Game Developers Conference 2012レポート

【GDC 2012】Naughty Dog女性プログラマーが語るゲームデザイン論
「エアリスの死」も好例。セオリーを破って物語をよりよくする方法


3月5日~9日開催(現地時間)

会場:San Francisco Moscone Center


 


 GDC 2012の会期最終日にあたる3月9日、Naughty DogプログラマーのKaitlyn Burnell氏は、ゲームデザインのストーリーについて「いかにルールを破れるか」に焦点を当てたセッションを行なった。

 Naughty Dogは主に「クラッシュ・バンディクー」シリーズや「ジャック×ダクスター」シリーズ、最近では「アンチャーテッド」シリーズの開発を手がけていることでも知られている。特に「アンチャーテッド」シリーズでは、アドベンチャー映画を意識した本格的なストーリーや演出が印象深い。また現在はサバイバルアクションホラー「THE LAST OF US」も開発中であり、「アンチャーテッド」シリーズかそれ以上の濃密なストーリーが期待されている。

 今回Burnell氏が語ったのは、「プレーヤーをストーリーに没入させる」ゲームデザインへのアプローチの方法。「アンチャーテッド」シリーズ、もしくは「THE LAST OF US」に直接触れたものではなかったが、こういった考え方の下で「アンチャーテッド」のような物語が作られていることを考えると、ゲームにまた違う視点が加わって興味深かった。本稿では、Burnell氏の述べたストーリー制作法をご紹介する。




■ 「Portal」に学ぶネガティブな感情のコントール方法

Naughty Dog プログラマーのKaitlyn Burnell氏

Burnell氏はストーリー制作の方法について話す前に、人のモチベーションをあげると言われている3つの心理状態、「自立性」、「能力性」、「関連性」について説明した。「自立性」とは、自らの意思で物事に取り組んでいるという状態のことで、「能力性」は、自分にも達成できると思う状態のこと。「関連性」は、仲間のいる状態で一丸になってやっていこうという状態のこと。Burnell氏の言う「ルール」とは、この3つの要素をゲームデザインに組み込むことを指す。

 実際のMMOゲームのデータでは9カ月後には18%に減ってしまうユーザーも、この3つのルールを守れば、40%のユーザーが継続してプレイする実績があるという。しかし、Burnell氏は3つのルールをきっちり守っているZyngaの「FarmVille」を例に挙げ、「『FarmVille』は確かに素晴らしいが、ではこれがゲームデザインの頂点でしょうか?」と会場に問いかけた。もちろん答えは「そうとは限らない」。

「Portal」の「コンパニオンキューブ」。ほんの少ししか登場しないが、多くのイラストがファンから描かれるほど人気が高い。焼却は自らの手で行なわなくてはならないことが、プレーヤーの感情を揺さぶる

 ここでBurnell氏は、ValveのパズルFPS「Portal」を引き合いに出し、同作品の中で登場する「コンパニオンキューブ」について述べた。「Portal」は銃で壁と壁を繋ぐ穴を開けて部屋から脱出するFPSで、時には持ち運べる物体「キューブ」を利用する。「コンパニオンキューブ」は、ゲームに1度だけ登場するハートマークが描かれた「キューブ」のこと。

 ハートマークが描かれている以外特別なことは何もないのだが、ナレーションで「『コンパニオンキューブ』は喋りません。声が聞こえてもそれは幻聴です」や、「他の『キューブ』と全く変わりありません」などとあえて言われることで、「コンパニオンキューブ」に愛着が沸くようになっている。しかし、そのステージでは「コンパニオンキューブ」を自らの手で焼却処分しないと先へ進めない。この焼却処分は強制なので、ここではプレーヤーの「自立性」、「能力性」、「関連性」が失われ、「コンパニオンキューブ」に愛着を持ち始めていた人はなんとも嫌な気持ちにさせられるのだが、結果としてはこのシーンが印象深いものとして「Portal」ファンには語られることになる。

