Taipei Game Show 2010現地レポート

SCEが協力する大同大学のゲームクリエイター講座を訪問
日本のノウハウを台湾へ。SCEと台湾政府、大学による人材育成プロジェクト

2月5日~9日開催

会場:台北世界貿易中心

入場料:大人 150台湾ドル
    子供 100台湾ドル


 「デジタルコンテンツ・クリエイティブ・キャンプ」は、ソニー・コンピュータエンターテインメント(以下、SCE)とプレミアムエージェンシー(以下、PA)の協力の下、教育機関、台湾政府が資金やインフラを提供して、未来のゲーム開発者を養成するプログラムだ。2009年9月に開講し、審査で選ばれた300人が3つの大学でゲーム開発のノウハウを学んでいる。Taipei Game Show期間中の2月6日、その講座の開催拠点の1つである大同大学を訪れて、実際の授業を見学する機会を得た。

 当日は、Taipei Game Showに合わせて台湾を訪れた日本のゲームクリエイター7名がゲストとして来訪し、生徒と交流をはかった。訪れたのは、バンダイナムコの原田勝弘氏、カプコンの小野義徳氏、SCEの小島英士氏、「ゴミ箱 -GOMIBAKO-」を製作したJet Ray Logicの松田太郎氏と松下博和氏、音楽館の向谷みどり氏、西野功一氏ら。それぞれが専門分野の経験に基づいて、生徒にアドバイスをしていた。

 このレポートでは「デジタルコンテンツ・クリエイティブ・キャンプ」の意義や詳細、授業の様子や、ゲストによる学生へのアドバイスなどを報告する。

カプコンの小野義徳氏(左)とバンダイナムコの原田勝弘氏(右)SCEの小島英士氏(左)、「ゴミ箱 -GOMIBAKO-」ディレクターの松田太郎氏(中央)と、プログラマーの松下博和氏音楽館の専務、向谷みどり氏(右)とプロデューサーの西野功一氏(左)




■ 台湾政府、SCE、大学が協力しあって実現した、贅沢な教育環境

「デジタルコンテンツ・クリエイティブ・キャンプ」が開講されている大同大学

 台北にある大同大学は、大同という大手メーカーが創立した私立の工業大学だ。ヤシの茂る校舎には、あちこちに生徒が作ったプロダクトデザインやアート作品が飾られている。ゲーム開発者育成事業「デジタルコンテンツ・クリエイティブ・キャンプ」は、この大同大学、同じ台北の龍華大学、そして高雄の義守大学の3つの教育機関で開講されている。

 台湾では、コンシューマーのオリジナルゲームを作っているメーカーは少なく、PS3の開発は下請けが多い。そのため台湾発のオリジナルコンテンツを作れるような人材の育成を目指して、国が予算を投入してプロジェクトがスタートした。審査を経て選ばれた生徒は授業料が全て無料となり、人材育成にかける熱意が伝わってくる。2009年から2011年まで3年間開催される予定だ。

 300人の定員に対して、800人を超える応募があった。その大学の学生ではなく、既に就職している社会人が対象で、中にはゲーム業界で働いていたが、休職して参加した人もいる。そこまでして参加してくる理由はお金だけではない。下請けでは学べないオリジナルの企画作りや、キャラクターデザインなど日本のノウハウを、直接日本の講師から学べるという部分が魅力なのだそうだ。

 選考では、800人のうち1次審査で400人に絞られ、その後2カ月のトレーニングクラスを経て300人が決定する。トレーニングクラスは基本的なツールの使い方などを習う準備段階で、ここで選ばれた300人が選抜クラス100人と一般クラス200人に分けられる。日本人講師の授業を受けることができるのは、選抜に選ばれた100人だけだ。

