ニュース

「G-Tune」のワンボタンオーバークロックPC開発者に聞く

「再起動不要」と「安定動作」へのこだわり!

6月13日収録

場所:マウスコンピューター本社

「MASTERPIECE i1440シリーズ」

 マウスコンピューターのゲーミングPCブランド「G-Tune」では、オーバークロック(OC)PC「MASTERPIECE i1440シリーズ」の展開を3月より開始している。ただOCしただけのPCではなく、ボタンを押すとCPUだけでなくGPUもOCする、しかも再起動なしで――というのが最大の特徴だ。

 今までありそうでなかったこのPCについて、マウスコンピューターのG-Tuneプロダクトマネージャーの杉澤竜也氏と製品企画担当の平井健裕氏に、製品誕生の経緯や製品のポイント、今後の展開について語っていただいた。

製品企画担当の平井健裕氏
G-Tuneプロダクトマネージャーの杉澤竜也氏

「MASTERPIECE i1440シリーズ」を支える「G-Tune OC Boost」

「G-Tune OC Boost」の動作フロー

 まずは現行のOCPC製品である「MASTERPIECE i1440シリーズ」についてご説明したい。本製品のフロントパネルには、電源ボタンのそばにOCボタンが用意されており、これを押すと即座にOCされる。PCでは「G-Tune OC Boost」というソフトがサービスとして動作しており、OCボタンが押されるとこのソフトが反応し、OC設定に切り替わる。

 「G-Tune OC Boost」の具体的な挙動としては、まずCPUがOC可能な製品かどうかをチェックする。可否はプリセットされた対応CPUリストに該当するかどうかで決定する。どのくらいOCするかという値もCPUごとにプリセットされている。どのCPUが対応しているかは非公開だが、現状ではCore i7-4770Kなど、倍率変更可能なK型番のCPUの一部に限られているという。

 次にCPUの動作倍率を引き上げ、動作クロックを上昇させる。同時にマザーボードから、供給電力に余裕があることを通知する。通常はCPUのTDP枠の中で設定されるのだが、「もっと供給できるから使っていいよ」とCPUに言うわけだ。

 さらにCPUのクロックを最大値で固定する。CPUは通常、積極的に省電力機能を働かせようとするが、これがゲームのパフォーマンス低下や、一瞬のタイムラグに繋がることがある。そこでCPUに対して、高負荷状態にあるという情報を渡すことで、ある意味勘違いさせ、最高クロックに固定する。最後にほんの少しだけVcore(電圧)を上げる。大幅に上げてもほとんどOCに対する効果はなく、発熱が上がるだけなので、ほんの少しだけだという。

 続いてGPUのOCも行なわれる。まずは対象GPUかどうかのチェックが入る。ここではGPUのチップを照会するのではなく、ビデオカード製品のファームウェアでチェックしており、市販のビデオカードと交換しても「G-Tune OC Boost」は働かない。対応製品の確認ができたら、標準クロックを引き上げるとともに、マージン幅を引き上げ、高負荷時の最高クロックを上昇させる。

 これらの挙動を、再起動なしで瞬時に実行する。ゲームプレイ中であろうがベンチマーク中であろうが関係なく、ボタンを押すだけでOCのON/OFFが可能だ。

 ちなみにこれらの挙動はソフトウェアで制御されているので、CPUもGPUもスロットリング機能(温度が高くなりすぎた時の保護機能)は生きている。いよいよ危ない時はクロックが落ちるので、動作保証も通常の保証内に収まっている。

「格好いい!」と感じるOCPCを作る

杉澤氏の熱意とこだわりが、再起動不要のOCPCを生んだ

 「MASTERPIECE i1440シリーズ」の誕生までの経緯については、杉澤氏が詳しく語ってくれた。マウスコンピューターでは、「G-Tune」を展開する以前は、ハイエンドPCブランド「Tune」を展開していた。そのPCがゲーマーによく使われるということで、よりゲーマー向けに特化した「G-Tune」が立ち上がった。

 その経緯から「G-Tune」はハイエンド志向のユーザーをターゲットにしている。杉澤氏は当時、「ハイエンドとは何かと考えたとき、オーバークロックは切り離せない。とにかく上を狙うとなると、既存の製品群だけを使っていてもインパクトが足りない」と考えたという。

