Game Developers Conference(GDC) 2010現地レポート

CEDEC組織委員会委員長 吉岡直人氏特別インタビュー
「情報を集めるための最善の方法は情報を出すこと。ぜひCEDECに参加して欲しい」


3月9~13日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコMoscone Center



 「西のGDCに、東のCEDEC。CEDECをそんな存在にしたいんです」と真顔でいう人が日本にいる。CEDECの運営母体であるCESA技術委員会のCEDEC組織委員会委員長を務める吉岡直人氏である。本業はスクウェア・エニックスのチーフ・テクノロジストとして、リサーチセンターのジェネラルマネージャーを務める。将来における同社のゲーム開発環境に最新の技術トレンドを取り入れるためのリサーチや内外とのコミュニケーションが主な業務だ。

 2009年の数字で、GDCの参加者は15,000人超、セッション数は400を超えるのに対し、CEDECはまだまだ成長過程にあるとはいえ、参加者数は3,500人、セッション数は150に過ぎない。GDCと比肩するにはまだ力不足の印象は否めないが、目標が大きい方が良いのは言うまでもないことだ。

 現在、CEDEC事務局では、8月31日からのCEDEC2010開催に向けて、セッション講師を募集している。募集期限は3月31日までということで、事務局も最後のお願いに余念がない。本稿も、吉岡氏からGDCの会場で「中村さん、GDCでCEDECの取材をして記事にしてもらえませんか?」と委員長自らの売り込みにより実現したものだ。本稿ではGDC現地レポート番外編として、CEDEC 2010のコンセプトと、吉岡氏が目指す新時代のCEDECのビジョンについて話を伺ったので紹介したい。



■ CEDECの強化が、日本のゲーム産業の強化に繋がる

CEDEC組織委員会委員長 吉岡直人氏

 ひょっとするとゲームファンにはまったくピンと来ない話かも知れないが、実は日本のデベロッパーには共通の懸念がある。それは日本のゲームが世界に通用しなくなりつつあるのではないかということ、そして世界のトレンドから日本が取り残されつつあるのではないかということだ。吉岡氏もまた、GDCの変遷を長年見つめてきて、近年の世界における日本のゲーム産業の相対的な地盤沈下を真剣に憂う人間のひとりだ。

 もっともこれはどのレイヤー、立場で見るかによって話が違ってくるため一概には言えないが、少なくとも吉岡氏のレイヤーではそう映っているし、GDCにおける日本人講演者の数というわかりやすい指標においても如実な低下によって表われている。吉岡氏によれば、日本ゲーム産業のプレゼンスの低下は、構造的なもので、もはや付け焼き刃では世界に太刀打ちできないという。その吉岡氏が、日本反転攻勢の基点として考えているのがCEDECであり、そのためにCEDECの継続的な強化が必要不可欠というわけである。

 CEDECの強化にもっとも効果があるのがセッション公募の活性化だという。公募されたセッションは、CEDECプログラム委員会のほうでふるいに掛けられ当否が決まる。公募されたセッション数が多くなればなるほど、セッションの質が上がり、それを目当てに来場者の増加が見込める。CEDECが盛り上がることで個々の開発者の知識も高まり、結果として日本のゲーム産業に寄与するという論法になる。

 しかし吉岡氏によれば、GDCやSIGGRAPH(コンピューターグラフィックスの学会)などに比べると公募の数がまだまだ少ないという。そこで今年は募集そのものに対して明確なベネフィットを用意した。公募するだけで、CEDEC2010のパスをCESA会員価格で購入できるほか、CEDEC2010基調講演への優先入場権が得られる。さらにセッションに採択されると、その講演内容によって1~3名分のCEDEC2010パスが無償進呈される。

 また、公募しやすくするためにセッション形式もより柔軟にする。具体的には通常の60分のセッション、パネルディスカッション、ラウンドテーブルに加えて、新たに「20分セッション」と「ポスター発表」を追加する。いずれもGDCやSIGGRAPHで採用されているセッション形式だが、こうしたきめの細かいサポートにより、より多くの潜在的なニーズに対応していく方針だ。

CEDEC2009初日の基調講演を行なう東大名誉教授の原島博氏
CEDEC2008の海外トラックの目玉だったTim Sweeney氏。「Unreal Engine」の生みの親として2020年までのゲームグラフィックスの未来を語った。今年もこうした超弩級の海外セッションを期待したい
CEDEC2009と併催された学生版CEDEC。リクルート目当ての学生が来たことは狙い通りだったようだ

 しかし、公募だけではなかなかうまくいかない分野もある。ひとつは基調講演だ。

 「詳細についてはまだお話しできませんが、今年もちょっとした仕掛けを用意していますし、実は人選もほとんど決まっています。CEDECの基調講演は意識していることがあります。それは3回の基調講演それぞれに違った分野の方を呼ぶということです。ゲーム業界の外の人、中と外の真ん中ぐらいの人、そして中の人です。昨年は原島先生(博氏 東大名誉教授)」、富野さん(由悠季氏、アニメーション監督・原作者)、そして堀井さん(雄二氏、ゲームデザイナー)です。昨年嬉しかったのは、富野さんと堀井さんに人が集まるのはある程度読めていましたが、失礼ながらゲーム業界ではあまり知られていない原島先生にあれだけの人が集まってくれて、反響も大きかったことです。松原さん(健二氏、CESA技術委員会委員長)の強力な後押しがあったのは事実ですが、事前インタビューの効果も大きかったと思っております」

