「アリス マッドネス リターンズ」クリエイターAmerican McGee氏インタビュー
ゲームの全ては“アリス”というキャラクターを表現するために


7月20日収録




 エレクトロニック・アーツ株式会社は、プレイステーション 3/Xbox 360/Windows用アクションゲーム「アリス マッドネス リターンズ」を7月21日に発売した。ゲーム発売に合わせ、開発元である中国Spicy Horse GamesのCEOであり、本作のシニアクリエイティブディレクターを務めるAmerican McGee氏が来日し、メディアインタビューに応じてくれた。

 American McGee氏は前作の「アリス イン ナイトメア」で「狂い、歪んでしまったワンダーランド」を提示し、その強烈なイメージで世界から注目を浴びたゲームクリエイターである。「アリス マッドネス リターンズ」ではその歪んでいながらも美しい世界はさらにパワーアップしている。この世界はどういった想いから生まれてきたのか、アリスというキャラクターにこめた情熱を聞いてみた。



■ 「全てはアリスのために」。スタッフ一丸となって、アリスというキャラクターを中心に世界を構築

開発元であるSpicy Horse GamesのCEOであり、本作のシニアクリエイティブディレクターを務めるAmerican McGee氏
歪み邪悪になり、それでいながら美しいワンダーランド、そして禍々しく凛々しいアリスと、世界的な人気を誇る「不思議の国のアリス」をユニークにアレンジしているのが本作の魅力だ
ワンダーランドの事象は全てアリスが見聞きした物が土台になっている。ロンドンの場面ではステージのヒントとなる物がちゃんとあり、それらを探すのも楽しい

―― 前作の「アリス イン ナイトメア」は北米タイトルにあまりない、かわいらしい女の子が戦うというところと、「不思議の国のアリス」の世界をグロテスクにゆがめたという点で衝撃的でした。このコンセプトはどのように生まれたのでしょうか。

McGee氏: それは私がドライブをしてるとき、ラジオから「Wonder」という言葉が耳に入ってきて「Alice in Wonderland」でゲームを作ろうとひらめいたんです。そしてアリスが女の子であるか、男の子であるかという前にきちんと「人間」を書きたいと思いました。アリスの人間性をテーマにしようと思ったんです。

―― アリスのキャラクター造形はとても禍々しいテイストとなっていますがどうしてこのようにしたのでしょう?

McGee氏: アリスのオリジナルは絵本のキャラクターです。頭が良く、好奇心がとても旺盛で、その好奇心のためにウサギを追いかけ穴に入りワンダーランドへ行き、いろいろなトラブルを起こす。私が描くアリスと、絵本のアリスは同じ存在です。私のアリスは絵本の世界の冒険の後、火事で家族を失い肉体以上に心に深い傷を負ってしまう。そして彼女の性格は変わってしまった。その心の傷で歪んでしまったのが、「アリス マッドネス リターンズ」のアリスなのです。

 ワンダーランドがこのようにゆがめられているのは、アリスの認識、心が歪んでしまっているからなのです。ゲーム中に見える全ての事象、ワンダーランドで出てくる事象は全てアリスの頭の中から出てきた、想像の範囲内のものです。ゲームの中に出てくるものは全てアリスが見たこと、経験したものでなくてはいけません。そして家族を失い、精神病院に収監されダークな人生を送っていったので、不思議の国、そしてアリス自身も歪み、禍々しくなっていったのです。

―― なぜ10年もの時を超えて「アリス」は復活したのでしょうか。

McGee氏: 10年という時間に深い意味はありません。私は10年の間様々に生活の場所を変え、そして「アリス マッドネス リターンズ」を開発する準備ができたということです。私は10年の間、サンフランシスコ、ロサンゼルス、そして香港、上海と生活の場を移してきました。上海でSpicy Horse Gamesを立ち上げ、本作を開発したのです。

―― 「アリス」の続編は私も含め多くのゲームファンが待ち望んでいた作品ですが、先行して発売されている北米ではどのような反応があったでしょうか。

McGee氏: 前作をプレイしている人にはとても喜んでもらっています。ただ一方で「アリス マッドネス リターンズ」はとてもボリュームのあるゲームとなったので、前作を知らない人からは「大きすぎる」、「単調だ」、「繰り返しが多すぎる」、「水増ししている」といった声も聞かれました。しかしレベルデザイン以外の、アートやストーリーといったところの評価はとても高いです。前作と比べても大きく進化していると言われましたね。