 2012年1月頃、同社はCore i7-3940Xで全コア4GHz、GPUもオーバークロック済みのOCPCを発売した。「これはこれで当時としてはインパクトがあった」と杉澤氏は振り返ったが、同時期に海外の企業がボタンを押すとOCするPCを出していた。「格好いい、面白いと思っていた。うちもボタン的なものをやりたいと思っていた」という。

 ただ杉澤氏にとって、それらの他社製品には2つ腑に落ちない点があった。1つは、GPUがOCしないこと。「ゲーミングPCはグラフィックスが1番大事なのに、なぜGPUをOCしないのだろうか。それならうちでやろうと思った」という。

 もう1つは、ボタンを押しても即座にOCせず、再起動しなければいけないこと。「理屈はわかるが、ロマンを感じない。『ボタンを押した瞬間に性能が上がるのが格好いい!』というのが僕の思い。ここぞという時にリミッターを外す、押したら即時反応する環境を作りたい」というのが杉澤氏の願いだった。

MSIとの綿密な協業でOCPCを実現

TurboBoostの最高クロックより高く、全コアを動かす
お蔵入りになってしまった「Extreme Tuning Utility」。MSIとマウスコンピューターのロゴが見える

 OC機能を実現するため、マウスコンピューターはPCパーツメーカーのMSIと協業している。CPUやGPUのOCにおいて、どこをどのくらい引き上げるのか、どこまでなら安定動作できるのかといった調整では、長年独自にCPUやGPUのOCに取り組んできたMSIが持つノウハウが活用されている。

 ただ本製品においては、CPUの動作クロックは「TurboBoost時の1コアでの最高クロックよりも高いこと」をクロック設定の根拠としている。それでいて常用に耐えること、性能にインパクトがあること(1MHzでも超えていればいい、というのではない)というのが最低条件だ。

 例えば現行のCore i7-4770Kでは、定格3.5GHz、TurboBoost時は1コアで最大3.9GHzで動作するが、「MASTERPIECE i1440シリーズ」ではOC時、4コアとも4.2GHzで動作する。「短時間であればもっと高クロックにできるが、ベンチマークを取って満足していただくのではなく、ゲームを遊んでいる時にメリットがあるようにするのがコンセプト。1時間だけ動けばいいというのは違う」と平井氏は語る。

 GPUに関しては、自作向けの単体ビデオカード製品に比べ、ファンの回転数を高くするなど冷却性を重視している。平井氏によると、「市販のビデオカードは静音重視に作ってあり、熱くても構わず静かでいようとする。そういう状態のものではなくしている」という。

 「G-Tune OC Boost」もMSIとの協業で生まれたもの。これ以前には、2013年にIntel、MSIとの3社共同で「Extreme Tuning Utility」を開発した。しかしこれは再起動が必要なツールで、杉澤氏は納得しなかった。またとても細かく設定が可能な反面、その気になれば(設定次第で)CPU自身を壊せてしまう。さらにIntel製なのでGPUのOCができない。結局、表に出ることなくお蔵入りになった。

 それらを踏まえて作られたのが「G-Tune OC Boost」となる。MSIは自社製OCツールを持っているが、これらは再起動することが前提になっていたため、ベースにすら使えなかった。活かされたのはOCの適正値などのノウハウで、ソフトはほぼゼロから開発したという。

Devil's Canyon搭載OCPCも近日発売

まずは新CPUとAMD製GPUに対応
その後もいくつかの新機能を実装予定

 今後のシリーズ展開については、まずはCPUにDevil's CanyonことHaswell-Refresh-Kと、その後の発売が予定されているHaswell-Eは「当然想定している」という。特にDevil's Canyonについては、次世代ポリマーTIM(CPUコアとヒートスプレッダの間に入れる熱伝導材)を採用したことで、Haswellより高いOC耐性を得られることが期待されている。

 またAMD製GPUも対応予定。AMD製GPUでは新たな機能として、発熱時のGPUファンの回転数を変えている。「GPUは温度が低い方がクロックを高くしようとする機能があるので、OC時には低めの温度の時からファンの回転数を上げて、それ以上温度が上がりにくくなるようにしている。低負荷時ではぎりぎりまで下げて、熱くなりそうな時にぐっと上げるようにするという、標準のファンとは違う回転数の上がり方になっている」という。

 このほか細かい利便性の向上として、ゲームパッドで遊んでいる時にモニターの省電力機能が働かないようにしたり、ゲーム中は一時的にWindows Updateがかからないようにする機能などが検討されている。

