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AMD、“CAPSAICIN”イベントでハイエンド向けGPU搭載4機種を発表
AMD製オープンソースGPU最適化レンダラー「Radeon ProRender」も提供開始
2016年7月27日 11:00
AMDは、「SIGGRAPH2016」2日目となる7月25日、会場近隣のホテルで、「GDC2016」会期に合わせた開催に続いて2度目となる“CAPSAICIN”イベントを開催した。今回の“CAPSAICIN”イベントに同社CEOのDr. Lisa Su氏の姿はなく、冒頭から登壇したAMDのSenior Vice PresidentでRadeon GPU開発の責任者Raja Koduri氏がモデレーターをつ務める形でイベントは進行した。AMDとしては、例年多くのゲーム開発者が集結する3月の「GDC「と、この7月の「SIGGRAPH」に“CAPSAICIN”イベントを開催して、ハイエンド要求の大きい層にアピールしていきたいようだ。
イベントの内容は、大きく分けて3つ。ひとつめは、新GPU搭載ビデオカード「Radeon Pro WX」シリーズ3機種の発表だ。2つ目は、ゲーム内の3DCGムービーの作成に使用されるレンダラーを、DCCツールのプラグインとしてAMDが提供することだ。「Radeon ProRender」と命名された新しいレンダラープラグインは、AMDのGPUに最適化されている。3つ目は、既存のビデオカードと異なり、VRAM以外にNVRAM(フラッシュメモリ)を搭載した製品の話題だ。「Radeon Pro SSG」と名付けられた製品は、まずは開発者向けに開発キットが提供される。本稿では、ゲーマーが強い関心を持つであろう項目を中心に、順を追ってイベントの内容を紹介する。
最新GPU3機種の発売は本年第4四半期
非常に多くの発表が行なわれた“CAPSAICIN”イベントだが、多くのゲーマーにとって重要なのは、PoralisアーキテクチャのGPUコアを搭載した新しいビデオカードRadeon Pro WX」(以下「WX」)シリーズの話題だろう。発表されたビデオカードは、「WX7100」、「WX5100」、「WX4100」3機種で、いずれもPorarisアーキテクチャのGPUコアを搭載する。いずれも10年の保証も付与されている。プロといっても、決して開発者等のプロユースばかりを意識した製品ではなく、多くのゲームで採用されている「Unity」や「Unreal」などのリアルタイムゲームエンジン、高フレームレートが要求されるVR HMDでゲームプレイをする側も、購入を視野に入れていいだろう。
3機種のうちハイエンドとなる「WX7100」は、32のAMD演算ユニットと8GBのビデオメモリ、256GB/sのメモリ帯域幅、5TFLOPS超の演算性能を持ち、最大で4台のディスプレイに5K解像度で出力することができる。「WX5100」ではAMD演算ユニットが28に削減されている結果、対7100比80%の4TFLOPS超の演算性能となるが、メモリまわりや対応ディスプレイ数は同性能だ。「WX4100」では、AMD演算ユニット数16、メモリ4GB、帯域幅も128GB/sと、ちょうど7100の半分となっていることから、演算性能も2TFLOPS超にとどまる。ただし、4100のサイズはハーフハイトと小さく、スモールフォームファクターのPCに搭載することができる。
これらのビデオカードの発売日は、本年の第4四半期と発表されているが、残念ながらそれぞれの価格は明確に発表されなかった。ただし、コンテンツ開発用ワークステーションにローコストで導入できるように、ハイエンドの「WX7100」でも$1,000ドル以下で販売することは発表されていることから、おおよその予想はつく。
さて、これをゲーマーはどう考えれば良いか。プロ向けのビデオカードは、値崩れしにくい傾向にあるため、多くのゲームファンにとって、ハイエンドの「WX7100」は、ちょっと手が出ない製品になりそうだ。ゲームプレイのみならず、ホビーで3DCGを製作する人なら、価格も「WX7100」の80%前後と想像される「WX5100」が狙い目になるだろうか。現在の「Radeon R9 Fury X」、「Radeon R9 Fury」、「Radeon R9 Nano」のラインナップ構成とよく似ていることと、従来2,000ドルクラスの価格付けが行われていたプロ向け製品の価格帯が半分になるということを考え合わせると、「WX4100」なら十分に手が届く価格となりそうだ。もっとも、「Radeon RX 480」を搭載するビデオカードの価格が、3万円台であることから、ホビー用途には、「WX4100」は少し割高な買い物になるかもしれない。
