CESA Developers Conference 2009現地レポート

次世代に向け、ゲームグラフィックスのトレンドはどうなる?
Crytekによる技術セッション「Future of Gaming Graphics」

9月1日~3日開催

会場:パシフィコ横浜

 

 Crytekはドイツに本拠を置くゲームデベロッパーだ。出世作は2004年の「FarCry」と2007年の「Crysis」である。特に「Crysis」に搭載された同社のゲームエンジン「CryEngine2」は、最先端のテクノロジーを投入した抜群のグラフィックスが世界の注目を集め、いまやEpic Gamesの「Unreal Engine 3」に並ぶほどの存在として認知されている。

 CEDEC 2009の会期2日目、そのCrytekよる講演が行われた。「Future of Gaming Graphics」と題し、今後数年間のゲームグラフィックスのトレンドを考察するセッションだ。講師はCrytekの世界的ビジネス展開を担うスタッフであるCarl Jones氏。

 Crytekでは、現在プレイステーション 3やXbox 360にも対応する新ゲームエンジン「CryEngine 3」を開発している。そこでは現行世代機あるいはいずれやってくる次世代機において、ゲーム業界における最先端のリアルタイムCGを実現する、ということが半ば使命となっている。それだけに、Crytekは今後数年のうちに訪れるべきゲームグラフィックスの潮流を語る企業として、まさに適役と言える。

 Crytekによる本講演のテーマは「将来のゲームグラフィックステクノロジー」についてだ。そこで思い出されるのが、昨年、Epic GamesのTim Sweeney氏が「CEDEC 2008」の場で行なった講演である(弊誌レポート記事)。Sweeney氏は「未来のゲームテクノロジー」と題した講演で、互いに近づき合うCPUとGPUのトレンドを指摘し、ゲームグラフィックスのソフトウェアレンダリングへの回帰を予測した。さらに、そこで求められる超並列時代の最適なプログラミング言語の模索、といった議論を展開していたことが記憶に新しい。

 そのSweeney氏による議論は、議論の対象となるタイムスパンがやや大きかったため、直近の現実とはあまり関係のない「展望」といった雰囲気もあった。一方、今回行なわれたCrytekによる講演は、基本路線としてはSweeney氏と同様の展開予測に基づくものだったが、はるかに現実的な議論が展開された。おもに、「これから数年のうちに何をやるべきか」という具体論だ。

 Sweeney氏の議論から1年が経って、彼が述べた「未来」が近づいたのか、それとも遠くなったのかはわからないが、すくなくともCrytekでは、将来起こりうる大きな変化に向けて、より具体的で現実的な課題に重点を置き、今現在「CryEngine 3」の開発に取り組んでいるようだ。それでは、Carl Jones氏の講演の内容をご紹介する。




■ Crytek自らが語る「CryEngine」のこれまでと現在の取り組み

CrytekのCarl Jones氏
「CryEngine 2」によるレンダリングと写真の比較。ほとんど違いがわからない
「CryEngine 2」では、映像クオリティの高さとインタラクティビティの高さを両立させていた

 Jones氏はまず、Crytekの歴史を振り返り、「CryEngine」がこれまでどのような変遷をたどってきたかを簡単にまとめた。

 Crytekの設立は1999年。2001年から2004年3月まで「FarCry」の開発を行ない、そのゲームエンジンである「CryEngine 1」を完成させた。Jones氏の表現によるならば「今でも十分よく見える」という、当時最先端のグラフィックス、広大なゲームプレイ空間、高度な物理処理とAIを備えたエンジンが特徴だ。Jones氏はさらに、「見たものがそのままプレイできる(What You See Is What You Play: WYSIWYP)」開発ツールを実現したことに大きな意義があったと評価している。

 続いて、2004年4月から2007年11月にかけて開発されたという「CryEngine 2」の話題に入った。Jones氏は、そこで目指した目標は「フォトリアリズムとインタラクティビティを両立させること」にあったと語る。

 そのために「CryEngine 2」では、CG映画品質のライティング、シェーディングを搭載しつつも、物理処理を全面的に導入した。だが、それは非常にマシンパワーを必要とする選択だったので、同時に、幅広い環境で動作するよう、エンジンに柔軟なスケーラビリティを持たせる必要もあった。これらは当時としては非常に難題であったが、最終的にゲームタイトル「Crysis」として見事に結実している。