 いま思えば、「スイッチ」を付ければ良かったかもしれません。ゲームのレビュー向けや、時間のない人用に6時間バージョンを作れば良かったかもしれません。そしてフルで楽しみたい人には本作をオリジナルの形で楽しめる。「アリス マッドネス リターンズ」はクリアまで12~15時間かかるボリュームです。切り換えスイッチがあればみんなが満足してくれたかもしれません。

―― 僕は12時間以上プレイしてクリアしました。ボリュームに関しては、本作に限らずアクションゲームはプレイしてる内に、「もうずっとこの世界で跳んだり跳ねたりしたい。終わらなくて良いから永遠にゲームが続いて欲しい」という「終わりのないゲーム」への欲求を感じるところがあります。「アリス マッドネス リターンズ」はまさにそういうプレーヤーの願望を満たすボリュームだったと思いますね。

McGee氏: ありがとうございます。そういっていただけてうれしいです。ボリュームはプレーヤーが「アリス マッドネス リターンズ」の世界にどっぷり浸って欲しいからこそ、たっぷりにしたんですよ。昨今のゲームは私にとってとても肩が凝る、ストレスを感じる物なんです。矢継ぎ早に色んな事が立て続けに起きて、めまぐるしすぎる。プレイしていて筋肉がガチガチに緊張してしまう。

 本作はそうならないように、大きく、雰囲気を味わい、楽しんで欲しいと思って作りました。昨今のユーザーはその緊張を求めすぎてるのか、本作のフィールドは空っぽで埋め合わせの空間だらけだ、と言われてしまいましたが、私達が目指した物は違うし、レベルデザインは計算しつくした物なのです。意図的に緩急のあるリズムも心がけてみました。

―― 動く床や、見えない床など「アリス マッドネス リターンズ」の仕掛はレガシーなアクションゲームのギミックが盛り込まれています。アクションゲームとして古風な雰囲気も狙ったものなのでしょうか。

McGee氏: 流行の最先端のような、新しすぎるゲームは作りたくなかったのです。「アリス マッドネス リターンズ」をプレイする人は、1作目を遊んでくれた人だ、ということを念頭に置いていました。現在のゲーム業界の先端ではなく「アリス イン ナイトメア」で提示したゲーム性を改善しレベルアップしたものを作りたかったんです。

 ただし、昔のゲームは厳しすぎたり、難しかったり、理不尽なところもありました。「アリス マッドネス リターンズ」は前作を徹底的に見なおし、現代のゲームならではの間口の広さを実現しています。前作を自己分析し、様々なポイントを「成功したリスト」、「失敗したリスト」に分類しました。成功したものはストーリーだったり、アートがあり、失敗したものにはゲームの難易度やコンバットシステムがありました。

 間口の広さを目指したのは「不思議の国のアリス」は世界的な人気を持ったコンテンツであり、そこから本作もたくさんの人に興味を持ってもらおうと思ったからです。

―― 本作の戦闘はとてもスピーディで楽しかったです。この戦いのリズムや駆け引きでMcGee氏がこだわった部分はどこですか。

McGee氏: 本作は様々なパートでスタッフが優秀な手腕を発揮してくれました。戦闘はクリエイティブディレクターのBen Kerslakeが担当しています。彼は任天堂の「ゼルダの伝説」シリーズのファンで、他にも様々なゲームを研究し本作のコンバットシステムをデザインしました。4つの武器を敵に合わせて使いこなす楽しさ、試行錯誤と閃きでよりうまく戦えるようになる戦略性などを考えて作りました。

―― アクションゲームの戦闘ではこちらはガチガチに防御を固めたり、ひたすら回避して敵の攻撃を耐え忍び、相手の一瞬の隙を狙って攻撃するというスタイルも多いですが、本作のアリスは常に攻撃で、その激しさで相手をねじ伏せるという感じで、その“凶暴さ”がいかにも本作のアリスらしいと思いました。

