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神戸市とNTT西日本、PACKageがeスポーツ都市神戸を目指す

高齢者施設での実証実験を通して、eスポーツを通じた地域課題解決を検証

7月17日 発表

 新型コロナウイルス感染症が連日ニュースをにぎわせているが、神戸でwithコロナ時代を見据えたeスポーツの新しい取り組みが発表された。神戸市とNTT西日本、プロeスポーツチーム「野良連合」の元選手が設立した会社PACKageがタッグを組み、「withコロナ時代におけるeスポーツによる地域課題に向けた連携協定」と名付けられたこの協定は、eスポーツがニューノーマルの中でスタンダードになっていくような新しい価値になりえるかを実証実験を通じて検証していくというものだ。

withコロナ時代に強みを見せる電子ゲーム業界

 新型コロナウイルス感染症対策としてリモートワークやオンライン授業が急速に進んでいる。日本政府は行政のデジタル化を進めていく方向性を打ち出しており、日本のIT化が一気に進んでいきそうな雰囲気だ。そんな中、神戸がeスポーツという素材にフォーカスしたことについては、2つの要因が考えられる。

 1つめの要因は、巣ごもり消費で業績を伸ばしているというデジタルゲーム業界の強さだ。任天堂は2020年3月期の連結決算で営業利益が41.1%増となり、ソニーはプレイステーション 5の出荷台数を当初予定より50%増やした900万台にするなど、好調ぶりは数字として表れている。多くのエンターテイメント産業がダメージを受ける中、家からオンライン経由で参加できるデジタルコンテンツは、withコロナの時代にうってつけの遊び方だ。

2019年5月にシドニーで開催された「IEM Sydney 2019」決勝戦の様子。今年予定されていた「IEM Katowice 2020」は無観客で開催された

 世界的なeスポーツの大会が中止や無観客開催になったりと、まったくダメージを受けていないわけではないのだが、そもそもリアル興業が収益の柱という構造ではないため、市場への影響は限定的だ。一般社団法人eスポーツ連合「eスポーツを活性化させるための方策に関する検討会」報告書の推計によれば、日本では大阪万博が開催される2025年には波及効果や周辺産業を合わせて2,850~3,250億円の市場規模に成長すると推計されている。

 eスポーツにゲームを提供するメーカーにとっては、リアルの大会は収益よりもファンサービスやプロモーション的な要素が強いが、会場となる都市にとっては重要な観光収益となる。そのため、韓国のソウル市が外国人観光客向けにeスポーツ観光ツアーを定期開催していたり、ポーランドのカトヴィツェ市は世界的なeスポーツ大会であるIEM(インテル・エクストリーム・マスターズ)を誘致したことで、世界中から数十万人のファンが毎年訪れるeスポーツの精緻として地域振興を行なっている。

 行政は会場を提供したり、便宜を図ってeスポーツ大会を誘致することで、地元の経済を潤し、eスポーツの主催者側は安い予算で大規模な大会を開催することができる。このWin-Winの関係を目指して、日本でも各地にeスポーツ連合の県支部が作られ、行政と共に振興に力を入れている。東京都は、2020年に5,000万円の予算でeスポーツ大会をサポートしており、秋田県や富山県でも2019年に行政がeスポーツを地域活性化に利用する事業を行なっている。

eスポーツで地域振興を目指す神戸市

 今回の連携が発表されたもう1つの要因は、神戸も前述の東京都や秋田県などと同様に、以前よりeスポーツに力を入れており、すでに様々な取り組みを行なってきた実績があるということだ。

 この発表会の会場となったeスポーツアリーナ三宮は、2020年2月にショーシン三宮1ばん館の9階にオープンした客席数170席の施設。プロチーム「SIRIUS GAMING(シリウスゲーミング)」が拠点として利用しつつ運営にあたっている。

記者発表の会場となったeスポーツアリーナ三宮

 2018年には有馬温泉にeスポーツを観戦できるバー「BAR DE GOZAR」がオープン、同年には有馬温泉観光協会が有馬温泉発のeスポーツチーム「トレスコルヴォス有馬」と共に、温泉地の集客拡大を目指して「ウイニングイレブン」を用いた大会「湯桶杯」を開催している。

 また六甲アイランドにある神戸ファッションマートでは大規模LANパーティーイベント「RIZeST Gamer's Base(RGB)」やeスポーツとモータースポ―ツのコラボ大会「JeGT GRAND PRIX ZERO ROUND @KOBE」などが開催されている。

2018年の「RIZeST Gamer's Base」の様子。試合だけではなく、コミュニティイベントやトークショーなどで盛り上がった

 2019年には六甲道に、兵庫県のeスポーツプレーヤーの活動拠点を目指すeスポーツ施設「esports stage EVOLVE」がオープンした。また、2020年7月には、今回協賛企業に名前を連ねているシニア専用のeスポーツ施設「ISR e Sports」がオープンしている。