最新GPU3機種の発売は本年第4四半期
Koduri氏による新GPU搭載機の発表の後、同氏に呼び込まれる形で、同じくAMDでアライアンスとコンテンツを担当するRoy Taylor氏が壇上に登った。Taylor氏はデジタルコンテンツ製作を取り巻く周辺環境の概況に触れた後、AMDによるGPU最適化レンダラー「Radeon ProRender」の提供を発表した。
「Radeon ProRender」は、物理ベースの3DCGレンダラーで、AMDのGPUに最適化されている。「Radeon ProRender」は、プラグイン形式で、本日25日(現地時間)から、すでに配布が開始されており、Autodeskの3ds Max、Dassault SystemesのSOLIDWORKS、Rhino向けが用意されている。AutodeskのMaya向けは近日公開予定。また、オープンソースのDCC統合環境「Blender」にも「Radeon ProRender」は提供される。AMDが「Blender」コミュニティを放置することは絶対にないと強調していた。
特筆すべきは、「Radeon ProRender」が9月からはオープンソースで提供されることだ。AMDのGPU関連ソフトウェアのオープンソース化プロジェクトの一環として、GPU Openのサイトを通じて配布され、同じくAMDがオープンソース化しているレイトレーサーの「Radeon Rays」と共に利用できる。AMDにとっては、アプリケーションやゲームエンジンの開発者などのAMD社外の人的リソースによって、「Radeon ProRender」が改良され、より良いものになることが期待でき、大多数のアプリケーション開発者にとっても、自分自身で改良を施したり、他の開発者が施した改良を取り込むことができるようになる。オープンソースのレンダラーは他に例がないわけではないが、GPUベンダー自身が自己の製品の価値を上げるためとはいえ、オープンソースでレンダラーを公開するのは例がない。一方のGPUベンダーの雄、NVIDIAは「Iray」レンダラーを商用販売していることとは対照的だ。
競合するNVIDIAとの対抗意識は、もちろん速度面にも出ている。「Radeon ProRender」を利用すれば、「Radeon RX 480」で「Geforce GTX 1080」より35%速く、「Titan X」との比較では、その差は2倍だとしていた。
もうひとつ興味深いのは、「Radeon ProRender」が、OpenCL1.2で書かれていることだ。これはOpenCLがサポートされている環境なら、どのような環境でも「Radeon ProRender」が動作することを意味する。またGPUによるOpenCLサポートがなかったとしても、「Radeon ProRender」でのレンダリングはCPUでフォールバックするため、速度はともかく事実上ほとんどの環境で動作することになる。
ひとしきり「Radeon ProRender」の紹介が終わった後、UnityからゲストとしてVRエンジニアのDioselin Gonzalez氏が登壇し、Unity Technologiesが製作しているリアルタイムレンダリリングデモムービー「Adam」を披露する一幕も見られた。「Adam」は、3月の段階ではNVIDIAの「GeForce GTX 980」で1440pの解像度のリアルタイムレンダリングを実現していたものだ。Taylor氏は、上映が始まってそう経たないうちに、わざわざデモの実行を中断したうえで、ゲームカメラを別の位置に動かして、これがプリレンダーのムービーではないことを証明してみせた。本デモの実行に使用しているGPUは「Radeon R9 Fury X」で、AMDのGPUでもNVIDIAのものと遜色のないクオリティでレンダリングできていることが確認できた。
AMD GPU環境のコンテンツの紹介は、この後もVFX映像合成ツールNukeで知られるFaundaryのCEO、Alex Mahon氏が登壇してのNukeを活用して製作された映像作品を集めたムービーの紹介や、University of Southern CaliforniaのDr. Skip Rizzo氏が登壇しての戦地からの帰還兵が陥るPTSDにVRコンテンツを活用する取り組みが紹介されていったが、ゲーマーの関心事とは直接的に関係がないので、ここではAMDが幅広くコンテンツとの協業を行なっていることに触れるに留める。