McGee氏: そうですね「All time attack」です。戦闘はハイペース、ハイテンションを心がけました。アリスが積極的に戦い、敵に立ち向かうという感じを出したかったんです。戦闘にリズム感を持たせたかったというのも、攻撃重視のバランスにした理由です。

―― 髪を振り乱し走り、血塗れのナイフを振り回し、スカートを広げて滑空する。この作品はプレーヤーがそういうアリスを操作できるというところに大きな楽しさがあると感じました。

McGee氏: 本作は全てが「アリスはどんなキャラクターか」というイマジネーションを元に作られた作品です。アリスならばどんな顔をする、どんな仕草をする、どう見える、世界はアリスの目にはどう映るんだろうと、全てアリスを中心として構築した世界なんです。「アリス マッドネス リターンズ」はスタッフが力を合わせアリスというキャラクターを表現した作品とも言えます。




■ アリスは3部作構想。“切り裂きジャック”との対決も?

3作目の構想を語るMcGee氏。早く実現して欲しい
中国、日本の要素が詰まった「東洋の森」。日本人プレーヤーには特に楽しみな場所だ
本作と同時発売されたダウンロードコンテンツ「狂気の武器とドレス」パックから、追加ドレスの1つ。McGee氏はコスプレーヤーにも期待しているという

―― ゲームのステージとしてはやはり東洋風の雰囲気をふんだんに盛り込んだ「東洋の森」が面白かったです。この東洋的な雰囲気は中国人スタッフがたくさん参加しているSpicy Horse Gamesならではだと思いました。東洋人スタッフの参加で実現したステージなのでしょうか。

McGee氏: 必ずしもそうではありません。本作を作るために綿密にリサーチしたのは19世紀のロンドンです。その頃のロンドンはもう中華街があって、東洋からの船は盛んに行き来していた。アリスは必ずそれらを目にしたはずなんです。その頃の大きなニュースとしては日本の天皇の盛大な結婚式がありました。アリスの知り合いの弁護士は日本の刀剣や掛け軸のコレクターでアリスはそれも見ている。その記憶がワンダーランドを形作っています。

 Spicy Horse Gamesは中国人スタッフが多いですが、特にこのステージに力を入れたというわけではなく全てのステージに同様に力をこめています。もちろん各ステージの担当者はそれぞれに全力投球してくれています。

―― 東洋の森では2Dのアクションゲームが入ってるのも面白かったですね。

McGee氏: ここもアリスの「見たもの」なんです。当時影絵がロンドンで流行り、その雰囲気を2Dアクションとして表現してみました。影絵の人形が動く“劇”の雰囲気を出しています。ワンダーランドというアリスの頭の中という劇場で悪夢という劇が演じられている中で、さらに影絵の劇が演じられるという面白さを狙いました。

―― 一方で精神病院の描写がありますが、ここは表現としてかなりきついなあと感じました。19世紀の未発達な精神治療の恐ろしい雰囲気は良く出ていたとは思いますが、拒否感を示すゲームファンもいるかもしれません。

McGee氏: 暴力表現、残酷表現は私達が積極的に表現したいと言うよりも、「アリスが経験したもの」なのです。精神治療のシーンも外すことができないシーンでした。この作品のメッセージの1つは「何が“正気なのか”」というものもあります。正気でない、頭がおかしいということ、現実と接点を失うというのはどういうものなのか。狂気というレッテルを1度張られてしまった場合、正気に戻ったという保証を得るのがどれだけ難しいかということも描きました。

―― 前回はワンダーランドのみの物語でしたが、今回はワンダーランドと現実のロンドンを行き来する展開になっています。現実の場面を挿入したのはどうしてでしょうか。

McGee氏: 実はアリスの物語は3部作を構想しています。「アリス イン ナイトメア」はアリスの精神での葛藤を描いた作品なのです。負ければ狂気が待っており、アリスは自身の正気を取り戻すためにワンダーランドで戦います。

 「アリス マッドネス リターンズ」は“現実との戦い”をテーマにしています。ここではアリスは自分の死と向き合います。その死は社会的な意味も持っており、負ければ現実との接点を失ってしまう戦いなのです。そして3部目では精神の戦いに勝ち、現実を克服したアリスはスーパーヒーローとして活躍するのです。