 このエピソードで重要なのは、プレーヤーが「嫌だ」と感じる対象が、ゲームデザイナーではなくストーリーの中の“悪役”にあるからだとBurnell氏は語る。ゲームデザイナーの設計が嫌われるのは救いがないが、上手くプレーヤーをストーリーに没入させられれば、プレーヤーの感情は主人公と同一化して、感情の変化そのものを楽しめるようになる。

「悪意」によって痛みは増幅するという実験例の図。Burnell氏のスライドは具体的な例が多く登場した

 Burnell氏はここである実験を紹介し、悪役を作るコツを述べた。その実験とは、被験者の手に電流が流れるようにしておき、ある被験者には「この電流は他の部屋にいる人がスイッチを押すと流れるようになっていますが、その人は電流が流れることを知りません」と伝えておき、他の被験者には「電流が流れることを知っていてスイッチを押しています」と伝えるというもの。

 そして実際に電流が流されると、前者は痛みをそれほど感じないが、後者は痛みを強く感じたそうだ。つまり、「悪意」があると感じながら受ける痛みは、強くなることがこの実験からわかる。Burnell氏は、「敵役をプレーヤーに憎ませたいなら、悪意を感じさせるといい」とコツを語った。


「自主性」、「能力性」、「関連性」という3つの人間の感情に関するルールをいかにして壊しながら、ゲームの物語を高めていくかというセッション



■ 「関連性」と「能力性」を同時に奪った「エアリス」の死

海外でも有名な「エアリス」の死。「エアリス」を主軸としてゲームを進行させていたプレーヤーほど、絶望は深い

 続いてBunell氏は主に「関連性」に重点を置いて説明した。「関連性」を奪うのに最もポピュラーな方法は「キャラクターを殺すこと」だという。ここで例に出されたのは、Burnell氏が「その中でも最も有名だと思う」としたスクウェア・エニックスのRPG「ファイナルファンタジーVII」に登場する女性キャラクター「エアリス」。

 「エアリス」は、物語の最初で主人公を救ってくれるだけでなく、回復役として積極的にプレーヤーを助けてくれる。Burnell氏は、彼女の死はただ単にプレーヤーの「関連性」を壊すだけではない特徴があるとして、その分析を披露した。

 彼女の死は確かにストーリーとしてプレーヤーを悲しませるが、それ以上にプレーヤーは、ゲーム攻略の主軸にすべきキャラクターを途端に失ってしまい、その先のゲームクリアに対する暗澹たる思いや、「エアリス」に注ぎ込んだ経験値やアイテムが水泡に帰すことで徒労感さえも味わう。これはプレーヤーの「能力性」も壊しているので、「関連性」と合わせて2つ同時にセオリーを崩していることになるが、全体のゲームデザインが優れているために、このシーンは伝説的なものに昇華した。Burnell氏は、プレーヤーの没入感を操作性やストーリー、世界観によってデザインしていくのは「ゲームデザインにしかない特別なこと」だと述べた。

 Burnell氏はこのほかにも、リニアなゲームでも些細なことに「自立性」は生まれることや、逆にノンリニアであれば条件に紐付けてストーリーを発生させられることなどのアドバイスをした。「自立性」を壊せば「コントロールされている」と感じる代わりに、それに対する反抗心も生まれ、「関連性」を壊せば損失感や悲しみなどを感じさせられるという。ただし、「能力性」に関しては、これを壊すとゲームプレイ自体を放棄する可能性もあるので、やや問題を孕んでいるそうだ。物語で感情を生み出し、然るべき3つのルールを壊すことで、「さらに物語を高めていきましょう」とBurnell氏は締めくくった。


講演後は、「その例には『バイオショック』が当てはまると思う」、「『ヘビーレイン』もそうではないか」などそれぞれ思い入れのある具体的なタイトルが会場からも多く挙がり、物語も含めたゲームデザインが、面白いゲームを作っていることを改めて感じさせた


(2012年 3月 12日)

[Reported by 安田俊亮]