 また利用者からの意見として、「OCボタンは光らないのか?」という意見が多かったという。OCしているかどうかを確認するには「G-Tune OC Boost」のウインドウを見なければならず、いつOCしているのかわかりづらいためだ。これもDevil's Canyon搭載製品からは光るように対応する予定。またOCボタンを押した時、同社の公式キャラクター「G-Tuneちゃん」の声で「オーバークロック!」と叫ぶ機能も実装予定。声は声優の南條愛乃さんが担当している。

 さらに新機能として、2段階OCを考えているという。「30分くらいのタイマーを入れて、その間だけOCの幅を大きくする、その後はアイドル状態に落ちるような、時間限定のようなOCがあってもいいかもしれない。ここぞという時だけ最高性能にするのが狙い」だという。今のところ、Haswell-E搭載製品に合わせて入れたいとしている。

Core i7-4790K搭載試作機をチェック

試作機ながら、未発売のCore i7-4790KでワンボタンOCを実現していた

 インタビューの際、Devil's CanyonのCore i7-4790Kを搭載した試作機も見せていただいた。CPUを入手できたのはインタビューの2日ほど前だそうだが、既に「G-Tune OC Boost」はCore i7-4790Kに対応済みだったことから、既にワンボタンOCを実現していた。

 Core i7-4790KはTurboBoost時に最高で1コア4.4GHzとなる。これを上回るクロックということで、4コア4.6GHzを想定していた。実際にワンボタンOCを試してみたところ、4.6GHzで動作しているのも確認できた。GPUはAMDのRadeon R9 290Xで、標準で最高1,030MHzになるところを、1,070MHzで動くようになっていた。あまりにあっさりとOCできるので、ボタンが光ったり、音声が出たりといった目立つ仕掛けが必要なのだろう……と逆説的に気づかされた。

 まだ検証中なので最終確定ではないものの、これを目標に進めているという。CPUやGPUは少々高温でも動作するが、高熱を発すると周囲のコンポーネントにダメージを与えるので、その部分も考慮した検証が必要なのだそうだ。

 本製品はケースも面白い。Abeeと共同開発したスチールとアルミの複合型のケース。「ゲームはグラフィックスが最重要項目と考えているので、そこをいかに安定稼働させるための冷却システムを作るかと考え、体現したのがこのケース」と杉澤氏は言う。

 一般的な市販のケースは、ストレージのスロットが多めに確保されている。しかし「G-Tune」では、「マザーボードを採用できる以上のストレージのスロットを持っていても仕方ない」と割り切りスロットを減らし、中央部分に長く空きが取れるようにした。これにより長いビデオカードにも確実に対応できるほか、空冷のラジエーターをケース前方に配置するといったデザインも可能にした。同時にケースの奥行きも減らしており、従来の「NEXTGEARシリーズ」よりも短くなっているという。

 またゲーミングPCケースは冷却を重視し、あちこち隙間だらけにするのが一般的だが、このケースはそれほど穴は多くない。平井氏によると、「風圧が高ければいろんなところから空気を吸ってくれるが、風圧が低い時は吸いやすいところからしか吸ってくれない」のだそうだ。特に重要なのがサイドパネルの穴で、ここをうまく開けないと吸いにくいところから吸うか、あまり吸えずに風量が上がるかで、結局温度が上がってしまうという。

 またOCPCで初めて、天板にも穴を開け、ファンを取り付けた。「天板を開けたからといっても排気してくれない。ファンはVRM(電流変換装置)のためにあるようなもの。そこに少しだけ風を起こすだけで、OCやハイエンドCPUの時の温度が変わる」と平井氏は言う。これらの結果、OCPCでありながら、動作時のケース内温度は「G-Tune」シリーズの中で最も低く抑えられているという。

あくまで試作機なので構成も仮のもの。配線も製品ではもっと丁寧にするそうだが、マザーボードとケース、各種パーツに一体感があり、現状でも十分スマートに見える
OCボタンを押すと光り、CPUとGPUのクロックが上昇する。各種ツールでも4.6GHzで動作しているのが確認できた

Anniversary Editionはどうなる? などQ&Aをお届け

Pentium 20th Anniversary EditionのOCPCはあり得るのか?

 その他の話題については、インタビューでのQ&A形式でお伝えしていきたい。

――既に製品が出ていますが、ユーザーの反応はいかがですか?