―― 続編があるというのはとてもうれしい情報です。しかし一方でアリスはまだ自分の中の狂気と戦わなければいけないのはかわいそうな気がします。

McGee氏: 精神と現実の戦いに勝ったアリスは、自分の精神との戦い、ワンダーランドでの戦いは終わります。次に彼女が戦いに向かうのは「他人の精神世界」なのです。3作目のアリスは自分との戦いは既に終えており、苦しみから解放されています。向き合うのは他の人を苦しめているその人自身の狂気なのです。アリスの同時代に「切り裂きジャック」がいますが、アリスはジャックの精神の中に入り彼を助けるのか、それとも罰するべきなのかを考える、ということも面白いですね。

 「スター・ウォーズ」や「指輪物語」、「マトリックス」にも同様なテーマがありますが内面での葛藤、戦いを超えた者達が現実でも強力な存在になり、力を発揮するというものがあります。それをなぞるような形になりますが、精神と現実(社会)との戦いをくぐり抜けたアリスはスーパーヒーローになっているのです。

―― なるほど、「アリス マッドネス リターンズ」のラストシーンはそのような意味がこめられているのですね。

McGee氏: (大きく笑みを浮かべながら)その通りです。

―― では今後のアリスのDLCなどの展開を教えてください。

McGee氏: 日本でも追加のドレス6つと、更なる武器アップグレードが可能になるパックが発売されます。またXbox 360版のみ前作のアリスがダウンロードできます。新しいステージなどは現在は予定にありません。また、北米ではポスターやサウンドトラック、フィギュアなどたくさんの関連商品が発売されています。

―― McGee氏は今後どんなゲームを作るのでしょうか。

McGee氏: 社内全体が基本プレイ無料のオンラインゲームをPCやその他のデバイスに向けて開発する体制にシフトしています。北米など世界でサービスする予定です。Spicy Horse Gamesは中国の会社ですが中国でのサービスに関しては、ぶっちゃけてしまうと中国のパブリッシャーからは「自分たちで作っているから、いいよ」といわれてしまいましたね。

―― 上海でゲーム制作をするメリットはどこでしょうか。

McGee氏: 独得の雰囲気と、熱気です。中国の人は現在、とても未来に対して楽観的になっています。そのポジティブな意識がスタジオ全体にある。難しい案件、高いハードルもその前向きな気持ちでチャレンジできるというところが大きいですね。

―― McGee氏は日本にもプライベートで来られたりしているのでしょうか。

McGee氏: 日本には私自身が来たいと思っていますが、来日できるスケジュールが取れないというのが正直なところです。一昨年には箱根に遊びに来てます。プレスイベントなどでは時々来ていますね。

 実はずっと前にEAから「東京で働かないか」と誘われたことがあったんです。その時は知らない土地で働くのが怖くて尻込みしてしまった。その数年後香港で誘われたときは迷わず飛びこみました。それから中国での生活が続いています。

―― アリスの続編は、いつ登場するでしょうか。

McGee氏: わかりませんね、10年後かも(笑)。「早く続編を!」という声をEAさんに出していただければ早く実現するかもしれません。「アリス マッドネス リターンズ」の開発そのものは2年間でした。ただその前に契約で1年かかり、ものすごい分厚い契約書を交わしました。EAがGOサインを出してくれればいつでもという感じです。

―― 最後にユーザーへのメッセージを。

McGee氏: 「アリス マッドネス リターンズ」にとって日本のマーケットはとても大事です。前作も日本で受け入れてもらいましたし、私達も日本の皆さんを意識していろいろな要素を盛りこんでいます。その私達の気持ちを作品を通じて感じてくれたらうれしいですね。

 実は本作でアリスに色んなドレスを用意しているのは、日本のコスプレーヤーに期待しているからなんです。コスプレーヤーは間違いなく私達のゲームのファンで1番キュートな人達だと思うので、ぜひこれらの服を作って着た姿を見せて欲しいですね。


(C) 2011 Electronic Arts Inc. EA, the EA logo and Alice: Madness Returns are trademarks of Electronic Arts Inc. All other trademarks are the property of their respective owners.


(2011年 7月 22日)

[Reported by 勝田哲也]