 そして、Crytekの現在の取り組みは「CryEngine 3」だ。一部ではプレイステーション 3、Xbox 360に対応しただけの「CryEngine 2」という見方もされているが、Jones氏によれば、大前提として次世代に向けた設計が基本となっているエンジンであり、将来来たるべきメニーコアのハードウェアに適用可能なテクノロジーが投入されているという。

 だがそれと同時に、Crytekでは、エンジンが「現在のボリュームゾーンの環境で動作すること」を非常に重要視している。Jones氏は、「もはやPCはゲームグラフィックスの進化を牽引していない」と言ったが、それはつまり、テクノロジーの開発やアセットの制作が複雑化・高度化した結果、広く市場に受け入れられるゲームタイトルに即座に活かせるエンジンでなければ、経済的に開発が不可能ということだろう。「FarCry」の時代とは、いろいろな意味で環境が異なっているのだ。

 それによって、「エンジンの進化はコンシューマーゲーム機の進化サイクルに拘束される」ということになる。Crytekでは次のサイクルを2012年~2013年あたりと読んでおり、したがって、ゲームエンジンが本質的にアップグレードされる次の機会まで、3年ほどの期間があると考えているようだ。


「CryEngine 2」の時点でここまでの映像クオリティが達成できた。では、「CryEngine 3」で目指すところはどこにあるのだろうか?



■ 「CryEngine 3」のスケーラビリティ概説

「CryEngine 3」では、現行機で動作させつつも次世代に向けたテクノロジーを導入していく。そのためにスケーラビリティが重要なキーワードとなる

 そこで、「CryEngine 3」でポイントとなるのが、現行のマルチコア世代ハードウェアと、将来のメニーコア世代ハードウェアとの両方で動作するためのスケーラビリティだ。Jones氏の講演では「Scale」という動詞が頻出した。そのための具体的な仕組みは、各レンダリング要素を柔軟にON/OFFする機構である。

 これについて、会場では「CryEngine 3」のスケーラビリティを示す一連の映像が上映され、それを元にJones氏が解説を行なった。ただし映像そのものは「CryEngine 2」によるもので、「CryEngine 3」による実際のレンダリング結果とは異なるものだ。

 まず、沿岸部を泳いだり、水上をボートで移動するシーン。ここでは、7kmに及ぶ視界距離、3Dボリュームを持つ雲、日中・夜のダイナミックな時間変化、「物理的に正確な」海の波、HDRの反射表現、サンシャフト効果、などの要素がアクティブになっている。

 「CryEngine 3」において全部の要素を最大限に有効化した状態では、現行の最強レベルのPCでも実用的なスピードで動かないほどだという。だが、視野距離を変える、雲をもう少し簡単なものにする、HDR表現を限定するなど、エンジン側に搭載された調整機能を使うことで、映像クオリティを大きく損なうことなく、現行のゲーム機で動かすことも可能になる。

 このあたりのスケーラビリティは「CryEngine 2」にもあったが、「CryEngine 3」では大幅に細かく、徹底したものになっているようだ。映像では地上のシーン、雪山のシーンなど複数のシーンが紹介されたが、それぞれのいて別のレンダリング要素が「スケール可能な機能」として存在し、その項目数は数えきれないほどである。

 以下、上映映像の写真でその様子をお伝えしておこう。

「CryEngine 3」では極めて多数のレンダリング要素がスケーラブルに調整でき、さまざまなターゲットプラットフォーム上で動作させることができる

「Crysis」で導入されたプロシージャル技術の一種、「Frost Shader」の効果を説明しているシーン



■ ゲームグラフィックスの「ルネサンス」は2013年以降?
 変化に備えるCrytekのキーワードはレンダリング手法の「Mix & Match」


Jones氏は、次世代への切り替え時期は2012年~2013年頃になりそうだと説明し、それを前提として「今できること」を議論した

 これに続いてJones氏の議論は、「将来はどうなっていくのか」という部分に移っていった。それはおおむね、昨年、Epic GamesのTim Sweeney氏が同様の公演をした際の内容とほぼ同じものだ。すなわち、GPUとCPUが超並列プロセッサとして同質になる方向へ向かい、メニーコアのためのAPIが準備され、それがやがてゲームグラフィックスの方法論に根本的な変化を促す、というものである。

