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神山氏、冲方氏が最先端の研究者と共に考察する「攻殻機動隊」

変わっていく価値観と問われる人間の定義、「攻殻シンポジウム」

2月11日開催

会場:渋谷ヒカリエ

 士郎正宗氏原作の「攻殻機動隊」の世界を現実化する事を目標に2015年に発足した「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT」。渋谷ヒカリエにて2月11日に、これまで東京、福岡、神戸で寄せられ先行されたアイディアから「攻殻×ハッカソン」、「攻殻×コンテスト」の2部門を選定する「攻殻機動隊 REALIZE PROJECT the AWARD the AWARD」が開催された。

 このイベントでは合わせて「攻殻シンポジウム」というトークショーも行なわれた。こちらには、アニメ「攻殻機動隊S.A.C.」シリーズの監督を務めた神山健治氏と、アニメ「攻殻機動隊ARISE」シリーズの脚本を担当した冲方丁氏が登壇し、人工知能や義肢技術、ロボット技術など「攻殻機動隊」に関連する技術を“現実”に研究している大学・大学院の教授達とこれからの未来を語り合った。本稿ではこちらのトークショーを取り上げたい。

 神山健治氏が手がけた「攻殻機動隊S.A.C.」は、原作での突然変異ともいえる超AI「人形使い」に主人公草薙素子が出会わなかったら? という考察の元、謎の超A級ハッカー「笑い男」の謎を追う物語が展開した。原作や映画版とは異なった切り口で、科学技術の発達した未来の姿を問いかけた。「攻殻機動隊ARISE」はこれまでの物語の“過去”を描きつつ、新しい物語を展開している。キャラクターや作品のみならず、体全てを機械に置き換えることができ、電脳空間という世界を得た人類がどうなっていくか? 神山氏や冲方氏はスタッフと様々な考察を行いながら作品を作り上げている。現在の最先端の技術や解釈は、クリエイター達にどのような影響を与えただろうか?

人間とは何か? 永遠のテーマを最新技術で問い続ける「攻殻シンポジウム」

 「攻殻シンポジウム」では、いくつかのテーマで神山氏や冲方氏が思いを語り、教授達が最新の取り組みを語るという展開となった。各教授と研究テーマがあり、神戸大学教授の塚本昌彦氏は「ウェアラブルコンピューター」。九州大学名誉教授の村上和彰氏は「スマートシティ」、東京大学教授の稲見昌彦氏は「人間の身体の拡張とその未来像」。筑波大学教授の岩田洋夫氏は「体性感覚メディア技術」。はこだて未来大学教授の松原仁氏は「人工知能」で、それぞれこのイベントの前に講義を行なっている。こちらも別稿でレポートしたい。

「攻殻機動隊S.A.C.」シリーズの監督を務めた神山健治氏
「攻殻機動隊ARISE」シリーズの脚本を担当した冲方丁氏
様々なテーマで議論が行なわれた
世界中からサイバー攻撃されるのを可視化したマップ
ハッキングコンテストをビジュアル化したもの

 シンポジウムではさらに情報通信研究機構(NICT)の井上大介氏、産業技術総合研究所の梶田秀司氏が加わって行なわれた。1つ目のテーマは「義体」。「攻殻機動隊」では義体は機械化された肉体を指す。草薙素子の所属する公安9課の多くは体を“義体化”しており、常人以上の力を持つ。特に素子は脳以外の全ての体が義体の「完全義体」であり、その義体の操作能力は世界トップクラスだという。

 神山氏は義体をテーマにするにあたり、「攻殻機動隊」では表現が難しかったという。作品には生身の脳を持たないロボットで人間そっくりな存在も出るし、素子は瞬きの数を減らすことで体が機械であることを視聴者に意識させる。義体化した人間のアクションなど様々なところで機械と人間の差別化を行なっていた。一方、脚本を担当した冲方氏は、タチコマなど見た目が人間からかけ離れていても、自我を持ちしゃべる存在は、「人間扱い」してしまうという。

 現実の研究を語ったのは岩田氏が語った。「人間のようなロボット」というのは、かつては日本では盛んに行なわれていたが今は下火で、むしろアメリカとヨーロッパが最先端で、韓国が追い上げている。彼らの技術は今や日本の研究を追い抜いてしまっている部分があるという。

 人間の体を機械に置き換えるという視点では、稲見氏は“人間のような外見”を求めない分野があるという。パラリンピックの選手で高飛びを行なう選手の義肢はその競技に特化する物になっていて、生身の人間の記録を超える記録も出始めている。今後競技によっては、パラリンピックはオリンピックと同一で争うか、全く別のものとしてはるかに高い記録を狙うかが議論されていくだろうと岩見氏は語った。冲方氏は「健康なのに記録のために体を変えたい、そういう人が出てきたら、お医者さんはどうするんだろう、考えると怖い」とコメントした。

 神山氏は「過去の作品ではそういった部分はある程度強引に語ってきたけど、倫理観や価値観、道徳観が変わってきているかもしれません。異形の姿をしているのが決してマイナスではない、という価値観もこの10年で出てきてるのではないか」と語った。3Dプリンターの発達で生身の腕とは違う“カッコイイ義手”を求めるような声もあるという。

