CESA Developers Conference 2010(CEDEC 2010)レポート

北米開発者が語るゲーム内での自己表現について (About Player Self-Expression in Gaming)」
ベネッセの「『ゲームニクス』の教育利用の取り組み~学習に効果をもたらすゲーム要素とは~」


8月31日~9月2日開催

会場:パシフィコ横浜



 本稿では、CEDEC2010初日に行なわれた講演から、海外トラックの「ゲーム内での自己表現について (About Player Self-Expression in Gaming)」と、「進研ゼミ」などで知られるベネッセによるゲームの手法を取り入れた学習教材をテーマにした「『ゲームニクス』の教育利用の取り組み~学習に効果をもたらすゲーム要素とは~」の2つのセッションを取り上げたい。




■ プレーヤーが行なう、キャラクターを通じた自己表現。鍵となるのはストーリーに追加する“味わい”

Electronic ArtsでExective Producerを務めるDoug Church氏
Church氏が模索するプレーヤーの自己表現を可能にするゲーム設計。別レイヤーでのプレーヤーの行動が、フレーバーとして本編のストーリーに影響する

 「ゲーム内での自己表現について (About Player Self-Expression in Gaming)」いうタイトルで講演を行なったのは、米Electronic ArtsでExective Producerを務めるDoug Church氏だ。Church氏は「Tomb Raider: Legend」や、「Thief: Deadly Shadows」、「Deus Ex」といったタイトルを手掛けたゲームクリエイターである。

 Church氏は「FacebookやYouTubeなど、現実の人間は様々な方法で自分をアピールしている。ゲームのキャラクターを通じても、もっと様々な方法でプレーヤー自身を表現できないだろうか? 講演では様々な方法を考えていきたい」と最初に語った。

 Church氏は現在、プレーヤーによるゲーム内でキャラクターを通じた自己表現の様々な方法を挙げる。オンラインゲームでは、アバターでプレーヤーの個性が主張できるようになっているし、格闘ゲームはゲームキャラクターだけでなく、プレーヤーの習熟度を他の人に伝えられる。勝敗の結果、戦い方でキャラクターを使い慣れているか、そうでないかが伝えられる。

 「制作者の想像を超えたような表現方法も可能だ」とChurch氏は語る。YouTubeでは、「Halo」でバイクに乗って足下で手榴弾を何発も爆発させ空高くジャンプしたり、「パックマン」で逆転する“パワーエサ”を使わないでゲームをやり込んだり、「World of Warcraft」で戦わずにキャラクターを育てたり、ユニークなプレイで自分を表現している人もいる。また、「Sims」はプレーヤーの思い描くライフスタイル、キャラクターを通じた自己表現そのものがゲームの中心となっている。

 ゲームを通じたプレーヤー自身の表現の仕方は様々だ。最もポピュラーなものはゲームに習熟することで、プレーヤーの“腕”を主張できる。「ただしこれは全ての人が面白い、と感じるものではない」とChurch氏は指摘する。次に考えられるのが「スタイル」だ。外見、ファッション、使う武器やキャラクターのクラスなどを通じて、他の人に自分だけのキャラクターを主張できるという。

 「プレーヤーはオンラインでしか自己を表現できないのだろうか?」とChurch氏は会場に問いかけ、「別の可能性があると思っている」と主張する。反面、キャラクター性はゲーム性を超えた表現が可能だという。例えば格闘ゲームのキャラクターはプレーヤーのアクションではパンチやキック、投げなどでしかキャラクター性を表現できないが、「車の運転がうまい」というような一面をカットシーンで主張して、キャラクター性を膨らませられる。「プレーヤーの自己表現でも、何か方法はないだろうか?」とChurch氏は会場を見回した。

 「デザイナーがストーリーやシチュエーションを用意して、そこにプレーヤーの選択を織り込むことで“自分”が表現できないだろうか。会場の皆さんは、どんなゲームが好きですか、そして表現するためには何が必要ですか?」とChurch氏は会場に問いかける。その問いへの思考はプレーヤーのゲームへの関わり合い、アクションの可能性を膨らませる。「いいストーリーを“見せる”だけなら映画の方がずっといいですよね」とChurch氏は語った。

