佐藤カフジのVR GAMING TODAY!
PC用VRの普及促進へ! AMD新GPU「Radeon RX 480」
新アーキテクチャで実現、199ドルのVR対応GPUを解説する
2016年6月29日 22:00
AMDが6月29日に発売を予定している最新GPU「Radeon RX 480」は、希望小売価格199ドルというミドルロークラスの価格でありながら、充分なVR描画性能を確保し、VR対応PCの普及を大きく推し進める可能性をもつ製品だ。かねてからの円高傾向もあり、国内での小売価格も2万円台となることが期待できる。
現在のPC用VRシステムのメインストリームであるOculus Rift/HTC Viveは、「GeForce GTX 970もしくはRadeon R9 290以上のGPU」を推奨環境としているが、それぞれのGPUは実売価格で4万円台と、多くのゲーマーに二の足を踏ませる価格帯だった。一方、多くのゲーミングPCに搭載されるGPUは2万円台がボリュームゾーンで、従来はその部分をGTX 960やR9 380/Xといったミドルロークラスの製品が埋めていたが、それらのGPUでは充分なVR描画性能が得られないというのが大きな問題だった。
RX 480は、そういった問題を一挙に解決してくれる可能性を秘めている。従来はミドルハイクラスに位置していたGTX 970やR9 290を超えるパフォーマンスを実現しつつ、価格はミドルロークラスとなる199ドル。AMDはこのRX 480を「1億台のPCにVR性能をもたらす機会」であると捉えており、VR対応PCの普及を一気に促進する狙いだ。
日本AMDのGPUマーケティング&マーケティング本部部長の森本竜英氏は、発売を直近に控えたRX 480について「PCベンダーやショップ等から驚くほど多くの引き合いを受けている」とし、発売当初は品薄も予想される。
今回はPC用VRの普及を大きく促進するGPUとなるRadeon RX 480について詳しくご紹介しよう。
VR向けに強烈なコスパフォーマンスを備えたRadeon RX 480
Radeon RX 480は、価格的には前世代のミドルローGPUとなるRadeon R9 380の後継となる製品だが、性能的には倍近い向上を見せており、圧倒的なコストパフォーマンスがウリ。ミドルハイクラスのGPUであるR9 390やGTX 970(市場価格4万円前後)を越え、ハイエンドクラスのR9 390XやGTX 980(市場価格5~6万円)に迫る性能を叩き出す。
特に2枚刺し(Crossfire)実装時のパフォーマンスは、DirectX 12対応タイトルである「Ashes of the Singularity」でNVIDIAの最速GPUであるGTX 1080を超えるとAMDは主張している。RX 480が2枚で400ドル、GTX 1080が単体で599ドルという価格を考えれば、驚異的なコストパフォーマンスである。
VR性能でも大きな進歩を遂げている。「Steam VR Performance Test」によるスコアでは前世代のR9 380が3.6と、快適なVR体験が可能となるスコア6.0に遠くおよばない性能だったことに対し、RX 480では6.3と、快適なVR体験が約束される性能を確保。ミドルロークラスの価格帯のGPUとしては画期的な性能だ。
特にVR用途では、HMDが出力可能なフレームレート以上のパフォーマンスを出してもあまり意味がないという特性がある。例えばOculus RiftやHTC Viveのリフレッシュレートは90Hzだ。5~6万円以上のハイエンド帯のGPUではこれを大幅に超えるフレームレートを内部的には叩き出すことができるが、実際に出力されるのは90fpsであり、VR体験の質そのものにはあまり関係ない、ということになりやすい。
現時点ではほとんどのVRコンテンツがOculusやHTCによる推奨環境であるGTX 970/R9 290に合わせて最適化されていることを考えると、それらをちょっとだけ上回るパフォーマンスを持つRX 480は、多くのVRゲーマーにとって“安価でちょうどいい性能のVR対応GPU”であるということが言える。
大きな飛躍となるPolarisアーキテクチャ
その性能を実現しているのが、Radeon RXシリーズから採用となったAMD最新のPolaris(第4世代GCN)アーキテクチャだ。Polarisアーキテクチャの最大の特徴は最新の半導体製造プロセスとなる14nm FinFETを採用したこととなる。
AMDでは2011年以降、昨年発売されたハイエンドGPUである「Radeon R9 Fury X/Nano」まで5年にわたって28nmプロセスを採用していた。GPUの高性能化のためにはより多くのトランジスタを実装する必要があるが、同一のプロセスルールではダイサイズの大型化や発熱量の増加を招くことになり、ワットパフォーマンスやコストパフォーマンスが低下していく。これが14nm FinFETプロセスへの刷新により、大幅に小さなダイサイズで高い性能を確保することができた、というのがPolarisアーキテクチャにおける大きな進歩だ。
NVIDIAでも同様に、最新のGTX 1070/1080のPascalアーキテクチャにて14nm FinFETプロセスを採用し、前世代比で約2倍というワットパフォーマンスを実現しているが、NVIDIAがその向上点をハイエンドモデルに投入して性能の拡大に振り切ったことに対して、AMDはミドルローモデルに投入してコストの低下という方向に割り振った、というのがRX 480の位置づけをユニークなものにしている理由だろう。
RX 480のダイサイズやトランジスタ数は現時点で未公表だが、グラフィックス描画処理の基本的な単位となるCU(Compute Unit)は前世代のR9 380が28だったところ、RX 480では36へ向上。また、L2キャッシュサイズは768KB→2MBへと倍以上に増加。グラフィックスメモリは引き続きGDDR5を採用しているが、データレートを5.5GHzから8GHzに引き上げたことでメモリ帯域幅は176GB/sから256GB/s(これはGTX 980の224GB/sを超える数字だ)に向上。基本性能だけでも大きな進歩を果たしていることが読み取れる。