 ただ、Jones氏の議論がユニークなのは、その本質的な変化が起きうる時期を待たず、今、できうることは何かということを紹介した点だ。Crytekでは「だいたい2012年まで、ゲームグラフィックスを取り巻く状況は現状から大きく変化しない」と考えており、それまで各ゲームタイトルは独自のアートスタイルを追求し、物理やAIによって違いを生み出すべきだとしている。

 またそれと同様に、将来に備え、ゲームグラフィックスのための新しい手法を「検討すべき」ともしている。すなわち、現行世代のハードウェアでもなんとか実行可能な、メニーコア時代のハードウェアにフィットする手法ものを探し、現在のやりかたに組み合わせることであらかじめ経験を積んでおこう、ということになる。今できる、未来への取り組みだ。

 そこでJones氏は、今から使えそうな技術をいくつか挙げて、それぞれの長所・短所について検討を加えて見せた。ここではJones氏が表示したスライドを以下に掲載するに留めておくが、基本的には、「今主流のラスタライズはあまりにも複雑化した上に、ポリゴンがサブピクセルサイズになるともはや効率的とはいえず、影やアンチエイリアスをいまだにうまく解決できないので、何か別の賢いやりかたを組み合わせるべき」というのが論旨になっている。

 例えば、「Sparse Voxel Octree(まだらなボクセル8分木)」は、既存のラスタライズ向きハードウェアで、部分的にレイトレーシング的なレンダリングを可能にするデータ構造のアイディアだ。「CryEngine 3」ではこの手法をすでに取り入れようとしており、まだ実験段階ではあるようだが、実例の映像も紹介されている。

現在及び近い将来に使える手法として「Point Based Rendering」、「Ray Tracing」、「Rasterization」、「Sparse Voxel Octrees」が紹介された。既存のラスタライズをそのまま拡張するのはいろいろと無理が生じるので、部分的にレイトレーシング的な方法を導入するような方向性か



Crytekは、2013年頃から、複数のレンダリング手法を「Mix & Match」できるようになり、それがゲームグラフィックスにルネサンスを起こすと主張する
Crytekのアプローチ。これと同時にJones氏は「プログラムコードも組織もスケーラブルにすることが重要」と説く

 そしてJones氏は、こういった新しい手法を自由に組み合わせて、これまでのラスタライズオンリーの方法とは全く異なる映像を作り出せるようになる時期は、次のコンシューマーゲーム機のサイクルがはじまる2013年頃からになる、と論じた。

 そこで可能なキーワードとなるのが「Mix & Match」。望みの映像を作り出すために、さまざまな方法をミックスして適材適所に活用する、というアイディアだ。Jones氏は、それが可能になれば「グラフィックスプログラミングの世界にルネサンスが到来する」と予見する。

 映画品質の映像を簡単に作れるようになる。だが、それが安易に流れてしまえば「どのゲームも同じに見える」という状況を生み出してしまいかねない。このために、各デベロッパーにとって、独自の映像スタイルを確立することがますます重要になっていく。これにより表現の幅が爆発的に広がっていく、というのが「ルネサンス」の意味するところだと思われる。

そして、Jones氏は将来に向けたCrytekの取り組みを、いくつかの項目にわけて紹介した。方法論としては、様々な手法を「Mix & Match」することで最大の効果を得ることであり、その目指すところは、ゲームの生産性を「Crysis」のときの3~5倍に引き上げるということだ。またその中でJones氏は、ぜひ実現したい夢としてプロシージャルなコンテンツ生成の実用化を挙げている。

 ここまでの議論をまとめた上で、Jones氏は最後に、「CryEngine 3」の最新バージョンを使い最善の設定でレンダリングした映像を紹介してくれた。現行のPCではとても描けないほどのことをやっているそうだが、その映像は「アーティストが丁寧に描いたコンセプトアート」がそのまま動いているかのような、単純にフォトリアルではない印象的なものだった。これが、Crytek独自の映像スタイル、ということなのだろう。


セッションの最後に上映された「CryEngine 3」による最新映像。フォトリアリスティックであるだけでなく、それ以上に絵画的な雰囲気を感じる。この技術を生かしたゲームがどのようになるか楽しみだ



(2009年 9月 4日)

[Reported by 佐藤カフジ]