 自己表現の例としてChurch氏はいくつかの例を挙げる。「ペルソナ4」ではゲーム内で友人を選ぶことでプレーヤーの嗜好が反映される。「Dragon Age Origins」でもヘイト・ラブ(好き嫌い)メーターが用意されている。ただ、RPGに限れば、ストーリーはデザイナーのもので、コンバットで自己表現ができる、といえるだろう。しかしそのプレーヤーが関われるのは「ハイレベル」というわけではないとChurch氏は感じているという。

 「映画『七人の侍』にコントローラーを持つ8人目のプレーヤーが参加する、というゲームがあったとしましょう。映画に出てくる侍達がかっこいいのは、少ない人数で大量の野武士を殺したからだけではありません。プレーヤーが侍と一緒にただ野武士を殺すだけでは、映画の持つ魅力はゲームに何も活かせられない。村人とのやりとりや、困難に立ち向かう姿、高潔さがすばらしく、プレーヤーは彼ら侍とその格好良さを共有したいはずです。それがゲームの目的となるべきです」。

 「しかし、コンピューターゲームは不測の事態を作り出せない。フレキシブルな行動は表現できない」とChurch氏は指摘する。自由度のある物語とゲーム性を求めて、ゲームは多くの選択肢と、変化する状況を作り出すようになっていった。インタラクティブ性を取り入れた、物語の幅を持たせた名作も登場している。「しかし、自己表現まで到達できたコンテンツはまだない」とChurch氏は言う。「長いカットシーンでプレーヤーを感涙させることはできるだろう。しかし、自分の選択肢、成し遂げた行動、自己表現でプレーヤーを感涙させることはできるだろうか?」

 カットシーンはストーリー性を深めることができるが、それは自分の望んだ方向性ではない、とChurch氏は語る。最初のChurch氏のプレゼンテーションでは、ここで終わって、「みんなで考えよう」という結論にするつもりだった。しかし友人に「君の考えを提示すべきだ」と突っ込まれたという。

 ここでChurch氏は自分なりの試みを話す。自己表現とストーリーの融合という方法で、ストーリーの分岐ではなく、「風味付け」を強調したいという。限られた手段を提示し、プレーヤーは自分の「スタイル」で行動を選択していく。1本のメインストーリーはデザイナーが作るが、異なる「レイヤー(別なキャラクター、別な時間軸など)」これらはメインのストーリーの結果を変えるようなことはせず、ストーリーの雰囲気を変え、そして味わいそのものを最終的に変える。

 メインのストーリーは同じものでも、他のキャラクターや、他の場所でのプレーヤーの選択が、ストーリーの雰囲気や意味合いが変わっていく。「この方法は現在のコンピューターによるゲームシステムでも実現できるのではないだろうか」Church氏はこう考え、手掛けたいくつかのゲームでも試されているという。

 「開発者の皆さんは、今のプロジェクト、次の作品、そして表現するということに対して、『プレーヤーの自己表現』の要素をできるだけ早い時期で、どう組み込めばいいかを考えてもらいたいと思います。プレーヤー自身が自己表現を実現させるために何をしたいのか、プレーヤーの立場になって是非考えて欲しいです。私自身、ゲームの中でもっと自分を表現したい。そういうゲームをプレイしてみたいのです」。Church氏は最後にこう語った。

既存のゲームでのプレーヤーの自己表現。格闘ゲームの習熟や、オンラインゲームのアバター要素、YouTubeを通じた奇妙なプレイでの主張など
開発者が提示する基本的な道を歩ませながらも、プレーヤーの自己表現によって膨らむストーリーは構築可能か? ゲームを通じて確立するプレイスタイルや、関わるキャラクターを選ぶことで同じストーリーが全く違う味わいに変化するのも1つの方法ではないかと、Church氏は会場に問いかける



■ 暗記型を超える学習ゲーム。自ら学ぶ「能動的学習」をもたらすゲームニクスの手法

ベネッセコーポレーション教育事業本部デジタル事業開発部UX開発セクションディレクター大森雅之氏
立命館大学映像学部教授のサイトウ・アキヒロ氏

 「『ゲームニクス』の教育利用の取り組み~学習に効果をもたらすゲーム要素とは~」では、ベネッセコーポレーション教育事業本部デジタル事業開発部UX開発セクションディレクター大森雅之氏と、立命館大学映像学部教授のサイトウ・アキヒロ氏によって講演が行なわれた。