プロセスルール以外の更新点も多い。大きな所では、ジオメトリエンジンの改良により頂点処理を高速化したことや、L2キャッシュの拡大やふるまいの改善によりCUひとつあたりの性能を15%程度向上させたこと、また、フレームバッファのメモリ転送を効率化するDelta Color Compression(DCC)エンジンの改良により実効メモリ帯域を前世代(R9 290)比で30~40%程度向上させたこと、などが挙げられる。
こういったプロセスルールの刷新やアーキテクチャ上の刷新により、トータルで前世代比2.8倍のワットパフォーマンスを発揮する、というのがPolarisアーキテクチャについてAMDが主張しているところだ。これらの特性はRX 480と同じくPolarisアーキテクチャを採用するHDゲーミング向けのRX 470、e-Sports向けのRX 460といった後続のGPUでも同様に活用されている。
強力な並列処理性能で快適なVR体験を確保
AMDのGPUにおける大きなアドバンテージのひとつが、シェーダーエンジンとは別に実装されたAsynchronous Compute Engine(ACE)による強力な並列処理性能だ。これはRadeon HD 7900(Tahitiコア)以降進化してきたGCNアーキテクチャの代名詞となる機能で、グラフィックス描画と他の計算処理を完全に同時にできるというもの。プレイステーション 4のカスタムAPUでも搭載され、多くのゲームタイトルで活用されている。
第3世代GCNまでは8基のACEを搭載してきたRadeonシリーズだが、RX 480が採用する第4世代GCNではACEの実装数を4基に削減した代わりに、新たにHardware Scheduler(HWS)と呼ばれるユニットを2基搭載する。HWSはGPUに発行されるグラフィックスおよび計算タスクのスケジューリングを管理する専用のユニットで、CPUによるタスク管理処理を肩代わりしてCPU負荷を削減しつつ、GPU内の各ACE/CU間のロードバランシングを行ない、より緻密で効率的な並列処理を可能とするものだ。
DirectX 12やVulkanといった最新のグラフィックスAPIではGPU側に高度な並列性を求めるため、対応タイトルでのパフォーマンスアップが見込めるほか、VRコンテンツにおいても非同期タイムワープ(Asynchronous Time Warp)処理を、グラフィックス処理と並行して行なえるようになる。
非同期タイムワープというのは、VRHMDに描画されるグラフィックスがコマ落ちや遅延を生じた際に、ヘッドトラッキングセンサーの最新の情報に基づいてグラフィックスをワープ(ずらす)させ、あたかもコマ落ちや遅延が生じていないように見せる処理だ。コマ落ちを生じてガタガタになったVR体験は非常な不快感をユーザーに与えるため非常に重要な処理と位置づけられており、OculusやHTC Viveのランタイムで標準機能として実装されている。
この処理を行なう際に問題になるのが、GPUの並列性だ。高い並列性を持つPolarisアーキテクチャでは非同期タイムワープを行なうタイミングをディスプレイ出力直前のギリギリに設定することができ、また、その処理中も次フレームの描画を続行することが可能である。結果的にGPU性能を最大限に引き出しつつ、遅延を最小限に抑えた表示が可能になる。VRコンテンツの実効に“ちょうどいい”性能のRX 480にとっては、時折発生するコマ落ちとも無縁ではないので、VR体験の質を高める上で非常に重要な機能だといえる。
将来仕様にも対応し、VR入門に最適のGPUに
以上のように、RX 480はPC用VRを楽しむために必要十分な性能を持ちつつ、非常に安価なことから多くのゲーマーにVR環境構築の扉を開くことになるGPUだ。特にコスト面で二の足を踏んでいたゲーマーにとっては救世主とも言える存在になるかもしれない。特に今後採用が増えていくであろうDX12/Vulkanといった最新APIで高い実効性能を発揮するという特性は、長期にわたってRX 480のコストパフォーマンスの良さを押し上げていく要因になりそうだ。
また、RX 480が採用するPolarisアーキテクチャは、HDMI 2.0bやDisplayPort 1.4-HDRでの超高解像度&高リフレッシュレートおよびHDR出力にも対応しており、将来の高性能なVRHMDへの対応も可能となっている点も押さえておきたい。現在、Oculus RiftおよびHTC Viveでは2,160×1,200@90Hzというディスプレイ仕様を採用しているが、これはそれぞれのHMDが前提とするディスプレイインターフェイスであるHDMI 1.3の限界ギリギリの解像度・リフレッシュレートとなっており、インターフェイスそのものを刷新しなければ解像度もリフレッシュレートも向上の余地がないのである。
その点、RX 480が対応するDisplayPort 1.4-HDRでは2,560×1,440@192Hz、3,840×2,160@96Hzといった超高解像度のHDR出力が可能で、各HMDの将来的な高解像度化及びHDR化への準備が整っている。特に好ましいのは、それを搭載するRX 480が、199ドルという、価格的にゲーミングPC最大のボリュームゾーンに位置していることだ。これにより各HMDメーカーがHDMI 1.3を捨てる判断を取りやすくなる、というのがRX 480の隠れた存在価値と言える。
導入コストが高すぎて手を出しにくい、とされるPC用VR。RX 480はその問題を大きく改善してくれる存在だ。将来的なVR市場の発展に対して大きな役割を演じていくGPUになることを期待したい。