新コンセプトGPUは開発者キットの受付を開始
改めて登壇したKoduri氏によって、最後に新コンセプトGPU「Radeon Pro SSG」が発表された。「Radeon Pro SSG」は、通常のVRAMのほかに、GPUが支配するビデオカード側のローカルにフラッシュメモリを利用した記憶域を持っている。Koduri氏によると、「Radeon Pro SSG」の開発は、「Project Delta」のプロジェクトコードで2013年から始まっており、一朝一夕で登場したものではないということだが、VRAMを積層するHBMと同様、シンプルな工夫ながら効果的なアイディアのように思える。
事実、パフォーマンスの向上は顕著で、8K解像度のRAWフォーマットの映像編集で、従来は秒間17コマしかタイムライン上を移動して編集できなかったものが、90コマ以上スムーズに移動しながら編集できるようになる。5倍のパフォーマンスの向上は、開発者生産性を高める。
この性能の向上は、ゲームの場合どうだろうか。ゲーム開発の側面では、特にオープンワールドやMMOゲームで効果的だろう。特に開発の序盤から中盤はアセットが固まっておらず、雑多に配置した“ゴミ”がシーンの中に含まれていることも多く、メインメモリやVRAMを占有しがちだ。ドライブ、メイン側、ビデオ側のデータ転送を減らすことができれば、いったん読んでしまえばあとは比較的遅延を感じることなく作業に没頭することができそうだ。ゲームプレイにおいても、基本的には同じことが言える。大量のアセットデータが存在する大空間を売りにしたゲームであれば効果は高いと思われる。
ただし、問題は価格面で、開発キットの価格が$9,999ドルと9が1つ多いんじゃないかと思うほど高額で、とてもとても手の出る値段ではない。これが正式な商品としてリリースされる際に$100~$200程度になれば、プロ向けには良いのかもしれない。高速なフラッシュメモリと高速なローカルバスにコストがかかるのかもしれないが、フラッシュメモリは劇的に価格が下がる部分ではあるので、そう遠くない将来には、一般PC向けの製品にも投入される期待はある。
「Radeon Pro SSG」の発売は2017年が予定されており、現在の開発キットは、AMDのサイトで登録すれば、本年下半期から提供が開始される。
さて、VRを含むゲームに注力すると明言しているAMDが、なぜ“CAPSAICIN”イベントを「GDC」と「SIGGRAPH」で行なっているのだろうか。元来、プロユースのGPUの出荷量は限られている。いかに単価が高いといってもターゲットとなる開発ユーザーの数が限られており、PC向けのGPUや、コンソール向けの組み込みAPUと比較すると遠く及ばないからだ。それでもなおイベントを開催して、開発者というエンドユーザー向けにプロモーション展開をするのは、その限られたパイですらなりふり構わず欲しいという事情があるからだろう。
実際、スマートフォンの興隆によりPCの市場は大きく減退しており、競合するNVIDIA共々、PC向けGPUのセールスは右肩下がりだ。かつてAMDと合併する前のATI時代に占めていたオンボードGPUも、インテルがCPUとワンパッケージに化してGPUを供給するようになり、その座を奪われた。現世代のコンソール機は、AMDのAPUが市場を獲得したもの、スマートフォンなどのモバイル向けはARM一強の状態が続いており、ライバルのNVIDIA共々市場に食い込めていない。
もはやAMDにとっても、NVIDIAにとっても、一般PC向けというボリュームゾーンだけにしがみついていては、市場が縮小に伴ってジリ貧になるのは間違いない。PC向けのシェアで劣るAMDにとっては、なおさら危機的状況と言える。そんな状況でも新しい市場は開拓できていないから、PC周辺の市場を取りこぼすことができないのだ。それが開発者向けのPCやワークステーションであり、スーパーコンピューター向けのGPGPUであり、これから立ち上がりつつあるVR向けPCということになる。これらのわずかな市場すら、AMDはNVIDIAの後塵を拝す傾向にあるから、価格破壊に打って出てでもシェアを奪いたいというところだろうか。
この先数年、PC向けGPUは、急速に性能の向上が進む一方で価格は低く抑えられる状況が続きそうだ。開発者、エンドユーザー共に、”買い時”の判断は難しいが、製品が市場に出る前の発表段階の情報にも目を見張って、賢い目を持つようにしたい。