしていた大塚氏は、ある日劇場で「やぶにらみの暴君」と「せむしのこうま」アニメーション作品を見て感動し、東映の門を叩いた。試験は「重い槌を持つ少年が槌を振り上げ、振り下ろす絵を描いてみてくれ」というもの。

 この槌は少年が力を込めてやっと持ち上がるものだという。大塚氏は実際に自分で仕草をやってみて、足を踏み出し、手が持ち上げられずに肩を必死に持ち上げ、何とか上に持ち上げる少年の絵を描き、合格する。振り返ってみて、大塚氏は「作動原理」に興味を持っていたのが合格につながったという。大塚氏は蒸気機関車が好きで、バルブからの蒸気がシリンダーを動かし、ピストンが動き、動輪が回るという蒸気機関車の動きそのものを研究していた。この知識がアニメーションに活きたとのことだ。

 大塚氏は1つ1つ体の各部を曲げ、腕の部分を強調しながら絵の書き方を紹介していった。この後も上田氏が作った「バーベルを持ち上げる人」へのコメントを求められたときは、ぐうっと歯を食いしばり、体を震わせながらバーベルを持ち上げる姿を実際に見せる。大塚氏は現在も「アニメ塾」を開き、後輩の指導にあたっているということだが、そのときも感情たっぷりで、指導する姿を感じさせられ、「動きにこだわる人物」を感じさせた。

 対談のテーマは、「キャラクターの動き」へ。司会の細田氏はアニメーションの基本となる設定での「立ち絵」はまっすぐには立っておらず、さらに周りには表情や動きのラフが描かれている。対するゲームキャラクターの基本モデルは、手足をまっすぐ伸ばした人としては不自然な姿だ。上田氏はキャラクターの動きのイメージに関していくつかのラフは作るが、実際の動きは3Dモデルを直接加工して作っていくという。

 大塚氏が「ルパン三世」を担当したとき、実は最初に描かれていたのはまっすぐの立ち絵だった。そこで大塚氏はこの絵を描き直し、やや体を傾けた、力を抜いた立ち絵にした。この絵が基本となり、アニメーションの「ルパン三世」のニヒルで少しひょうきんなキャラクターが作り出されたという。キャラクターを作るとき、原作者のモンキーパンチ氏とホテルでずっと絵を描いていたが、「後頭部から耳にかけてのルパンの後ろ姿を書いてくれ」というとモンキーパンチ氏はできないと答えた。アニメーターは漫画家が必要としない角度でも「動き」を見せるための絵を作らなくてはならない。大塚氏は3Dグラフィックスという概念がない時代から、キャラクターをあらゆる角度から描き出す手法を持っていた。「じゃりン子チエ」も同じように、大塚氏が提示したラフのおかげで、アニメーションでは様々な角度からキャラクターが描画できたという。



■ 大塚氏に衝撃を与えた現在のゲームグラフィックス

 続いて上田氏は大塚氏に対して自身の代表作である「ICO」と「ワンダと巨像」、そして現在開発中の「人喰いの大鷲トリコ」のデモを見せた。 上田氏は「『人喰いの大鷲トリコ』ではもし現実にトリコのような怪物が存在した場合、どんな骨格をしているか、質感を持つかを考えてキャラクターを作りあげた」と語った。

 映像を見終わった大塚氏は「すごいですねぇ、コンピューターでこんな事できるんですね」と語り、「僕はルネッサンス以降の顔に輪郭線のない絵よりも、浮世絵のような顔に輪郭線のある絵が好きなものですから、あまりリアルな方向に絵が走ってはいけない気がします。動きよりも“止め絵”が大事、というところも日本のアニメーションの良さだと思います」と語った。

 アメリカのアニメは常に動いている。大塚氏は日本の作品をアメリカで上映したとき。長い止めのカットの時に観客が不安そうな顔をしたときのことが忘れられないという。止め絵で感情移入を導く日本のアニメーションの技法をゲームに取り入れて欲しいと語った。

 上田氏は「空想するのはすごく簡単だけど、その絵に説得力をもたらせられるのがアニメーションなのではないかと思っています」。大塚氏は上田氏の作品をこれまであまり見ていなかったようで、まず「立体であること、リアルであること」に大きく衝撃を受けているようだった。細田氏は自らのアニメーターとしての体験から、「アニメーターの技術でキャラクターは動かせるが、手書きでは背景が動かせなかった。ゲームでは背景そのものも大きく動かすことができる」という点を指摘すると、大塚氏は「可能性はあるよね」と答えた。

 上田氏は「イメージボード」がゲーム作りに大きな役割を果たしているという。こんな場面が作りたい、こんな場面が出るゲームをプレイしたい、そう思って上田氏はイメージをラフで描き、そこからゲームのコンセプトを作り出していくという。

 対談では大塚氏が「アニメーションがうまい、動きに対しての“感性”は天性のもので、アニメーターになれるが、誰もが“うまいアニメーター”になれるわけではない」と語ったことに対し、上田氏が「どうすればそのアニメーターの資質を見つけることができるか」と尋ねる場面があった。大塚氏は「極端なことを言えば、子供の頃から才能のある人はわかる。誰でもなれる職業ではなく、極端に言えば育てるのではなく、発掘するものだ」と答えた。

 突き放したような言い方だが、大塚氏の「アニメの技法」を語る表情は真摯で、1つ1つの動きを説明する手法はわかりやすく、暖かみがある。誰もが“うまいアニメーター”になれるわけではないが、それでも大塚氏をはじめとした教育者が“アニメーター”達を育て上げ、支えているからこそ、現在までアニメーションが多くの人を魅了していると感じさせられた。

 大塚氏は会場に向かって「恐れず挑戦するということは尊いことです。スタッフを見つける立場の人の場合は、若い頃からの才能を見つけてもらいたいと思います。けなして育てた方が、人は育ちます。けなしてくれる人は、自分が気がつかない事を教えてくれます。ほめるよりもけなしてのばして欲しいですね」と語った。

 最後に上田氏は、「大塚さんと話をさせてもらって、僕もファンなので楽しかったんですが、こういった交流によって、ゲームのアニメーターのポジションももっと強化されて欲しいと思います。会社によってはアニメーターという職業自体がない場合もあります。今後、アニメーションは日本のメーカーのアドバンテージになりうると思っています」は語った。


大塚氏はホワイトボードに様々なラフを描く。左は大塚氏の試験の課題。中央は「飛び込み台から飛び込む人を描け」といわれ、あるアニメーターが描いた飛び込めずに逃げてしまう人の絵。右はルパンの後頭部からのカットだ
左は上田氏の描いた「バーベルを持ち上げる人」。中央と右は上田氏がディレクターを務める作品。「すごいですねぇ、コンピューターでこんな事できるんですね」と大塚氏

(2010年 9月 2日)

[Reported by 勝田哲也 ]