杉澤氏: 秋葉原の「G-Tune Garage」にいらしてOCPCをご覧になった方はかなり多かったようです。その挙動を見て、「オーバークロックってすごい」など反応はすごくよかったと店員から聞きました。「これはすごい!」とボタンを押しまくられたそうです(笑)。高価なので店頭で即決するお客様は少なかったようですが、その後は主にWEBから売れ始めました。実物を見てから検討された方が多かったのではないでしょうか。

――OCPCのターゲットは、やはりハイエンドユーザーですか?

杉澤氏: もちろんハイエンドですが、OCを楽しむ人は、自作してその過程も含めて楽しんでいる人もいます。そういう人はターゲットではありません。e-Sportsでゲームに真剣に向き合っている人、マシンスペックはとにかく優秀であるというのを前提にしている人がターゲットです。OCはリスキーですが、製品保証が付いたもので、OCで通常よりも性能が上がるというのは、そういう人にとってメリットになるはずです。また、OCは知識としては持っていても、壊れたら嫌だし難しそう……でもやってみたいというカジュアルな人もターゲット層になります。

――GPUは必ずしもハイエンドモデルではないですが。

杉澤氏: コストパフォーマンス的な要素も大事だという軸があります。GeForce GTX 780 Tiより上の製品もありますが、価格が跳ね上がってしまうので。

――GPUの水冷はどう考えていますか?

平井氏: 既存の製品の中で、GeForce GTX 780は水冷です。GPUはなかなかカスタマイズが容認されないので、水冷システムの開発に時間がかかります。弊社ではGeForce GTX 780の水冷は、OCPCを立ち上げる前から「ダブル水冷」という切り口で立ち上げていて、既に物が存在していました。ちなみにGeForce GTX 780では、G-Tune OC Boostに対応したビデオカードが水冷と空冷の2種類あるのですが、水冷の方がクロックの上がり幅が大きくなっています。

――AMD製GPU搭載機は今後増えるのでしょうか?

平井氏: 弊社としてAMDに非常に注力しており、今後は増やしていきたいと考えています。Radeon R9 295X2も、開発の方に直接お会いして熱い思いを聞いているのでぜひやりたいですね。値段もいいところに収まっているし、CrossFireよりより性能が出ているのも見どころです。ただ、これをOCするとなると非常にハードルが高いです。

――NVIDIA製GPU搭載モデルはそのまま残るのですか?

杉澤氏: もちろん残ります。

――TITAN Zの採用は?

平井氏: そういうお客様には、GeForce GTX 780 Ti SLIのOCモデルをお薦めしたいですね。そちらの方が伸びしろがあります。

――Core i7-4790K以外の新型CPUの採用はありますか?

平井氏: メリットがあるならやりたいです。見た目上のクロックが上がっても、体感やベンチマークで変化がなければ意味がありません。Pentium 20th Anniversary Edition(Pentium G3258)は試してみたいですね。小さいコアなので、5GHzまで簡単に動いてくれたりすると面白いですが、やってみないことにはわかりません。

――もっと小型のオーバークロックPCは検討されていますか? 最近のゲーマーからは比較的小型のモデルに人気があるように感じますが。

杉澤氏: 「G-Tune」でもMicroATXモデルの販売台数が急激に伸びていますので、小型化に対する需要はあると感じます。今はまだどのサイズとは言いにくいですが、もう少し小さなコンセプトの製品も視野に入れています。気持ちだけで言えば、なるべく小さく、MicroATXより小さなレンジで、かつ……というものですね。

――最後にメッセージをお願いします。

杉澤氏: 「G-Tune」では今年から、「すべてはゲーマーのために」というブランドメッセージで動いています。今回の製品も、ゲームの挙動にフォーカスした、他にないGPUのOCができる製品だと自負しています。ゲーマーの方々のメリットに繋がる製品は、オーバークロックPCに限らず積極的に製品開発を進めていきますので、ご期待ください。

平井氏: OCPCは開発的には難産だったソリューションですが、今後も続けていきたいです。その上で最も考慮していきたいのは、お客様からの声です。こうだったらいいのに、こういう機能が欲しい、といったところは優先して実装を進めていきたいと思っています。OCPCは、ゲームをやる時はOCしておいた方がいいよね、という意見が大勢を占めるまではいかないでも、きちんと認知されるところまでは頑張って育てていきたいなと思います。

(石田賀津男)