 100人の内訳は、台北50人、高雄50人で、50人はさらに志望するコースによって、「ゲームビジュアルコース」が20人、「ゲームプログラミングコース」が15人、「ゲームデザインコース」が15人に分けられる。彼らと共に、一般クラスを受け持つ台湾人の講師が一緒に講義を受けて、その内容を一般クラスの生徒にフィードバックする。そうすることで、教育者の育成も兼ねているわけだ。

 講座は9月に入学して翌年6月に卒業するまでの1年間。1日数コマで、全36週のカリキュラムが組まれている。日本人講師の授業は週末のみだが、国の補助金を用いたプロジェクトであるため、平日は学んだことを自習する時間に当てられる。そのための課題もたくさん出される。また、日本への就職も視野に入れた日本語の授業や、大学側が用意したネットワーク関連の授業などもあるのだそうだ。

「ゲームビジュアルコース」の授業風景「ゲームデザインコース」の授業風景「ゲームプログラミングコース」の授業風景




■ SCEがクリエイター育成事業をアジアで展開する2つの理由

SCEが充実した開発環境を提供
訪問した時の「ゲームビジュアルコース」の講師は、日本の大学でも教鞭を取っているプレミアム・エージェンシーの川島基展氏

 クリエイター志望者に対する開発機材は贅沢なくらいに揃っている。例えば「ゲームビジュアルコース」の教室には、MAYAやPhotoshop、AfterEffectなどCG作成に必要なアプリケーションが入ったパソコンが1人1台ずつ用意されている。「ゲームプログラミングコース」向けには、Visual Studioだけでなく、PS3開発用のSDK(開発ツール)なども提供されている。ちょっとした専門学校よりも充実した環境だが、生徒が何を必要としているかを考えて用意した結果こうなったのだという。

 SCEは同様のプロジェクトをPAと共同で、香港とシンガポールでも行なっている。各プロジェクトのスタート時期は同じくらいだったが、一足早く計画にゴーサインが出た香港が最初に始まり、その後台湾とシンガポールでもスタートした。それぞれのお国事情や日本との距離などで、国ごとにやり方が違っている。香港向けには、即戦力を得られるカリキュラム開発し、シンガポールでは現地の講師を育成するという方針のカリキュラムを開発している。

 今はちょうど第1期生がカリキュラムの半分を終えた所だが、終了後のキャリアパスの用意も進んでいる。SCEは今年の6月に、政府が始めた「インキュベーションセンター」への機材の提供を予定している。この施設には、大学と同様の開発環境が整っており、審査に通ればそれらを自由に使ってゲームを開発することができる。また、台湾でこれからコンシューマー向けのオリジナルゲーム開発を計画しているメーカーへの、人材の紹介も行なう予定だ。

 どうしてここまで力を入れているのかと、当然疑問が浮かぶ。今回、取材の窓口になってくれた担当者に聞いてみたところ、日本のゲーム作りのノウハウを体系化して、それをアジア全体に通用するロジックにすることで、アジアという大きな枠組みでゲーム開発のコミュニティを作るという大きな目標があるのだという。またそれとは別に、オリジナルのコンテンツを生み出す苦労を知る人が増えれば、それが将来的には海賊版の抑制につながるのではないかという期待もあるということだ。




■ 少人数制で、他分野と連携を取りながらのゲーム作り

講師の顔をしたキャラが戦う「PA Fighter」

 今回見学させてもらったのは大同大学で行なわれている授業だ。「ゲームビジュアルコース」と「ゲームデザインコース」は半々よりは多少男性が多い程度の男女比だが、「ゲームプログラミングコース」だけは全員男性だ。聞くところによると、高雄には3名の女性プログラマー志望者がいるらしいが、少数派のようだ。

 「ゲームビジュアルコース」の授業は、ちょうどフェイズ2の終盤で、作ったモデルに骨を入れて動かすという作業の中の最中だった。講師が通訳を介して説明し、学生はそれを手本に自分のパソコン内で作業を行なう。今回は、リグと呼ばれる骨格をポリゴンモデルに組み込んで自由に動かせるようにしたり、モーションキャプチャーのデータをポリゴンモデルに反映させる方法を学んでいた。

