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【CEDEC2017】「ゼルダの伝説」で、自由度の高い「オープンエアー」の表現を支えるサウンド

8月30日~9月1日 開催

会場:パシフィコ横浜

「オープンエアー」におけるサウンドデザインとは

 CEDEC2017最終日となった9月1日には、任天堂による「『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』~広大で 生き生きとした 世界を奏でる オープンエアーサウンド~」と題したセッションが開催された。これには同社のサウンドディレクターである若井淑氏と、プログラマーの長田潤也氏が登場。同作のサウンド設計について語ってくれた。

任天堂 サウンドディレクター 若井淑氏
任天堂 プログラマーの長田潤也氏

 オープンエアーでのサウンドを作るにあたり、その世界に置かれている「物」の質感や世界に流れる空気感、その世界のルールを、リンクという主人公を通してプレイする人に伝えるため、ハイラル世界の実在感を高めるサウンドデザインが必要だった。しかしそれは言葉にしてもまったく伝わらなかった。このためコンセプト映像を制作することに決定。サウンドディレクターにより作られたコンセプト映像を、コンポーザーやサウンドデザイナー、プログラマー、プランナー、アーティストたちと共有していった。

 そしてサウンドの中でも重要なのは、プレイしているあいだに流れている環境音。世界の実在感を高めるために、目に見えない物を音で表現することにした。環境音には、ベースノイズのほか、川や滝などの水音、鳥の声、草むらの虫の声、風の音、大地を歩いた時のカサカサ音など、いくつかの種類に分けて制作された。

 ただしそれらの音は、どこからなっているかわからないため、発生地点を示して配置した。しかし草むらにいる虫などの場合は、あまりに広いため、どこで鳴っているのかわからない。このためヘックス画面を作ってそこの中のポイントから鳴るようにして、移動するのに合わせて声が流れるようにもした。

 そしてフィールドに吹き渡る風の音だが、ノイズをベースにして作成。3つの回転する音の出現ポイントをキャラクターの周囲に巡るように設計することで、音を感じるようにした。これに、大地を歩くときのカサカサ音を加えていった。ちなみに、カサカサ音は京都御所で収録したそうだ。

 そしてベースノイズ。これはかすかな空気音で、すべての環境音を支える下地となるもの。風の音の最低音が機能としてはこれに近い。これも、室内にいる時と屋外にいる時、水場の近くなどでそれぞれ変化するようになっている。このほか、植生や時刻、生き物の活性度、雨音などでも変化する仕組みだ。こうした物が重なり合うことによって、環境音が作られていく。

ゼルダの当たり前を見直したBGM作り

 そしてBGMのサウンド作りに移る。ゼルダシリーズは30年の歴史があるが、「これまでの当たり前」を見直すことから始まった。まず大前提として行なったのは、フィールドではループ曲は鳴らさないということ。世界を表現する環境音を重視し、常に聞こえているのは環境音のみとするわけだ。しかしこれによって、プレイしている最中でのアクセント不足や、環境音の希薄さ、どこかに行った時にある“特別感”がなくなってしまった。そこで、フィールドの特異点にいった時にのみ流れる音を作り、それが任意の場所に入った時に鳴るようにしたほか、パターン感をなくすためにランダムでフレーズが流れるようにしたのだ。こうして、長時間の再生でもループ感が目立たないように設計されている。

 環境BGMはプレイした人なら知っているように、環境音楽のようになっており、ピアノサウンドをメインに、環境音を邪魔しない低い密度感で作られている。ランダムで再生されるため、次の展開の予想が付きにくく、全容の把握がしにくいBGMとなっており、長時間再生できるほか、曲の切れ目の印象がぼやけるようになっている。

 しかしこれだけでは単調だったため、村や町ではBGMを流すことに。これについてはしっかりとした密度と曲調で特別感を演出するほか、マップ上に音の鳴るエリアを設定して配置。広い世界の一部であることを演出した。なお、特定の場所で鳴る「スポットBGM」はピアノサウンドで作られているほか、特殊な変化はさせないように設定。環境BGMから段階的に変化する密度感に設定されている。これによって、フィールドのマップ設計を元にした表現の幅が広がった。

 こうした環境BGMや気温に関わるBGM、馬が走っている時のBGM、スポットBGM、戦闘の際のBGMについては優先度がつけられていて、例えばフィールドを歩いている時は環境音が鳴るが、そのあと戦闘に入ると環境音がなくなって戦闘BGMになり、終了したらまた環境音が復活するといったように、優先度に基づいて鳴る音を決めて流れるようになっている。これらのフィールドで流れるBGMは音量も設定されており、一番小さい環境音から、神獣やボスとの戦闘では最大になるなど、変化がつけられている。