 ベネッセは「進研ゼミ」、「こどもちゃれんじ」など、通信教育、出版などの事業を行なうメーカーだ。ベネッセはファミリーコンピュータ発売時期から、ファミリーコンピュータに接続して勉強できる教材などを製作し、販売してきた。「ベネッセは教材を“継続して使ってもらう”ということを第1に考えています。子供達の好きなゲーム機を使うのもそのための試みでした」と大森氏は語る。

 この時のゲーム機向けの教育コンテンツは「怪物を倒して冒険しよう」というような、ゲームの公式に当てはめたものだった。しかし子供達はすぐやめてしまう。子供達が言った言葉は「ゲームの方がずっと面白いから」。また、「ゲームボーイを使った教育コンテンツをやってみたいか」という問いには、「ゲーム機だと遊んでしまう」、「ゲームは遊ぶための機械だから、これで勉強はしたくない」という反応が返ってきた。

 ここでベネッセが考えたのが、「ゲームに使えない、勉強用の専用ハードの開発」だ。「ポケットチャレンジ」は暗記のための専用機で、スピーディーな操作性が「短期間で集中学習」という雰囲気をもたらし、ロングヒットにつながった。そして2006年、ベネッセがチャレンジしてうまくいかなかった「ゲーム機と教育コンテンツの融合」が「ニンテンドーDS」で成し遂げられる。ベネッセはDS用の教育ソフトを販売するようになった。販売累計は82万本という大きなヒットを生み出した。

 東京工業大学との研究で、ゲーム機を使った学習は、短期間で集中力を持って勉強できるということ、空いた時間に気軽に繰り返しプレイすることで暗記力も上がった。しかし次の課題が出てきた、現在の手法では、暗記型学習にしか使えないのだ。そこで大森氏が注目したのが立命館大学映像学部教授のサイトウ・アキヒロ氏が提唱していた「ゲームニクス」理論だ。

 ゲームニクスとは、「ゲーム+エレクトロニクス」の造語だ。サイトウ氏はファミコン時代から幾つものゲームを手掛けた任天堂のゲームクリエイターで、ゲームの面白さを操作感にも活かして相乗効果を生み出す“手触り”と言われるノウハウに注目し、ゲームで使われていた「人を夢中にするノウハウ」を理論体系化していく、これが「ゲームニクス理論」だ。

 ゲームは長時間、ユーザーを集中させる技術を研究してきた。特に任天堂に代表される日本のメーカーは、「マニュアルを読まなくてもプレイできる簡単さ」、「難しいことでも段階学習で覚えていける丁寧な展開」、「長時間にわたって集中する」といった方法論を重視してきた。「わかりやすくて、やりこみたくなる」この理論のかかれたサイトウ氏の本を読み、大森氏が連絡を取り、ベネッセの教育コンテンツへの応用が試みられるようになったのだ。

 こうして始まった立命館大学との共同研究では、立命館付属の中学校で、理科の教材を使って希望者にDSと教育ソフト「得点力学習DS」を貸し出し、2週間で違いを調べた。期間内に使用日数の高い生徒には高い学習効果が得られた。さらにソフトで暗記が強くなった生徒は、その他の勉強にも意欲を持つことが明らかになった。ゲームニクスをさらに突き詰めていけば、ユーザーが自ら勉強をしていく「能動的学習」が可能なのではないかと大森氏は語る。ベネッセと立命館大学は、さらにゲーム理論を応用した「能動的学習支援モデル」を現在構築中だ。また、立命館附属中学での新しい調査も始まっているという。

 現在教育現場では「電子教科書」の実現のための議論が盛んにされていて、教育側が電子機器、そしてゲームへ注目が寄せられている。しかし大森氏はハードは進化し、ゲームの「できること」に対しては注目されているが、コンテンツそのものの議論は、まだだと感じている。「これから、『新しい学びの形』が求められます。ハードの普及だけでなく、能動的な学習を生み出すコンテンツ、そこにゲームニクスをどこまで持ち込めるかが鍵だと思っています」と大森氏は言葉を結んだ。


ファミコン時代から作られているゲーム的な教材。「DSを教育用にも」というユーザー自身の意識の変化で、好評なセールスを記録している
プレーヤーをゲームにのめり込ませ、学習を通じて高度な操作を実現させる「ゲームニクス」。実際のゲーム制作の手法を教材に活かし、ユーザーの学習意欲を刺激する方法論を考案していく
立命館大学付属学校での調査。今後は単なる暗記型学習強材を超える、「能動的学習支援モデル」の構築を目指す

(2010年 9月 1日)

[Reported by 勝田哲也 ]