 もうひとつは海外からのスピーカーの招聘だろう。2年前の2008年はGDC Executive Director(当時)のJamil Moledina氏やEpic Games CEOのTim Sweeney氏ら超大物を招聘し、CEDECの変化を内外に見せつけてくれたが、翌2009年はセッション数は変わらなかったものの講師の衝撃度という点では2008年にやや劣っていた。

 「海外トラックに関しては、スクウェア・エニックスのグループ会社となったEidosでCTOをやっていて、今はWorldwide Technology Directorを務めるJulien MerceronをCEDECプログラム委員会に入れて、海外スピーカーの招聘はすべて彼に任せることにしました。重要なのは○○のゲームの開発者がどんな困難に直面して、それをどうやって解決したのか、またその経験を活かして次は何をやるのかということを話せる人材です。『○○というゲームの内容がどういうものか』というような講演は、CEDECでは本質的に意味がないと思っています。後は、今年から海外からの聴講者も積極的に集めます。そのために英語から日本語だけでなく、一部ですが日本語から英語のトランスレーションも行ないます」

 今回はGDC開催期間中の取材ということでGDCとのリレーションと、現時点での評価についても聞いてみた。

 「大きな目的については一致しているものの、現時点ではプロモーションについて協力し合っているレベルです。今後、お互いのメリットをすりあわせて、スピーカーを相互乗り入れしたり、ボードメンバーを交換したりといったところまで持って行くのが私の夢です。ただ、CEDECの最終目標はGDCではありません。強いて言えばSIGGRAPH。日本のゲーム業界は他業種からの参入が限られているため、ITやアニメ、それからエンターテインメント業界全般などの他の職種の人材も呼べるようなカンファレンスにしていきたいのです」

 それでは吉岡氏が今後強化したいセッション像とはどのようなものだろうか。

 「僕は専門がエンジニアリングですから、その視点からの意見になりますが、ひとつはコンテントパイプライン、もうひとつはテクニカルアートです。今のCEDECにはこの両方がまだ足りませんし、日本の現場でも不十分なところです。今の現場を再編してテクニカルアーティストが生きられる環境を整えていかなければなりません」

 昨年新設された学生版CEDEC「ゲームのお仕事 業界研究フェア」はどうなるのだろうか。

 「1度始めたからには当然継続したい。マッチングなどの部分で細かいところをまだ詰め切れていません。昨年、大きな価値があったのは、ゲーム業界に興味を持つ学生さんが多く集まったことです。どんな仕事なのかという興味もさることながら、そこで実際の人事担当者に会い、参加者はゲームメーカーがどういう人材を求めているかを知って頂くことができました。話は変わりますが、実はGDCもリクルートの場です。講演者の多くは、素晴らしいスピーチをすることで自分をより高く買ってもらおうとしている。参加者もそういう有能な人材を求めてセッションを聞いたりしている。CEDECもまたそういう自己表現の機会であっても良いと思うのです」

柔らかい面持ちの吉岡氏だが、その舌鋒の鋭さは業界随一。オフレコトークが多く、彼の想いをすべて伝えきれないのが残念だ

 今回の取材で、CEDEC皆勤者のひとりとして、吉岡氏に聞いてみたかったことがある。「今のCEDECは大手メーカー偏重ではないか? 中小のデベロッパーが参加しにくい環境になっていないか?」ということだ。吉岡氏は、長いブレスト的なオフレコ話を繰り広げた後、言葉を選びながら回答してくれた。

 「データで見るとそういう事実はないのですが、一部のデベロッパーさんからそういう声が上がっているのも承知しています。まず事実関係だけ言うと、メーカーによって公募を区別することはありませんし、より多くのメーカー関係者に参加して貰うことが理想です。ただ、日本の場合、デベロッパーは下請けという立場の会社さんが多く、パブリッシャーの立場が強い側面はあるので、手を挙げづらいという部分はあるかもしれません。だからこその公募システムですし、20分セッションやポスターセッションの新設もそういう配慮からです」

 最後にCEDECの講師予備軍であり、参加対象者となるゲーム開発者に向けてメッセージをいただいた。

 「まずCEDECという場所に集まるということがすごく大事なのです。単なる情報を得るだけだったらWEBを見ていればいいのです。やはりその場の空気がいいのです。そこにいる人たちがみんな違うことを考えているということが理解できる。違うことを考えている人を理解できれば自分の考えていることに自信が持てる。みんながお前と違うよといわれたら不安ですが、みんながみんな、それぞれが違うよといわれたらそちらが真実です。学生さんであれ、プロであれ、一所懸命勉強や仕事をしていれば、それが当たり前です。 それを感じるためには来たほうが良い。さらに効果的なのは講師になることです。20分セッションでもいいし、ポスターセッションでもいいから、とにかく喋る側に回ること。喋る側にまわれば、より多くの情報が集まってきます。情報を得るための最善の手段は情報を出すことです。もちろん、出してはいけない情報まで出してはいけませんが、それは大人として判断できるでしょう。ぜひセッション公募をお待ちしております!」



 今年のGDCで明白となった日本のゲーム産業の地盤沈下に対し、CEDECという意外な武器を駆使して反攻の先駆けにしようとしている人材がいるのは、日本のゲームメディアとしても非常に心強い。繰り返しになるが、CEDECのセッション公募は3月31日まで。 具体的な応募要項はCEDEC公式サイトにて入手することができるので、興味を覚えた方はぜひ一読してみてほしい。

(2010年 3月 14日)

[Reported by 中村聖司 ]