 「ゲームプログラミングコース」の授業では「PlayStation Home」を例にしたプログラムの組み方、プランナーの授業はチームを組んだディスカッションで企画を煮詰めていく作業が行なわれていた。生徒が「PlayStation Home」上で作った作品は、Taipei Game Show 2010のSCETブースにも出展されている。

 他にもフェイズごとの課題として、各分野の生徒がいくつかのチームに分かれてミニゲームを作っている。ミニゲームは、格闘ゲーム、MMO風の3Dアクションゲーム、視点切り替えのできるシューティングゲームなど多様で、デザインもプログラムも生徒が行なっている。例えば「PA Fighters」という3D格闘ゲームは、プレミアムエージェンシーの講師の顔写真がついたキャラクターで対戦を行なう2D視点の格闘ゲーム。「鉄拳」と「ストリートファイター」のプロデューサーが来るからと、3人で約3週間で作ったのだそうだ。

 どんなゲームに人気があるのか、SCEの担当者に聞いてみたところ、大作MMORPGを作りたがる人が多いらしい。しかし、開発に数年を要し、常設のサーバーを用意しなければならないMMORPGの開発は、勉強中の学生にはまず不可能なので、「ゲームデザインコース」の授業ではMMORPGの企画以外のジャンルを集中して学習を行なっているとのこと。最近はFacebookのソーシャルゲームのような、カジュアルなゲームも人気が出ているとのことだ。


生徒の作った作品。机の上にはアイデアスケッチを描きとめるスケッチブックも




■ バンナムの原田氏、カプコンの小野氏のアドバイスは「明確なコンセプトの提示」

 ゲストの7名のうち、ナムコの原田氏とカプコンの小野氏は午前中に教室を訪れた。同じ日に、Taipei Game Show 2010のイベントにも参加しなければならず、短時間の駆け足訪問だった。生徒たちは、見て欲しいゲームやCG、ムービーをモニターに表示して、両氏は生徒の机を回りながら感想を述べていった。

 前述の「PA Fighters」について、小野氏はもっとパロディを前面に押し出したほうがいいとアドバイス。その画面やゲームで製作者が何を見せたいと思っているのが、プレーヤーが一目見てわかるようにした方がいい。「鉄拳」や「ストリートファイター」とこのゲームは何が違うのかを、明確に前面に押し出したほうがいい、と語っていた。

 また原田氏は、パロディだろうと格闘ゲームには必ずコアがある。それは「ストリートファイター」なら飛び道具でジャンプさせて打ち落とすということだったり、「鉄拳」なら硬直させてコンボを入れることだったりと、そういうコンセプトがこの段階ならもう見えていないといけないが、それ今はまだ不足している、と指摘していた。

 プランナーの教室では、1つのチームが両氏を相手にプレゼンテーションを行なった。提示されたゲームのコンセプトは「2つのスポーツを組み合わせて新しいスポーツを作る」というもので、小野氏は「カプコンの承認会議でも高評価を得られるのでは」と絶賛。ただ、原田氏が出したゲームの面白さを示す「破壊」というこのゲームのキーワードを、生徒たちが自分から提示できるようになる必要がある、とアドバイスした。


「ゲームビジュアルコース」の作品を寸評未来のゲームデザイナーたちと記念撮影




■ 「ゴミ箱」の松田氏はビジュアルの見せ方を厳しくチェック

 午後には、PS3用パズルゲーム「ゴミ箱 -GOMIBAKO-」のディレクター松田氏、プログラマー松下氏、SCEの小島氏が訪れて、グラフィックデザイナーの部屋を見た後、プランナーとプログラマーに分かれてやや長い時間を使ってディスカッションを行なった。