 神戸市が今回主幹の1つとして名前を連ねたのは、こうしたこれまでの活動を通じて、eスポーツが持つ潜在力を実感し、支援することで

こうした活動を通じて、神戸を拠点とするプロチームやプレーヤーが増えることで、神戸をeスポーツで盛り上げようという空気が醸成され、今回のプロジェクトへとつながっている。

ターゲットは高齢者。eスポーツで健康増進

 eスポーツと言えば若者の文化という印象が強いが、今回のプロジェクトで主役となるのは高齢者だ。会場には、神戸市企画調整局つなぐラボ特命係長の長井伸晃氏、NTT西日本兵庫支店長の川副和宏氏、PACKage代表取締役社長の山口勇氏、上新電機の代表取締役社長兼執行役員の金谷隆平氏が登壇して、事業内容の説明や意義について説明した。

 事業は大きくウェブセミナー、実証事業、コミュニティの活性化、動画による魅力配信という4つの要素で成り立っている。その中でもメインとなるのがNTT西日本がインフラを提供して行なう実証実験だ。実証実験では、高齢者施設に入居している高齢者にターゲットを絞り、NTT西日本が提供するインフラによって、eスポーツを高齢者のフレイル予防やITリテラシーの向上に使えないかを検証する。

 そのために、複数の高齢者施設に光回線を整備し、クラウドベースのeスポーツゲームを提供する。そのうえで、実験の参加者がゲームをプレイする時や、普段の生活、睡眠中などのバイタルデータを収集し、ゲームをすることがフレイル予防や健康増進に役立つかどうかを調査する。

 フレイルとは、健康な状態と要介護の状態の中間にある状態を意味する単語で、フレイル予防とは身体的な衰えや認知の衰えなどを広く予防することを指す。スマホの操作やメール、SNSといったIT機器の活用したコミュニケーションが脳を活性化させ、認知症予防になる有効性はデータで実証されており、今回はeスポーツの有効性を実証実験の中で探っていくことになる。

 使用するゲームのタイトルは、高齢者が親しみやすい将棋や囲碁に加え、「ぷよぷよ」が使われる予定だ。そのほかにもオンラインで子どもや孫とプレイしたり、他の施設の入居者とプレイすることを通じて、適したタイトルを探していく。

 必要なインフラはNTT西日本が提供し、Wi-Fiの設定やゲームプレイの支援はPACKageのスタッフが行なう。神戸市は公式Youtubeチャンネルを通じたPR活動や、各組織を繋ぐ調整役として立ち回る。

 現在は老人向けの3施設を運営している事業者と協議しており、今後公募によって更に参加施設を募集し、12月ごろまでに準備を整えたうえで、来年1年間かけてデータを収集していく。まずは効果があるかどうかを検証したうえで、一過性の実証実験で終わらないようサステナブルなビジネスモデルを考え、多くの施設を巻き込んでいきたいということだ。

若者も高齢者も気軽にeスポーツを楽しめる神戸になれるか?

 高齢者向けeスポーツという取り組みは、この協定が初めてというわけではない。2018年にはさいたま市でシルバーeスポーツ協会が発足しているし、この協定に協賛企業として参加しているISRパーソネルは、神戸にシニア専用のeスポーツ施設「ISR e Sports」を7月2日にオープンしている。海外には「Silver Snipers」という「Counter-Strike: Global Offensive(CS:GO)」のプロチームも存在している。ゲーマーおじいちゃんやおばあちゃんがYoutubeで配信をするというニュースもよく耳にするようになった。

 今回の発表ではeスポーツの競技性よりも、オンラインコミュニケーションを取るための媒介としての役割が強調されていた。新型コロナの自粛でデイサービスなどに通えなくなったことで、高齢者の孤独が深まりフレイルが進んでしまうという現象が起きている。オンラインで家族とゲームを楽しんだり、別の施設の入居者と対戦したりすることで、三密になることなく人と人とのつながりを維持し、距離を超えて時間を共有することができる。

 香川県のゲーム依存症対策条例のように、一部の人たちにとってゲームは好ましくないものであり、まだまだeスポーツへの理解は進んでいない。高齢化社会の日本において、eスポーツで地域創生を目指すためのコンセンサスを醸成するには、ゲームが社会貢献に役立つというエビデンスが必要だ。今回の実証実験で、ゲームが高齢者のフレイル予防に効果的だと実証されれば、多くの高齢者がゲームで遊ぶようになるかもしれない。会場での質疑応答では、「eスポーツを楽しむ高齢者が増えれば、高齢者に特化したタイトルも開発されるようになるかもしれない」、という意見も出ていた。

 eスポーツが文化として根付いていくか、1年の実験だけで終わるかは、実証実験の結果次第だ。結果が出るのは再来年以降となるため、今はまだ期待する事しかできない。新型コロナウイルス感染症の脅威が去った後神戸が日本のeスポーツ文化を発信する拠点となり、eスポーツを見たり、応援したり、実際にプレイすることが当たり前の時代が来る可能性があるなら、ぜひそんな光景を見てみたいものだ。