サウンドの制作環境を紹介

 このように綿密に設計されたサウンドだが、これらを制作した環境についても紹介された。通常の場合は、プランナーやアーティストからの発注を元にサウンドが制作されていくが、本作の場合は使用や発注にとらわれず、サウンドスタッフが自発的に音をつけていったそうだ。

 通常の作り方を考えた場合、例えばプランナーから「盾サーフィン」の発注が来た場合、滑走の速度によって音を変えたり、ターンをした時にはエッジの音を鳴らすなどを考慮して制作。そのほかにも盾によるバリエーションや、ジャンプ、攻撃時の音も作っていくことになる。

 こうした制作手法は、専門のスタッフでないと気づけない細かな表現や、こだわりを持った高いクオリティを実現できるというメリットがある一方で、スタッフがプロジェクト全体の仕様やスケジュールを細かく把握する必要があり、変更に追従するため負担が大きい。今回のような大プロジェクトでは、破綻することが見えていた。

 このため、ツールやライブラリによるワークフローを改善するほか、セクション間で連携して、サウンドスタッフがやらなくてもよいことはやらないようにした。そして開発のスピードを上げるために「SLink」(SoundLink)と「AssetBinder」というツールが導入された。

 SLinkでは「アクターがこの音をこういうパラメーターで、この位置から使う」という設定が可能となっており、ゲーム内でアクターをマウスでクリックした時に表示されるメニューから表示されるサウンドテーブルから指定することが可能。鳴らしたいアセットを指定すると、試しに再生するボタンが表示され、すぐにプレビューが可能だ。アニメーションについて指定することもできる。

 これを導入したことで早く作ることができるほか、プログラマーに依頼することが減り、アクションについて具体的に書かれているため、仕様書の代わりに誰もが参照できるというメリットが生まれた。バージョン違いのキャラクターに音をつける場合も、その仕様を引き継いで、一部を上書きするだけで制作できるので便利、というわけだ。

 AssetBinderでは、検索や絞り込み、音量測定や一括音量調整、バージョン管理システムとの連携など、アセットの一元管理を行った。自動コンバートしてくれるため、ゲーム内ですぐに確認できるようにもなっている。

 例えば回転切りの際のSEを別の音に差し替えることを考えた場合、AssetBinderでアセットを探し、選択するだけでゲーム内でプレビュー再生が可能。新規に波形を加える場合でも、先ほど変更したファイルがAssetBinderに出てくるのでこれを選び、SLinkと連携させて変更させることも可能となっている。

 AssetBinderの効能として、裏で行なわれている複雑なデータフローを意識させないことが挙げられる。大量のNPCにSEを実装する際にも効果を発揮した。

 そして次に検討されたのが、「やらないといけないことを減らす」ということ。そのために取った行動は「機械に任せる」ということだ。フィールドに点在する鳥の鳴き声や虫の鳴き声といった環境音については、Jenkinsにより音源を自動配置した。例えば鳥の鳴き声であれば「木の付近に置かれる。ただし低木や切り株、枯れ木はのぞく」といった設定をし、虫の鳴き声については、長い草は生えていないが、土や芝っぽい、ややジメジメとしたあたりに置くように設定した。こうした配置は生態系マップを利用して、配置する音源を自動選択するようにも設計。これに加えてSLinkを使って、時間帯や木の密集度に応じて変化をつけた。

 また、「システムに音をつける」という設定も。これはオブジェクトに音をつけるというよりも、落ちる、壁にぶつかる、引きずるといった物理システムや、火が付く、電気が走る、凍るといった化学システムに音をつけるといった形だ。オブジェクト1つひとつにSEをつけることの代わりに、システム的に起きる変化と紐付けることで省力化を図っている。

 このほか、やることを減らすために、サウンド以外の人がサウンドを担当する場合も考慮。カットシーンのボイス実装などは、サウンドがやらなくてもシナリオライターが直接触れるように設定した。また何かのアクションに音をつけたい場合、やらなければならないことがたくさんある。こうした時には、ほかのチームを巻き込んで設計するようにし、サウンドプログラマーだけが頑張らなくてもやれる態勢を作り上げた。またエフェクトチームともワークフローは共通点が多かったため、SLinkとELink(EffectLink)という同じ仕組みを使って、環境整備も省力化した。

 若井氏は最後に「このような規模で作る経験はなかったが、開発にはすごく大きなエネルギーを生み出すことができた。このアプローチがほかのプロダクトでも有効であるとは限らないが、開発の一例として参考になれば幸い」と語り、セッションを終了した。

【訂正】
任天堂からスライドの公開について取り下げ要請があり、スライド写真について取り下げさせて頂きます。(9月4日対応)