 グラフィックデザイナーの作品については、テクスチャーの伸びや解像度不足など、完成度が低く見える原因について指摘して、適正なテクスチャーを使うコツを伝授した。メイド服の戦闘キャラクターには、この方向を目指すならもっとキャラクターの動きに表情をつけて、胸が揺れたり、スカートがひらひらしたりするようなリグを追加した方がいいとアドバイス。笑われていたが、「本気だから」と力説していた。他にもカメラワークの重要さや、手付けのアニメーションを作る時の重心の置き方などについて話をしていた。

 松下氏は、予想以上の完成度でしたと褒めつつも、もうすこしプログラマーが率先して意見を出していってもいいのではないかと、グラフィックデザイナーの意見に対して少々受身になっているプログラマーの姿勢を評した。

 「ゴミ箱 -GOMIBAKO-」でメインプログラマーを務めた松下氏は、プログラマーの視点からミニゲームの動きや処理の仕方をアドバイスしたり、逆に生徒に質問したりしていた。その間にディレクターの松田氏と、プロデューサーの小島氏はプランナーの部屋を訪問。生徒たちと円陣を組んで座って、生徒が説明する企画についてディスカッションを行なった。

 企画の内容は、ソーシャルゲームに影響を受けた、一風変わった育成形ゲームだった。もう1つ別のチームもディスカッションを行なったが、事前にゲームのルールを紙に絵で描いて説明した、チームの方がよりわかりやすかったと寸評した。また、仲間うちで遠慮しあっているような雰囲気がしたので、誰かリーダーを決めてもっと意見を戦わせあったほうがいいとアドバイスした。

 また、午後にはトレインシミュレーターを多く手がけ、「Railfan 台湾高鉄」などで台湾とも縁の深いメーカー、音楽館の専務、向谷みどり氏と、プロデューサーの西野功一氏も来訪した。急に来てもらえることになったというサプライズ的な来訪だったが、両氏も生徒たちの作品に対してまた違った視点からアドバイスしていた。


「ゲームビジュアルコース」では見た目の重要さを説いた「ゲームプログラミングコース」で3Dゲームの難しさを語り合う生徒は自分が作ったプログラムを見せてアドバイスをもらっていた
「ゲームビジュアルコース」の作品を寸評突然の訪問だった、向谷氏と西野氏実際にゲームで遊んで見せて、面白さをアピール




■ プロジェクトは、アジアと日本を近づけるための第一歩

 日本には専門学校や大学などに、ゲームの開発を学べる場所が多くあるが、グラフィッカー、プログラマー、プランナーが協力し合って1つのゲームを作れる環境は意外と少ない。だから、この台湾の環境は非常に魅力的に映る。勉強をしている姿を見ているだけでも、彼らが本当にゲームが好きでゲームを作りたくてたまらないことがわかる。

 マンガやアニメ、ゲームと街中に日本の文化が氾濫している台湾だが、実はゲームの開発現場では日本とのつながりは薄く、むしろ下請けという形で欧米との関わりの方が深いのだそうだ。だからこそ、日本のノウハウや考え方を共有した人材が育っていくのは、日本にとっても重要な意味を持つだろう。というのも、日本とアジアの開発間でトラブルが発生するのは、往々にして開発に対する姿勢や考え方の違いが原因になっているからだ。

 そのため、「デジタルコンテンツ・クリエイティブ・キャンプ」では、オペレーションよりもむしろ、日本の考え方、日本の現場が実際に行なっているノウハウを教えることに主眼を置いている。といっても日本のやり方を強要しているわけではない。あくまでも、すれ違いを回避するために、日本のやり方を知ってもらうという姿勢なのだ。

 将来、彼らの中から著名なクリエイターが出るかもしれない。授業を受けている熱心な姿からは、十分その可能性が感じられた。


(c)2010 Sony Computer Entertainment Inc. All Rights Reserved.

(2010年 2月 7日)

[Reported by 石井聡 ]