 そういった価値観が揺らぐかもしれない世界では、「人間性を大事にする」、「人間性も放棄して進化していくのか」という新しいテーマに人類は直面していくのではないか。作品では「道徳観」を大事な価値観としていたが、現在はそれすら越えてくのではないかと思っている。「ヒューマニズム」を物語の立脚点にしなくても良くなるかもしれない時代が来てる気がすると語った。

 テーマの2つ目は「電脳」。神山氏は「攻殻機動隊S.A.C.」では“頭の中に携帯電話が入った”というくらいのイメージからできるだけわかりやすいイメージを持ってもらえる様に物語を展開していったという。知識を人間の脳に注ぎ込めるとしたら、教育はどうなるんだ、といった問題などは、あえて触れなかったという。

 松原氏は講義で「自ら学習するAI」を提示した。囲碁や将棋もAI同志で高め合い、人間が考えなかった“新手”がすでに生み出されている。入試など詰め込み型の試験はそれこそAIの方が得意で、実験で小説すら書かせるものもやっている。神山氏は「こちらは感情係数や、ここでは泣かそうとか、パラメーターをいじるくらいで映画ができてしまうのではないか」と語った。AIが進化していく中で、人間の存在価値が問われていくのではないかということをさらに考えているという。

 稲見氏は「他者から見て“私のようなAI”は作れると思うんですが、それを“私ではない”と認識できるところにキーワードがあると思っている」と語った。自我をアップロードすると、自我はアップロード先に生まれるかもしれないが、アップロードした自分も意識し続ける。しかし、例えば義体化された体に自分が入ったとき、強化された体の自分の自我は肉体に合わせ“変容”する。そうなると改めて、自我とは何か、という問題が問われる。排気量の大きな車に乗った人の気が大きくなるような現象で、すでに類似した傾向が人間の心には見れる。

 現在の我々もコンピューターを使って地図を見たり、漢字を変換したり、飲食店を検索したりと自分の判断をAIにゆだねている部分がある。しかしそれでも「価値観」、「個性」という形で“自分”は残り続けるのではないかと稲見氏は語った。

 人間と機械の境界線を引こうとする一方で、「電脳化することで永遠に残り続けたい」という願望が人にはあると松原氏は説明した。ロシアやアメリカでは「デジタルクローン」という研究が盛んだという。老人が自分と同じように受け答えをするAIを育て、自我を擬似的にコピーし、記憶も持ち、その老人の死後も、孫とその老人らしい受け答えができるAIというのは、それほど時代を経ずに実現できるだろうという。だからこそアップロードした自我は人間なのか、その人の人権や、選挙権はどうなるのか、そういう問題はそろそろ議論を始めなければならないと思うと松原氏は語った。

 3つ目のテーマは「サイバーセキュリティ」。「攻殻機動隊」では脳をハックされれば記憶さえすり替えられ、脳を焼き切られることすらある。現在の電脳空間はどのようになっているか? NICTの井上氏は現在設置されている機器から、日本へのサイバー攻撃の現状をマップで表示した。

 その図は世界中から日本に降り注ぐ世界中の攻撃だった。まるで世界中から発射されたミサイルで日本が火の海になっているかのような光景で強いインパクトがあるが、これでもセンサーからの情報によるモノで、実際はもっとものすごい攻撃が色々な世界に向かっているという。攻撃はウィルスに冒された機器からのものだが、現在はPCだけでなく、webカメラなど通信能力は持っているもののPCと意識されていない機器からの攻撃が多いとのことだ。

 このほか井上氏は女子限定のハッキングコンテストなど、NICTが行なっているユニークな取り組みを紹介した。ハッキング/セキュリティに関してはかなり“才能”が求められる部分であり、わかる人は流れるログを見ただけで異常を検知する。それはまさに“カン”としか言いようのないもので、現在はこのカンを持つ人を見つけ出し、育て上げている。もちろんこのカンを解析する試みも行なっているが、今のところここは才能としか説明できない部分とのことだ。

 冲方氏は最後に「私達は色々な方々の研究の成果を受容して作品に活かしてきました。それはとても幸福な環境でした。しかし今後はエンターテイメントもこういった研究者の方々と共に仲間として色々問いかけていかなくてはならない。『攻殻機動隊』のように、人間のドラマも含めて未来世界を提示していくことで、現実世界の当然のものとして感じてもらえる世界を提示していきたいと思います」。

 神山氏は、「1つのコンテンツがハブになって、このように研究者や企業と話し合えるようになるなんて、制作時は想像もつかなかったです。予測した未来が現実ではどうなったかなどを考えると、ケミカルやバイオの部分が足りなかったり、電脳が進んでいたり、新鮮な驚きがあります。『攻殻機動隊』はまだまだ伸びしろのあるコンテンツだし、新しいものもまだまだ作れそうだなと。人間性や価値観など、まだこれから先10年、どう定義していくべきか次の作品では機械があれば書いていきたいです」と語った。

【登壇した研究者】
筑波大学教授の岩田洋夫氏
神戸大学教授の塚本昌彦氏
九州大学名誉教授の村上和彰氏
はこだて未来大学教授の松原仁氏
東京大学教授の稲見昌彦氏
産業技術総合研究所の梶田秀司氏
情報通信研究機構(NICT)の井上大介氏

(勝田哲也)